そのゴジュウニ ノッコとヤスデ(その4)
「姫様、残念ながら現状では、二人の捕獲は極めて困難と言わざるをえません。
……そこで!『プランB』の実行に移りたいと思います!」
「プランB??」
いやそんな話、元からしてない聞いてない。万座唖然、だが俊介にはピンとくる。
(仁美ちゃん?それ今思いついたんだろ?でも何を?)
「あの?あなた一体何を……あのぉ?」
当然尋ねようとする桜姫を、仁美はしかしなんとガン無視。仁美にとって必要だったのは開始宣言であって、別に了解了承は求めてなかった。どんどん勝手におっ始める。
「さぁ来て、みんなぁ!!」
「「「「ハイ、ママ〜!」」」」「ルルルルルゥ〜」
仁美が呼んだ「みんな」。ご存じあの超グロゲロたちである。どうやらある程度大きさは可変らしく、あのマザーも今は人間と高さは同じほど。だが、花瓶を逆さにしたようなそのプロポーション、接地面は直径一メートル半はある。いわば部屋の中に銀色ギラギラの電話ボックスが立っている風情、それだけで存在の圧がすごい。その上さらに小さいグロゲロもごちゃごちゃと襲来、社殿の中はもはやぎゅう詰めである。部屋の隅にはくねくねがよくわからない形に丸まって縮こまっていた。味方になったと聞いてはいるが、それはそれ。やはりグロゲロが怖いらしい。
こうして急に狭くなり、お互いの顔もよく見えない中、仁美はそのよく通る大声で。
「二人を捕獲しここに連れてくる、それが出来ないなら。みんなでこちらから行きます。この建物ごと!」
「えええええ??それは一体どういう……」
「みんな、配置について!」
鏡の中で桜姫も目を丸くする、だが仁美はやはり有無を言わせない。仁美ママの掛け声に、マザーを残して何故かその場から消えるグロゲロたち。
「配置についた」のである。彼らは一瞬で鴻神神社の敷地を丸く囲っていた。
「マザーちゃん、いいかな?行き先は、みんなが進化したあの遊園地だよ!わかるね?」
「ルル、ハイママ♪」
「いいえ待って、仁美さんそれは無茶よ!」
止めようとしたのは恭子だ。そう、ここに残っている者の中で、グロゲロの能力を理解しているのは彼女だけ。彼女にはわかってしまったのだ。
仁美のプランB。ノッコとヤスデを捕まえてここに連れてくるのが不可能ならば、こちらから……
空間転移で、神社丸ごと、昴ヶ丘行楽園に飛ぶ!
いや、実はそれは不可能ではない、ないのだが。
「あのね貴女、それじゃダメ!神社は、神域というものはぁぁぁ!」
「オッケイ、マザーちゃん全速レッツゴー!!」
「ルルルルル〜〜〜!!」
そうと決めたら。仁美は、誰にも有無を、言わせない。
この日、鴻神神社はもとあった町のその一角から忽然と姿を消して……
神社とは、神域とは。建物それのみで成り立つものではない。
「それが建っている環境」が重要なのだ。
例えば、世に「風水」というものがある。「方位や地形が生み出す環境の力を測り、取り込み利用する」中国の霊的哲学・実践術だ。だがその発想そのものは風水の専売特許ではない。儀式の方法や精緻化洗練度、明文化などの違いはあれど、古来から様々な民族がそれぞれに環境のもつ霊的な力に気づき、活用してきた。
日本における神社仏閣も、例外ではない。神仏の住まいに相応しい土地と場所を入念に選び、清めた上で建てるからこそ、そこは霊的なリソースの器たりえるのだ。
ましてや鴻神神社は、かの大暴神・唐の蛇神の魂を慰め鎮めるための秘社だ。それに相応しくあるように、始祖寂蓮はその立地を入念に選び、清め、整え、創建し。さらに鴻神一族代々のたゆまぬ奉仕によって膨大な環境力を維持し蓄えてきたその土地から。
……今、その建物だけがぶっこ抜かれた!
