1-63 劫火赫灼の竜-⑤
ルーベリアと共にケーキを始めとしたスイーツを食し、気が付けばテーブルの上も随分と寂しくなっていた。
間もなくお茶会も終わりが近いようだ。
「もう、お聞きしたいことはありませんか?」ルーベリアが問いかける。
「あ、えーと」クロガネは言葉を探す。「パヌルと対峙したときの、竜人化、っていうんですかね。竜の翼や尻尾、鱗が発現したあれって、話にあった劫火竜の魔法によるものなんですかね?」
「そうですね。あの姿は竜人化に他なりません。ただ、不可解な点があるとすれば、少なくとも私は竜人化の魔法を誰かに教えたことがないという点でしょうか。……何か、心当たりはありますか?」
「心当たり……」
心当たりしかないものが一つだけ手元にある。
「あるといえば、これですかね」とクロガネは赫灼剣を取り出す。取り出してから、あれ? これ赤竜の素材──つまりルーベリアの身体の一部を加工した武器だな? と気付く。「…………あ……の、すみません、これ、めちゃくちゃ失礼なことしてますね……」
「……? そうですか?」ところがルーベリアは、クロガネの考えとは裏腹にあっけらかんとした様子で答える。「人間が生き残るために必要な武器を作るのは当然のことです。事実、私は人間と対立していましたから気にしていませんよ。これはクロガネが勝ち取ったものです」
「そ、そうですか……?」
「まぁ、あの時の魔法はとっても痛かったですが」
くしゃ、とクロガネの顔が歪み、対してルーベリアは意地悪そうに目を細めて笑った。「褒めているんですよ?」とは言うものの、素直に受け取ることができないクロガネは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「私を“素材”にした武器……人間が象形装具と呼んでいるものですね」ルーベリアは赫灼剣を手に取り、じっくりと見つめた。外装を細かく確認したのち、ゆっくりと鞘から引き抜き剣身を眺める。「美しい仕上がりです。素晴らしい鍛冶師ですね。ですが……ふむ、見る限りは特筆した点はありませんね。こちらにどういった心当たりが?」
「ええと、今は本来の能力を失っているというか。以前までは刀身の赤熱化などの能力があった他に、その、声が聞こえたんです。パヌルを恨む声が」
「……なるほど」
ルーベリアは興味深そうにそう呟いた。思い当たる節があるのだろうか。赫灼剣を眺める手を止めないルーベリアに対して、クロガネは聞き返すことが出来ないまま静寂が訪れる。
紅茶も飲み干してしまい手持無沙汰なクロガネは、そんなルーベリアを見つめる他ない。
……こうして見ると、本当に美しい女性だな、とクロガネは思う。竜種であるからなのかは定かではないが、人とは少し違った美しさだ。うまく言語化は出来ないのだが。
フィアが大人になったらこんな感じになるのかな、などと考えたりもする。
そんなことを考えながらおよそ五分ほど過ぎたころ、ようやくルーベリアは口を開いた。
「私の中には、厳密には私以外に二体の竜が存在しています。番の赤竜と、劫火竜。分かりやすく言えば、血液中などににそれらの遺伝子が含まれている、といったところでしょうか」
「……?」
「推測でしかありませんが、人間の言う魂のような概念として番の赤竜や劫火竜の意志が宿っていた、と考えられます。そしてパヌルに対する怨嗟が共鳴したことで、竜人化が引き起こされたのではないかと」
「……そんなことが」
信じがたい話であり、だがクロガネはそれを実際に体験している身としては否定することもできない。過程はどうあれ、結果として竜人化が起きたのは事実なのだ。そして恐らくそれに最も詳しいであろうルーベリアがそのように推測するのなら、それ以上の解答がこの場に出てくるとは思えなかった。
なるほどと思う反面、その通りであるのなら意志の消えた赫灼剣で竜人化は発現できないのだろう。
折角の強力な能力ではあったが、再現性がないのは正直……少し、残念だった。
まぁ、近道をし過ぎるのも良くない。そう考えることにした。
と、その時だった。「ふふ」と、急にルーベリアは微笑む。「これは、喜ばしいことです。今までの道程が無駄ではなかったのだと示している。これまでの苦しみが無意味ではなかったのだと示している。それだけで、報われました」
その直後だった。
ルーベリアの手元にあった赫灼剣がぶわりと赤く光り輝く。
「え!?」
驚愕の声を上げるクロガネとは打って変わって、ルーベリアは落ち着いた様子で赫灼剣を見つめている。
「……ええ。そうですね。それが、あなたの意志だというならば」
「え……?」
光っていただけの赫灼剣が、次第に熱を帯びる。ぶわ、と肌を撫でて通り抜ける熱風と共に、背筋を走り抜けた危機感。対面にいたクロガネは思わず立ち上がって数歩後退した。その刹那、急激に熱量が上昇し、周囲の景色が歪む。
単なる熱──ではない。少し遅れてクロガネはそれが魔力によるものなのだと悟った。
