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星火の導く夜明け前の世界で  作者: 竜造寺。
1章 劫火赫灼の竜
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1-46 顔見知り

 

 エフレインに無理言って屋上──厳密には、冒険者協会の建物の屋根上──まで担いできてもらったクロガネが再度空を見上げれば、やはりその影は竜だった。


「竜? 赤竜か?」とエフレインは首を傾げる。「どこにいる?」

「え? いや、あそこに──」クロガネは何の気なしにその竜のいる位置を指さしてから気が付いた。「……あ」


 確かに、エフレインは見えないわけだ。

 クロガネが指さしたのは太陽そのものだった。つまり逆光。肉眼では見えるわけがない。

 これに気が付いた時、同時にクロガネはなぜ肉眼で太陽を直視できるのか、という疑問も浮かび上がったわけだが、もしかしなくても竜人化の名残のような気がする。というか、そうとしか考えられない。


「私たちには見えないけど、そこにいるんだ?」


 そう聞いてきたのはマナだった。怪我している足で無理するなとエフレインに突っぱねられたはずだが、お構いなしに付いてきたらしい。続くように、その後ろにはミナもいた。


「こんなこと言うのもなんだけど……信じてくれるんだ」

「もち。クロガネのことは信用してる」


 なんだその言葉。嬉しすぎて泣きそうである。


「信用するしないに関わらず一つだけ確認したいが」と言葉を遮ったのはエフレインだ。「その竜はどんな様子だ? この街に来る気か?」

「……ぶっちゃけ言うと、ほとんど点ぐらいにしか見えてないので何とも」

「な……んだそれは」

「でも、目が合ったって感覚はあるし、竜だってことも分かる。変な感じです」

「……、竜へと変質した名残か……?」


 名残。そう言われると確かにそんな気がしなくもない。

 クロガネはじっと目を凝らす。とはいえ、どれだけ眉間に皺を寄せたところで視力が上がるわけでもない。その行為に意味はない、はずだった。


「あ……?」ちく、とクロガネの目に僅かな痛み。咄嗟に瞬きをした直後だ。「え?」


 本当にクロガネの視力は上がり、視界の遥か彼方にいる竜の姿を鮮明に捉えることが出来た。

 そしてそれと同時に、こっそりクロガネの顔を覗き込んでいたミナが「うえ!?」と声を上げた。それもそのはず。クロガネの瞳が変質し、黄金色かつ爬虫類を思わせる縦に切り裂いたような瞳孔になっていたのだ。


