そのゴジュウイチ トンカラトン
飛んで行った巌十郎を、急ぎスクラムブレイクして追う三人。
「ニヤッハ!今だ仁美、爺さんを捕まえな!お前なら抑え込めるぞ♪」
「ホイキタさっちゃん!」
さつきのアドバイス。聞いてすかさず仁美は、よろよろ半ば立ち上がりかけた巌十郎の背に飛びつき、羽交い締め。
「ふん!お縄頂戴、厳じい御用御用、御用だぁ!」
「ななな?お前は仁美か?こら離せ、離せというに……むむむどうしたわけじゃ、振り解けん!」
じたばたもがく巌十郎のその顔を、さつきは珍しいモノでも眺めるキラキラ目で覗き込みながら。
「いや〜、無駄だよ爺ちゃん、それただの腕力じゃないから。そいつが何かを【引っ張ってる】時は、負霊能力で自動的に【そいつの世界に引き込まれる】んだ。
霊力が強いヤツほど、逆らえないよ。あんた凄い術者だもん、絶対ムリムリ。
……確かあんたもそれ、うすうす知ってたんじゃ?」
「むむむ……やはりか……いや仁美放せ、放せこのぉ!」
「往生際が悪いよ巌じい!マイナスパワー全開だぁ!!」
つっても、仁美の力は自力コントロール不能なんだけど、そこはまぁ、気分気分。十分効いてるみたいだし。
さて口裂け女はと言えば、さつきと仁美の首尾を確かめて。
「よし、こりゃ爺さんは二人に任せとけばいいな。アタシは……土蜘蛛様、先生!」
どっかとその場に尻餅をついたままの土屋に、口裂け女は駆け寄る。
「先生、大丈夫ですか?どこか具合の悪いところは?」
「ああ口裂け君……助かったよ、ありがとう……なんとか大丈夫だ、私はどこもなんともないよ……」
さっき笑ってしまったことを、少し後悔する口裂け女。さすった土屋の背中は汗みずく、大丈夫というがその顔はまだ青ざめたままだ。彼がこんなに弱っているところなど彼女はこれまで見たことがない。なるほど、あれは彼にとって確かに絶体絶命の窮地だったのだ。口裂け女は安堵の気持ちをぐっと深めた。
そして当の先生も助かって気が緩んだのだろう、ついぼそっと一言。
「ああ、どうなることかと思ったが……なんとか耐えられた。思えば私も齢数千年、その間には悪行も多く犯して来た。いざという時はこの命で、せめてその万分の一でも償う覚悟はしていたつもりだが……いくらなんでもあんな理由で祓われるのはちょっと……」
「……先生?理由って何のことですか?」
「ああ、いやいやいや!な、なんでもない、なんでもないよ!そそそ、そうだ私のことより口裂け君、あそこ、あそこに!」
あわててごまかす土屋先生、彼の指差す方に目をやると、いた。先ほど巌十郎と土屋が中で揉み合っていたあの青い光の網の範囲、その少し外辺りに、放り出されて落ちている一体のオニンギョウ。
「……メリー!」
「無事だと思うが……さあさあ口裂け君、早く早く!」
そう促されて、急ぎメリーさんに駆け寄り拾い上げる。
「しっかりしなメリー、アタシだ、もう大丈夫だよ!」
「……アレ?ワ、ワタシメリーサン?タスカッタオニンギョウ?」
パチクリと人形のガラスの目を瞬いて答えるメリーさん。口裂け女は安堵に胸をなで下ろす。メリーさんもどうやら無事だった。
巌十郎のあの恐るべき術。土屋だから今まで耐えられたのだ、メリーさんには無理。あの中に巻き込まれたままでは、きっと完全に祓われてしまったに違いない。
だが、いかに今回はとち狂ったように見えても、巌十郎はメリーさんまでは見境なく巻き添えにはしなかった。術の威力を上げる前に、網の外に彼女を投げ捨ててくれていたのである。
(よかった……ま、そこはあの爺さん流石って言うか、やっぱり大物ってことだね)
仲間の救助も成功した。口裂け女は今は心晴れやかに。
