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星火の導く夜明け前の世界で  作者: 竜造寺。
1章 劫火赫灼の竜
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1-43 倒すべき者-①

 

「赤竜……」ミナは愕然と空を見た「そんな」


 パヌル一人にこれだけ苦戦している中で、赤竜を相手取るだけの余裕はあるはずもない。

「くそ」と呟いたのはエフレインだった。「これほどに……」


 赤竜も、前回の戦闘でかなりの痛手を負っていたはずだ。

 だが、そんな赤竜がこうもタイミングよく来るはずがない。

 マナとミナの脳裏には、全く同じ考えが浮かんでいた。すなわち、ラシャドの推測は当たっていたということだ。

 そして直に感じる、パヌルという男の異常な戦闘力。

 寧ろ前回の戦闘で赤竜が弱っていたというのは、パヌルにとっても好都合だったのやもしれない。


「ははは、どうした。遠慮せずかかってこい」


 勝ちを確信したのか、パヌルは余裕の表情だった。


「簡単だ。俺を殺して、赤竜も殺す。これだけだ。やってみろ! 冒険者風情が!」


 その時だ。


『やほ~』

「……お前は」


 ミナたちを庇うように現れたのは、二度目の出現となる光輪を携えた女性。今回もまた、音もなく気が付けばそこにいた。


『そんなに気構えなくていいよ。どうせ私にはもう戦うだけの力は残っていないから。さっき頑張りすぎちゃって〰〰』

「なぜ、それを明かす?」

『私が何か企んでると思ってるんだ?』

「……」

『違うよ。残念ながら。私は自慢に来ただけ』

「…………自慢?」

『ふふん。聞いて驚け』


 両手を腰に、ぐい、と胸を張って女性は言い放った。


『パヌル。君をぶっ倒す男が間もなくやってくるよ』

「……なんだと?」


 その時、他の冒険者の視線が赤竜にむけられていることにパヌルは気が付いた。

 ハッと空を見上げれば、それまでこちらに向かってきた赤竜が、動きを止めていたのだ。こちらの様子を窺うように。


 パヌルは、赤竜がそのような行動をするところを見たことがない。


「……まさか」

『そのまさかだよ。ここに来ていないからって、油断したね』


 その直後だった。冒険者協会の建物から何かが飛び立ったのをパヌルは確かに視認した。

 その者の胸に抱かれた物についても。


「……クソが」

『残念だったね』

「いや、まだだ」

『え?』

「先に殺してしまえば、どうということは」


「させると思う?」と、言ったのはアレクだった。音もなくパヌルに接近し、容赦なく首筋を狙って剣を振るう。

「チィッ」と舌打ちしながらそれを受け止めたパヌルは、アレクと鍔迫り合った。


「パヌル、あんたは人の嫌がること、大好きだろ」

「だから何だ」

「死ぬ気でお前の嫌がらせしてやるって言ってんの!!」


 剣を弾き、後ろに跳びのきながらアレクは左手を振るった。握られていたのは砂や石礫。ほんの僅かに遮られたパヌルの視野を、ミナは逃さなかった。


「右に同じ──くッ!」


【狂化】による重い一撃がパヌルの腹部を抉った。堪えることもできないまま吹き飛ぶパヌルは、分体の二人に支えられて何とか止まった。


「この、クソゴミ共めが……!」



 ◇



 ママ。ママ。卵は、すぐそこまで迫った気配に、確かに感付いていた。

 だが、顔を上げればクロガネの眼前に立ちはだかる壁。というか、穴。クロガネが掘った分だけ、それはクロガネの行く手を阻む。


 が。


「これ、本物?」


 ──……そうだが。


「すごいね。空を飛ぶ夢が叶っちゃうよ」


 ──……そうか。


 クロガネの手の甲に生えた赤い鱗を起点に、それはクロガネの身体中に拡がっていた。

 始めこそ新種の病気か呪いかと焦ったが、それが進行するほど、害のあるものではないことを理解できる。


「これが竜人化……」


 ──怨敵、パヌルを滅するためだ。勘違いするな。


「しませんよぉ。というか、飛べるかな、ちゃんと」


 竜人化。それはクロガネの体表を鱗で覆い、背中には翼、尾骨部分からは尻尾が生えた。

 それらは、あたかも元からそこに付いていたかのように自在に動く。不思議な感覚だった。


「まぁ、なるようになるか」


 そう言うなり、クロガネは卵を抱えたままぐっと背中を丸め、そして。


「──ふんッ!」



 勢いよく地面を蹴った、刹那の出来事だった。



「……あれ?」クロガネの身体は、いつの間にか空中へと投げ出されている。

 眼下には街が拡がり、後方には冒険者協会の建物が見える。


 一度。たったの一度、地面を蹴った。

 ただそれだけで、クロガネの身体は地上五十メートルの地点まで飛び上がったのだ。更には、視力も向上していることが外に出てようやく分かった。街の外、荒野の景色が鮮明に見える。


