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星火の導く夜明け前の世界で 【1章完結】  作者: 竜造寺。
2章 禍つ奈落の黒き王
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2-06 幽冥孤征/転

 


 一気にベヒーモスに向かって駆け出す。黒煙の変化が遅いといえども、ただ走るだけでは間に合わない。

 クロガネが優位に立つことのできる時間はおおよそ十秒程度。この時間でベヒーモスに近接し、何らかの部位に痛手を与えなければならない。理想は片方の目。次いでどちらかの前腕だ。最初に左目を潰した後、左前腕に痛手を与えられていればもっと良かったのだが、これはまあ仕方ない。

 これを逃すと、ベヒーモスはクロガネの動きを学習してしまう。そうなれば──ほぼほぼ、負けだ。ベヒーモスは徹底的に隙を無くし、クロガネの攻撃を封じにかかる。


 特に、完全に防御に徹した場合が最悪だ。ただの泥仕合。ベヒーモスは距離を取りながら盾を四方に展開し、鞭で周囲を固める。まず、近付けない。純属性魔法であってもこの盾を破るのはキツイ。特に警戒するベヒーモスは盾を二重、三重に展開する。

 これによって戦闘時間を伸ばすことは出来たが、ある意味無駄に引き延ばされるだけだったことがないわけではない。


 ショットを推進力に、一気に肉薄する。

 ここから先はベヒーモスの身体能力とクロガネの真っ向勝負。


『ここで決める』という言葉は、ベヒーモスとの戦闘のたびに思っている。けれど、これまで一度も成功はしていない。


「ガァァァアアアアアッ!!」

「それさァ! いちいちうっさいんだよなァ!!」


 黒煙に比べればベヒーモスの動きは遅い。……黒煙に比べれば、だが。クロガネの身体能力と比較すれば、巨体のわりにかなり速い。

 それに、あの巨腕は黒煙の槍や鞭と違って太い。少し掠っただけでもクロガネの小さな身体は小石のように吹き飛ばされる。


 ベヒーモスの眼前に到達してから、クロガネは僅かに静止する。ベヒーモスの行動の予兆を確認するためだ。

 ぴくり、と筋肉が動いたのは、ベヒーモスの右前腕だった。咄嗟に、左側面へと回り込む。“当たり”だ。ベヒーモスの死角に入ることが出来た。

 だが、当然ベヒーモスはそれも把握している。右前腕を振りかぶり、そのまま地面を抉りながら左側面へと大きく振り回す。撒き散らされる岩石はベヒーモスにとっては小石に過ぎないが、クロガネにとってはひとつひとつが致命傷になりうる危険なものだ。

 とはいえ、死角に向かっての当てずっぽうな攻撃。見極めれば避けることは可能であるし、ベヒーモスに近寄る度胸があれば更に助かる可能性は上がる。既に六十度もの戦闘で、ベヒーモスに対する恐怖は「慣れ」に覆い隠されていた。


 クロガネは即座にベヒーモスの身体の下へと潜り込む。

 ──来た。と感じた。


 即座にクロガネは赫灼剣を構え、上方へと突く。ベヒーモスの腹部へと向かって。


 今までにないタイミング、今までにない攻撃。クロガネのすぐ真上で、赫灼剣は容赦なくベヒーモスの腹部と内臓を熱した。

 耳を劈くベヒーモスの咆哮、いや、断末魔だろうか。構うものかとクロガネはありったけの魔力を赫灼剣へと流し込む。これまでの鬱憤を晴らすかのように、赫灼剣はクロガネの想像を遥かに超えて、期待に応えた。

 遂には赫灼剣の剣身の周囲に炎が渦巻き、ベヒーモスの腹部を焼き尽くさんとした。


 クロガネの手元さえもじりじりと熱い。が、今までの辛酸に比べれば、些細なことだ。


「ああああああああああああああああああああああ!!」

「ギッ、グ、ァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」


 じゅわああああ。肉が焼ける音。

 赫灼剣で蒸発させきれなかった血液が滝のように流れ、クロガネの身体を真っ赤に染め上げていく。


 ……確実に、決まった。


 そんな確信がクロガネの中に芽生えた──





 ──次の瞬間だ。






「……は、ぁ……?」


 突如、クロガネの視界が真っ黒に染まった。だが意識ははっきりとしている。


「な、ん……」そこで一拍遅れてようやく理解した。「まさか──」


 これ、黒煙か? なんて言う間もなく、恐らくベヒーモスはその黒煙を変化させた。

 遠くに飛んで行った黒煙が戻ってきたのか、或いはベヒーモスが無理矢理に捻り出したのかは分からない。ただ分かることは、クロガネの視界を埋め尽くす黒煙が突然現れたということだけだ。


