1-49 赫灼の意志
「知っていたんですか? 赤竜の、こと」
「……ああ、知っていたとも。知っていたから、赫灼剣を打ったんだ」
ダグスは五分ほど泣いたのち、スパっと気持ちを切り替えてクロガネの質問に答えた。
泣くときは泣く。泣かないときは泣かない。際立った感情のメリハリはどこか心地よくもある。
「誰に言っても信じちゃくれないが、素材には大なり小なり意志が宿ってる。その声に耳を傾けられれば、その通りに形にすれば、おのずとそれは業物になるってもんだ」ダグスは腕を組み、上を向いて目を瞑った。記憶を振り返っているといった所作だ。「そして赤竜の素材は、特にその意志が強かった。普段は聴き取れもしない声まで聴こえてきてうるさいぐらいだった」
「……あまり、褒めるべきではない意志だったのでは? 赤竜は明確に殺意を向けていたんでしょう?」
「そうだな。始めから共感したわけではなかったさ」
ははは、とダグスは笑った。
「声を聞くうちに、こいつは人間を殺したくているわけじゃないって気付いたのさ」
「……なるほど」
驚くほかなかった。赤竜と、いや、赫灼剣との対話によってその事実をクロガネは知ったというのに、ダグスはそれよりも先に気付いていた。
というか、クロガネが赫灼剣を受け取った時点でこれに感付いていたということだ。
だがそれをダグスは誰にも言ってはいない。『誰に言っても信じちゃくれないが』という言葉からそれは明らかだ。
「……はは。こんなこと、誰にも言うつもりはなかった。だがあの日……クロガネと赤竜の姿を見て、やっと理解できたよ。俺はちゃんと、素材の声を聞いていたんだってな」
クロガネは何も返せなかった。
真摯に素材と、武器と向き合い、そうして聞こえるようになったその声は、だが誰にも聞こえず、理解されない。クロガネの赫灼剣との対話はそれに近しいものではあるのかもしれないが、それでもこうしてダグスという共感者がいる時点で全く違うはずだ。
誰にも伝えられないその孤独感をクロガネは知らない。
そんな人間が、言葉を返せるわけもなかった。
「おっと、すまん。困らせるつもりはなかったんだ」
「あ、いえ……」
「これは独り言だ。聞き流してくれて構わない」
余程、クロガネは困った表情をしていたのだろう。ダグスに気を遣わせてしまったようで申し訳ない気持ちが湧き上がった。
そういったことを気にする人ではないのだろうが、これはクロガネの気持ちの問題だった。頭を軽く振って、気持ちを切り替えていく。ここはダグスを見習うべきところだ。
そうしてクロガネは少し黙り込んだのち、真っ直ぐにダグスを見据えて口を開いた。
「赫灼剣は、どうなりますか」
「……最終判断は君になるが、能力を失った状態でも使い続けるか、或いは返還かの二択だろうか。初めに言っただろうが、赫灼剣は既に死んでしまっている……これを直すことは出来ない」
クロガネはその返答を聞いて安心した。聞いておいてなんだが、クロガネの気持ちは既に固まっている。
この質問でクロガネが危惧していたのは、職人の矜持として今の赫灼剣を使わせることは出来ないと没収されることだけだった。
「であれば、引き続き使わせて頂きますね」
「──こんなこと言うのもあれだが、本当にいいのか?」
「勿論です。能力が死んだといっても、武器自体がなまくらになったわけではないのでしょう?」
「それは、当然だ」
そう返すダグスの瞳に微塵の嘘も混じっていないことは、火を見るよりも明らかだ。
「ですよね」とクロガネが微笑むと、ダグスはふん、とそっぽを向く。分かり切っていた答えをわざわざダグスの口から言わせるよう誘導されたのが気に食わなかったのだろう。だが同時に、何も言い返さないのはクロガネの信頼がダイレクトに伝わっているからでもある。
そう。クロガネは初めからダグスの腕を不安になどは思ってもいない。
赫灼剣を受け取った時、その場にいたマナとミナ、そして受付嬢であったレイラの反応を見ればこれまた明らかであり、そして実際赫灼剣もクロガネの想像をはるかに上回る出来栄えだった。
不安に思うところなど、初めから微塵もなかったのだ。
「それに」とクロガネは心に内にあったある思惑を打ち明ける。「近々、赤竜のところに行く用事がありまして」
ダグスは目をまん丸と見開いてクロガネを見た。正気か? 死にに行く気か? という言葉が透けて見えるようだ。
それから間もなく、ダグスの表情が変わる。全てを言う前に察したのだろう。「まさか」とダグスは僅かに口角を上げた。
「ええ。恐らく想像通りでしょうけれど、赤竜に直接会い、そして対話できるのであれば、赫灼剣についても“相談”しようかと」
「…………は、は。そんなことが可能なのかどうか……、まったくもって想像もできない……が、そうだな」ダグスの目は輝いているようだった。「そこまでしてもらえるなら、赫灼剣も本意のはずだ」
「……でしょ?」
「ああ……!」
赫灼剣はそもそもが赤竜の意志が宿った武器だった。言い換えれば、赤竜と会い対話することが出来るのであれば、可能性は十分にある。そんな予感がクロガネの心の内には確かに存在していた。