 すぐさま空中にいる赤竜の姿を捉え、それから一拍遅れて、街中の砂煙の上がった場所に気が付く。

 マナがいた。ミナもいた。エフレインも、バルトも。

 だが、その全員が満身創痍。相対するは、複数名の同じ顔。


 セスタとククリを殺した男。


 パヌル。


 二人では飽き足らず、またそうやって、奪い去っていくつもりなのか。


 ぶわりと湧き上がる怒りをグッとこらえて、クロガネは赤竜に視線を向ける。

 目が合った。だが、かつて感じたほどの敵意は感じられない。


「……」


 クロガネは身体を捻り、赤竜に身体の正面を向ける。

 そして、今だ一度も羽ばたいていない翼を、動かす。途端、追い風にあおられるように身体は前に流れた。


 リズムよく羽ばたけば、それに合わせて身体はぐんぐんと突き進んでいく。

 街を眺めながら、空を飛ぶ。何と心地のいいことか。


 そこそこ距離は離れている気がしたが、クロガネはあっという間に赤竜の眼前まで迫った。


「……こうして見ると、優しい顔してるんだね」


 赤竜の目の前で身体を捻り、急停止する。そのまま見上げた赤竜の顔は、優しげだった。これが本来の赤竜の姿なのだろう。


 クロガネの知っている赤竜は全て、怒りを堪えようともしない表情だった。

 だがそれも、今となっては当然だ。

 愛すべき“娘”を連れ去られ、街の地下に放置されたのだ。許せるわけがない。


「はい。どーぞ」


 クロガネが卵を差し出すと、赤竜もゆっくりと前腕を伸ばした。クロガネの身体より大きな腕。迫力満点だ。

 卵が転げ落ちないよう、赤竜の指に掴まり、手の平の部分にゆっくりと卵を置いて、すぐに離れた。


 コロロロ、と喉を鳴らし、卵を鼻で優しく突く。

 それから間もなく、赤竜は静かに瞳から涙を溢した。


 良かったね。

 ──と、思うよりも先に、悲しいかな、クロガネはパヌルに対しての怒りが先行した。

 セスタとククリ。傷だらけのマナやミナ。そして、赤竜。


 己の野望のため、他者を貶め、平然と殺し、大切なものを道具のように扱う。


 それまで抑圧されていたクロガネの感情が、赤竜への卵の返還により解放されたことで、一気に爆発する。

 ビキ、とクロガネの額には青筋が立ち、抑えきれずに溢れ出す魔力がクロガネの周囲を覆った。


「……パヌル」


 クロガネの目には、明確な敵意──いや。


「お前は、殺す……」


 殺意が、浮かび上がっていた。


 直後、クロガネは翼を大きく羽ばたかせパヌルに向かって進むと、すぐに翼を畳んだ。重力によって速度を増しながら落下するクロガネの着地点は、だが明らかにパヌルのいる位置から大きく逸れている。


 パヌルのいる大通りではあるものの、郊外側に一キロ以上逸れている。

 それでもクロガネは、進路を変更するつもりがないようだ。

 そして結局、大きく外れた位置にクロガネは着地し、その衝撃で砂煙が大きく舞い上がった。


 それでも一切、パヌルは警戒を解いてはいない。それだけクロガネの姿は異質であり、どれほどの潜在能力があるのかを測りかねていた。

 あの砂煙から何が飛び出すのか。パヌルは注意深く観察する。


 クロガネの魔法を把握していたパヌルは、例え速度のあるライトニング・ショットであっても避けられるだけの実力は確かにあり、そしてそれを成すだけの心構えも間違いなくある。


 だが、クロガネはそれよりも高みにいた。それだけのことだった。




「フレイム・レーザー・ショット」




 音速を遥かに超え、光速に匹敵する超速度で、その一撃はパヌルの右腕を吹き飛ばした。

 特に異質だったのは、発動前の予兆がまるでなかったことだ。魔力を練ることで大きな隙を晒しながらも放った前赤竜戦でのライトニング・ショットなどとは一線を画した一撃。


「ぐっ、が、ぁぁぁあああ……!!」


 そして、それだけではなかった。


「い、痛みが……! 貫通、したのか……!?」


 分体だったパヌルが、それまで晒したことのない悲鳴を上げた。更には、撃ち貫かれたパヌル以外の全ての分体が、同様に右腕を消失している。

 それを見て、エフレインは愕然とした。


「術者への、直接攻撃……!? そんなことが、できるのか」


 徐々に収まる砂煙の中、クロガネは悠然と歩きだした。


「ぶっ叩き落してやるから、覚悟しろ、パヌル」




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