そのゴジュウニ ノッコとヤスデ(その1)
無人の遊園地を縦横に駆け巡り、激突を繰り返す二つの影。
「この!お前お前お前ェェェ!!」
黒い鎧の少女の猛打猛撃、その八本腕の回転は超高速。戦いが始まって数十分のこの間、彼女はその鉤爪で敵に幾千撃を加えたか。
しかし。
「……!……!」
白銀の鱗の娘は一見防戦一方。だが、煌めく蜘蛛糸の網で敵の攻めを捌く様はまったく危なげなく、実にこれまで傷一つ受けていない。
不意にヤスデの攻めが止まる。いや止まってはいない、数本の腕をノッコにギリギリと押し付けて、それは鍔迫り合いの形だ。
「どしたの?ちょっと疲れちゃったかな?」
余裕綽々のノッコのその様子に、ヤスデは苛立ちを露わにしながらも、こう問うた。
「誰が!……止めを刺す前に、きちんと聞いとかなきゃって、思っただけだ!
……お前!『ノッコ』とかいったけど、ちゃんとした本当の名前は何で、一体何者なんだよ!?」
「ああそっか!そうだよね、そういうの大切だものね!聞いてくれてありがと。
ノッコはもちろんあだ名、わたしの名前は土屋祝子だよ」
「土屋?やっぱり!お前、土蜘蛛の娘なんだな!でもその白い鱗は何だ!?」
「妖総大将土蜘蛛は、私の育てのお父さん。実の親じゃないんだ。私の本当の両親は、今は神様になっちゃったから。面白いんだよ、私ね?生みの親は『どっちもお母さん』なんだ。
知ってるよね?蛇神と、蟲愛ずる姫」
ああ、まるで事もなげ。相変わらずにこやかに微笑みながら、土屋先生や槌の輔があれほど隠したがった彼女自身の出生の秘密を、ノッコはヤスデにいともあっさりと明かしてしまう。
「お前……」
鉄仮面に隠されたヤスデの眉間に浮かぶ、小さな当惑。ノッコの語った事そのものは、自分もある程度予想していた通りだったし、聞いてすっかり合点がいった。だがなぜ、よりによってこの自分に向かって、そんなに躊躇いもなくその事を?
「馬鹿に、するなぁぁぁ!!」
舐められている。ヤスデはそう受け止めて、一度ダッと後ろに飛び退き、瞬時にまたノッコに飛びかかり猛攻撃を再開する。
「オッケイ、続きだね?いいよ、ヤスデちゃん、さぁ!」
そして受けて立つノッコ、呼びかけるその言葉の奇怪極まるフレンドリーさは、なおも変わらない……
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「さて皆さん」
鴻神神社本殿の御神鏡、その中から。桜姫は眼前にずらり居並ぶ一同に号令する。
「これから皆さんのお力をお借りして、祝子とヤスデさんの戦いを止めようと思います。すでに何かとお疲れの方もいらっしゃいますが、どうかあと一押し、お願い出来ますか?」
日本に、いや世界に唯一。かの強大な蛇神の霊を祭る神殿、鴻神神社。だがそれは、見た目はほんのささやかな地方神社だ。その小さな社殿は今、集められた様々の心霊能力者、妖怪、怪異たちで鮨詰め。
まず鏡の中の桜姫に向かって最前列には。
当代神主である俊介と先代巌十郎、そして元妖総大将土蜘蛛こと土屋先生に、八ッ神恐子だった八上恭子の四人が居並ぶ。
本来自分は関わらない、縁も無かったはずの超常現象の数々に内心興味深々ながら。形式上ではあってもこの場の管理責任者として、そこは謹厳に居住いを正す俊介。
隣に並ぶ巌十郎は、実にバツの悪い顔だ。それはそうだろう、最前は槌の輔にコテンパンに叱責され、ここに連れ戻されてみればなんと、待ち受けていたのはかの桜姫とは。正座の形も小さく縮こまり、冷や汗をかきながら、常の彼には全く似合わないモジモジヘドモドとした姿。
憔悴した体でこの場に馳せ参じる形となった土屋先生。だがその双眸は炯々と燃えている。眼前に、再び現世で会うことはないと思っていた大恩人桜姫がいる。そしてその頼みごとがまさに、愛する己が養女と、かつての忠臣大百足の忘れ形見たるヤスデを救うこととは。
これに心奮い立たない元総大将ではない。
そして恭子が、にわかに立ち上がる。
「お願い皆さん、どうか力を……ヤスデを止めて!」
「スーパーコーデ」は着用者の命を吸い取る禁断の鎧、このままでは、と。悲痛なその説明を聞いて、一同の顔の面にはたちまちザッと緊張が走る。
そう、それまで彼らにはうっすらと安心感すらあったのだ。ノッコは神の御子、真の力の程は計り知れない。そのノッコが守りに専念しているなら、ヤスデがどれだけの力を手にしたのだとしても、大事には至らないだろうと。だが事態はそんな甘いものではなかった。たとえノッコに攻め返す気が無くとも、ただ完璧にいなし続けたとしても。長く争い続けるだけで、やがてヤスデの命は尽きるのだ!