とはいえ、クロガネの想像通りに物事が進むとも到底思えないが、期待してしまう程の出来事を経験しているのも事実。
対話に限らず、竜人化やそれに伴った身体の変化。その原理もまだ理解出来てはいないが、それほどのことを赤竜が単体で成しえたのだとすれば、希望を持つには十分なはずだ。
「そうか……そうか……!」
そういって笑顔を見せるダグスは、だが突然自身の頬を引っ叩き気を引き締めると、こうしちゃいられないと物語る視線をクロガネへと向けた。
「そしたら、失礼のないようにしないとだな。二日ほどあれば一通りのメンテナンスは出来るだろう、間に合うか?」
「え、ええ。問題なく」
「そうか、分かった」
そう言うなりダグスは別れの挨拶もなくずかずかと部屋を後にした。
つくづく職人なのだなと思わざる得なかった。だが、それは決して不快ではない。
だが不満があるとすれば。
「……扉は直していってほしかったなぁ」
はぁ、というクロガネのため息。一人だけの医務室に、それは虚しく溶けて消えた。
あっという間に時間は過ぎていく。
ダグスが去っていったその後も、幾人かと面会した。
最初にマナが来た。宿でのフィアのことを色々と教えてくれた。元が竜だからなのか、かなり力加減に戸惑っているようで少し気を抜くと木材を素手で握り潰してしまうのだという。
今はその練習中なのだと、そんな話をした。
マナが去ってからは、冒険者協会の受付嬢であるレイラ、そしてクロガネがこの街に来た直後に一度だけ話した事務員のカラステ。それ以外にも、特に面識のなかった冒険者協会の職員がちらほらとクロガネを訪ねた。
今や医務室の常連となったクロガネである。クロガネは知らずとも、冒険者協会の職員となれば嫌でも耳に入るのだろう。
果たして本当に心配して来てくれたのか、それともただ見物に来たのか、やや判別しがたいところがあった。
シユウのパーティーメンバーであり、パヌルとの戦闘に参加していたバルトも来た。
少しだけ世間話をしてから、バルトはシユウとナリィの現状を教えてくれた。自室に閉じこもってはいるものの、犯人だったパヌルが死んだことを報告したことで少しずつ前向きになれている──と思う、とのことだった。
早めに二人に元に顔を出したい気もするが、時間は足りなさそうだ。
赤竜の元へと向かって用事を済ませてから、二人のところに向かうのが最短だろうか。
そうしていると陽はいつしか傾き、医務室が夕焼けで真っ赤に染まったころ、二度目のアレクによる治療があった。
「歩けるようになるのはいつごろになりますかね」と聞くと、「ここを出発する一日前には、多分」とだけ返した。
クロガネの顔はよっぽど納得いかなそうな表情だったのだろう。
アレクは困ったような顔で言った。
「なんせ赤竜のところに向かうんだから、ただ歩けるだけの状態にはしたくないからね。というか、治癒士のプライド的には治す前より調子がいいぐらいにしたいしさ」
ハッとクロガネは顔を上げた。「……素人の癖にすんません」
「いや、いいんだ。治癒ってものはあまりにも便利すぎるから、誰だってそう考えるだろうさ。俺だって、考え方を改めたのはここ最近の話さ」
「考え方……?」と、思わず聞き返していた。治癒士というのは、単に傷付いた味方を治癒するのが役割。それ以上でもなく、それ以下でもなく。それがクロガネの認識だったが、アレクの言動からはそれとはまったく別種のものを感じられた。
アレクは作業する手を止めずに答える。
「治癒魔法ってほら、一瞬で治るから便利でしょ? でもそれって、人間の本来の治癒する早さから比べるとあまりに奇妙なんだよね」
「それは……確かに」
治癒魔法はそれを行った直後には傷が塞がっている。治癒士の技量によって可変するといえども、本来の自然治癒に比べれば早いことには変わらない。
「それに、治癒魔法はいわば減ったものを元通りにする能力。折れた骨は、実は治癒魔法で治しただけでは強靭にはならない。だから今俺は、元通り以上に治せるように訓練中ってとこかな」
「……なるほど」
「クロガネ君はそういう意味ではいい…………、おほん、いい患者さんだね」
「何か言いかけませんでした?」
「気のせい」
いい実験台と言いそうになってたんだろ。そうだな。そうだろ。──と詰めてもいいのかもしれないが、流石に治してもらっている立場的にぐっと飲み込んだ。
「ま、期待しててよ。S級治癒士としての最高傑作になりそうな予感がしてきてるんでね!」
「期待してます」
そうしているうちにアレクの治療は完了し、じゃ、と言って医務室を出ていった。
気が付けば、クロガネの身体の痛みは驚くほど無くなっていた。今なら歩いても大丈夫。そんな予感がふと頭をよぎるが、実行したとていい結果があるとは思えない。今信用すべきは自分の身体よりアレクの方に決まっている。
我慢。我慢である。
……の、だが。
暇なものは暇なのだ!
ベッドの上でも何か出来ることはないだろうか。
──暫しの思考の末、突然の閃き。
「そだ。試してみたいことあったんだ」




