そのゴジュウニ ノッコとヤスデ(その2)
「ウェ〜イ、みんなお茶だよぉん!飲んで飲んで♪」
本殿で慌ただしく皆がこれからの作戦の打ち合わせを済ませると、そこにジャストタイミングで運ばれて来たお茶。蛍子と悦子、ニコにくねくね……はいいとして、ナチュラルに茶坊主役に馴染んでいる八岐大蛇に、一同ギョッとするやらため息やら。鏡の中に目を移せば、そこには桜姫のあきれ顔。
だが今この時、この茶はうれしい。緊迫した状況に皆、喉の渇きを覚えていたのだ。誰もがそれを受け取る端からガブリと呑み干してしまう。そう、それが出来るほど、舌に喉に心地よい、ぬるい茶だ。
土蜘蛛はちらと、今は空の茶碗を受け取って回る蛍子を一瞥する。
(ぬるい、ぬるいがそれでもあくまで茶。蛍よ、すなわちこれは敢えての茶だな?)
「皆様どうか御無事で、それには水盃では縁起が悪いでしょう」
土蜘蛛は読み取った、それが糟糠の妻の静かなメッセージだ。
(実に良き茶だ。蛍よ、わしは茶の道でも、お前には頭が上がらぬか)
蛍子たちの心尽くしの茶に、皆の気持ちは落ち着き整った。いや一人、恭子のみはそうはいかなかったようだが……ともあれ。その雰囲気の変化を見計らったかのように、おもむろにダッと立ち上がったのは仁美。
「では皆さん!それではこれより!『キャッチ・N&Y』作戦、開始いたします!」
(だからね?どうしてあなたが?)
相変わらず、こういう時にすかさず司令官面の親友。早苗はこれまたいつも通りクスリと苦笑。だがすぐに思い直す。
(ううん、でもこれでいいのかな)
そう、早苗はもちろん、誰も仁美にツッコミを入れなかった。彼女の素っ頓狂にはほぼ皆慣れっこだし、それにその言葉には奇妙な説得力が。
そう。自ら能動的に使える力の無い代わりに、能力者を自分の運命に引き入れ巻き込む、「魂喰らい」の仁美。
(私たちきっと、あなたに誘われて導かれて、こうして集まったんだから……このお話ってホントは『怪異さまナー☆HI・TO・MI』よね)
こんな時だが、早苗はメタく感じ入る。そして。
(いいわ司令官殿、だったらバッチリ決めちゃいなさい。あなたにならついていける、私も全力よ。
私と仁美で、ノッコ達に。本当のトモダチってものを見せてあげよう!)
「まず!あの二人の身柄を確保して、この鴻神神社の境内に連れてきます。ここでなら、桜姫様もオロチッチも、現世に大きな悪影響を及ぼすことなく、御神力を用いることが出来る。
……そうですね姫様?」
「え?あっ、はい」
オロチッチ?仁美のキャラに慣れていない姫、急に振られてちょっとキョトン顔。それでも素直に即答する。そう、本来ならば現世の事象にタッチしてはならない自分や大蛇も(いや大蛇はすでに大分ルール違反中だが)、蛇神の神域として霊的に環境を整えられた、ここでなら。
「万全の待ち受け体制が整えられます。加えて俊パパも蛇神様から御力を借りられるし!」
(その事は一族の秘中の秘事だったんだけどなぁ)
俊介はおやおやと鼻の頭を掻く。なし崩しに皆にバレてしまった、鴻神一族の秘伝。でもこうなったら仕方ない。
「そうだね仁美ちゃん、僕もやってみる。任せてくれ」
穏やかジェントル、俊介はまるでいつもと同じ調子だ。それはかえって、皆にとって頼もしい。
「さてそこで!これから現地に赴き二人を捕獲する実行部隊の方々ですが、そのメンバー編成は!」
闇の竜巻に乗って、昴ヶ丘行楽園に現れ出た、いくつかの影。
まずはもちろん、二人の八尺様。神隠しを主能力とする彼女らは捕獲作戦の主役。だがヤスデもそれにノッコも、大人しく従うとは思えない、間違いなく抵抗するだろう。争い合う二人の動きを止める役がいる。
(『捉える』。それこそ蜘蛛の、わしの本性本領よ)
意気に燃える土蜘蛛。そしてその隣りには巌十郎だ。
(まさかこんな形で、先代様と並び立つことになるとはな)
先にあれほど苦しめられたあの『蟲封之術』。その威力は、この際逆に頼もしい限り。土蜘蛛は共闘に心躍らせる。
だが土蜘蛛は気づかない。その巌十郎の、自分をちらと見る気遣わしげな流し目に。四人は黙して物陰で待機する。
これら作戦本隊四人と少し離れ、別の建物の陰で控えているのが、さつきと早苗に槌の輔の、別働隊その一だ。本隊の作戦行動に支障が生じた場合に、飛び出してバックアップするのがその任務。
「猫又さん、いえ、お名前はさつきさんでしたね?鴻神早苗です、よろしくお願いします!」
「ニャハ、こっちこそ。いっしょに張り切って行こう!
