1-27 おでかけ-③
『象形装具』
それは、例えば街に甚大な被害をもたらしたモンスターや、災厄の象徴とされるモンスターの素材を用いて作成される武器または防具を指す。
基本的にはそれらを討伐した記念碑的な意味合いで作成されることがほとんどで、それを一個人が所有することは非常に稀だ。
というのも、それほどのモンスターとの戦闘には必然的に複数名の冒険者が参加することとなり、個人で討伐するといったケースが少ないためだ。
「今回の戦闘では、冒険者協会からも複数名の冒険者が赤竜と相対していましたが、その全員が口をそろえてこう言っています。あの赤竜の翼をもいだのは私ではない。それを行ったものにこそこの象形装具は相応しい、と」
レイラの言葉を聞いてもどこかピンとこない。
それだけ、クロガネの頭はもう目の前の出来事にいっぱいいっぱいだったということだ。
「そのため、こうして一個人へと象形装具を贈呈するはこびとなりました」
「あ、ああ、なんか、ほんと……信じられない」
まじまじとその武器を眺めるクロガネの姿は、見た目よりも遥かに子供っぽく映った。だが、それにとやかく言うものはこの空間にはいない。
「名付けるなら、赫灼剣」と、それまで口を閉ざしていたダグスが喋り始めた。「魔力浸透性の異様に高い骨髄を芯に、その外殻をミスリルやアダマント、赤竜の骨の粉体を混ぜ合わせた刀身を用いた一点物の両刃剣だ。まず刃こぼれとは無縁だな」
「お、おお……」
「鞘から抜いて、魔力を流してみろ」
言われるがままにクロガネは恐る恐るといった様子で鞘から抜き、魔力を流す。
ライカンスロープとの戦闘で刀身に魔力を流すということを試しておいてよかったと思った。この場でどうやるんですか、とは聞けない。
そうして魔力を流し始めた直後だった。
僅か数秒で刀身は赤く発光し、強力な熱を周囲に発散し始める。
「お……!?」
驚くべきはそれに留まらず、初めこそ魔力を意図的に流し込まなければならないものの、状態が安定化していくと共に魔力の消費が緩やかになったのを明確に感じた。
「赤竜の著しい自己修復能力の理由がそれだ」ダグスは腕を組みながら話す。どこか誇らしげだ。「魔力を流し込んで高熱化し、それが安定すると次第に空気中の魔力を勝手に取り込み始める。驚いたもんだ」
「こ、これ、あとどうすれば」
「逆に刀身から魔力を吸い取ってみな。魔力が通らなくなれば勝手に冷める」
「こうか……?」とクロガネは何となくで魔力を操作すると、どうということはなく勝手に刀身から身体に向けて逆方向に流れ込んだ。……のだが。「あれ、なんか魔力多い……?」
その理由はすぐに分かった。
空気中の魔力を取り込んだことで初めに流した魔力はすぐに補填され、それどころか魔力を増やしてくれてまでいるのだ。
「面白いだろう。使っていればいるほど、勝手に魔力を貯蔵してくれる」
「実質的に外部の魔力貯蔵庫……え、待って、ホントにこんなの頂けるんですか!? 明らかに身の丈に合ってないというか……!?」
「本当に大丈夫です」レイラは優しく微笑みながら言った。「それに……クロガネさんだからこそ、という理由もあるんです」
視線を向けられたダグスはああ、と腰に手を当てて言った。「翼を切り落とした奴の魔力を理解しているというか。俺のような他人が使っても同じ性能は発揮しない。ある意味お前専用装備ってことだよ」
「まじ……か」
喜びを隠しきれないクロガネの笑みに、マナとミナが釣られて笑った。
「貰えるものは貰っておくのが吉ってやつ」
「そ! 超似合ってるよ!!」
照れくさそうにクロガネは頭を掻いて、その後、ダグスとレイラに向かって深々と頭を下げた。
「——有難く、頂戴いたします……!」