クロガネにとっての魔力の感覚があるように、赤竜、あるいはルーベリアにとっての魔力の形がこの熱そのものなのだろう。
ただすごい、という感想だけがクロガネの脳裏を過ぎる。
「──────」ルーベリアが何かを言っていたが、クロガネにはそれを聞き取ることが出来なかった。
そうして赫灼剣は更なる熱を帯び、遂には視認することすら出来ないほどに眩く輝く。
クロガネは腕で顔を覆い、目を閉じる。閉じていてなお、眩しいと感じられるほどの光量が周囲を包み込んでいた。
爆発でもするのではないだろうか。
それはもう、火山の噴火のような大爆発が。
思わずそんなことを考えたクロガネだったが、予想に反してその光と熱は一瞬で収束した。それこそ、一瞬前の光景が幻であったかの如く。
「………………」恐る恐る目を開けると、まるで何事もなかったかのように立っているルーベリアの姿があった。「……あれ?」
だが、それまでと明確に違っていたのは赫灼剣だ。その剣身は真っ赤に赤熱化している。見覚えのある姿。それはまさに、クロガネが以前に見た赫灼剣の姿だった。
「……え!?」
思わず驚愕の声を上げたクロガネに、ルーベリアは微笑み返す。
「この素晴らしき一振りが、ただの武器に成り下がるのは勿体ない」ルーベリアは赫灼剣を振るった。竜種の膂力を見せつけられるかの如く、目で追えないほどの速さで空中を切り裂く。赤熱化した剣身の残像が空中に残り、それはルーベリアの容姿も相まってクロガネの瞳には神々しく映った。「それに、復讐を終えたからといってこの世界は廻ることを止めはしませんからね」
その言葉は、誰に向けたのだろうか。クロガネには窺い知ることが出来ないが、ルーベリアの表情はどこか晴れやかだった。
それで十分だった。
ルーベリアは赫灼剣を鞘に収めると、クロガネに向けて差し出す。
「どうぞ、クロガネ。この剣が、あなたの未来を切り開く手助けとなることを願っています」
◇
──とても、長い夢を見ていたような感覚。
けれど夢ではない、はずだ。クロガネが目を開けると、目の前には祭壇がある。視線を動かせば、大理石の円柱や床が見える。ここは神殿だ。
目の前の祭壇には赫灼剣が置かれていた。鞘に収まってはいるが、抑えきれないといった様子で赤熱化した剣身の光が漏れ出ている。
……やはり、夢じゃない。
「クロガネ」と声。振り返ると、ルーベリアが立っている。「遅い時間になってしまいました。どうぞこちらへ。寝室へと案内します。お連れの方は既にフィアとぐっすり寝ているようです」
「……あれ? ……な、なんだろう。さっきまでのが、夢だったような? そうでもないような……」
「ふふ」
クロガネが戸惑うのも無理なかった。広大な草原の中でルーベリアと共に紅茶を飲み、様々な話をした。それは数十分の話ではなく、体感的には一時間。実際の経過時間では実に二時間近くが経過していた。
だというのに、目を開ければクロガネはこの神殿で立っており、まるで今までこの場所で惚けていたような感覚すらある。
だが、腹は膨れている。紅茶も飲んだし、スイーツも食べた。それは夢ではない……の、だろう。
その反応が可笑しかったのか、ルーベリアはくすくすと笑っていた。
どこか恥ずかしくて、クロガネは後頭部を意味もなく掻いた。
「すごいでしょう。祭壇の中央に、宝玉が埋め込まれているのが分かりますか?」ルーベリアに言われるまま祭壇に視線を向けると、確かに中央に銀色に輝く宝玉が埋め込まれているのが分かる。「劫火竜のさらに上位、地皇龍が生み出した“王域”の魔導だそうです。曰く空間と時間に作用するようで、詳しいことは正直私にも分かりませんが……先程のような体験ができます。儚き夢のようであり、けれど現実が混じり合った、そんな雰囲気」
何やら凄い単語が勢いよく飛び出してきた。
正直なところ何にも分からなかったが、取り敢えず分かった感を出しながら頷く。が、ルーベリアは聡い。クロガネの雰囲気で何となく察しているのだろう。そんな気がする表情である。
「聞き返したいこともあるようですが、疲れたでしょう。また明日、話しましょう。さぁ、赫灼剣と共にこちらへ」
ほら気付いてる……。
詳しく聞きたいことはいくつもあったが、それよりも先にルーベリアが言うとおり眠気がクロガネを襲う。魔法……ではなく、王域とやらの魔導によるものなのか、ドッと疲労が鉛のようにクロガネの身体にのしかかった。
このまま会話しても、途中で寝てしまいそうだ。
クロガネは赫灼剣を手に取った。輝いているものの、熱は感じない。と、思って眺めていると次第に光は収まり、普段通りの姿となった。
僅かに赫灼剣を抜き、剣身を眺める。それまでは一般的な刀剣と同じく銀色だったはずだが、今は僅かに赤い。赤熱化しているわけではなく、剣身自体の色が変わっているようだ。
「……また、よろしく」クロガネが小さく呟くと、応えるように赫灼剣が微かに輝いた。……気がした。




