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星火の導く夜明け前の世界で  作者: 竜造寺。
1章 劫火赫灼の竜

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1-59 劫火赫灼の竜-①

 

 その後ミナに対しても同じように後ろから支えたところ、マナの数倍の時間はかかったものの克服することが出来た。

 トラウマになっていたことは間違いないのだろうが、マナと同じくそれに向き合うことは出来ていたということなのだろう。

 冒険者、そしてS級という実力故だろうか。それとも二人の精神面だろうか。何はともあれ、克服する最後の一歩を手助け出来てなによりだった。


 そしてその頃には、すでに目的地まで間もなくといったところまで来ていた。

 すっかり平常心を取り戻したマナは、眼前に迫った山を眺める。


「……魔峰まほう、フェルガナ」

「それが、あの山の名前?」

「そう……でも、カルファレステ街ではあまりそう呼ぶ人はいないの」

「そうなの?」

「うん。そもそもカルファレステ街からはほとんど見えないし、近づくこともないから。フェルガナは基本的に、タングリア新都の人たちが呼ぶ名前なの」

「タングリア……新都?」


 そう言われるまで全然考えもしなかったが、確かにそうだ。タングリア“旧都跡”があるのだから、言われてみればタングリア“新都”があってもおかしくはない。

 なるほどと頷くクロガネに、マナは続けた。


「タングリア新都はフェルガナの向こう側にある」

「そうなんだ。……行ったことあるの?」

「行ったことある……というより、正確にはタングリア新都からカルファレステ街に移住した、というのが正しいかな」

「あ、えっ!? そうなの!?」

「というか、タングリア新都はタングリア旧都跡のさらに三倍ぐらいの面積がある大都市で、結構な数の人がそこから周辺に流れていくの」


 マジで? とクロガネは思った。

 眼下に広がるタングリア旧都跡を眺める。カルファレステ街の数十倍は優にあるその面積の、更に三倍。カルファレステ街の、三十倍ぐらい広い……? 或いは、それ以上。

 想像つかない。取り敢えず、途轍もなく広いということはよく分かった。

 それほどに広いと、街を横断するために数日かかるのだろうと想像できる。訳が分からない。街の中で遭難してしまいそうだ。


「……フェルガナに降りたら、タングリア新都は見えるのかな」

「いや、難しいかな。今見えてるフェルガナの斜面は比較的緩やかに見えると思うけれど、新都側はかなりの急斜面なの。かなり昔に起きた噴火で山のかなりの範囲が吹き飛んでできた地形だから」

「なるほど」


 そうして話している内にも進んでいく。空を飛んでいるから余計にあっという間に感じるのだろうが、すでにフェルガナの斜面は眼前にあり、山の頂上を見上げる位置にまで来ていた。


『降りますね!』

「了解! 気をつけて!」


 フィアの声にクロガネは返事すると、すぐにマナとミナと共にフィアの背中へしがみつく姿勢をとった。姿勢は低く、頭を下げ、そして両手でフィアの背中を掴む。


 が。


「え、ちょ……!?」──ぐん、とフィアの速度が急に上がった。「ナニナニナニナニ!? な……っ」クロガネの悲鳴は風にかき消され、フィアの耳には届いていないようだ。

 僅かに見えた景色の中で、フィアの翼が畳まれているのが分かった。なるほど、これはあれか。波状飛行だろうか。なるほど。


 何故、今それをやるのですか。フィア。


 急激な加速で遂には顔を上げることも出来ず、ただ振り落とされない事を祈ってしがみつくことしかできない。なんと哀れなことか。

 赤竜という存在の恐らくはごく普通の動きなのだろうが、人間の身体では振り回されることしかできない。なんと哀れなことか。

 人間は貧弱な種族である。とほほ。


 クロガネは神に祈った。

 どうか振り落とされませんように、と。


 ふと脳裏に浮かんだのは、ウインクしながらサムズアップするアマテラスの姿だった。

 この際、あまてらすにもすがる思いである。


 ああ、ぶつかる。フェルガナの斜面に砲弾の如くフィアが突き刺さる景色が鮮明に脳内で再生されたその直後だ。フィアはぐい、と身を翻して両翼を大きく広げる。急停止、というには慣性で身体を引っ張られることもなく、それはもう見事に運動エネルギーを相殺していた。

 斜面から数メートル上空で姿勢を整えつつ、ぶあ、と砂煙を舞い上げながらフィアは着地した。

 そうして、ぐるりと周囲を見回す。周囲にモンスターの姿はない。

 いや、あったとて赤竜に襲いかかるようなモンスターはまずいないだろうが。


『降りました! 大丈夫ですか?』

「……だ、……大丈夫、だよ」

『よかったです!』


 クロガネとマナ、ミナは揃って顔を上げた。

 遮るものがなく、びゅう、と吹く風。巻き上げられた砂煙に顔を顰めつつ周囲を眺める。

 植物はなく、見渡す限り石、石、岩、岩。角が目立つ岩肌が荒々しい。それらは灰色や黒、赤褐色がほとんどで、彩度の低い荒野といった感じのもの哀しい景色が広がっている。

 いかにも火山といった雰囲気だ。


「ここがフェルガナの斜面……」

『じゃあ、このまま進んでいきますね?』

「あ、うん。じゃあ、引き続きよろしく!」

『はぁい!』


 フィアはそう言うと、ゆっくりと歩き出す。こうして見ていると、まるで疲れを知らないかのようだった。フィアの呼吸は驚くほど乱れておらず、足取りも軽そうに見える。そこから、赤竜の底知れぬ体力を感じられた。


