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星火の導く夜明け前の世界で  作者: 竜造寺。
1章 劫火赫灼の竜

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1-60 劫火赫灼の竜-②

 

 せっせと着替えまで済ませたフィアは、待ちきれないとばかりに勢いよく走って女性に飛び込んだ。

 女性もまたフィアを抱きとめると、いくつか言葉を交わしたのち、優しく抱き上げる。

 そのままこちらに視線を向け、「こちらへどうぞ」とだけ言って火口の中に入っていく。


 躊躇いなく入っていくあたり、かなり慣れているようにも見える。火口の中にいるというのは間違ってはいないのだろう。


 クロガネはマナと顔を合わせて苦笑いすると、意を決して足を踏み入れる。その頃にはもう女性の姿は見えず、そこを通ったのであろう轍と舞い上がった粉塵だけが目印だった。


 かなりの急勾配。一度転んだら下まで真っ逆さま。

 クロガネは慎重に足を運ぶ。三歩、四歩ほど進むうちに、思ったよりも足を取られないことに気が付いた。歩く速度を上げても、滑って転びそうではない。


 ……が。

 とはいえこの調子で降りていったら夜になりそうだ。それぐらいに、火口の底は遥か彼方だ。


 さてどうしたものかと、クロガネが振り返ったその時だった。


「お先~」

「へっ?」


 宙を舞うマナがそこにはいた。

 火口の縁から勢いよく飛び上がったマナは、空中で一回転してからクロガネの前方に着地する。その勢いのまま優雅に斜面を滑り降りていく姿は、見事というほかなかった。

 身体がぶれていない。体幹がいいというのはこういうことなのだろうか。


「え、ええ……すげぇ……」そこではたとクロガネは気が付く。「ちょっと待って、まさかミナさんも先に行くつもりじゃ……」

「もち!」

「ま、待ってくれません!? 俺、流石にあんな感じで滑り降りるのは流石に流石に流石に無理無理ム」

「ちーっす!!」


 クロガネが全てを言い切る前に、ミナはマナと同じように火口の縁から飛び上がった。


「あ、ああ……」手を伸ばすも、それは空を切ることしかできない。ああ、なんて無力。とほほ。


 クロガネはしばし呆然とした後、気を取り直して火口の底へと向かう。

 このままではいつまで経っても着かない。だが、あれほど華麗に滑り降りることはできない。間違いなく途中ですっ転ぶ自信がある。

 であればどうするか。


 走る。

 これだ。


 坂道全力疾走。言い換えるなら、バカの解決法である。

 アレクによる治療によって異様に身体の調子が良く、更には主にフィアの背中に乗ってここまで来れたことであり余っている体力が、クロガネのアホ選択の背中を押した。








「……結構深いね」と言ったのは、先に火口の底に着いていたマナだった。太陽が直上に来ていない時間帯は日陰であり、かなり暗く感じられる。

「ほんとだねー」


 少し遅れて底に着いたミナは、息切れした様子もなくマナの隣に立つ。


 クロガネは気付いていないが、S級冒険者であるからというわけではなく、“マナとミナであったからこそ”あのように華麗な滑り降りを成功できるのである。

 仮にこれがアレクやダリルであったならこうはいかず、B級以下の冒険者であれば降りることさえ躊躇うはずだ。


 対してマナとミナは、そうした姿を見せることでクロガネを急かす……などと言った意図はなく。単に自分がとっととに行きたいから先に行っただけである。

 その姿を見せたことでクロガネがどんな選択をするのかなどは、微塵も考えていない。


 そうして、意図せず死神に背中を押されてしまったクロガネは、二人が降りきってから間もなく姿を現す。


「……………………………………ッ!!」


 無言。だが、無言の叫びである。無言で叫びながら、人間の限界をやや超えた速度で斜面を駆け下りてくるクロガネの表情は、さながら鬼神のようだった。

 想定外にクロガネは転ばずに斜面を駆け下りることに成功していたが、裏を返せばそれだけ速度は出ており、転んだ時の衝撃は大きくなるばかりである。

 その時、クロガネの表情が悪魔の如く歪んだ。……要は体力的に限界を迎えているということだ。

 当然である。斜面を駆け降り、速度が出ている現状で転ばない方法といえば、必死に足を動かし続ける他ない。


「ぐえー! 止まらないンゴー!!」


 情けない声で叫ぶ変人がいた。

 クロガネである。


「おー……」マナはその様子を見て、感心したように声を漏らす。「クロガネ君、すごいね。あんなに速く降りてくるなんて」

「どわはははははははははははは!! 何してんのクロガネ君!!」ミナは腹を抱えて大笑いしながら、クロガネの姿を見ている。

「うるせぇ!! 止まれねぇんだよ!!」


 怒りのあまりに叫ぶクロガネだったが、視線が足元から離れたのが災いした。


「ダッッ────!!」



 世界が一瞬で逆さまになった。



 ゆっくりと景色が流れる。



 終わった……。



