2-11 深淵の都-③
交易都市ザンタリア。
大陸の中央に位置し、多くの商人が行き交う活気ある都市だとリシアは説明してくれた。あくまで交易が主な都市であり冒険者の数はそれほど多くないらしいらしいが、それでも外から眺めた規模感はカルファレステ街のそれよりも遥かに大きく感じられる。
カルファレステ街は田舎で、ザンタリアは都会。そんなイメージだろうか。
そうこう話している内にザンタリアの外周を囲う大きな石造りの城壁と、そこにぽっかりと開いた大きな城門が見えてきた。城門の前には数人の衛兵が立っており、通行人を監視している。
壁があるのはカルファレステ街と同じだが、ザンタリアは扉で内外を仕切っていない。交易都市である以上、出入りが多いからだろうか。実際、城門の前を行き交う人々の数は多い。カルファレステ街とは比較にならない人の流れ。
よくよく見れば多くの人は街道らしき道を歩いており、リシアとクロガネは脇道から合流する形で城門に向かっていた。
「街道、あったんだ」とクロガネは独り言として呟いたつもりだったが、リシアはそれを聞き逃さなかったようだ。「はい。本当は街道を通ればいいんですけれど……」少し、申し訳なさそうにリシアは続ける。「あまり、居心地はよくないので」
居心地……? とクロガネが聞き返すより早く、周囲の雰囲気からその正体を理解することになる。
街道を歩く人々の中には冒険者らしい格好の者はほとんど見当たらない。と言うより、いない、と言い切ってもいいかもしれない。代わりに、歩いているのはほとんどが商人のようだった。
そして街道にクロガネたちが近づくにつれて、商人たちの鋭い視線が向けられる。敵意と呼ぶほどではないが、リシアの言うとおり心地いいとは言い難い。中には露骨に嫌悪感を露わにする者もいた。
「なるほどね」と、商人に聞こえない程度の声量でクロガネは呟く。
リシアは少し俯き加減になりながら、「……はい」とだけ返した。
理由は分からないが、冒険者というものがあまり歓迎されていないということを察するには十分だった。
とはいえ、街に入るには城門を通らなければならない。そのことは商人も理解しているようで、嫌そうな顔をしながらも直接的に関わってくる様子はなかった。一応、道を譲ったりもしてはくれている。敵ではないが、友でもない……何とも微妙な距離感を感じる。
城門の前を通り過ぎる際、リシアは衛兵に軽く会釈をした。どうやら顔馴染みらしく、衛兵も少しだけ口角を上げて会釈した。
そうしてリシアの後について都市の中へと入る。その時、クロガネよりやや後方で騒ぎが起きた。人混みで見えないが、おおかた衛兵が不審人物を止めたとかそういうところだろうか。だがリシアを含め、周囲の人々は特に気にする様子もなく、淡々と歩を進めていく。日常茶飯事らしい。
街の中は、それはもう活気に満ちていた。大通りとでも呼ぶべき道の両端にはびっしりと店が並び、行き交う人々の声が街全体に響き渡っている。商人たちが客引きをしている声も聞こえるし、子供たちのはしゃぐ声も聞こえる。
そんな喧騒をよそに、リシアは人気のない裏路地へと入っていく。大通りの喧騒が嘘みたいに遠ざかり、代わりにすれ違う人の雰囲気もがらりと変わった。一目見ればわかる、冒険者といった類の人間が多い。
ここまで来て、ようやくリシアはふぅ、と息を吐いた。普通なら治安が悪そうなイメージの拭えない裏路地だが、ここザンタリアでは寧ろ冒険者が集う安全地帯らしかった。
すれ違う冒険者たち。ここに来てようやく、リシアに挨拶をする人が現れ始めた。リシアもまた、彼らに軽く会釈を返している。
そうして入り組んだ裏路地をくねくねと半刻ほど進んでいって、ようやくリシアは足を止めた。
「ここが、冒険者ギルドです」
そう言って案内されたのは、随分と古びた外見の建物だった。部分的に剥がれ落ちた外壁とその補修痕。壊れたままの屋根や樋。お世辞にも綺麗とは言い難いし、これが冒険者ギルドだと説明されないとなかなか信じがたいところがある。
マジか。 とクロガネは心の中で呟いた。リシアはそんなクロガネの表情を見て、苦笑する。
「ええ、まぁ……。あんまり綺麗じゃないですけれど、でも中は結構しっかりしてますよ」
リシアと並んで建物の中へと入っていく。確かに外観に比べると中はしっかりしている。……と、言えどもだ。クロガネの知っているカルファレステ街と比べても、やはり見劣りするのは否めない。これは冒険者ギルドが小規模だとかそういうものではなく、明らかに不遇。冒険者というものを歓迎していない商人と同じで、このザンタリアという都市自体が冒険者ギルドを軽んじているのかもしれない。
だが、それは冒険者ギルドが閑散としている理由には成り得ないらしく、中はだいぶ賑わっているようだった。受付のカウンターには数人の冒険者が順番を待っており、併設する酒場には談笑する冒険者たちの姿も見える。