「ケバ……じゃない、恭子さん!」
四人から一列下がって二列目が、早苗、仁美、口裂け女、それにさつきと珠雄の五人。まずその声を上げたのは仁美だった。
「付いて無いんですか?ほら、なんかこう、安全装置みたいなものは!?」
「本当ならタイムリミッターが働いて、三分で装着は強制解除されるはずだったの。でもそのリミッターが効いてない……いつの間にかヤスデが……」
「外部から装着解除指令を送る機能とかは?よくありますよね、そういうの?」
これは珠雄の発言。なるほどアニメや特撮ドラマでならありがちであるし、恭子の性格嗜好を考えるとあながち突飛でもないと彼は思ったのだ。
そして実は、そこまではビンゴ。だが。
「あるわ、もう何度も試してる!でもそれもダメなの珠雄くん!
……何度送信しても、解除コードがエラーって……」
あの金色のリモコンを握りしめる恭子。その蛇の目の絶望の色に、口裂け女の恭子に対するかねてからの敵意対抗心は、すっと冷めていく。
学園の戦いでは。恭子はヤスデを道具に過ぎないと言い切り、見捨てたではないか?それがいつの間に、アイツはこんなにもあの娘を慈しむようになったのか?
(いいや、猫さんと珠雄が言ってたっけ……)
恭子という女は、むしろ本来、こういう女だったのだと。
よし、そういう事ならば。
「……メリー、見てやれ!」
口裂け女は背後に振り返りざま、専門家を呼ぶ。
さらに後列、社殿の縁側、周り廊下の入り口付近に居並ぶのは怪異たちだった。その列からメリーさんがフワリと浮き上がったかと思うと、たちまち宙で一度姿を消し、再び現れたのは恭子の胸元。ぎゅっと抱きついて。
「ワタシメリーサン、サポートシテアゲルオニンギョウ、ヨロシクネ。マズ、ソノリモコンノ、アナタノ個人用パスヲ、解除シテ。ワタシニモソレ、使エルヨウニ」
「は、はい!」
リモコンにかけられた呪的プロテクト。藁をもすがる思いの恭子は、言われるままにそれを解除した。
「アリガト。装着強制解除指令ノ、受信先ヲ、サーチ!」
恭子の手に握られたままのリモコンに、メリーさんは目を閉じてコツリと額を押し付ける。得意の霊的デジタル接続で、走査開始だ。
「エエト、ムニャムニャ……エエ?!」
その間僅かに数秒、そして分かったこと。フランス人形のガラスの目、それを覆う瞼が、驚きにこれ以上なく見開かれる。
「見エタケド、コレジャ……コードガ向コウデ、スゴイスピードデ、次々《ツギツギ》書キ換エラレテル!
……ハッシャクチャン、『モニター』ツクッテ!」
すいと立ち上がったのは、二人並んだそっくりの八尺様のうち、御神鏡に向かって右にいたほう。どうやらこちらが昴ヶ丘八尺様らしい。その場で少量の闇のモヤを手元でくるくる、クレープ生地のように伸ばして13インチ程の「画面」を作ると、それをフリスビーのように二人の手元に飛ばす。
「リアルタイムノ状況ヲ、コノ外部モニターニ表示……ホラ、ミテ!」
SFアニメの未来シーンのように、その場で浮いているモニターは半透明。だから覗き込む二人ばかりでなく、後に居並ぶ皆にも(裏写しだが)良く見えた。それは止まることなく瞬時に入れ替わる、数十桁の数字の羅列!
