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星火の導く夜明け前の世界で 【1章完結】  作者: 竜造寺。
2章 禍つ奈落の黒き王
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2-10 深淵の都-②

 

「起きてください、く、クロガネさん……?」


 目をゆっくりと開ける。それはつまり、眠っていたということだ。我ながらマジか、と思わなくもない。

 周囲を見渡すと、まずリシアの姿が目に入った。彼女はクロガネのすぐ傍らで、心配そうにこちらを見つめている。服は……乾いているようだ。

 それから間もなく、洞窟内に充満する暖かな空気に気付いた。赫灼剣を赤熱化させたことで、洞窟内の温度が上昇しているらしかった。確かにこれは眠くなる。と、考えるのは自己弁護だろうか。


 雨は……とっくに止んでいるようだ。それどころか、今ではもう雨雲の姿も見当たらず、空は晴れ渡っている。


「雨、止んでる……」

「その……」


 クロガネが寝ぼけ眼《まなこ》で、見ているのかいないのかも判別ならない様子で周囲に視線を漂わせていると、そわそわと落ち着かない様子のリシアが映る。暫しの思考。ああ、とクロガネはやや遅れて理解する。クロガネがすやすやと馬鹿みたいに眠っていたから、リシアは帰るに帰れなかった……そんなところだろう。それは、悪いことをしたな、とクロガネは口を開く。


「申し訳ない。起きるまで待たせちゃったかな」

「あ! いえ、寧ろ、助かりました……ところで、その」

「ん?」

「クロガネさんは、ザンタリアに向かわれているんですか?」


 ザンタリア。……とは何ぞや。

 おおよその流れで、きっとここからも見える都市のことを指しているのだろうが、もし違っていたら恥ずかしい。ので、旅人然とした態度で、クロガネは尋ね返す。


「……その、ザンタリアというのは、もしかしなくてもあの街のこと? あまりこの辺りに詳しくなくて」

「あ、そ、そうです! あの街がザンタリア、です。えと、遠くからここに来られたんですか?」

「そう、だね。色々と街を巡っているんだ」

「でしたら」リシアの表情が少しだけ明るくなる。「お力になれるかもしれません」


 初めて見たリシアの笑顔に、クロガネの心臓が少しだけ高鳴る。

 クロガネは気が付いていないが、獣の試練において幾度となく殺され、孤独に戦い続けたことで、無意識的に他者の存在を求めていた。これを端的に言えば、とても寂しかったのだ。

 お力に? と首を傾げるクロガネに、リシアは言葉を続ける。


「私、ザンタリアで冒険者をやっているんです。まぁ、全然ひよっこなんですが……。それで、多分ですけれど、クロガネさんも冒険者……ですよね」

「まぁ、うん。そんなところかな」

「じゃあ、その、雨宿りのお礼じゃないですけれど、ザンタリアの冒険者ギルド(・・・)までご案内しますね」

「え、いいの?」


 このクロガネの「いいの?」は、こんな見知らぬ男を案内しても大丈夫なのか──といった意味でもあり、同時に、どう考えても怖がらせたのにそこまでしてもらっていいのか、というのも含まれている。

 だが、折角案内してくれるというのだから今回はその厚意に甘えることにした。申し訳なさがないわけではないが、これもまた試練である以上、ベヒーモスとの戦いのように何度も繰り返すことになる可能性が高い。そのため、初回となる今回の内に──あえて意地悪な言い方をするなら街を把握しておくことができるのなら……なんて考えはあまりにも自分本位だな、とクロガネは思った。そんな思いはそっと心の少し深いところに仕舞っておこう。