超空間をズモズモズドンと潜り抜け、行楽園のアスファルトの下から、にょきっと立ち上がった社殿の中で。
「ルルル、ハイママ、ミナサン、タダイマトウチャク♪」
アークマザーが誇らしげにアナウンス。ああ、窓から見える風景が、先ほどと明らかに違う。そこには、遊園地の非日常的なアトラクション施設の数々が。
たちまち恭子は周章狼狽。
「暴挙よ!こんな、こんなこと……これではこの神社はただの空っぽの建築物だわ!これじゃ肝心の神様方の力が何も……お借りできない……
ああもうお終いよぉぉぉぉぉ!」
大号泣し地団駄を踏み、抱いていたメリーさんを掴んで振りまわす。
「ワ、ワタタタタシメメメメメ……ヤメテ、オチツイテェ~!!」
「あれ?どしたの?なんかまずかったかな恭子さん?」と小首をかしげ尋ねる仁美。いやよりによってお前がそれは火に油だぞ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
烈火の如くギャン泣きする恭子を、
「あのあのあの、恭子さん落ち着いて、大丈夫……だと思いますよだからその……イテッ!」
なんとかなだめようとする珠雄。しかし、猫が逆に顔を引っ掻かれた。かくして大騒ぎになりかけたところで。
「恭子さん!!」
鋭く叱咤したのは俊介だ。そして人差し指を一本自分の眼前に立て、
「……むん!」
気合一つ。恭子の体の動きがピタリと止まる。
「恭子さん不思議だ、不思議だけど……大丈夫、このとおりだよ。今僕は力を使える。蛇神様の御力はここにちゃんと」
繋がっている。そう、俊介は先に恭子を倒したあの術をもう一度彼女に使ってみせたのだ。固まったまま、そうと悟って恭子ははっと我に返る。
俊介の場合、術も力もすべては「地形効果」頼み。神域の中でしかそれを使えないはず。逆に今、彼にそれが使えるということは、つまり。
「それにごらん恭子さん、姫様も大蛇様も!全然お変わりない御様子だよ?」
「……え?」
すぐさま術を解く俊介。その言葉と視線に誘導されて、恭子が御神鏡を仰いで見れば、なるほどそこには桜姫と大蛇がちゃんといる。それも二人揃ってきょとんと呑気そうな顔で。
「やぁビックリした!あのキラキラした不思議なオバケ、こんなこと出来るんだねぇ、すごいすごい!
……桜ちゃん、実はワシもこれさぁ、思いついてたんだけどね。あの仁美ってコに先を越されちゃったよ」
「大蛇様?まさかこれを御自分でおやりになろうと思われたのですか?それは……大分天地が乱されますよ?
いえ、でもまぁそれならこれで良かったです。ああ、良かった良かった!あの方とあのお化けたちがやったことなら、それは現世の方々の仕業、天地の理を乱しませんから。先手を取ってもらえて本当に助かりました!」
(ううん?それはどういう理屈なんだろう?)
大蛇ではダメで仁美ならOK、基準がわからない。天地の理、案外ゆるゆるなのでは?真面目な俊介が首を傾げていると、二人の神はさらに聞き捨てならないことを口にする。
「それに流石は大蛇様。遠く離れたあちらとこちらの霊脈を、こうしてちゃんと繋ぎ止めておかれるなんて」
「エッヘン、スゴイでしょ!時間と空間をね、こうクイッと捻って、結んで縛ってギュッとね♪
まぁワシ一応神様だし、この位はやらないと。また蛇神ちゃんに叱られちゃうからさ♪」
(何だって?おやおやこれは……)
強引に転地させられた神社がその霊的機能を保っているのは、なんと大蛇の仕業だという。いやそれ以前に、転地そのものも大蛇にとっては、「やろうと思えば出来たこと」だったらしい。桜姫の心底ほっとした顔には嘘は一点もない。
俊介は俄かに認識を改めた。能ある鷹はなんとやら、俊介自身もそのタイプなのだが、それでも見抜けなかった。
八岐大蛇、とぼけているが、その神力は真に絶大。
感服のあまりややハスキーになった声で、俊介は恭子の耳元にさやさやと。
「聞いたかい恭子さん?僕にも良くわかった。あなたの崇めていた方は、八岐大蛇様は!本当の、本物だよ。
……これならいける。あとは信者であるあなたが、大蛇様から賜ったこの大恩寵に報いるだけだ。しっかり!」