「そんな……!これじゃ入力したコードが弾かれるわけだわ!でもどうしてこんなことが?ヤスデが?あの子、私の術のこと良く分かってないし、機械のことなんてなおさら全然……」
「それはおそらく、鎧自身の仕業である。あのロボットが、己の心を持ってしまったのだ」
神棚に据えられた御神鏡のそばに、桜姫に扈従するよう槌の輔が現れ、そう答える。今は恭子の動揺を静めようとしているのだろう、彼のその声は厳かだが柔らかで、いつもの武張った角がない。そして、縷々と彼の推測を語って聞かせる。
「あのロボットは怪異ではあるが、あくまでロボット。すなわち器物である。しかし器物であるが故にそれが、ヤスデというあの妖怪の娘の強力な妖気と濃厚に交わったことで、俄に変じて……」
「付喪神になったんだよ、恭子」
少し言葉を探す様子の槌の輔に、さつきが助け船。
付喪神、器物に命が宿った霊的存在。ただし通常「九十九」と呼ばれる通り、器物がそう化生するには長い年月を要するはず。
だが、ヤスデの体内に蓄えられていたのは、すでに千年以上の膨大な時を経て熟成された、いわば時の流れそのものを封じた特別な妖気。そしてそれが、恭子の術によってプチに曝露注入されてしまった……
「うん、あたしはああいうの、昔から沢山見てきたからわかる。あれは付喪神だ。そうだよねツッチー?」
「付喪神!むむさつき殿、まさに左様である。そしてあれは持ち主に従い、その命令を遂行するために動く……」
「プチは……ヤスデのために私が、あの子の能力と好みに合わせて……ヤスデもプチのこと、うんと気に入ってくれて……プチも……ああ、プチもヤスデにすっかり懐いていたわ……そうよ、機械のはずだのに、懐いてた!
付喪神……いつから……いいえ、どうして!」
自分はその変化に、違和感に気付けなかったのか。恭子は自らの不明に新たな後悔を積む。だがしかし。
「でも!一緒に戦うだけならともかく、スーパーコーデはヤスデにとっては諸刃の剣よ、危険なの!どうしてプチは自分でこんな……」
解除コールの書き換えなどをしてしまうのか。それでは逆に、ヤスデの命を吸い尽くして殺してしまいかねないのに?
「恭子、あのプチって付喪神の子は、生まれたてなんだよ。体は付喪神に成り代わっても心は持ったばかりで、自分のことも世の中のことも、まだちゃんとわかってないんだ。
だからただ言われるままに、大好きなあのヤスデって子を守るんだって……
こんなにいっぱい力を貰える、そのお返しにって……」
「そんな、ああそんな……私、なんてこと……」
恭子の肩が喉が胸が、嗚咽に震える。それを胸元のメリーさんが、小さな体で逆に抱き抱えるように、しがみつく力をギュっと強めて。
「ワタシメリーサン、計算シテミルオニンギョウ。コードノ書換ノ、規則性ヲ探ス!子供ノ考エダッタラ、簡単ナ規則、キットアル。
規則ガ解レバ、向コウノ書換ガドンナニ速クテモ、先読演算シテ、入力タイミングヲ、合ワセレバ!」
解除コールが送信先と一致する、スーパーコーデは強制解除出来る!
「スコシダケ、ジカンチョウダイ。ナルベクイソグヨ、マカセテ……アキラメナイデネ!ムニャムニャムムム!!」
そしてメリーさんは再び目を閉じ、深いデジタルの三昧に没入していく。一つ希望は生まれた。だが不安要素も多い。例えばもし、コードの書き換えに乱数が利用されていたら?メリーさんの能力を持ってしても先読みは不可能だ……
「あの、でしたら!もう一つ方法があります!」
次に立ち上がったのは、早苗。
「姫様、槌の輔様!お二人からノッコに伝えることは出来ませんか?今のままだとヤスデさんの命が危ないんだって、だから、なんとか戦うのはもうやめて、振り切って逃げるようにって!」
ノッコの方から逃走すれば、そして逃げ切ることが出来れば。きっとヤスデも追跡を諦めて、一旦自分からコーデを解くだろう。説得はそれからでも出来る。
「お二人からノッコにそうおっしゃっていただければ!」
早苗のその考えは、この際当を得ている。その場の一同揃って頷く様子だったが。
槌の輔の返答の声は、渋い。
「いや巫女殿、それはすでに、某も姫様も試みておるのだ。
だが……小姫様が、こちらからの呼び掛けに固く耳を閉ざしておられてな……」
桜姫もまた、憂いを深めた声で。
「祝子は蛇神さまの真の御子。蛇神さまの妻であり実の母たる私と比べても、祝子の方が神の位は遥かに上なのです。あの子が今、自ら私たちを避けている、心に壁を作っているのなら、それを破ることは私たちには……」
ああそれは、半ばは早苗も予想していた答え。勉強会の時も、先程行楽園での別れ際も。ノッコが纏う決意の神気は清らかなれど、極めて固く厳しかった。
ノッコの真意。その奥底は子細は、早苗にもまだ明らかではない。だがわかる、彼女はなんとしても、それを自分の力で成し遂げたいのだということは。
(でもノッコ、それダメだよ……違う!友達っていうのはね?!)