リシアは、もう少しすると空くはずですから、と言ってクロガネの手を引き受付とは逆側にある階段を上がっていく。二階は休憩所兼宿泊施設になっているらしい。いくつかのテーブルと椅子がありその奥には受付がある。受付の脇の通路を進んでいくと、数室の個室が並んでいるようだった。
空いているテーブルにリシアが腰掛けたのに倣って、クロガネも向かいに座る。
テーブルからは一階の様子を伺うことができて、色々と都合がいい席だ。
「……なんというか、この街は、あまり冒険者に優しくない……のかな」
クロガネの問いかけに、リシアは少し考え込むようにしてから答えた。
「ええ。そう、ですね。ここザンタリア周辺は比較的モンスター被害も少ない方ですし、なにより、その……冒険者もいい人ばかりではないので……」
クロガネが想像するに、要は需要がないのだろう。モンスター被害が少なく、目に見えて困っていないからこそ冒険者の存在感は希薄になる。更には追い打ちをかけるような冒険者と商人などとの軋轢。
とはいえ、冒険者ギルドが全くの役立たずというわけでもないはずだ。なんせ、クロガネはここに来る道中でベヒーモスと出くわしたのだから、モンスターが全くいないわけではない。もう少し話題になっても良さそうなものだが。
「被害がないとはいえ、モンスターがいないわけではないんでしょ? もう少し評価されても……」
「えっと……実は、商人の方々は基本的に護衛を傭兵に依頼するんです。ギルドを介すよりも安上がりで、かつモンスター被害も少ないのでそれで充分事足りてしまうんです」
さらにリシアはこうも続けた。
「その所為というか、私たち冒険者は比較的街から離れた場所にいるモンスター討伐が主な依頼になりますし、それで余計に……」
「商人は傭兵で事足りるぐらいに平和になってしまっている、と」
「はい……」
良いんだか悪いんだか……とクロガネは思った。ある意味悪循環ではある。冒険者が活躍するほど、商人が冒険者を必要としなくなるのだから。
要は、冒険者ギルドが存在している意味が薄れてしまっているのだろう。商人は傭兵で事足りてしまうからこそ、冒険者ギルドを軽んじる。
「なるほどねぇ……」
クロガネは小さく溜息をついた。
この現状を打破するには、冒険者ギルドの有用性を認識させるほかない。だが、恐らくそれは難しい。
冒険者が活躍するというのはつまりモンスター被害が起こることと同義だ。傭兵ではどうしようもないモンスターに襲われて、初めて冒険者ギルドの価値が認識される。もしそうなったとしても、商人たちが冒険者ギルドを歓迎するかはまた別の話だろう。
困ったもんだ。クロガネのような部外者は、それを他人事のように考えることしかできない。
しばらく待っていると、リシアの言うとおり受付が空き始めた。クロガネはリシアに促されるまま受付へと向かう。
「お疲れ様です。リシアさん。今日はどういったご用件で?」と、リシアを迎えたのは若い女性の受付嬢だった。
「えと、今日はこちらの、クロガネさんに滞在票の発行をお願いしたくて」
滞在票。そんなのがあるんだ、とクロガネは思った。
「かしこまりました。あなたがクロガネ様で間違いないですね?」
「はい」
「滞在は短期ですか?」
「えっと、多分? 短期っていうのは、大体どれぐらいの期間ですかね」
「おおよそ、一週間程度とお考えください」
「うーん」クロガネは少しだけ視線を上げて考える。ここで何かしらの試練があるはずだが、今だに手掛かりの一つもない。
獣の試練は単純明快で分かりやすかったが、今回はそうもいかなそうだ。
「……長期でお願いします」
「かしこまりました。では、クロガネ様の滞在票を発行いたしますので、少々お待ちくださいませ」
「はい、よろしくお願いします」
受付嬢は手元にあった書類にすらすらと記入を始めた。滞在票の発行はそう時間がかかるものではないようで、数分も経たないうちに書類を手渡される。
「はい、こちらが滞在票となります。当冒険者ギルドにて依頼を受ける場合は別途冒険者登録が必要ですが、依頼に同行する場合であればこちらの滞在票提示で事足ります。また、二階の宿の利用時も滞在票が必要になりますので、紛失のないようお願いします」
「なるほど、ありがとうございます」
そうして受付を離れてから、クロガネはリシアに向き直った。
「……今日はありがとう、リシア。助かったよ」
「いえ、こちらこそ。というか、クロガネさんがいてくださって、本当に助かりました……」ベヒーモスとの遭遇を言っているのであろう。確かにあれはリシア一人では太刀打ちできなかった事案だ。「えっと、その。もしよければなんですが……」
「ん?」
リシアは両手を胸元でもじもじとさせながら、少し恥ずかしそうに続けた。
「あ、明日は街の案内をしたいな、と、思うんですけれど……」
「え!」と声を上げてしまったが故に、リシアの肩が跳ねた。
「あっ! む、無理にとは言わないです!」
「ごめん、逆逆。そこまでお願いするのはちょっと気が引けたんだけど……うん。これは俺から言った方がいいね。明日、街の案内もお願いしていい?」
ぱっとリシアの顔が明るくなった。
本当に眩しい。
「はい! もちろんです!」




