1-50 串焼き砲撃
「やほー」と医務室のドアを開けたのはマナだった。「お元気ー?」
「あ、マナさん。お元気クロガネでーす。怪我は大丈夫?」
「ばっちりーん」とピースしたマナに、思わずクロガネの顔も綻ぶ。
聞けば、マナやエフレインもクロガネ同様にアレクに治癒を任せていたらしかった。それ故に、つい最近まで不便ながらも怪我をした状態で過ごしていたようだ。
クロガネが目を覚ました時点でも包帯を巻いていたエフレインだが、マナが言うにはすでに完治しているらしい。
かなりズタズタだったらしいが、傷跡もなく治ったとか。S級は伊達ではないということらしい。
なお、パヌルとの戦闘に参加していたダリルはこの治療法を拒否し、翌日には治療魔法で全快。あの戦闘から二日後には依頼に次の出発していたという。
やる気の塊みたいな人だ、とマナは呆れたように言った。クロガネも同意見だった。
「クロガネは……またやってるね」
「暇すぎて」
クロガネが目覚めてから四日目の朝。
マナが呆れた視線を向ける医務室は、謎の氷のオブジェクトに埋め尽くされているという景色だ。
大きさはさまざまで、マナの腰ほどまであるものから、片手に乗るくらいのものまで様々だ。その全てに共通しているのは、氷で覆った空間内部で雷が暴れまわっているというところ。
「でも……どんどん上達してる。普通にスゴイ」
「え? そう?」
「うん。というか、こんな特訓やってる人いないよ」
「そなの? って、まぁ、確かにこれがどれだけ効果あるか俺もわかんないけどさ……」
この景色を最初に見たのはアレクだったが、彼は「面白そうな特訓だね。すごくいいと思う」と褒めてくれた。
クロガネの特訓。それは属性魔法の細かな操作だ。
属性魔法自体はヤタガラスとの特訓で使える状態ではある。だがそれでも使い慣れたショットと掛け合わせてが主であったクロガネだが、そろそろ純粋な属性魔法の知見を深めるべき時なのだろうと感じていた。
ただ勢い任せに放つだけならできる。だがクロガネは竜人化の際に放ったフレイム・レーザー・ショットを思い返す。
あれと同威力かつ同精度でもう一度放てるかと聞かれたらそれは『いいえ』だ。
赤竜の意志や力添えによって放った側面が大きいフレイム・レーザー・ショットは、クロガネの知っているライトニングショットやアイシクルショットとは全く別種だったという感覚が残っている。あまりに無駄がなく、洗練されていて、故に難しい。
というより、あの一撃をショットと呼んでいいのかすら分からない。
この経験は、クロガネの意欲を揺さぶるには十分すぎた。
「いや、効果あるよ。絶対」とマナは言った。クロガネの作ったオブジェクトを片手で持ち上げ、氷の中で暴れる雷を見つめる。「氷の形は綺麗だし、透明度が上がってる。雷の暴れ方も全然違う」
「……あざす」クロガネは照れくさそうに笑った。「ところで、マナさんはどうかしたの?」
「あ、そうだった」
とマナは手を振った。次の瞬間にはその手の上に紙袋が現れる。
クロガネはぎょっとして目を丸くした。
「なに今の」
「ん? あ、そっか見せるの初めてだっけ。収納魔法だよ」
便利魔法だ、とクロガネは目を輝かせた。とても欲しい。が、それは今言うべき話ではなさそうだ。
マナは取り出した紙袋をクロガネの前に差し出した。
「はい。ここに居ると美味しいの食べられないだろうってアレクが言ってたから、差し入れ」
「……いい匂い。串焼き?」
「うん。クロガネの知り合い? 屋台の人にクロガネのこと聞かれて、知り合いだよって言ったら、なんかいっぱいくれた」
どう考えても知っている人だ。クロガネがこの街に来て本当に最初の頃に食べた露店のおっちゃん。
何度か通っているうちに顔を覚えてくれたのだろう。
「うん、知り合い……かな。何度か串焼き買いに言ってた。最近全然行けてなかった気がするけど、覚えててくれたんだ」
「むしろ、クロガネの活躍の話を聞いてて、また来ないかなってずっと思ってたって」
「活躍?」
「……自覚なし? 赤竜を追い払ったりとか、活躍しかしてなかったと思うけど」
