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星火の導く夜明け前の世界で 【1章完結】  作者: 竜造寺。
2章 禍つ奈落の黒き王
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2-16 深淵の都-⑧

 

 ──ザンタリア中心部、大聖庁。


 前回、異形が向かっていた街の中心部に存在する建物、それが大聖庁だった。

 見上げるほどの高さの大聖庁は、周囲の建物と比べても異質なほどに大きく、威圧的でさえある。目測ではあるが優に百メートルは超えているだろう。

 そこは、言ってしまえばザンタリアにおける中枢、街の統治を行う場所だ。役所と言い換えてもいい。ただ、単なる役所と異なる部分があるとすれば、名前からも推測できるように、宗教的な要素が強いというところだろう。

 建物の中心はあくまで神殿であり、その周囲に役所機能が付随している、というイメージだ。


 神殿がある、ということは神を祀っているということ。それが唯一神なのか、多神教なのかは分からないが、少なくともザンタリアの住人たちは神を信仰しているらしい。そうでなければ、あれほどまでに大きく立派に建てられることはないだろう。

 そしてそれを破壊対象として狙うという行為は、かなりの冒涜行為であることは間違いない。


 今回、クロガネは異形となる前のバンドーリアと接触し、そこで気絶したため記憶はない。だがブランシェ曰く、クロガネが気絶してから間もなくバンドーリアは異形化し、大聖庁へと向かおうとしたようだ。

 だが、その場に居合わせたブランシェ含む二名の聖術士《・・・》と、戦闘特化部隊である浄火隊《・・・》の剣士によって捕縛されたという。


 異形化したバンドーリアは現在、大聖庁地下に存在する牢獄において常時二名の聖術士による封印術の元、監視下に置かれている。





「……ところで、聖術って、なんぞや? 魔法とは違うんですか?」と、大聖庁への道すがらクロガネが聞くと、ブランシェは信じられないといった表情でクロガネを見た。

「魔法を使える人なんて世界でも数えるぐらいよ……魔法についての研究が進めばあるいは普及するかもしれないけれど」

「な、なるほど……?」

「クロガネくんって、なんだか不思議な人だとは思っていたけれど……別の世界からでも来たのかしら?」


 そう言ってブランシェは笑った。冗談で言ったであろうことは分かるが、“別の世界から来た”というのはほぼ正解といってもいいだろう。

 クロガネは苦笑いを返すほかなかった。


 ……聖術というのは──言い方は悪いが──魔法の下位互換といったところだろう。クロガネはそう解釈した。


「まぁ、詳しい説明はまたあとで。ね」


 ブランシェがそう言うと同時に、視界が開けた。「うお」と思わずクロガネは声を漏らす。

 大聖庁前の正面広場に到着したのだ。広場は大理石で舗装されており、中央には大きな噴水が設置されている。周囲にはいくつかのベンチが置かれ、住人たちが思い思いに休んでいた。


 そして、首が痛くなるほどの背の高い大聖庁。壮観だった。


 てっきり正面から入るものと思っていたが、ブランシェは正面入り口を素通りして、建物の裏手側へと向かう。そして到着したのは、取っ手も鍵穴もない、扉と呼んでいいのか疑わしいそれの前だった。クロガネは、思わず首を傾げる。

 ブランシェが慣れた様子で扉に手をかざすと、聖術が展開され解錠される。聖術式施錠扉というらしく、扉全体が聖術によって強化されているほか、施錠の機構も聖術でしか起動しないように作られている……とブランシェは説明してくれた。


 ブランシェが先頭で入り、クロガネ、リシア、そして最後尾にはもう一人の聖術士が続く。

 本来リシアは同行させるつもりはなかったようだが、無理を言ったのはクロガネの方だった。というのも、リシアは前回の記憶を引き継いでいる。であるなら、可能な限りリシアにもこの街について知っておくべきだと考えたからだ。

 ……というのもあるが、実際にはリシアと一緒に来たかった、というのが本音だったりもする。目を離した隙にまた何かしらの理由で殺されたらと思うと、リシアを一人にしたくはなかった。あるいは、クロガネが一人になりたくないだけかもしれないが。


 四人で大聖庁の内部へと進んでいく。いかにも無機質といった内装で、壁も床も天井も全てが白を基調としている。模様もなく、面白みはない。

 聞けばこの白にも意味があるようで、“聖術”と呼ぶだけあって清潔感や純粋さを象徴する色であるほど効果を高められるという。それ故に、混ざりけのない純白の大理石に、一枚一枚手間暇かけて聖術を刻み込んだのがこの内装の正体らしい。これにより、外部からの敵の侵入と、内部からの脱走を防ぐ強固な術を高密度かつ広域に展開しているのだという。


