1-48 S級治癒士の実力
クロガネが目を覚ましてから一夜明けた朝。
フィアに関してはマナとミナが匿うことになった。というか、クロガネがいなくなったことで丁度よく空きが出来たソラマメ亭にいる。
結果的にクロガネは医務室に一人ぼっちなわけではあるが、まぁそれは致し方ない。
だが困ったことがあるとすれば、それはいつの間にか、静かな部屋に一人でいるのがやけに寂しく感じてしまうところだろうか。
朝、目を覚ましたとて動く気力も無い。一晩で全快するわけがないのだから当然だ。
ベッドに深く沈み込み、ただ静かに天井を見上げる。なんと虚しいことか。
目覚めてから約五分間。ため息を十回ほど吐いたところで、ノックの音。
「おはようございます、クロガネさん。身体の調子はいかがですか?」
と、医務室の扉が開いて顔を見せたのは、知らない男だった。
……いや、とすぐに否定する。記憶のどこかに引っ掛かる感覚。というか、かなり最近。
「おはようございます。相変わらず身体は痛いです」
「はは。そうですよね。そしたらこれから治癒魔法を──」
「あの」
「はい?」
「……もしかして、パヌルと戦っていました?」
男の動きが止まった。その表情を見る限り、どうやら正解だったらしい。
「……驚いた。あの状況下で気付いていたんだ?」
「あー、いや、気付いたというか、見覚えがあるような気がしただけというか」
「なんだ。全然、冒険者としての素養はあったんだね」
「え?」
突然の褒め言葉に、クロガネは戸惑った。
冒険者の素養。要は、どんな状況下でも周囲の把握や状況判断ができるかどうかということだろうか。
今まで深く考えもしなかったが、思い返すと確かに戦いの最中でそれをしていたような気がする。咄嗟にマナとミナの位置を把握し、庇うように動いた記憶。
無自覚に行っていた……?
いや、そんなわけはない。過信は油断に繋がる。
今度からは意識して行うようにしよう。そう思いながら、クロガネは男を見つめた。
「……たまたまですよ」
「ふーん。まぁそれでいいよ」と男は少しだけ笑った。「初めまして。俺はアレク。本業は治癒士、副職で剣士。S級。よろしく~」
「初めまして。ご存じの通りクロガネです。……S級、治癒士兼、剣士。属性盛り過ぎじゃないですか?」
「狙ってやってるからね」と男──もといアレクはクロガネにピースサインを向けた。「どっちでもモテる。モテるとモテるが掛け合わさればどうなるか、男なら分かるよね?」
「ふっ」思わず笑ってしまった。「モテモテ、ね」
「そ! 実際モテモテだぞ」
アレクの言動は医務室に入ってきた直後とは大きく異なっているが、こちらが本来の姿なのだろう。
治癒士であることから、最初の姿も決してその場限りの紛い物というわけではなさそうだが。
アレクは、クロガネの主観ではあるが確かにイケメンの部類だ。そんな彼が怪我をした人を治癒するというシチュエーションと、仲間を庇って前に立つというシチュエーションを両方こなせる。しかもS級の実力でだ。モテるのも確かに頷ける。
というか、絶体絶命のピンチに駆けつけたアレクが敵を退け、しかも治療までしてくれるという二連撃をされたら男だって惚れるのではなかろうか。
そんなことを考えていると、アレクは「失礼するよ」と言ってベッドのふちに腰を下ろした。
もはやその動作すらかっこいい。何なのだろうか。
「取り敢えず一発治癒しとくね」と言って手を構えた瞬間には、ぶわりとクロガネを光が包んだ。途端に、今までじわじわと痛んでいた身体が軽くなる。
治癒魔法ってこんなノータイムで使えるものなのだろうか。というか、取り敢えず一発って何だろう。そんな、取り敢えずやっておけばいいべみたいなノリで使う魔法のジャンルでは無いような気がするのだが。
「んで、次は右腕に痛み止めをほい」ぱっと右手が輝く。速すぎて感想が浮かぶよりも先に次の何かをしている。「そんで、右腕の治癒促進魔法陣を一時解除して……」右腕が輝く。「包帯をぱぱっと斬っちゃって」突然取り出したナイフで、目にも止まらぬ速さで包帯を切り裂く。「強めの治癒魔法を、よいしょ」右腕が輝く。「そしたら包帯を巻き直して……」手慣れた様子で包帯を巻き。「治癒促進魔法陣を再展開して……」右腕が輝く。「終わり~」
「……はやっ」
思わず見惚れている内に、全てが終わってしまった。
「ふふん」とアレクは得意げだ。「これがS級治癒士の実力だよ。まぁ、俺はS級の中でも特に優秀な方だけどね」
