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星火の導く夜明け前の世界で  作者: 竜造寺。
1章 劫火赫灼の竜
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1-21 変わるもの、変わらないもの-①

 

 目を覚ますと、なんだか見たことがある天井があった。

 医務室だ。

 身体を起こす。……とても、怠い。

 寝すぎたという感覚だった。クロガネの体感的には数時間の睡眠という感覚でしかないが、実際には三日間が経っており身体は正直にそれを教えようとしていたのだ。


 外は明るい。少なくとも日中であることは確かだ。

 ベッドから降りようとして、はたと思い出す。


 ゆっくりと、音を立てずにベッドの下を覗き込む。

 ……居た。

 本当にベッドの下で寝ている。これまた心地よさそうに眠っているものだ。


「もしもーし」と声を掛けたクロガネの声に反応したのはミナだった。

「パンケーキ!?」

「パンケーキはないが?」

「…………パンケーキないの?」

「ないよ」

「ふぅん……んん……んん?」


 寝惚けまなこでクロガネを見つけると、そこからみるみるうちに目が見開かれていく。

 そして。


「起きた!!」と勢いよく頭を上げて、ベッドに強く打ち付けた。「い゛っっだぁ!!」

「……なに、うるさい、んだけど……」

「マナマナマナマナマナ姉ちゃん姉さまお姉たま!! 起きた! 起きた!」

「なにが……」

「クックくくっくっクロガネ君が!!」

「ええ……?」


 先程のミナよろしく、はじめはほとんど閉じている目が次第に開かれる。「起きた!?」と言ってベッドに頭を打ち付けるところまで同じだ。「いっ、ひぃ〰〰」


「はは、おはよう、マナさん、ミナさん」

「お、おはよう……」

「おっはよーございます! クロガネ君! 三日ぶり!」

「ははは。……三日? 三日ぶり!? 三日も寝てたの!?」

「そうだよー!」

「俺、寝すぎぃ!?」


 三日間も眠っていたことには驚いたが、元気そうな二人の声を聞けて、クロガネは思わず顔が綻んだ。

 なんにせよ二人が無事ならそれでいいのだ。






「……というか、マナさん怪我そんなに酷くなかったの?」


 とクロガネは廊下を歩きながら話しかけた。


「もち。ライカンスロープ如きに負けない。ずっと走り続けるほうがかなり地獄」

「あー、何か分かるかも」

「ミナのこと探しに、無理して走りまくってたって聞いた」

「そうそう。かなり効いたねあれ」

「ふふ、ミナのためにありがと。でも無理しすぎはだめ」

「お互いね」


 と、クロガネがマナと話していると、半歩後ろを歩いていたミナがぶすくれてマナに抱きついた。


「どうしたの、ミナ」

「私も混ぜろ〰〰って感じですぅ」


 そんなところで、あっという間に冒険者協会のロビーに面する扉まで辿り着く。二度目となれば慣れたものだ。

 そういえば以前はここでいきなり人が扉に突っ込んできたんだよな、と思い起こしながらぎぎ、と軋む扉を開ける


 今回は平和だった。


 が、ロビーに出た途端に冒険者たちの視線が集まる。

 当然といえば当然だ。


「おい……」

「来たぞ……」

「あれが噂の……?」

「そうだ……」


 何やら色々と噂されているようだった。それも致し方ないと聞き流そうとしたのだが、聞こえてきた単語は思っていたのとだいぶ違っていた。


「あれが……雷鳴狂人……」

「よせ、目を合わせないほうがいい……」

「聞けば、あの気狂いヴォルガをものともしなかったそうじゃねぇか……」


 ミナが笑いを堪えていた。

 マナも顔を逸らしていたが完全に笑いを堪えていた。


「……なんか変な噂流れてんだけど」

「……んふ、ふふ、ふふ」

「ミナさん? マナさんも? 知ってましたね?」

「「うん……」」

「さいですか……」


 大体、雷鳴狂人とは何なのか。と思ったが、確かにライカンスロープの群れを追い払うときはかなり変人だったような気がしなくもない。

 更に、ヴォルガといえば初日に絡んできたうえにショットで吹き飛ばしてしまった男の名前だったはずだ。


 おかしい噂かと思ったが、大体間違っていないことに気が付く。

 クロガネは手で目元を覆って天を仰いだ。

 おかしいのは噂ではなく、初日から一貫して自分の行動だったのだ。


「かなりショックです」


 んへぇ、とクロガネは肩を落としながら一先ず協会の受付カウンターへと進んだ。その途中で、マナとミナは用事があると離れ、冒険者協会から出て行った。

 そういえばとシユウやダリルの姿を探したが、残念ながらいないようだ。


 受付カウンターに着くなり、受付嬢は立ち上がってお辞儀した。クロガネが会ったことのある受付嬢ではなかっただけに、少しだけ狼狽えた。視線を動かせば、テーブルの奥に見覚えのある受付嬢がいる。クロガネが初めてここに来た時に対応した人だ。

 つまり、今目の前にいる受付嬢とは初見のはずだ。


「え?」と発したクロガネの声は、やや裏返っていた。

「ふふ」とその受付嬢は微笑みながら顔を上げる。「評判はエフレイン支部長より伺っております。冒険者登録前にもかかわらず、大変お世話になりました、クロガネ様。体調はどうですか?」

「あ、体調は大丈夫です……」


 クロガネ……『様』?

