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星火の導く夜明け前の世界で  作者: 竜造寺。
1章 劫火赫灼の竜

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1-57 次に会う日まで

 

 早朝。


 普段通り、目が覚めて。

 普段通り、朝食を食べて。

 普段通り、身支度を整えて。


 けれど普段通りではないことがあるとすれば、それはこれからフィアと共に赤竜の元へ向かうということだろうか。


「準備できた?」というクロガネの言葉にマナとミナは静かに頷いた。

 フィアは、ナリィの背中におんぶしながら笑顔で「うん!」と答える。


 昨日の僅かな時間で、フィアはナリィとすっかり打ち解けたようだ。


 そうしてソラマメ亭を出た一行は、まず冒険者協会へと向かった。早朝であったため協会の職員はいなかったものの、ロビーには見知った顔があった。

 エフレイン、アレク。そして、久々に顔を見せたダリル。

 シユウとバルトの姿もあった。


 それぞれに挨拶を交わす。とはいえ会話はそう多くはなく、それこそ少し遠くに出掛ける程度の雰囲気だ。

 赤竜の元に向かうとはいえども、フィアの存在、そしてパヌルとの戦闘時の赤竜の行動。

 クロガネには赤竜との戦闘経験もあり、この場には不安げな表情を浮かべる者はいない。


 ナリィは名残惜しそうにフィアを降ろすと、頭を撫でた。


「いってらっしゃい、気を付けてね」

『うん!』


 そんな姿を横目に、クロガネはエフレインとアレク、そしてダリルの元へと向かった。


 エフレインは少しだけ口角を上げて、クロガネの肩を叩く。

「無理はするなよ」そう端的に言うと、そのまま脇を通り過ぎマナとミナの元へと歩いて行った。信頼されている、ということだろうか。そう思うことにした。

 なんだかんだ、エフレインはマナとミナのことを気にかけているようだ。バカ姉妹と呼ぶのも、ある意味それだけ信頼しているからこそだろう。


 次いでアレクは、「頑張ってね」と言った。続けて、「赤竜の縄張りには手強いモンスターも少ないけど、油断は禁物だからね」と付け加えた。


 アレクの言葉にクロガネは頷き、それから視線をダリルの方へと向ける……と、何やら、ぶすくれたような表情をしている。


「あっははは! ダリル。そうぶすくれてないでちゃんと挨拶しなよ」

「うるさいな……」


 アレクの言葉で、余計にダリルの眉間に皺が寄る。


「クロガネ君。ダリルはずっと君に剣術を教えるのを楽しみにしていてね──」と笑顔で話すアレクの顔面に、ダリルの拳が飛んだ。「どあ!? 急になんだよ」

「勝手につらつらと話すんじゃない」

「でも、楽しみだったのは実際そうでしょ?」

「…………」


 無言は肯定。

 確かにそうだ。思い返せばライカンスロープと赤竜の襲撃があった後、ダリルはクロガネに剣術を教えると言っていた。

 結局、パヌルとのごたごたでそれどころではなくなってしまっていたのだが。


「戻ったら、剣術を教えてくれますか?」とクロガネが尋ねると、ダリルはふん、と顔を背けた。

「当然だ。……怪我だけはしてくれるなよ」


 力強く頷くと、ダリルは満足そうに口元を緩めた。


 そうして二人の元を離れると、クロガネはシユウとバルトの元へと向かう。そこではフィアを降ろしたナリィが話していた。

 一連の出来事以後、この三人が集まるのは初めてのはずだ。色々と積もる話もあるのだろう。


 クロガネが近付くと、最初に気が付いたのはバルトだった。次いでシユウも顔を上げる。


「おはよう、クロガネさん。つい今しがたナリィから聞いていました」とバルトは言った。「パーティーを組む予定だとか」

「お二人の許しを得られれば、ですけれど」


 その言葉に「なっ」と声を上げたのはナリィだ。クロガネは言ってから気が付いたが、この言い方だとまるでナリィにプロポーズでもしたかのような言い回しになってしまっていた。まぁ、実際シユウとバルトに相談していたわけでもないため、そういう意味では間違ってはいないのだが。

 ナリィは何か言いたげだったが、クロガネの視線に気付くと口を噤んだ。


「私的にはいい案だと思っていますし、シユウも賛成だそうで」


 バルトが視線を向けると、シユウは無言で頷いた。


「クロガネ君なら、安心して任せられるよ」

「……そんなに?」

「そうさ。クロガネ君は強いし、優しいからね」


 シユウはクロガネとナリィを交互に見る。ナリィのまんざらでもない表情を見て、シユウは満足げに微笑んだ。


「いってらっしゃい。気を付けてね」


 シユウに続いて、ナリィも顔を上げてクロガネを真っ直ぐに見つめて言う。


「えっと、クロガネさん。いってらっしゃい。……待ってます」

「うん。……いってきます」


 ──そうしてクロガネ、マナとミナ、フィアの四名は冒険者協会を後にした。




 ◇




 カルファレステ街を馬車で出発し半日程度。一行はタングリア旧都跡の目前にまで来ていた。馭者ぎょしゃに馬車を止めるように指示すると、クロガネは一足先に馬車から降りて周囲を見渡す。