「……いや、うん。折角だし、甘えさせてもらおうかな」

「はい!」





 雨が過ぎ去って、空は快晴。ぽつぽつと浮かんでいた雲もいつの間にかどこかに隠れてしまって、今や雲一つない青空が広がっている。

 クロガネの数歩前を歩くリシアの背中を眺めながらそれまでの会話を反芻している内に、少し引っかかった部分に気が付いた。


 冒険者ギルド(・・・)。クロガネにとっては聞きなれない単語同士のつながり。腕を組みながらうんうんと唸っている内に、朧げながらも記憶が呼び起されてくる。

 ギルド、という単語は、確か冒険者協会の職員……レイラから聞いた覚えがある。

 冒険者協会の前身であり、異世界人レンが設立した、とか。


 ただ分からないのは、どのタイミングでギルドが協会に切り替わったのかというところ。或いは、協会の前身がギルドであるのは間違いないとしても、全てのギルドが協会に変わったわけではない、という可能性。

 と、色々考えるものの、結局のところはっきりはしないのかもしれない。何故ならここは奈落で、クロガネの知っている世界とは異なるからだ。


 そんなことを考えながら歩いていたせいだろう。いつの間にか立ち止まっていたリシアに追突してしまった。


「おっ……と?」


 ごめん、と反射的に言おうとして、だがリシアの視線がクロガネに向いていないことに気が付いた。

 リシアの視線に沿って顔を動かす。……ああ。と、クロガネは思わず声に出してしまった。


「な、なんで、こんなところに……っ!?」リシアは冒険者としてはひよっこだと言っていたのだから、それを見て怯えるのは至極当然のことなのだろう。「べ、ベヒーモス……」


 見上げるほどの巨体を持つモンスター、ベヒーモスがリシアの行く手を阻むように立ちはだかっていた。

 怯えて身体を震わせるリシアとは打って変わって、クロガネは冷静だった。というか、また会えるとは思っていなかったので、正直驚いた。

 クロガネは戦うことも厭わないつもりだが、リシアのことを考えると戦闘は避けた方がよさそうだ。そう思って、リシアさん、走れる? とクロガネは問いかけた。が、返答はなく、代わりにベヒーモスに釘付けのまま顔を数度横に振るだけだった。


「逃げるのは無理かぁ……」


 ──クロガネは獣の試練で見慣れてしまいこの反応になっているが、本来であればリシアの反応が普通だ。

 ベヒーモスは決して大したことないモンスターではない。


 だが、クロガネは冷静に状況を分析する。体躯は獣の試練で見たものより小さく、脚の太さ──筋肉量も控えめに見える。かつ、強者の余裕かこちらを舐めてかかっている目。

 初撃を決めれば十分に勝機はある、とクロガネは判断した。


「リシアさん」とクロガネは声を掛けながら、その肩に手を掛ける。「取り敢えず、ちょっと待っててね」

「へ……? え……ええ!?」


 クロガネは赫灼剣に手をかけ、ゆったりとベヒーモスに近づいていく。

 ベヒーモスは油断している。侮っている。相手を見下している。これは獣の試練でクロガネが何度も見てきた光景だ。となれば、することは至ってシンプル。


 クロガネが赫灼剣を抜き放ち、赤熱化。そしてベヒーモスに向かって突進。この間、僅かコンマ数秒。

 油断から動作が一拍遅れるベヒーモスには回避しきれぬ攻撃である。


 ──ギャッ……。ベヒーモスの悲鳴。クロガネの放った初撃はベヒーモスの顔面を容赦なく切り裂いた。きっとまさかの一撃だったのだろう。動揺したベヒーモスはよろめきながら後退する。勿論、クロガネはその隙を見逃さない。即座に距離を詰めると、三度の斬撃をベヒーモスに浴びせかけた。右前腕に二撃、胴体に一撃。


 んん? とクロガネは首を傾げる。獣の試練の時よりも遥かに……弱い。


 ようやく反撃に転じたベヒーモスだったが、クロガネの予想に反して黒煙を出すことはなかった。負傷した右前腕を庇うようにして放たれる左前腕での一撃も、クロガネは軽々と回避する。やはりそうだ。ベヒーモスの攻撃は鈍く、力強さに欠けている。