 思わず聞き返そうとしたが、その前に受付嬢は話し始めた。


「現在エフレイン支部長は多忙のため、代理にて手続きを行わせていただきたく思います。クロガネ様が起き次第、冒険者登録及び報酬の手配をしてほしいと」

「はい、大丈夫です」

「……あ、何か食事は摂られましたか?」

「え? いえ、まだですが」

「承知しました。軽食を用意します。奥の応接室に案内しますね」


 促されるまま受付嬢の後を追ってクロガネは応接室に入り、ふかふかのソファに座った。

「準備がありますので、今しばらくお待ちください」と言われポツンと寂しく待つ。


 クロガネは勝手に気を張っていたようで、強張った身体をほぐしてソファにもたれかかった。

 こうして静かな部屋に来ると、それまでのことが勝手に思い起こされる。


 思えば随分と忙しい日々だった気がした。

 今にして思えば、この街に来た時に赤竜と一戦やり合ったところから赤竜の標的にされていたと考えるのが的確だろうか。


 街中にライカンスロープを落として様子見し、その次にはライカンスロープの群れごと呼んできた。いや、誘導してきたというべきか。


 正直に言うとかなりきつかった。


 本来の想定では、ここまでハードな日々を過ごす予定ではなかった。

 森を出て最初の街と言ったら、もっと気楽にというか、順序良く色々経験する感じではないのか、などとは今頃言っても意味がないのではあるが。


 ポジティブに捉えるなら、一気に戦いの技術を身に付けられたということで予定を先倒しにして進められていると考えてもいいのかもしれない。


 何はともあれ、赤竜には手痛いダメージを負わせているし。

 今までの雰囲気から感じ取るに、この三日間は平和に過ごせているように見える。


 今度こそゆっくりできるかな。

 そんなことを考えていると、応接室のドアがノックされる。

 受付嬢が戻ってきたのだろうと気を楽にしていたのだが、開いたドアから顔を覗かせたのは受付嬢ではなく。


「……あれ? 確か、ナリィさん」

「あ、すみません、失礼します」


 ナリィ。シユウのパーティメンバーである、魔法士の女子だ。

 記憶が正しければ結構当たりがきつかった印象だが、応接室に姿を出した彼女は同一人物とは思えないほどにしおらしかった。


 部屋に入って扉を閉めるが、その位置でもじもじと俯いている。


「急にごめんなさい、その、受付嬢さんにちょっとだけ話をしたいって無理言って、ここに入らせて、もらい、ました」


 やけに歯切れが悪く、しかも敬語だ。

 ……クロガネは一体彼女に何をしてしまったのだというのだろうか。

 記憶を掘り返せど、手は上げていないはずだ。

 寝ているこの三日間の内に、夢遊病のように徘徊して何かしているという可能性はゼロではないため、油断できない。

 いや、限りなくあり得ないのではあるが。


「えっと、その」

「んー、まぁ、深刻そうな話? なのかな。俺が言えたことじゃないけど、ソファに座って? 立ってられると俺も困っちゃう」

「あ、すみませんっ」


 ととと、とナリィはクロガネの対面に座った。


「えと、その、まず……酷いこと言って、すみませんでした……」

「……ん?」クロガネ的には、ああこういうキャラいるよなぁ、ぐらいの感覚でしか聞いていなかったため、あまり気に留めていなかった。「あ、ああ、うん。全然いいよ」

「……あんなに凄い魔法を使えるって知らなくて、その。本当に、ごめんなさい」


 あまりにも申し訳なさそうに俯くナリィだった。クロガネはそんなに気にしていないだけに、そこまで申し訳なさそうにされるとこちらが困ってしまう。


「ああ、別にいいよあれぐらい~」

「で、でも」

「寧ろ、強気なぐらいでいいと思うよ、うん」

「ですが……、……え? な、んて?」

「てめぇなんぞ余裕で超えてやるから覚悟しとけやクロガネぇ! って感じで別にいいよって」


「…………、…………え、えーと……」


 申し訳なさが綺麗に吹き飛んで、戸惑った表情。

 そう、それで大丈夫です。ニカッとクロガネがサムズアップすると、ナリィは一層困った表情を見せるしかなかった。



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