「おう!」とダグスは思いっきりクロガネの背中を引っ叩いた。
見た目相応の力で叩かれたところはびりびりと痛んだが、その痛みはこれが夢じゃないのだぞと言ってくれているようで、決して不快ではなかった。
◇
その後はダグスも交えて装備を選んでいたら、あっという間に太陽は沈みかけていた。
真っ赤な夕焼け空を眺めながら、四人はレイラが予約していたという店に入って夕飯をご馳走になり、そのままお開きになった。
そうして宿に戻った途端に、やはり今日会ったことが夢のような気がして頬をつねった。
痛い。
夢じゃないんだ。
クロガネの腰には赤竜の剣——赫灼剣がある。
まるでおもちゃを買ってもらった子供のようにクロガネは赫灼剣を撫でる。
ミナは一足先に身体を流しに部屋を出ていた。今部屋にいるのはクロガネとマナだけだ。
ベッドに腰掛けて鞘を撫でるクロガネの脇に、マナは腰掛けた。
「もう、まだ夢の中にいる気分?」
「そう……だね。そんな気分」
「まぁそうだよ、ね。象形装具なんて協会とかに展示してあるやつぐらいしか見たことない」
「いまだに、どこか信じがたいような気がする……けど、早くこれに相応しい人にならなくちゃね」
「ふふ、そうだね。大丈夫。クロガネ君ならすぐなれる」
「……ありがとう」
思わず溢れたクロガネの満面の笑みに、マナの顔がぽっ、と赤くなる。
それから会話は途切れたが、その時間は決して不快なものじゃなかった。
だが、マナの表情は何かを狙っているような雰囲気だ。クロガネはそれに全く気が付かないでいたが、明らかにマナはそわそわとしてどこか落ち着かない。
「……」
マナは何度か深呼吸したのち、意を決したようにクロガネの服を引っ張った。
「えっ?」
思わず体勢を崩したクロガネは、ベッドに横になる、かと思いきや。
視線を上げればマナの姿が見える。下から見上げる景色。
「え? ん?」クロガネは暫し黙り込んでから、はたと気が付く。これは、膝枕なのだと。「……え、っと?」
クロガネの混乱は気にも留めず、マナは優しくクロガネの頭を撫でた。
何が何やら? クロガネは抵抗はしなかったが、それ以前にこの状況を理解しきれず戸惑いが先行している。
そんな中で口を開いたのはマナだった。
「そ、いえば。……まだ、お礼してなかった、な……って」
「お、お礼?」
「うん。血塗れで私がここに戻ってきたとき、何も聞かずにミナを助けにいってくれたこと」
「そんな、別に……」
「すごく嬉しかった」
「……うん、それは、よかった」
「ほんとに、ほんとに、ありがと……」
クロガネもなんだが照れくさくなって、すぐに起き上がろうとしたがそれはマナに妨げられてしまった。
「お礼の膝枕。高いんだから、堪能……しなさい」
「は、い」
「ふふ……」
甘んじてその膝枕を受け入れていると、途端に眠気がクロガネを襲った。
寝ちゃだめだと思いながら、抗いがたい睡魔に飲み込まれていく。
「おやすみ……なさい。クロガネ君」
その日の夜、クロガネは不思議な夢を見た。
真っ白な空間に、綿あめのような雲の床。
そこにクロガネは座っている。
少し離れた位置には真っ赤に輝く何かが浮かんでおり、その周囲には様々な動物が心地よさそうに丸まって寝ている。
その何かの周囲はさぞかし心地よいのだろう。動物の寝息は安らかだ。
クロガネはゆっくりと立ち上がって、近付いていく。
それは、炎というにはあまりに安らかで、煙というにはその場に留まり続けている。
触れると今にも霧散してしまいそうなそれは、どこか儚い。
動物のすぐ隣に腰掛けて、そのまま横になる。動物が心地よさそうに眠っている意味が分かった。
抗いがたい睡魔。
クロガネはゆっくり目を閉じた。