 ぐんぐんと登っていく。


 ……楽しすぎな気分にすらなる速度で。


 フェルガナの斜面を見れば、大小さまざまな石や岩がごろごろと転がっている。仮にそこを徒歩で登ろうとすれば、常に足元を気にかけつつ進む必要があり、かつ不安定な足場で疲労も溜まるだろう。足を取られて転べば怪我の危険性があり、最悪は滑落してしまうかもしれない。

 ところがどうだ。フィアの背中で揺られているだけで、そんな心配は一切ない。しかも、徒歩とは比べ物にならないペースである。

 この調子なら今日中に余裕でフェルガナの頂上に着くことができるだろう。


「フィア、疲れてないの?」

『え? 全然大丈夫です!』

「……すごいね」

『ありがとうございます! この姿の体力には自信ありです!』


 そうしてフィアの背中で揺られて三十分ほど。あっという間に一行はフェルガナの頂上を目前にしていた。

 フィア、もとい赤竜の姿で移動しているからだろう。道中では遂に一度もモンスターに遭遇することはなかった。かつ、不安要素であった高山病も発症することはなく、あまりにも順調すぎる進行にクロガネは少し拍子抜けしていた。


『間もなくです! 山のてっぺんにはまぁるく穴が空いていて、そこにママはいます』


 そう言っている内に、クロガネの視界にその“まぁるく空いた穴”が映る。その正体は、巨大な火口だ。まさしく過去に噴火したその名残である。

 火口の直径は、目視でも少なく見積もって一キロ以上。深さは三百メートルほどはありそうだ。

 かなり深く感じられる。


「……、この中に、ママがいるの?」

『はい! ママはこの穴の底にいます!』


 火口に入るとは聞いていない……。クロガネは不安そうに横を見る。マナとミナも同じように不安そうな顔でクロガネを見ていた。

 ばっちりと目が合う。そして、マナは小さく頷いた。


「私はここで見張ってるね」

「ちょっと待てや」


 そうはさせない。というか、許さない。それはミナも同様だったようで、マナが逃げるよりも先に後ろから羽交い絞めにした。

 見事な手際だった。

 何とか抜け出そうともがくマナと、拘束を緩めるつもりのないミナを横目に、クロガネはフィアに向き直る。


「……この穴、火口っていうんだけど」

『はい……?』

「一般的に、火口の中って有害なガスとかが充満してたりして、人間が入るには──」


「ああ、心配なさらず。そういったものは対策済みです」


「え? あ、そうなんだ。それなら……」と、クロガネは返事してから気が付いた。今の声は、誰?

 声の方向を向けば、火口を見下ろす位置に赤い髪の女性が立っていた。一瞬だけぎょっとして、けれどその赤い髪には見覚えがあった。


『ママ! ママです!』


 フィアがそう言うと、彼女は微笑んで手を振った。


「はい。ここまで連れてきてくれてありがとう、私の可愛い娘」

『えへへ……』


 我慢ならなそうにフィアはクロガネに視線を向けた。その意味は言葉にせずともすぐに分かる。


「大丈夫、いいよ」

『はい!』


 クロガネが返事するよりも早く、フィアは人の姿に戻った。ぶわ、と煙が身体を包み込む。そしてある瞬間に竜の身体は消失し、次の瞬間には人の姿が空中に出現している。クロガネからすれば、突然足場を失って自由落下した状態だ。どういう原理なのだろうか。


 即座に動いたのはマナとミナだ。バッグから大きめの布を取り出すと、空中に人型のフィアが現れるのとほぼ同時にその布で包み込む。


 そうして重力に引かれるまま各々着地する。

 何の気なしに裸足で着地しようとしていたフィアを抱きとめたのはミナだった。


「フィアちゃん、裸足は危ないから、靴を履こうね」

『え、あ! ありがとうございます!』忘れてました、とばかりに笑うフィアに、ミナも釣られて笑顔を向けた。


 間もなく、抱かれた格好のフィアにマナが靴を履かせる。

 こうして見ていると、仲良し姉妹に見えなくもない。


 そしてその間、赤い髪の女性は終始穏やかな表情でこちらを見ていた。そこに敵意は感じられず、正直なところ本当に赤竜本人なのかは分からなかった。

 だが、ふと腰に差した赫灼剣がカタカタと震えていることに気が付く。

 驚いてクロガネが彼女に視線を向けると、全て分かっているとばかりにその視線はクロガネを真っ直ぐに見ていた。


 素直に、ああ本物なのだと分かった。


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