「……なんかもう、すごいしか感想が出てこない……」
自分でそれを言うのかとも思ったが、あながち間違いではない気がした。
「さて、ところでだけど」
「はい?」
「クロガネ君、あのパヌルと相対したとき、竜の姿になってたよね? その後なにか違和感とかある?」
「違和感……」
「というのも、かつて人間の身体の一部が異種族化したって話は少しはあるけど、大半はその部位が人間に戻ることはなかった、というのが一般の認識でね。でも君は、あの戦闘後に気絶していた時点で異種族化した部位がきれいさっぱり無くなっててね」
しれっと恐ろしい話を聞いてしまった。
勢いのまま竜人化してしまったのは事実だが、まさかそのまま人間に戻れない可能性があったとは。クロガネの背筋を冷たいものが通り抜けた。
「違和感、というか。まぁ、目ですかね。太陽を直視しても眩しいと感じなくはなってます」
「ほお、興味深い……」アレクはグイ、とクロガネの顔を覗き込んだ。「瞳は普通に見えるけど」
「あれ? ミナが見たときは変な瞳になってるって言ってた気がしたんですが」
「となると、条件次第で切り替えられるのかな……」
……よく分からない。というか、分かるわけもないのだ。何故ならクロガネは目覚めたばかりであり、まだ何も把握出来ていないのだから。
把握出来るとするなら、赤竜に会って直接話を聞くのが最も手っ取り早いのだろう。
「ま、とりあえず、今のところは問題なさそうだね」
「そう、なんですかね」
「こんなこと言うのもあれだけど、前例がなさ過ぎて判断できない、というのが正直なところだね」アレクはそう言って立ち上がり、ぐっと背伸びをした。「まぁ、あまり気にしないでおこう。病は気から、ってね。とりあえず、今は身体を休めておくことが一番大事だよ。なんせ一週間後には“おでかけ”、するんでしょ?」
ん? とクロガネは顔を上げた。
「……話、聞いてるんですか?」
「うん。エフレインさんからね。というか、だからわざわざ君の治療に呼び出されているわけだけど」
「…………なるほど。迷惑かけます」
「いーのいーの。これぐらい当然さ」
アレクはそう言い残すと、医務室を後にした。
──と、思わせて、閉じかけた扉をバッと開いてアレクが顔を覗かせる。油断したクロガネはビクッと肩を跳ねさせた。いかにも言い忘れてたといった感じの動作だ。
「っと、言い忘れてた。これからダグスのおっちゃん来るって言ってた!」
と一方的に言うなり、軽く手を振ってアレクは医務室の扉を閉めた。
ダグス。赫灼剣を打った張本人だ。
それからしばらく経った頃、ぼけーっと天井を眺めていたクロガネを驚かせるかの如く、勢いよく扉は開け放たれた。
クロガネは文字通り飛び跳ねてしまったし、勢いが強すぎた扉は開いたと同時にレールから外れ、大きな音と共に床を倒れた。
もうちょっと静かにしてほしい。と、言う間もなく彼は叫ぶように言った。
「すまなァい!!」
「なに!? え!?」
開口一番に謝罪をしたのはダグスだ。
かつてクロガネが見た彼は気難しいオヤジといった雰囲気だったはずだが、それとは打って変わり目元は泣き腫らしたのか真っ赤、だらしなく鼻水を垂れ流した姿だ。あまりの変わりように、ツッコむよりも戸惑いが勝った。
「え、ええ……?」
「うぐ……か、赫灼剣が死んでしまったァ……これはぁ、俺が未熟だったからだァ……」
「え……あ、いや、そんなことは」
「うるさい馬鹿モン!!!!! 貴様に何が分かる!!!!!」
「ええ!? すみません!?」
励ますつもりが逆にキレられた。普通に気難しいオヤジである部分は据え置きだった。分かるかそんなん。
そもそも赫灼剣には赤竜の意志が宿っており、パヌルと刺し違えてでもという強い感情とともにクロガネの能力を底上げした。そして結果的に、その通り赫灼剣は全てを出し切って“ただの剣”になったのだろう。
ダグスはそれを知るはずがない。言い換えれば、ダグスの謝罪はクロガネとしては的外れである──はずだった。
「赫灼剣に、赤竜の意志が篭っていることなど……気付いていた……」
「…………え」
「強力な怒り、殺意……それらの感情に決して負けてはならぬと、俺は全霊を尽くし赫灼剣へと仕立て上げた……それでも、強い感情を受け止めきることが出来なかった……これは全て、俺が未熟だったからに、他ならな、いいいいいいいいいい…………」