 というか、このパターンは初めてだ。

 くそ。あともう少しだったのに。


 黒煙自体に包まれると、黒煙が武器に変化する過程で、黒煙に紛れている物も巻き込んで……捩じ切る、という表現が正確だろうか。

 ともかく、クロガネの身体はズタズタに捩じ切られた。

 ……なぜ、捩じ切られたのだとクロガネが理解しているのかというと、まさにその光景を客観的に眺めていたからだ。ベヒーモスの身体の下で、黒煙によって人間の身体が捩じ切られ、引き裂かれ、血とか肉とか内蔵とか、そういうのが飛び散っていく光景を。




 ……それが、捩じ切られて吹っ飛ばされたクロガネの頭部が、意識を失うまでの数秒間で眺めた最期の景色だったのだと気づくことは、残念ながらないだろう。






 ■■■■──。






「……なにあれ。普通に死んだんだけど」


 ぱっとクロガネは目を開けた。飛び込んでくるのは、もはや見飽きた神殿の景色。

 負けた、という事実が突きつけられる景色だ。


「………………くっ、……そぉ〰〰〰〰!!」


 かなり惜しかった。というか、黒煙にあんな使い方もあるとは思わなかった。黒煙の双剣が出てきた時もそうだったが、やはり突然の新情報に対応しきれない。

 ……いや、とクロガネは頭を掻く。そして、深呼吸。

 突然のことに対応できないのは当然のことだ。なんせ、その可能性を考慮していなかったのだから。


 これは、考えを改めねばならない。

 このベヒーモスとの戦いにおいては、理由は分からないがこうして死後に復活できている。それに慣れてしまって、あまりよくない考え方になっていたのやもしれない。そう、“復活できるから、死んでから考えよう”……そんな考え方。

 これはいけない。そもそも、本来であれば復活すること自体が奇跡のようなものなのだから。


 復活することが前提になっては駄目だ。

 死なないこと、それがクロガネの大前提であるべきなのである。


 そして死なないためにはどうするか。今までのことから、するべきことは深く考えるまでもなく分かっている。

 あらゆる可能性を考慮に入れる。これだ。

 そもそも、ベヒーモスのような強大なモンスターと戦う時に、その攻撃パターンをすべて把握してから本番に臨む、などというのは実際には不可能なはずだ。いつだって生死をかけた戦いは突然やってくるし、その時にはたとえ初見であったとしても相手の攻撃を凌がねばならない。

 どれだけ突飛でもいい。どれだけ馬鹿らしいものでもいい。あらゆる可能性を考慮に入れ、対応できるようにしておくこと。これが重要なのだ。


「……次は、勝つ」


 クロガネは静かに呟いた。

 そして即座に上体を起こし、赫灼剣を手に取る。




 ……六十二度目の挑戦。見飽きた扉の前で肩を回しながら、クロガネは違和感を覚えた。

 違和感──とはいっても、悪い違和感ではない。身体の動きが悪いとか、そういうものではなく。


「……んん……?」


 クロガネは首を傾げた。

 今までも何故か体調が良いというか、調子がいいときはあった。しかし、今回はそれとも違う。


 ……勝てる。根拠のない、そんな感覚。


 普通に考えれば根拠もないそれは妄想だと一蹴されるだろうし、クロガネ自身も実際そう思っている。けれど同時に、今回は違うという確信めいたものもあるのだ。

 もっと正確に言うなら、勝てるというぼんやりしたものではなく勝ち筋が見える、とでもいうべきか。

 今まで上手くいかなかった部分が、今回は上手くいきそうな気がする。上手くいく景色が、頭の中に浮かんでくる。


 ……疲れているのかもしれない。


 おのずとクロガネはその結論に達した。当然だ。何度も何度もベヒーモスに挑み、そして敗れ去ってきたのだから。こんな勝てる気がする、なんていうのは疲れからくる錯覚に過ぎないのだろう。そうに違いない。



 と、思っていたのだが。



 扉を開けて、ベヒーモスを視認した瞬間に、その感覚は確信へと変わった。







 パキッ。






「……あ」







 この感覚をクロガネは知っている。




 ──クロガネのボルテージは既に最高潮。

 そして、クロガネは知る由もないのだが……彼とベヒーモスの実力が、拮抗しようとしていた。


 この戦闘は長引かない。


 あっという間に、決着はつく。




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