1-65 劫火赫灼の竜/“暗”転
フィアの横を掠めて直進するライトニングショットに、相手は面食らったようだ。咄嗟の回避行動も虚しく三体の鳥が操縦者と共に宙を舞う。
すかさずその隙にフィアはルーベリアの影に隠れるように位置どった。クロガネがフィアの方を見ると、いかにも疲れた表情のフィアとミナの二人と目が合う。その様子を心配したマナがフィアの背中へと飛び乗った。
対して初撃を回避した面々は即座に狙いをフィアから外し、ルーベリアとフィアを取り囲むように旋回飛行へと移る。
数が多い。様子を窺う敵の総勢は三十ほどか。
「……怪鳥、シュライカ。北方極地の肉食鳥類。それに乗るのは……随分と禍々しく、忌々しい魔力を持つ者のようですね」
ルーベリアの目が鋭く光る。今でこそルーベリア──赤竜は敵対こそしていないものの、それでもぞっとするような眼光だ。
敵であった時の恐ろしさが今や味方として共闘している。こんなに心強いことはない。
「忌々しい魔力……」クロガネはじっと敵を睨むように見つめる。特に根拠はなく、直感的にルーベリアの言わんとしていることが分かる気がした。その時、クロガネは気が付かなかったが僅かに赫灼剣が輝く。「あ」とクロガネが魔力を感じ取ったのはほぼ同時だった。「……刺々しい魔力……パヌルに似ている?」
「クロガネも感じますか?」ルーベリアは少し驚いたように振り返った。「では、覚えておくと良いでしょう。あれは北方の雪原地帯に住まう原住民の持つ魔力です。パヌルはこの原住民でした。ですが、すでに純血の原住民はこの世界から姿を消しています」
「え……?」
「とある組織の者たちが、原住民の持つ特異な魔力を研究するために次々に殺戮したためです。今から百年ほど前の出来事ではありますが。そして今相対するあの者たちは、その研究をもとに生まれた異人種の二世……」
かなり端折ってはいるものの、ルーベリアの雰囲気からそれが邪悪な存在であることは容易に理解できた。
「異端組織、モルス・クルスと名乗っていたはずです。気を付けてください。彼らの魔力は強力な風と氷の混成魔法。油断していると」
刹那、ルーベリアは微動だにしないまま空中に複数の炎を出現させた。前兆がなく突然炎が現れたようにしか見えない。
それに驚いたのも束の間、炎に突き刺さるように“氷の槍”が飛来する。ルーベリアの炎が一枚上手だったようで、“氷の槍”は貫通することなく蒸発して霧散した。
「……このように、あっという間に串刺しにされますので」
「おー、怖……」
「一先ず、彼らを片付けるとしましょう」
その直後、旋回軌道を崩さなかったシュライカたちの一部が軌道から逸れてルーベリアに向けて加速する。
羽ばたいていた翼を畳んだ。そう思った次の瞬間には、かなりあったはずの距離が一瞬で詰まっていた。
「──!?」
クロガネは手を構えるも、間に合わない。敵の狙いは──フィアだ。
が、そう思った時点でマナとミナも姿を消している。
「だらぁ!!」かなりの速度であったはずのシュライカの顎に、ミナの蹴りが炸裂する。大きく弾かれて体勢を崩した操縦者に、マナの鉄拳が突き刺さった。「ハァ……ッ」
なんつー連携。そして威力。
S級の実力は伊達ではない。
すかさずクロガネは次に迫るシュライカに向けて手を構えた。
「アイシクル──ライフルショット!」回転を加えて目標へと一直線に迫る。シュライカの突進が災いして、操縦者からしたら音速を遥かに上回る相対速度で向かってくるショットを避けるのは至難の業だ。
操縦者の身体にショットが突き刺さる。そして操縦者を失ったシュライカはそのまま突進するかに思われたが、想定外に急旋回して解き放たれたように逃げていく。
「逃げた……?」
クロガネの独り言に答えたのはルーベリアだった。
「恐らくは隷属魔法か何かで縛っていたということでしょう。操縦者を倒せばシュライカは勝手に無力化が出来ると考えてよさそうですね」
そう話しながらも、ルーベリアは魔法を操る手を一切緩めない。空中に浮遊する炎は時に盾となり、時に弾丸となって敵を穿つ。
複数体のシュライカが同時に襲い来るも、ルーベリアは難なくその一切を捌いていった。
負けじとクロガネも手を動かす。マナとミナも凄まじい連携で敵を翻弄していく。
何体撃墜したのか分からない。とにかくがむしゃらだ。その時、クロガネのショットと、マナとミナの連携をも掻い潜って一体のシュライカが迫った。