 現在の場所からおよそ数百メートル先はタングリア旧都跡であり、木々が生い茂っている。森と荒野の境目といったところだ。


 少し懐かしい場所。

 かつてここでマナとミナ、そしてダリルは赤竜の襲撃により行動不可に陥った場所だ。


「本当にここで?」

「ええ。大丈夫です」


 マナとミナ、そしてフィアが馬車から降りたのを確認すると、馭者は小さくお辞儀した。「どうか無理なさらずに。では、これにて失礼します」


 そう言ってカルファレステ街へと戻っていく馬車を見送ると、クロガネはぐい、と背筋を伸ばした。


「ん〰〰」


 馬車の振動にはまだ慣れない。特に尻が痛い。

 対してマナとミナはやはり慣れた様子で、特段の疲れも見せずにいる。フィアに関してはずっとミナの膝で快適に過ごしていたため、元気いっぱいだ。


 クロガネは三人に視線を向け、タングリア旧都跡の方を指さした。すぐにマナとミナは頷き、全員で揃って木々の中へと進んでいく。

 膝まで伸びた雑草が生い茂る中、フィアが人間の姿で歩くのには少し無理があった。ミナはフィアをおんぶして、クロガネの後ろに付く。その後ろには後方を警戒するマナが続く。


 赤竜の襲撃からもまだそう期間は経っていないためか森の中は静まり返り、木々の間を吹き抜ける風の音だけが聞こえた。


 そうしてしばらく進んでいくと、ある場所から木々が途切れ、視界が開ける場所がある。

 まさしく、赤竜の襲撃を受けた場所だ。クレーターのように地面が抉られ、森の中にぽっかりと空いた空間。

 すぐにクロガネはマナに視線を送る。即座に意図を察し、ひゅっとマナの姿が掻き消えた。


『おお!』というフィアの声。


 ……赤竜の元に向かう、そのもっとも簡単な方法はフィアが竜の姿となり、空を飛んで向かうことだ。

 そしてそれ自体はフィアも了承しており問題ではないが、一番の問題はもっと根本的な、“フィアが竜の姿になれる”ということだった。


 気にしなければそれまでだが、平穏を得るためには考慮するに越したことはない。

 そのために、わざわざここまで来たのだ。正確には、最も近場の木々が生い茂った場所がここしかなかったともいえるのだが。カルファレステ街の周囲はほとんどが荒野であり、隠れられる場所がないのである。


 周囲に監視の目がないかの確認は、マナの得意とするところだという。

 姿が掻き消えてから僅か一分足らずで戻ってきたマナは、クロガネに向かって静かにサムズアップした。


「むふー」


 どうだこの速度で仕事できるんだぞ、すごいだろ、褒めて褒めて。

 と、顔に書いてある。それはもうデカデカと。


「……お疲れ様、ありがとう、マナさん」

「むふ!」


 ずい、と近付いてきた。

 撫でろ、と顔に書いてある。


「む! ふ!」

「…………」観念したクロガネは、マナの頭をポンポンと軽く撫でた。

「ん〰〰」満足そうに目を細めるマナ。


 普通に可愛い。犬でも撫でてる気分だった。

 さて、撫でるのもほどほどに、クロガネはフィアの方へと視線を向ける。


「それじゃ、お願いしていいかな、フィア」

『うん! 任せて!』


 そう言ってミナの背中から飛び降りると、その場にしゃがみ込んだ。

 フィアは両手を地面に着け、ゆっくりと息を吐く。直後、フィアの体の周囲に炎と白煙が発生した。それはあっという間にフィアを包み込み、そしてそのまま体積を急激に増大させていく。


 その様子を見て、クロガネは思わず息を呑んだ。


「すげ……」


 僅か十数秒ほどで、その体積は最初に見たフィアの竜の姿と同等ほどの大きさにまで膨れ上がった。

 そして炎と白煙が霧散していくと、そこには赤い鱗に覆われたフィアの竜の姿がある。


 まさしく赤竜の姿。成体との違いはと言えば小柄なことぐらいだろう。


 フィアはゆっくりと視線をクロガネに向けると、いわゆる“伏せ”の姿勢となり口を開いた。


『はい、背中にどうぞ!』



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