あっ、そうなんですね……。クロガネは上手く言葉が出なかった。そう言えば確かに色々とあった割に、自分の評判を気にしたことはなかった。
露店のおっちゃんが知っているということは、実際に街の人たちの間でも噂になっているということなのか。それとも、酒場など特定の場所に限られた噂なのだろうか。
気にはなるが、いざ聞いたら聞いたでクロガネも評判を気にしているのかと思われそうで、なんとなく嫌だった。
気にして悪いことではないのだろうが……。
「まぁ、取り敢えず冷める前に食べよ」マナの視線がクロガネの両手を横切る。そう、クロガネの両手は包帯で巻かれていて、いまだ何かを持つことは出来ない。「食べさせてあげるしかないみたいだね……」
「な、なんか悪い顔してる!」
「え? そんなことない。ほら、口開けて」
紙袋からゆっくりと串焼きを取り出し、マナはクロガネの口元に持っていく。
堪えたいのも山々だが、素直に口を開けた。この匂いには逆らえない。
「あーん」
と差し出された串焼き。目の前まで来たことを確認して、クロガネは串焼きに噛み付く──が。そこに串焼きはない。
ゆっくりと顔をあげれば、ニマニマと笑うマナの顔があった。
「……やると思った」
「ふふふ。ド定番だからね」
「分かってたけどそれでも悔しいんだが!」
しかもこれの恐ろしいところは、二度目三度目と起こらないとも限らないということだ。
「ほら、もう一回。あーん」
「やらない! もうやらないから!」
「えー、じゃあ私が全部もらっちゃおうかな」
ジレンマだ。クロガネは悔しさを噛み締めながら、マナの差し出す串焼きを口に運ぶ。折角のおっちゃんからの差し入れだ。無駄にするわけにはいかない。そんな感情がクロガネの心を縛り付ける。
クロガネが圧倒的に不利な状況下では、やはりマナに従うほかないということだ。くそぉ。強くなりたい。
「あ〰〰〰〰ん」
「……あーん」
どうせダメなんだろうなぁ。そんなクロガネの気持ちを裏切るかの如く、予想外に歯は何かを捉えた。
なに!? と驚いて目を開けば、そこにはマナの指があった。
そう、指だ。マナの指を噛んでいる。
マナに視線を向ければ、してやったりとニマニマ笑っている。
なんて言い返すか考えた。色々と考えて、だが有効な返答は思いつかない。また、マナの思うツボなのだと悟った──その瞬間だった。稲妻の如き閃き。この状況下で反攻に転ずる最高の一手を。
「いっ!?」とマナは思わず声を上げた。「なっなな」
「どひたの」
「いやっ、ちょ、クロガネ、指……」
そう。クロガネはマナの指を離さなかったのだ。というか舐めまくっている。
「おいひいっす」
「うひっ!? く、っすぐ、たぁ……!」
傍から見たら変態だなとは思うが、クロガネはそんなことを気にしている場合ではなかった。クロガネの思考はすでに、マナをいかにして屈服させるかにシフトしている。
「うまいっふよ、マナはんの指」
「な、なに言って……ひぃ! むず痒い!!」
両手を負傷したクロガネに残された第三の武器、それが歯であり、舌である。だがその武器の攻撃範囲は極端に狭い。マナ程の相手に対してでは、特に負傷しているこの状況下では何の意味もなさない。
だが、油断したマナから指を突っ込んでくるという好機。これを逃す手はない。
窮鼠猫を噛む。一瞬の油断が命取りになるのだとマナは知っているはずだが、それでもまさかクロガネがここまでやるとは思わなかったのだろう。
あまり俺を舐めるなよ。いや、俺は舐めてるんだけど。ぺろぺろ。
「うんうん。なんだろうこの味……なんか、甘い?」
「分かった! 分かったから! 串焼き食べさせてあげる!」
「えー、ほんとかな」
「ほんと!!」
「でもさっき嘘つかれたからなぁ」
「うぐ……」
指を舐める。舐めまくる。そのたびにマナは悶え、声を上げる。
クロガネの心の中で、勝利の二文字が浮かんだ。だが、まだ終わりではない。次も同じようなことがないように、マナを屈服させる必要がある。
「ほんとに……お願い……きちゃう……」
「きちゃう?」
何が?