恭子の瞳にたちまち戻る希望の光、安堵の涙の上でキラリ。社殿の畳にしおしおとおとなしく座り直したのだった。
「う〜ん、これが大人の説得力!さっすがは俊パパ!」
と、騒ぎの元凶の仁美はしれっと人ごとのように感心感心。
そしてヒリヒリする頬を撫でながら、珠雄はなんだかちょっと負けた気分だった。
「そんな……うそでしょう?」
早苗、実に久々の「うそでしょう」である。
超高速で走り去っていく二人の行く手を虚しく追って、皆の視線がなんとなく泳いでいたそのあたり、すなわち行楽園の広場のど真ん中。そこになんと!ズモズモと地面から湧いて現れたのは、彼女が十七年の生涯を青春をこれまでずっと過ごしてきた、鴻神神社そのものではないか。
はたと祖父の様子を伺えば。
「タハハ、こ、これはなんたること……こここ鴻神のみ、みみみみみ御社がぁぁ??」
やはり祖父の目にもそう見えている。そして驚きのためガチで腰を抜かしている人間を、早苗は初めて見た。
そう、その初物が、こともあろうに祖父・巌十郎。
どんなに自分が酔っ払っていても、隣に先に酔い潰れた知人がいれば、なんとか助けて動けるもの……そういう話を早苗も聞いたことがある。これがその気分か、と彼女は思う。
しっかりしなきゃ……私もヒザがガクガクだけど!
するとその社の正面の戸がガラリと勢いよく開いて、顔を出したのは。
「早苗、みんなーーー!お待たせ、持ってきたよ、神社!!」
「……うぐっ!!」
早苗の胸に込み上げる変なゲップ。お前の仕業か、これは!いや確かにこんなこと、仁美しか思いつかないだろうけど。
「ああ、大丈夫かね早苗くん?…… ささ先代様、お気を確かに、しっかり!」
早苗の顔色を見て心配したのだろう。土屋先生は彼女に代わって巌十郎を抱き起こし、肩を貸して立たせながら。
「うん早苗くん、君の気持ちはね?わかる……よぉくわかるよ?」
「ありがとう……ございます……」
とにもかくにも。こうなったら仕切り直し、作戦の立て直しだ。誰もが複雑微妙な顔色のまま、やって来た神社にすごすごと戻って行った。
「確かに『捕まえる』というのは不可能でしょうね。祝子さんが私達の指示に従ってくれないなら」
巌十郎と仁美、二人立て続けのとんでもないアドリブで、総員なんだかくたびれた顔。ここは僕が、と仕切り直したのは俊介だった。
「ただし、『二人の行動半径を狭める』ことなら。それは出来ます。そのために姫様は、二人をここに連れて来るようおっしゃられたのです。
……そうですね、父さん?」
「むむ、『岩戸籠之術』か。あれは鴻神の御社に蛇神様をお迎えした時より今まで、一度も使われた事のない、秘術中の秘術。あれを使えば、確かに……
しかし俊介、《《使い方が逆》》じゃが?」
たちまち仁美の鼻が好奇心にムズムズ。だってみんなも聞きたいでしょ?すかさず質問。
「パパさん?巌じい?何その、最終奥義っぽいの?!」
「急ぎだからね、簡単に説明するよ。
……この御社を霊力のドームで丸ごと包む。
本来は防御用の術なんだ。邪教徒が大軍で御社に攻めて来る、そういう事態を想定した、ね」
「従って、その防壁の強さは蟲封の光の籠などとは比べ物にならぬ、遥かに強靭!
というのもな?この術は一族の中でも特にその資格を持った者、今のそれは神主のこの俊介じゃが、その者が『蛇神様の御力を直にお借りして』執り行うものだからじゃ。
だからいかに御子様とても……」
「そう簡単に『クルリンパ』は出来ない、そういうわけか!うん、それに確かに『使い方が逆』だね」
岩戸籠、本来は敵を外に締め出し「立てこもる」ための術。だが今回はその中に二人を「閉じ込める」。すなわち、最終防壁の内部に敢えて「敵」を招き入れる形。秘術の史上最初の使用はなんともイレギュラー、かつリスキー極まりない。
読者諸君よ、「ビリヤード」を想像してもらいたい。岩戸籠の壁は台の反射面、ノッコとヤスデは、逃げ場のない台上で走り跳ね回る球だ。今その台の中にもし何かが、ただ置いてあったら。
球と激突して、それはたちまち蹴散らされる!