他の個体と違って操縦者の魔力がより強力である上に、シュライカも一回り大きい。
「ちっ」クロガネは舌打ちと共に赫灼剣に手を添えた──その時だ。「ん!?」
ぐん、とクロガネの魔力が赫灼剣に吸われたのを感じた。直後、鞘から溢れ出すほどに輝く赫灼剣。
直感で赤熱化していることを理解した上、それ以上のことを成してくれる確信があった。クロガネは迫るシュライカに向けて赫灼剣を振り下ろす。
鞘から引き抜いた赫灼剣は、本来の剣身のさらに数倍の長さの魔力でできた剣を纏っていた。扱っているクロガネ自身が思わず驚いた声を上げる。シュライカには到底届かないはずの距離であったものの、伸びた剣身がしっかりと相手を捉えた。
「ふんッ……」
シュライカを操縦者ともども真っ二つに切り裂く。それを確認したのち、クロガネは即座に赫灼剣を鞘に収めて追撃に警戒した。
が、追撃せんと迫ったシュライカの一切はマナとミナの連携を掻い潜ることが出来なかったようだ。
少し落ち着ける頃には、かなりいたと感じていた敵の数も残り片手の本数程度まで減っていた。
「……順調、かな?」クロガネの言葉に、だがルーベリアの表情は芳しくはない。
「順調、すぎる。何かがおかしい。気を付けて、クロガネ、そしてマナとミナ。何か──」
本当にその時だった。
ルーベリアの言葉で警戒をより一層強めたはずのミナの胸元から、銀色の何かが生えた。
「──ミナ」マナはその光景を見て、思わず声を上げた。「ミナ!!」
ごぷ、とミナは吐血した。
胸元から生えたそれは、純銀の刃だった。
そしてその時になってようやく気が付く、ミナの背後に潜む敵の存在。
「……が、あ」ミナは苦しげに呻く。「なん……狂化が、なんで……」
「いけない!」ルーベリアの叫び声をきっかけに、マナが高速でミナの元へと駆け寄る。そんなマナに向けてか、ルーベリアは言葉を続けた。「純銀製は魔力を阻害する! 気を付けて!」
「このぉっ!!」
感情的になって襲い掛かったマナは、だが一切の油断もなく、躊躇いもなくミナの背後に隠れる存在を引き剝がさんと迫る。
だが、クロガネは最悪の未来を想像した。嫌な予感。
そしてそういう時ほど、予感は的中する。
マナは、決して弱いわけではない。
けれどこれは、相手が一枚上手だったというだけの話。
「──な……っ」
ミナの背後から、不自然なほどに長く、関節が二つ存在する腕が伸びた。
その手に握られていたのは、当然ながら純銀製のナイフ。
だがマナはその一撃にしっかり反応していた。確かにマナはナイフを弾き、難を逃れたはずだった。
その僅かな油断を突くように、ミナの背後から伸びる腕がさらに一段階伸びた。
弾いたはずのナイフを再び握り直し、そのまま。
マナの頭部に深々と突き刺さった。
「あ────」
クロガネは目を見開いた。
それが現実だとは思えなかった。
それは間違いなく致命傷だった。だというのに、その姿の見えない誰かは満足しなかったようだ。
より深く、刃渡り十五センチ余りのナイフをすべて押し込んだのち、柄を強く握った。がちっ、という金属音。
ばしゅっ。射出される音。
突き刺さったナイフが、何らかの機構で射出された。
その衝撃はマナの身体を大きく弾き、そして。
マナの頭部から、真っ赤な花びらが舞い散った。
そこから、クロガネの視界は真っ赤に染まった。
「があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
かつてないほどに鋭く研ぎ澄まされたクロガネの純粋な殺意が、ミナの背後にいる存在を貫く。
手を構えたクロガネは、ただのショットを放った。だがそれは、かつて放ったすべてのショットを上回る推進力を持ち、更には追尾性も備えている。
真っ直ぐにミナに向かって突き進んでいたショットは、ミナに触れるその数瞬前にぐにゃりと軌道を曲げ、ミナの背後にいる存在を貫いた。
「ギッ……!?」
弾かれるように空中へと飛び出すそれは、人間というにはあまりにも異形だった。
腕の関節は三つあり、かつ三本の腕。そして脚は棒切れのように細い。顔にも目が三つあり、全体的に不自然な姿をしている。
だが、そんなことは二の次だった。
重要なのは、マナとミナを傷つけたこと。
鬼神の如き怒りと共にルーベリアの背を蹴ったクロガネは、赫灼剣を握る。