 よそ見をしていたせいで、クロガネが列から少し離れた──瞬間、通路が入り組み始めた。慌てて列に戻る。


「うわ、怖っ」

「油断してはだめよ。列から離れたら帰ってこれないと思った方がいいわね」

「ひえ……」


 これは確かに強力だな、と身に染みて理解できた。

 中に入るためにも先頭と最後尾に聖術士が立ち、それぞれ聖術を発動させないと先に進めない仕組みになっているそうだ。列から離れると、先程のように途端に通路は入り組み、迷路のようになる。そして行き着く場所は決まって牢獄の中だという。大半は牢獄に辿り着く前に、終わりの見えない迷路に気をおかしくしてしまうそうだが。


「ちなみに、その迷路を私たちは“空間の狭間”と呼んでいるわ」

「……狭間?」

「ええ。少なくとも、この世界とは少し違った、空間……。迷路から出られなくなった人もいるの。けれど探そうにも、迷路の中では聖術が使えなくなるからどうしようもなくて」

「そ、そうなんですか……」


 強力な聖術によって生み出された未知の空間……。聖術を扱う人でさえもが認知できない領域が存在するというのは、なかなかに恐ろしい話だ。


 そうして列で進んでいく一直線の通路の突き当りに、地下へと続く階段がぽっかりと口を開けていた。

 相変わらず白一色の階段を降りていくと、やがて地下牢獄へと辿り着く。

 牢獄と言うには清潔感のある真っ白な景色。だが、確かに牢獄であることは間違いなかった。通路を挟んだ両側に幾つもの独房が並んでおり、白の背景に浮かび上がるように鉄格子と罪人が収容されている。いかにもな見た目の罪人がぎろりとクロガネとリシアを睨みつける。


「目を合わせず、声を掛けられても無視してください」と言ったのは、最後尾の聖術士だった。「面倒ですので」


 そうして両側を独房に挟まれた通路を進んでいき、二度目の突き当り、二度目の階段。そこを下った先に、目的の牢獄があった。……いや、それを牢獄と呼ぶのは少し違う気がした。

 それまでの牢獄と同じように通路の両側に並ぶ扉の一つに入ると、そこは広い部屋になっている。部屋の中心をガラスのようなもので区切られており、向こう側が見えるようになっていた。監視収容室とでも呼ぶべきかもしれない。


 そんな部屋の中央に、異形と化したバンドーリアはいた。

 見覚えのある姿……赤黒く部分的に変色した皮膚、膨張した筋肉。複数の部位に存在する眼球、狂気に満ちた表情。


 だがその姿は微動だにせず、まるで石像のようにそこにいる。正確には、動けないのだ。

 二名の聖術士による封印術によって、異形の生命活動そのものが抑制されている。厳密には違うが、時間を止められたかのような状態だ。


「……異形」リシアはその姿を見て、ぽつりと呟いた。


 ブランシェが数歩前に出て、部屋の中央にある監視用のガラス越しにバンドーリアを見つめる。気が付けばその瞳には怒りのようなものが伺えた。


「アレを捕縛するために、一名の浄火隊員が亡くなった。とはいえ、異形化して時間も経過していなかったから、それだけで済んだ……とも言えるわね」

「……多分、その通りです」とクロガネはブランシェの横に並んで立ちながら答えた。「俺の知る異形の強さは、そんなものではなかった……その結果を良しとしたいわけではないですが、幸運だったとは思います」

「そう……」


 しばらくブランシェは押し黙ってから、再び口を開いた。


「……アレについて、分かることはあるかしら」

「分かること……」


 ──今日、クロガネがここに来た理由は、当然ながらバンドーリアについての調査のためだ。……とはいえ、バンドーリアについては正直なところクロガネもほとんど知らない。だからこそ、こうして直接会いに来たのだ。無論、異形と化した姿ではあり意思疎通が不可能であることは承知の上で。

 もしかすると、何か発見があるかもしれない……そんな根拠もない期待を胸に来たわけだが、実際問題それぐらいしかできることがないとも言える。


 そして、大体の場合そういった期待は裏切られるものだ。

 クロガネの前で、ガラスを隔てて微動だにしない異形の姿を眺めるも、これといった発見はなかった。


「……すみません」

「別に、何も分からなかったからと言って責めるつもりはないわ。分かることはない、という発見もまた得るものではあるから」


 ブランシェも、正直なところ大して期待はしていなかったのだろう。そんな感覚が伝わってきた。

 それもそうだ。クロガネなどに聞くよりもずっと多くの情報を集められるであろうブランシェが現状何も分からず、結果としてクロガネに協力を仰いでいる時点で、それもまた藁にもすがる思いだったということだ。