鎧娘の雷はあたしにおまかせだ。早苗、あんたとツッチーは、蛇娘のセットクな!
……でも大丈夫かい?そっちは大分難しそうな役だけど?」
さつきは出雲で先祖代々言い伝えられて来た。蛇神と土蜘蛛の軍団の凄惨な戦いのことを、ことには、土蜘蛛に仕えていた彼女の一族の始祖たる猫又が、蛇神に惨殺された時のその光景を、有様を、克明に。
白い蛇娘ノッコ。なんと、かの絶対無敵存在たる蛇神の子だという。それが怒っているならば、いやそうでなくても、今断固として事に当たっているなら。果たしてそんな存在を制止することなど出来るのだろうか?
「左様、確かに難しい。おそらくこれはこの巫女殿にしか勤められぬ役である。さつき殿、この場は某もただ巫女殿をお助けする、それだけの心づもり」
「フゥン、そっか♪」
つまり槌の輔は言うのだ、早苗になら出来る、と。半化け顔のさつきは、その言葉を聞いて猫の湿った鼻をフンフンと鳴らす。ワクワクしているのだ。
珠雄と一緒だ、コイツらみんな肝が太い!気に入った♪
「んじゃ早苗、お手並み拝見だ。あたしも目一杯力を貸すよ、ガンバりな♪」
「はい!」
「さぁみんな、コッチも気合い入れて行くよ!何しろアタシらが」
そしてもう一団。口裂け女、ターボばばぁ、てけてけの、別働隊その二。本隊・別働隊一とはそれぞれ十数メートルほどしか離れていないが、こちらは広場のど真ん中に堂々と姿を見せている。
「トップバッターだ、派手にやらかすよ!
……ただしいいかい?二人とも、無理はするんじゃないよ。あたしらは要するにハッタリ勝負だからね」
「ああ、わかっちょるとも!」「キキキイ!」
このコンビはいつでもやる気満々、それにどんな仕事でも素直にやってくれる。頼もしい、そう思いながらも口裂け女は少しだけ不足な顔。
(ハッタリだったら、ホントはくねくねも連れて来たかったんだけどね)
「ほらほらキョーコちゃん!悦っちゃんが新しいの煎れてきてくれたからさ、今度はあったかいのもう一杯飲もう。な?」
くねくねの差し出す茶碗を、不安に震える手で恭子はなんとか受け取る。その胸には、ひしとメリーさんを抱きしめたままだ。
(頼みますよくねくねさん)
珠雄はハラハラしながら恭子の様子を見守る。今くねくねは、彼の精神操作能力でさりげなく、不安に怯える恭子を宥めている、口裂け女もそのために彼を神社に残したのだ。
(今のこの人を、万が一にもあっちに行かせるわけにはいかないからね)
恭子にはあのワープ移動が可能な円盤がある、彼女がその気ならばすぐに行楽園に飛べる。だが、今の彼女には現地でヤスデの姿を見て、冷静に行動出来るとはとても思えない。行かせるわけにはいかないのだ。彼女には、最後の最後に大事な任務があるのだから。
すなわち、スーパーコーデ装着解除コードの送信。
その通信は、どうやらあのリモコンで、既存の携帯電話回線にただ乗りして行っていたらしい。
(でもそれじゃ、タイムラグがある)
プチの行っている、超高速でのコードの書き換え。今もあのモニター上では目まぐるしく数字が踊っている。コードが解読出来たとしても、それをジャストタイミングで送るには、リモコンからの近距離直接通信でなければならないだろう。