だから。
「しっかり中で迎え撃たないと、ね……どう早苗?」
「やるわ、出来る」
壁を造るのは、当代神主である父俊介の役目。祖父巌十郎も当然、その補佐が任務として相応しいだろう。
ならば。
「ノッコの相手が出来るのは、わたしだけよ!」
昂然と、否傲然と。早苗は言い放った。
奢りではない。一族の裔としての義務感でもない。
年少の友ノッコを想う、それは早苗の覚悟の誓い。
水を向けた仁美、そうこなくっちゃとニヤリ。そして。
(でもノッコのトモダチならさ、わたしもいるんだけどな……ま、いっか)
と、またもなにやら企みを巡らせる。
「よろしい」
土蜘蛛は姿をそのままに、口ぶりを土屋先生に戻して。
「ならばもう一度、私がヤスデの相手に。先ほど見てもらったとおりだ、ヤスデは私になら必ず喰らいつく。もう一度、私が誘って隙を作ろう。
……なに、かわしに徹すれば、そのくらいならば」
今の体でも、と。土屋はちらりと巌十郎に了解を求める目配せ。老人は小さく、しかし深く頭を下げる。俊介はほっと小さなため息一つ。そして。
「そうですね土屋さん、もう一度始めましょう。仁美ちゃんの作戦は失敗したわけではありません、振り出しに戻っただけです。いえ、神社をここに持って来てくれたことで、とにかく!
……最初の一手は打てた、作戦は、進んだんです。
さあ皆さん、次がいよいよ本当の勝負です。急ぎましょう、二人がまたここに通りかかる前に!」
俊介の号令でさっと全員立ち上がる、その息の揃った様に。
(うんなるほど、確かにこれは大人の説得力。こうやって人を言いくるめる、勉強になるなぁ……)
……言い方が悪い?いやいや珠雄という少年は、いつでも熱心でマジメです。化け術の研鑽という意味においてはね。
(え?あれって?なんで?!)
さしもの神の子ノッコにも、この事態は想定外。先ほど通り過ぎた時は何もなかった広場のど真ん中、ヤスデとチェイスしながらぐるっと周って戻り向かう先に、何故か神社が。
(さては)
もちろんすぐにわかる。センパイやお養父さんたちの仕業だな、絶対何か仕掛けてくるつもりでしょ?
(う〜ん)
ジャマだなぁ。しかし、迷っている暇はない。ヤスデが猛然と襲いかかってくるから。一緒に引き返そうにも、ヤスデに聞く耳があるわけないし、それに。
(もう止まれないもんね)
地上を超高速で翔ける二つの流星。速いからこそ、急な停止も方向転換も容易ではない。
(じゃあいっかな。このままヤスデちゃんと一緒に行こうっと。うん、それに)
ノッコはニッコリと楽しそうに。
(ちょっと楽しみかも♪)
ああ神の子よ、軽やかな爽やかな、そしていたずらなその笑顔は何故。
やがて二人はそのまま、八岐大蛇が臨時に定めた神域に、鴻神神社の「境内」に向かい突進し!
「来るよパパさん!入った!!」
大蛇の教示どおりに、仁美は目印としてグロゲロ達を社殿の周囲に散らせ立たせておいた。社殿を中心に、およそ半径二十メートル、その銀色の大きなサークルが外界と境内の境界線であり、作戦領域。
その作戦領域の内部に、二人がとうとう突入した。ただし向こう側に突き抜けて行ってしまうまで、それはおそらく一秒もない!
静かに座に着き、目を閉じ呼吸を整えていた俊介。仁美の合図にその両目をくわと見開く、その瞬間。
白く輝く巨大な天蓋は一瞬にして現れ、境内全体に覆い被さったのだった。
そう、これぞ神主俊介が受け継いだ陰鴻神流退魔術、最終秘奥義、岩戸籠。
(続)