 クロガネは視線を動かし、ベヒーモスの攻撃の被害がリシアに及ばないように立ち回る。クロガネは自覚のないまま戦闘をコントロールし、自身が優位に立つように動いていた。


 リシアとの距離が十分に離れたことを確認すると、クロガネは強く地面を蹴り後退する。キッとベヒーモスの目が細められ、好機とばかりに距離を詰めるが、それはクロガネの思う壺だった。


「ショット」クロガネにとって最も隙が無く速射性に優れたショットは、ベヒーモスを攻撃するためではなく、たった一瞬の隙を作るために放たれる。

 顔面付近で破裂するショットは、ベヒーモスの視界を一瞬だけ奪った。

 生物である以上、視界を遮られれば当然反応は遅れる。ベヒーモスが目を開けた時点で、そこにクロガネはいなかった。


 戸惑い。困惑。ベヒーモスの動きがぴたりと止まる。

 きっと、これまで自身を脅かすほどの敵には出会うことはなかったのだろう。だからこそ、クロガネの存在が理解できないし、どう対処すればいいのかも分からない。

 ベヒーモスの直上に跳び上がったクロガネは、その姿を眺めながらそんなことを想像した。


「──ほっ」


 重力に逆らわず、ほとんど自重のみで振り下ろした赫灼剣は、力を込めずともベヒーモスの首に食い込む。真っ白になるほどに熱された赫灼剣による一撃は痛覚を伴わなかったようだ。

 悲鳴を上げる間もなくベヒーモスの頭部は宙を舞う。それから一秒が経過するかどうかといった頃、ドッ、と重みのある音が鼓膜に届く。


 そこから僅かに時間を空けて、ベヒーモスの巨体が崩れ落ちる。その衝撃で地面が震え、砂埃が舞い上がる。


「……ん〰〰?」


 ベヒーモス、という割にはクロガネの想定を遥かに下回る弱さだった。それ故、クロガネは喜びよりも戸惑いが先行する。それこそ、リシアの安否を気にすることが後回しになってしまうぐらいには。

 その場で動かなくなったベヒーモスの身体を見下ろしながら考え込むクロガネに、慌てた様子で駆け寄ってきたリシアが声を掛ける。その時になってようやくクロガネは我に返った。そして即座に、反省。獣の試練でずっと一人で戦うことに慣れてしまって、他者の存在が自身の中でかなり軽薄になっていたことを自覚する。あまりよろしくはない傾向だ。

 そういう意味では、今回の試練でリシアと出会えたのは幸運だった。


「お、お怪我は……、な、なさそうですね?」

「うん。ばっちり元気。問題なし」

「お強いんですね……びっくりしちゃいました」


 どこか呆気にとられたようにクロガネの顔をまじまじと見つめるリシアの視線にくすぐったさを覚え、根負けしたクロガネが先に視線を逸らす。

 リシアの目はひどく澄んでいて、純粋だ……クロガネには少し眩しすぎる。油断しているとクロガネの悪い部分がぼろぼろと露呈してしまいそうだし、そうなった時にこの純粋な瞳がどう反応するのか、想像しただけで怖い。

 マナやミナ、ナリィとは違った、本当に純粋な瞳。物事の多くを知らない瞳、と言い換えてもいいかもしれない。まぁ要は、リシア自身が言っていた通りの「ひよっこ」の瞳。成長と共に抜けていく乳歯のような、そんな存在感。


「……そんなに俺の顔見てても、何にも出てこないよ」

「……? へ? ……あ。あっ! すすすみません!」

「いや謝るほどのことでもないけど……ま、先を急ごう。またこいつみたいなバケモンが出てこないとも限らない」


 リシアは大きく頷くと、それまでと同じようにクロガネの数歩先を先行しようとして──ぴし、と固まった。

 そのままぎぎぎっと擬音でも聞こえてきそうな動作でクロガネを振り返り、「あ、あのぉ……」と上目遣いで声を掛けてきた。うーん、なんともあざとい。そんな感じの表情。「またさっきみたいなのが出てくると怖いので……横に並んで歩いてくださいませんか……?」


 クロガネは苦笑しながら頷いた。





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