そう確かに、最後の最後には恭子がヤスデの側近くにいなければならないが。
(なら恭子さんを行かせるより、二人をこっちに連れてくるほうが断然いい。仁美さんが言ってた通り、ここなら万全だよ。何があっても今度は姫様たちもフォローして下さるんだから)
ただしもちろん、珠雄にもわかっている。
連れてくるのはそれはそれで、別の難事だ。
(頼みますよ、皆さん……)
そして珠雄の視線は、先に控室から運び込まれた姿見に移っていく。丘の上公園の一件が済んでこちらに全員集合した後、より広い範囲を映し出せるよう、姿見は横に寝かされていた。それはいわば、シネマサイズの超横長モニター。そして、そこには最前から引き続きずっと、無人の行楽園の光景が映し出されていて……
そして!
「……来た、来るよ!!」
口裂け女が叫び。
「見えた!」
珠雄が映像に指をさす。
昴ヶ丘行楽園の広い敷地を高速で駆け回る、白と黒の流星!ノッコとヤスデが、捕獲隊の潜む辺りに駆け込んで来た……そして!
「……あああ、でも行っちまったぁ?!」
あっという間にその場を通り過ぎて行く。その何たる速さ!
「いや、戻ってきたぞ!よしもう一度ってあああダメだぁ!」
「……速!」「……キキ!」
高速戦闘を得意とするはずのターボばばぁとてけてけも、愕然、唖然。
「こりゃまいった……これじゃぁ……」
二人が近づいたら、とにかく騒いで邪魔をして軽く足止めをする、それが口裂け女たちに与えられていた役割。ほんの一瞬でいい、土屋や巌十郎が動けるだけの隙を、キッカケを作ればそれで……
「何にも出来ないよ……」
だが早々に思い知る。あの二人と自分たちでは、格が違い過ぎる。まるで。
「蝸牛と新幹線じゃて……」
足の速さが何より自慢のターボばばぁが、虚ろに呟く。負けず嫌いでガミガミ屋の彼女だが、これ程の差では、悔しいという気持ちも吹き飛んでしまったようだ。
三人は去ってはまた来る流星の残像の尾を、ただ呆然と見送るばかり。
「仁美さぁん?!」
作戦はどうやら、初っ端から不調。珠雄は焦る。
「どうします、どうしますこれぇ?!」
ガッと腕組みの仁美司令官、答えて重々しく。
「うん、このくらいは想定内。まずは先生たちに任せよう」
そう言って、仁美は珠雄の目をじっと見返す、そしてチラリと恭子に流し目。
「……わかるねタマ?」
そうか、珠雄はハッとする。恭子を動揺させてはならない、くねくねと一緒に彼女を宥めておく。それは自分の任務でもあるのだ。
(なら、僕がオタオタしちゃダメだ)
珠雄はグッと一つ、唾を飲み込んだ。
「むむ、これは、口裂け君たちには大分荷が重いか」
そして土蜘蛛の判断は早かった。
「先代様。二人でこの物陰から同時に奇襲という作戦でしたが、そういう訳にはいかないようですね。
私がおとりになりましょう。先に一人で出ます。
私の姿を見れば……祝子はともかく、ヤスデは!必ず止まります。その隙に先代様があの術で。
どうかよろしくお願いします」
(土屋さん……)
巌十郎は止めなかった。確かにまずは、それしかない。無言で頷きながらも。
(わしの術で、か)
その思うところは、土蜘蛛とは少し違っている……