「な、なんか目がすごい感じに!?」

「ん? ……ほんとだ」

「お姉ちゃん反応薄いね!?」

「驚くほどでもないだろう。だが、こんな後遺症があるとはな」

「エフレインさんも? あれ? 驚いてるの私だけ? え? そっかぁ……」


 そんな周囲の反応には見向きもしなかったクロガネは、それから少し間を空けてから口を開いた。


「……確証はないんですけど」

「なんだ」

「……、あれ……赤竜の、多分、子供です」


 はは。と思わずクロガネは笑った。

 その姿を視認することさえ出来ないながらも、目が合ったという感覚があったことに納得できた。

 多分という言葉を保険で使ったものの、クロガネには確信があった。

 冒険者協会の地下に居た赤竜の卵。それが孵ったのがまさしくあの竜なのだと。


 何となく湧いた親近感から、クロガネは竜に向けて手を振る。


「あ!」

「どうした?」

「こっちに向かってきてますね」

「そうか」一拍置いて、エフレインは首を傾げた。「…………なんだって?」

「え? いや、こっちに向かって……あ」


 そう。ここは街のど真ん中である。


「わー!? 待った! 待って待って!」


 クロガネは慌てて待て、止まれ、といったジェスチャーをするも、竜の動きは変わらない。一直線にクロガネ目掛けて飛んできている。

 冷静に考えれば、竜相手に人間用のジェスチャーが通じるわけもない。

 こちらに向かってくることになったきっかけだって、目が合った相手が反応を示したからにすぎないはずだ。


「……すみません」

「なんだ、なんの謝罪だそれは」

「多分大騒ぎになると思うので先に謝っておきます……」

「ほう……?」


 エフレインの顔を見ずとも、その額に青筋が立っているであろうことは想像に難くない。どころか、ピキピキという音だって聞こえてくるような声音だ。


「すいませんすいませんすいません」

「ええい、それよりも──」


 などと言っている内に、その竜は目前まで迫っている。


「おわー!?」とミナは叫び、

「きてるきてるきてるきてる」と、だがマナは表情を変えずに言った。


 クロガネ以外の三人にもはっきりとその姿を確認できる距離。

 その体躯は確かに赤竜よりも一回りも二回りも小さい。だが鱗や翼は小さいながらも確かに赤竜と同じものだ。


「ひぃぃ!!」と、ミナが言ったのと、四人の目の前で竜が身を翻し、動きを止めたのはほとんど同時だった。「……お、襲ってこないんだ、ね」


 数秒ほど空中で静止したのち、その竜は静かに冒険者協会の屋根に降り立った。

 ミシミシ、と建物が僅かに軋む。人が集まって、騒ぎになるのも時間の問題といったところか。

 そして。


『……この姿では初めまして、クロガネ』

「……!?」

『あの時助けていただいた……人間で言う、竜です』


 それは柔らかく、ゆったりとした声を発した。

 突然の言葉にクロガネは口をあんぐりと開けて、まじまじと竜を眺める他なかった。


「しゃ、しゃべ……ていうか、名前……」

『はい。ママは、孵化魔力容量が規定値に達した時点で最初に浴びた魔力の持ち主に左右されると言ってました。私はクロガネの魔力を浴びたので、人間の言葉を会得できたのだと思います。クロガネの名前はママから伺いました』

「……? ……、……? …………、つまり?」

『クロガネは私のパパです』


 目の前にいるのは見紛うことなき竜なのであるが、その表情の動きから、確かに笑ったのだというのは理解できた。

 そして同時に、クロガネはパパになっちゃったらしい。


 ……パパになっちゃったの? なんで?


「PAPA……」

『はい! ……あ、それと、私にはナマエがありません。竜にはそういった風習がありません。でもクロガネと、いえ、多くの人と関わっていくためにも、ナマエを貰えると、嬉しいです』


 多くの人と関わっていく。

 竜は確かにそう言った。


 その言葉通りに受け取るなら、この竜は人間と敵対せず、協力関係を築いていきたいということだろう。突拍子のない情報が氾濫し、会話に混ざることのできなかったエフレインとマナは思わず向き合い、視線を交錯させた。


「……人間を襲う予定はないんだ?」

『勿論です。ママが怒っていたのはまだ卵だった私が人間に盗まれたからです。でも、人間であるクロガネが還してくれたので、もうママは怒っていません。だから私も怒りません』

「そっか。それが聞けて、良かった」


 クロガネは少し考えたのち、パッと顔を上げた。


「フィア」

『……ふぃ、あ』

「どうかな」

『ふぃあ。フィア。……うん! すごくいいです! フィア! フィア! 私はフィアです!』

「……はは、こんなに気にいってもらえるとは」


 赤竜、その炎を吐く姿から、クロガネの脳裏にはファイアという単語が浮かんだ。火を意味する英語だ。だがそのままでは少し似合わないため、縮めてフィア。

 対等を意味するフェアと語感が近いのもあり、対等な関係になれるようにと願いも込めた。


 竜──もといフィアは、嬉しそうに何度もその名前を反芻し、屋根の上で飛び跳ねていた。

 その姿だけ見れば、竜と言えどもどこか子供のようでもあり、親近感が湧く、などと思った直後の出来事だ。


『フィア──────ッ!』と叫びながら上空に向けて勢いよく炎のブレスを吐いたのだ。


「ワー」


 あ、これは駄目だなとクロガネは即座に察した。

 騒ぎが起きるのももう秒読みの段階。どうにかして解決できないかという気持ちと、同時に、もうどうにでもなれ〰〰という気持ちが同居した。


「ふぃ、フィア?」

『はい! フィアです!』

「取り敢えず、その、凄く目立っちゃうので、というか、目立つと大変なので……」

『あ! 確かに、街中に竜がいたらびっくりしますよね』


 なんて物分かりのいい竜なのだろうか。

 そこらの悪ガキよりも遥かに可愛く見えてきてしまっているクロガネがいた。


『人の姿になります!』

「あ、それなら助か」ん? とクロガネは一呼吸置いた。「人の姿になれるの!?」


 クロガネの驚きの声と重なるようにして、ぼふんっ、と漫画で見るような効果音と共にフィアは煙に包まれる。

 知っている。この煙の中から出てくるというのだろう。

 漫画みたいだと思ったが、漫画みたいな魔法のある世界なのだからこれぐらいはあるのか、と勝手に納得した。するほかなかった。


『へへ。フィアです』


 クロガネの想像通り、煙の中からそれは──否、彼女は姿を現した。

 ……考えれば至極当然なのだが、全裸で。

 人間でいうところの、齢十二かそこらの少女が。


 いかにも赤竜らしい、輝くような紅の頭髪を携えたその少女は、満面の笑みを見せた。


『どうですか? ちゃんと練習して出来るようになってきたんです。えへへ』

「う゛っっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!」


 クロガネは胸を押さえてエフレインの背中から崩れ落ちた。

 致命傷だった。


 フィアとの会話による想定を超える情報量と、需要を遥かに超過した尊さの供給により、クロガネの思考回路は容易く発火し、煙を噴き出しながら動作を止めた。




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