共鳴するように湧き上がった赫灼剣の魔力は、先ほどの比ではない。引き抜かれた剣身と共に、刃渡り五メートルを超える魔力の剣が揺らめいた。
「ギィ! ガァァァアアア!!」
異形の発したその声は、まるで獣の咆哮のようだった。異形の睨みつけるその瞳に、だがクロガネには一切の恐れも動揺もない。
振り下ろされた赫灼剣は、異形の身体を真っ二つに切り裂いた。──否。膨大な熱量を帯びた赫灼剣は、異形の身体を切り裂くというよりも、焼き尽くしたと言った方が正しい。
その異形は、まるで炎に包まれたように燃え上がり、そして跡形もなく消滅した。
クロガネは即座にミナに視線を向ける。
ミナも重症ではあったが、そんな状態ながらマナを抱きかかえている。
フィアが竜の姿のまま近付き、二人を手で包んだ。
このまま落下するということからは免れたことに安堵した。が、敵は待ってはくれなかった。
音もなく飛来したフードの男がルーベリアの頭部に降り立ち、そのまま拳で一撃。その対格差からは想像つかないほどの威力でルーベリアの頭部は弾かれ、一瞬で意識を持っていかれたようだ。
その男は次の標的にフィアを睨みつける。
フィアが明確に怯えたのがクロガネにも分かった。抑えきれぬ怒りをそのままに、クロガネはショットを放つ。
魔力量と威力に振ったその一撃は、ただの相手であれば四散させるほどの威力を持つ。
だが、その男はショットを軽くいなすと、クロガネには見向きもせずにフィアへと向かう。
「テメ……!」
続けてショットを放たんとするクロガネの首筋に、鋭い衝撃が走る。その時になって初めて、背後を取られていたのだと知った。
間もなく、フィアの悲鳴が響く。
即座に意識は刈り取られ、その体は落下していく。
「…………、フィア……」
圧倒的な大敗だった。
そこで、クロガネの意識は途切れた。
◇
「すまないが、これ以上あんたらに好き勝手させるわけにはいかんのよ。できれば引いて欲しいんだけど。その気はない?」
魔峰フェルガナの火口の中で、二体の赤竜と一人の男が気絶して倒れている。内、片方の赤竜の腕の中には血塗れの女が二人。
そんな面々を庇うように、二人の男が立ち塞がっていた。
「ないなら、全員ぶち殺すしかないんだけど、できれば面倒でやりたかないのよね」
一人は冒険者と言った装いの男。防具は最小限と言った数しか身に付けていないが、その立ち振る舞いからただ者でないことだけは確かだった。
事実、赤竜を一撃で気絶させた部隊の長である男も、その冒険者を警戒して手を出せずにいた。
「まぁ、去る気はないのでしょう。手ぶらで帰っても殺されることに変わりはないのでしょうから」
もう一人の男は、冒険者とは対照的で学者といわれてもおかしくないような服装をしている。
だが、こんな状況下であっても一切表情が崩れないその雰囲気と、そして頭部に生えた明らかに人間ではない角、宝石の如く深紅に輝く頭髪。
「まじか。じゃあ殺すしかないんだ。めんどくっせ。劫火竜も手伝ってくれよ」
「……こう見えて、結構私も苛立っているんですよ。フェルガナを噴火させてタングリア新都に迷惑をかけるのは、私の本意ではありませんので」
「なんじゃそりゃ。そんな簡単に噴火させられるもんなの?」
「ええ、まぁ。私の力を使えば」
「コワすぎ!」
こうして二人が軽口を言い合っている状況下であっても、だが彼らは攻めあぐねていた。
それほどまでに、赤竜を庇う男二人は常軌を逸した実力であるという裏付けでもある。
「一先ず、彼女らの治療に取り掛かります。アールさん。この場にいる『敵』は全員殺してください。あなた一人で必要十分でしょう」
「……へぇへぇ。了解」
アールと呼ばれた男は、前触れなく虚空から一振りの黒刀を取り出す。それを掴んだ直後、アールの足元が大きく破砕した。
まるで過剰なまでの圧力が足元に掛かったかのように。その正体はまさしく黒刀によるものだ。見た目はただの刀剣ながらもその重量は想像を遥かに上回る数百キロあり、一般人では持ち上げることさえも叶わない。
ミシミシと軋む音はまるで地面の悲鳴だった。そんな中で平然と黒刀を持ち上げ、更には体幹も揺るがないアールの姿は一際異様に映る。
どこか面倒そうな雰囲気を漂わせていたアールの目が、突然細まった。黒刀の柄に手が掛けられる。
びり、と空気が明確に張り詰める。
──来る!