「あっ、やば、くるくるくる……!」
えっ? 何が?
「きちゃう……!!」
「何が!?」
その直後だった。
ガラッと、医務室のドアが開く音がした。
「ちゃ〰〰す……うおぅ!?」ミナだった。「なにこれ!? どういう状況!? あれ!? おっ、お邪魔しました!?」
「待って待って違う違う違う違うミナこれには」
「ごっ、ゴメンお姉ちゃん! わ、私……全然知らなくて……!」
「だぁー! ほんとに──!! 違うの!!」
こんなに焦ってるマナを見るのは初めてだなぁ、とクロガネは思った。そう思いながら、マナの指を舐めるのをやめない。
的確に言うのであれば、舐めていることがすっかり頭から抜け落ちていて、飴でも舐めている感覚で舐めていた。
かなり普通に変態である。
「これは……そう! クロガネが舐めさせてって言うから!!」
おや? いきなり空気変わったな?
「えっ、えっ? そうなの? クロガネが舐めさせてって言ったの?」
「そう! そうなの! だから、ミナも舐めさせてあげて!」
「え、あ……うん、分かった……」
完全に間違った方向へと話が進んでいく。いや、そうなるきっかけを作ったのは確かにクロガネでもあるのだが、マナの言い方はあまりに悪意がある。
これではクロガネが変態であることが確定してしまう。
いや?
既にクロガネは変態であることが確定しているのではないか? とクロガネは思った。
なんかもう、いっそ開き直ってしまおうかとも思った。というか、開き直るしかないのではないかと。
折角だし二人の指を舐め比べるのも面白いかもしれない。←キモすぎ思考回路
この日、変態が一人、カルファレステ街の医務室に誕生した。
その名はクロガネである。
おどおどとしながらもミナはクロガネの前に立つ。顔は真っ赤で、目は泳いでいる。
当然である。指を舐めさせてなど、普通に生きていてはそうそう出会うことはあるまい。
「えっと、クロガネ……はい、どうぞ……」
「あっ、どうも」
何が「あっ、どうも」なのか。今のクロガネは完全におかしくなっていた。自分が何をしているのかを理解せぬまま、取り敢えずでマナの指から口を離し、ミナの指を口に運ぶ。
指を咥えると、ミナはびくっと体を震わせた。
汗の味がする。
「うう……これ、すごい恥ずかしいんだけど……」
顔を赤く染めるミナ。その隣でマナはうんうんと頷いている。
「分かる。私もそうだった」
「あっ、でも、ちょっと癖になりそう……」
「うん。私も…………うん?」
おや? とマナは首を傾げた。クロガネも首を傾げた。
次の瞬間だった。流石にこれは駄目だとまずクロガネが気が付いた。ついに正気に戻ったのだ。だいぶ手遅れではあるが。
それからコンマ数秒と経たないうちに、マナも気が付いた。
「あ!! いっけない!! 串焼きが冷めちゃう!!」
マナの腕が掻き消える。
クロガネはその動きの一切を捉えることが出来なかった。
マナはまずミナの腕を掴み、もう片手でクロガネの顎に手刀を叩き込んだ。間髪入れずに指を引き抜くと、即座に串焼きを手に取る。超高速で串を引くと、肉だけが空中に取り残される。マナの高速の動きがなければ成しえない技だ。だが、こんなところで発揮するべきものではない。無駄遣いにも程がある。
その次の瞬間には、「ハァッ!」という掛け声とともにその肉を拳で弾く。
肉は高速でクロガネの口へと向かっていく。
「はい! あーんッッ!!」
ゴールだ。
肉は吸い込まれるようにクロガネの口の中へと入っていった。
「ガッッ、ハッ……!?」
そのまま肉はクロガネの喉に突き刺さり、勢いよく咳き込みながらクロガネは意識を手放した。
死因 報復串焼き砲撃による窒息死