 クロガネが諦めかけたその時、急に視界が暗くなり、ぞっとするような浮遊感から突如解放された。

 倒れているわけ、ではない。立っている。立ったまま、何かに体重を預けている。

 なんだ? と思いながらも、クロガネの身体は動かない。恐怖で身体が硬直しているのだ。

 驚くほど動かない身体に何とか力を込め、ゆっくりと顔を動かした。


「……無理しすぎ」

「あ、あれ……? マナさん……?」

「そうですよ。マナですよ」


 クロガネの本当に目の前にマナの顔があった。

 マナはクロガネの身体を支えるように抱きとめていたのだ。言い換えればクロガネは、マナの胸に顔を埋める形で彼女の腕の中に倒れ込んでいた。


 はぁ。なるほど。

 柔らかいんだなぁ、と思った。


 それに気付いたのか分からないが、マナの頬が少しづつ赤く染まっていく。

 けれどそれでも無理矢理突き放そうともしないのは、クロガネの身体を支えるために必要なことだと理解しているからだろう。


「……あ、ありがとう。マナさん」


 そうして余計なことを考えている内に、クロガネはようやく身体の自由を取り戻し自力で立ち上がることができた。

 高速で足を動かしたことで限界を超えていた脚は、まるで生まれたての子鹿のようにガクガクと震えている。


 あまりにもそれが可笑しくて、クロガネは思わず笑った。つられてマナも笑った。


 そんなこんなでようやく火口の底に着いたクロガネたちは、すぐに向かうべき場所へと視線を向けた。

 火口の底、その中心に目印だといわんばかりの岩が鎮座している。それはただの岩ではなく、正二十面体の形状だ。まるで非常に鋭利な刃物で削り出したかのように、角が鋭く尖っている。


 歩いて近付くと、その正二十面体の平面は凹凸がなく、やすりで磨き上げられたように滑らかであることがよく分かる。

 そしてその平面部を埋め尽くすように無数の文字が刻まれていた。

 クロガネの知らない文字だ。マナとミナに視線を向けるも、二人とも首を横に振る。


「多分、神代文字じんだいもじかなぁ……?」といったのはミナだった。

「神代文字?」

神代かみよの時代の文字。とはいっても私が見たことあるものとも形は違うんだけど、何となくそれっぽいというか」

「あ」と顔を上げたのはマナだ。「教会にある壁画の文字?」

「そうそう」


 そうしてしばらく眺めていたものの、分からないものは分からない。

 諦めて正二十面体から視線を外し、その足元を見る。目印としてか小さな火種が砂利の上で揺らめいていた。可燃物が見当たらない辺り、赤竜によるもの……なのだろう。恐らく。

 その火種のすぐ隣に、入ってくださいと言わんばかりにぽっかりと空いた穴があった。そこそこ大きいが、赤竜が通れるほどではない。

 赤竜は普段から竜の姿でいるわけではないということだろうか。


 特に気にせず入ろうとしたクロガネをマナが制止する。


「何あるか分からないから、私が先に行くよ」

「ありがとう、よろしく」


 マナが先頭、後ろのミナに挟まれながら穴の中へと入っていく。

 暗いな、と思っていると、急に小さな火種が無数に宙に浮かび上がった。可燃物のない火。それは三人に歩行速度に合わせて穴の奥へと進んでいく。まるで誘導してくれているようだ。


 地下に向かって降りていく洞穴ほらあな、といった感じだ。


 そうして下っていくと、急に広い空間に出る。


「うお」と思わず声が出た。「まじか、これ」


 地下に存在していたのは、神殿だ。

 宙に浮かぶ無数の火種が照らす神殿は、まるでこの世のものとは思えないほど美しい。

 両側には見上げるほど巨大な大理石の円柱が等間隔に並び、その列は広大な空間の奥へと続いている。床も大理石で、白と黒の模様が美しい。

 円柱の向こう側は当然ながら壁になっており、暗くてあまり見えないが壁画のようなものが描かれているのがわかる。


 そうして円柱に囲まれた空間の正面には、やや高くなった場所に祭壇がある。その先は竜の姿が色鮮やかに描かれた壁画となっている。

 中心に輝く太陽と月を取り囲むように、三体の巨大な竜とその周囲に六体の小さな竜が描かれていた。


 思わずその景色に圧倒されていると、声をかけられた。


「素晴らしいでしょう」

「……ええ、とても」


 声の主は、円柱の陰から姿を現した女性──赤竜だ。


「フィアは?」

「部屋で眠らせています。ふふ。名前を与えてくださったのですね」

「え、あ……ああ!? そ、そうです、その、勝手に……すみません」

「いいえ。私が、そうしてもらいなさいと伝えたのです」

「……俺なんかで、よかったんですかね」

「ええ。そろそろ、我々竜族も、変わっていかなければなりませんから」


 女性はそう言うと、祭壇の方へと歩き出す。


「それって、どういう……?」

「……難しい話の前に、一息つきましょう。お疲れでしょうから。私は逃げも隠れもしません」


 クロガネはマナと顔を見合わせてから、女性の後を追った。


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