その場にいた全員がそう思ったその時点で、だがその全員の首と胴体は既に切り離されている。
思考と行動の反転。無我の境地。
殺意を飛ばすよりも早く、アールの黒刀は振るわれていた。
「……おっそ」
音もなく、アールは彼らの背後に降り立っていた。切り離された頭部は悲しげに宙を舞い、鈍い音と共に地面を転がった。
いつ、どのタイミングで抜かれたのかも分からない黒刀の刃が、ギラリと光る。そうして静かに黒刀を鞘に収め、カチンと音を立てた。
それを合図にして、今だ立ったまま安定していた首より下が細切れになり、爆散するかの如く周囲に飛び散る。
数瞬前までここに存在していた男たちは、瞬きよりも短い一瞬で消え去り、火口内部の真っ赤な水たまりに生まれ変わったのだった。
ため息混じりにアールは空を見上げる。
「はー……。面倒くさいな、ほんとに色々と……」空から目を離したアールは、続いて倒れている男に視線を向ける。「……クロガネ、ねぇ」
アールはガシガシと頭を掻くと、大きく息を吸ってから、それはもう大きなため息を吐いた。
ため息を吐いて吐いて、吐きまくった。
「……あ、そうだ」と、そこでアールは突然の閃き。その思考は果たして面倒だったからなのか、或いは明確な考えから発されたのかは本人しか分からない。「アイツに頼んでみるか」
そう決めるなり、アールは劫火竜の方へと振り返った。
「なぁなぁ、劫火竜。クロガネについてなんだけど」
「……まさかとは思いますけど、彼女にぶん投げるなどというつもりではないでしょうね?」
「あれ? 俺のことよく分かってるね。いえい、我が親友よ」
「…………まぁ、別に彼女が悪い人ではないのは重々承知していますが、如何せんあの性格は──」
『あー。もしもーし。聞こえますか~』
「ちょっと、勝手に……はぁ」
劫火竜が話し終えるより先に、アールは耳元に手を当てていた。アールが“アイツ”と呼び、劫火竜が“彼女”と呼ぶその存在が編み出した遠距離思念伝播魔法だ。
本来であれば魔法に使用できないはずの空気中の魔素を媒介して声を伝える魔法である。
『え? もう転送する? いいよ~じゃあね~』
「アール? 何を勝手に決めているのですか?」劫火竜が声を上げるも、その時点でクロガネの身体が光に包まれ始めている。「ああ。まだ治療も何もしていないのですが」
そう言っている内にクロガネに姿は完全に光に包まれて、次の瞬間には跡形もなく消えた。
“彼女”の元に強制転移させられたのだ。
思わず劫火竜はため息を吐く。対してアールは随分と楽観的だ。
「まぁ大丈夫でしょ。これぐらいで折れるならその程度だったということで」
「まったく……彼の未来が心配ですよ」
「何とでもなるさ。大丈夫、大丈夫。俺に見立てでは、クロガネはもっともっと強くなれる。俺ぐらい」
その言葉に、劫火竜は目を見開いた。
「……あなたがそこまで言うのは、初めてではないでしょうか」
「そうだね。俺はホントに思ってることしか言わないから」
しばらくの沈黙の後、劫火竜は静かに頷いた。
劫火竜はアールを信頼している。そのアールが真っ直ぐにそういうのであれば、きっとそれがクロガネにとっての最適解ではあるのだろう。
「まぁいいでしょう。彼について貴方に一任すると決めたのは私ですから」劫火竜はそう言ってから、すぐに視線を二人の女に向けた。「……それはさておき、二人の治療に取り掛かります」
「…………治療、できるか? 純銀製の刃で貫かれてる。かなり絶望的じゃねぇかなぁ」
「正直、良くて一割。かなり絶望的ではありますが──……できうる限りのことはするつもりです」
一章 劫火赫灼の竜 幕