 収容室に漂う、気遣いと拍子抜けが混ざったような空気に、クロガネは困ったように頭を掻くほかなかった。良く言えば、何も分からないということが分かった。悪く言えば、収穫はゼロ。


「まぁ、仕方のないことね。戻りましょうか」


 そう言って振り返ったブランシェの顔が、一点を見て止まる。少し遅れてそれに気が付いたクロガネは、ブランシェの視線を辿り……固まった表情のリシアを見た。


「……リシア、さん?」クロガネの呼びかけにもリシアは反応しない。


 嫌な予感がした。なんとも言葉には言い表せない、胸騒ぎのようなもの。それはクロガネとブランシェ双方に共通していたようだった。

 二人がほぼ同時にリシアの方へと駆け寄る。クロガネは名前を呼び続けるも、リシアはまるで聞こえていないかのように一点を見つめたままだった。

 動かないというより、動けない、という表現が正しいかもしれない。


「ブランシェさん! ふ、封印術が……!」もう一人の聖術士が慌てて叫んだ。その直後、ばつんと大きな音が響き渡る。「ひぃっ……」


 その聖術士は思わず腰を抜かしてしまっていた。その理由はすぐに分かった。

 咄嗟に異形へと視線を戻したクロガネの目に飛び込んできたのは、部屋を仕切るガラスにべったりと張り付いた真っ赤な液体。それが、封印術を行使していた聖術士二名の最期の姿であることは、考えるまでもなかった。

 それから間もなく、リシアが力なく倒れる。それを見て、異形は何かしらの方法で自身を縛る封印術をリシアに肩代わりさせたのだと考えた。

 ぎり、とクロガネは歯を噛みしめる。

 どうしてこうも上手くいかない。どうしてリシアを守れない。


 クロガネは赫灼剣に手をかける。


 二人の聖術士の誘導がなければ、この地下から脱出することはできない。ブランシェは動けそうではあったが、もう一人が腰を抜かしている以上、即座に行動を起こすことはできないだろう。強固な聖術によるセキュリティが、ここにきて守るべき相手に対して牙を向いた。


「待……っ」ブランシェはそう言いかけて、やめた。逃げるという選択肢が取れない以上、異形をここで殺すしか生き残るすべはないことをブランシェが理解できないわけがない。「じ、時間を稼いで……! 封印術を再構築すれば、確実に倒せる隙ぐらいは作れるから」

「りょ」


 ガラスの向こうで、鞭のようにしなった異形の腕が一瞬だけ見えた。その直後にばちんという音。ガラスを壊す気満々らしい。だがガラスの強度は相当なものでありそう簡単には壊せないようで、叩きつけたであろう腕が潰れてひしゃげたのが確認できる。

 思わず顔を顰める。見ているこっちが痛いぐらいだ。だが異形に痛覚というものはないのかもしれない。何度も同じくガラスに腕を叩きつける。叩いて、叩いて、叩き続ける。ガラスは一面が真っ赤に染まって、もう向こうの様子は確認すらできない。


 くそ、と心の中で悪態をつく。

 これでは、ガラスを壊したいのか、それとも別の目的があるのかも分からない。

 仮にこのタイミングで、前回見た魔法を放たれたとしたら……ひとたまりもない。攻撃の予兆を確認できない以上、相手の行動を確認してからにするほかない。

 ──或いは、クロガネが単身で突っ込むか。



 パキ。



 ヒビが入った音が、クロガネの耳に届く。

 刹那、そのガラスは一瞬のうちにして粉々に砕け散った。






 ────────天使?






 その姿を見て、クロガネは思わず息を呑んだ。

 天使といえども、人間に鳥類の羽をとってつけたような姿ではない。

 複数の羽と、複数の目玉で構成された異形。


 聖書に描かれる天使の姿……。





 クロガネは、足がすくんだ。

 赫灼剣に添えた手を、そこからどうすることもできなかった。

 ぶわり、と脂汗が噴き出した。心臓が激しく鼓動するのが分かる。


「……あ、ああ……」ブランシェの声も震えていた。「そんな……あれは……、熾天《してん》……?」


 アレが、異形の本当の姿なのだという確信があった。


 そして同時に、ああ、勝てないな、と思った。




「まだ諦めるのは早いですよ」




 その時だった。張り詰めた空間に、凛と透き通った声が響いたのは。





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