そうじゃない、だったら伝えよう、私が!
決意を拳に握り締め、早苗は押し黙る。
すると今度は。
「ならば参りましょう、皆で」
重く静かに、土屋先生が口を開いた。
「そして姫よ、こうして我らを一度ここに集めたのは、すなわち!『二人もここに連れてまいれ』と。そう仰せでございますな?」
「その通りです土蜘蛛殿。やっていただけますか?」
「姫。蛍と共に貴女に救われて以来まもなく十六年、なお保ち続けさせていただいたわしの命は、すなわち今、この時のためのもの。
……おお、やらいでか!!」
雄叫びと共に立ち上がる土屋先生。すると見よ、その体はたちまち黒い炎に包まれ、普段着姿からあの鎧装束に変わる。
いや、装束のみならず。その額には黒々とした目がさらに二つ。蜘蛛の妖力をより濃く顕した、それは妖総大将土蜘蛛が決戦に望む面構え。
(むむ、しかし土屋さん、あんた……)
だが傍の巌十郎は見てしまった。仁王立ちした土屋のその膝が背中が、微かに震えているのを。
そう、巌十郎が一番よく分かっている、気概はいかに貴く猛くとも、土蜘蛛の体力妖力は今、万全には程遠い。いやそれどころか、枯渇寸前なのではあるまいか?
(わしゃつくづくやらかした、こんな事になるとはの……済まん、本当に済まなんだ、土屋さん。
……じゃがの)
失態に縮こまっていた老人の背筋が、漸くすっと伸びていく。
(済まぬからこそ、よ!気負ってるところで悪いが、もうあんたにゃ出番はない。いや今これ以上、あんたを働かせては!それこそわしの顔は丸つぶれというものじゃ!
そうよ、こりゃ本来、わしら鴻神家の者がやらなきゃならん仕事じゃて。土屋さん、宜しいか?ここはこっちでやらせて貰うぞい……!)
ふと傍らに視線を感じる。俊介だ。
(ああわかっとるとも、もう一人勝手はせんわ。だからお前も、どうか力を貸してくれ。頼むぞ)
以心伝心。父子は、黙したまま頷きを交わしあった。
「ウェ〜イ♪」「いえ〜い♪」
社務所の台所で踊るのは、八岐大蛇とくねくね。
「いいじゃないチミ、今時のオバケっぽいよ!めっちゃウネウネしてるじゃ〜ん♪」
「いやいやオロチッチさんこそ、めっちゃくねっくねじゃないっすかぁ♪俺っち、バリリスペクトっすよぉ!」
「ほらほら、二人とも遊ばない遊ばない!手がお留守ですよ!」
そして嗜めるのは悦子。
「あのぉ、いいんでしょうか?だって確か……?」
湯の入ったやかんを運び、急須に注ぎながら首を捻るニコに。
「大丈夫。皆さんにお茶をご用意するお手伝いをしていただくだけなら、大蛇様の御力が天地の理を乱すこともないでしょう。手が足りない時ですから、助かりますわ」
あっさり答えるのは蛍子だ。悦子もうんうんと頷きながら、しかし。
「でも奥様、ああやって踊って油を売らなければ、ですけどね。
……ハイハイホラホラ、ちょっと急いでね二人とも!ニコちゃんを見習って!」
悦子にパチパチと手を叩いて急かされて。
「「……はぁい」」
八つの首を使い、食器棚からヒョイパクと湯飲みを咥えて盆に並べる大蛇、そこにくねくねが急須からお茶を注いでいく。
蠕動コンビは、ようやく大人しく働き始めた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……でもなんでだ!なんでお前さっきからずっと守ってばっかりなんだ?なんでやり返してこない!?」
ノッコは答えてにこやかに、
「だってヤスデちゃん、そしたら《《これ》》、すぐ終わっちゃうじゃない?」
続くヤスデの怒声は、最早言葉を成していなかった。
(続)