「よし!みんな聞こえてるね?全員ここに来ておくれ!」
念話で大号令、仲間たちをこの場に招集する。
「それよりほら!見て見てあなた、今度は早苗が出て来ましたよ!」
とんと、テレビに家族が出演したのを観ているようなノリである。悦子がうれしそうに指さす、鏡の向こうで今度は。
「静まれ静まれ、ええい静まれ、静まれぇぇぇぇい!」
「ややや、さ、早苗?」
仁美たちに続き、大音声で呼ばわりながら目の前に現れたのは孫娘。その姿に、たちまちばつの悪そうな顔になる巌十郎。
もちろん、全てはその孫娘のために(と誤解をこじらせて)始めてしまった土蜘蛛退治である。だが彼は、あくまで早苗自身には今度のことは秘密にしておきたかった。
頑固と言われることもあるけれど、高潔厳正を普段から自らに誇り、家族からもそこを敬愛されてきた巌十郎。しかし鴻神流の力を私怨のために使う今の己の姿は、師として到底面目なし、祖父としては親馬鹿ならぬ爺馬鹿が過ぎるではないか。そしてまず一度しおしおとなってから、
「……鴻神巌十郎!!」
「ぬぬ?貴様誰じゃ?早苗に憑いておるな?!」
しかしもちろん、すぐ気づく。自分を叱責する孫娘のその声が、まるで別人だ。
「おのれ悪霊退散!」
と、再び歯を剥きそうになるその鼻っ柱を叩きのめすように、早苗の体が瞬時に霊気で煌々と燃え上がる。
そして!
「ええ控えい!この紋所が眼に入らぬかぁぁぁ!!」
早苗の背後にズドンと大きく光り輝いたのは、三つ巴の中にさらに三つ鱗を配した鴻神神社の社紋だ。槌の輔が霊気で投影したのである。
「おおお、そ、その御紋わぁぁ??」
「しかり!今うぬが目の前に立ちしは、うぬの孫娘早苗のみにあらず!しかと見よ、そして聞けぇい!」
そう一喝、槌の早苗は胸の前に盆を捧げ持つようなポーズをとる。するとその手のひらの上に朧に現れたのは、一匹の光るツチノコだ。合身を解いて分離したのである。
早苗の手のひらの上で、なお一層輝きズズイと伸び上がる槌の輔。対して、捧げ持つ早苗は背後で恭しく顔を伏せ、侍従の態。
槌の輔、いよいよ大声を張り上げて。
「この某を何者と心得るか!はばかりながら其は!鴻神大明神・蛇神様の一の眷属にして、神妃桜姫様の元小姓!その名も野槌が槌の輔、その心霊なり!」
「槌の輔」。桜姫が名付けたという彼のその名前は、鴻神流の家伝にもしっかり残されている。それになにより今、目の前のそれが振り撒く神聖強大な霊気の質は、明らかに鴻神流の、否、その源流たる蛇神由来のものだ。
さては本物の?と、ざぁっと顔色青ざめた巌十郎に向かって、
「鴻神巌十郎!此度のうぬの所業、迂闊千万、不届き千万、到底看過せざるなり!きつく沙汰いたせと!
……大明神、蛇神様がそう仰せであるぞぉぉぉ!!」
バンと決めつける槌の輔!
そして聞いてこっそり、ニヤける仁美。
(プププ……上手ぁ!これ早苗のシナリオでしょ?流石!それにツッチーもさぁ、こないだと違って断然やるじゃん!)
早苗の作戦。
ここまでの「毒ガス」地帯はともかく、巌十郎の張り巡らしたあの網のドームを突破するのは、おそらく槌の早苗でも容易ではないだろう。だがまごつけば事態をこじらせる、ここは一気呵成だ。
そこで。まずタマグライの仁美にドームを突破させ、物理で一撃ぶちかます。そして術が解け隙が出来たところで、槌の輔に一芝居打ってもらい、今度は自分たちが「蛇神の権威」でブン殴る!
羽交い締めにした巌十郎の、背中にガタガタと震えを感じ取る仁美。やったね早苗、ツッチー、効果テキメンだよ!槌の輔も、不慣れ&ぶっつけな自分の芝居の効果を見て取り、まず一安心。
【やれ上手くいったか。ま、この芝居なら某にもほぼほぼ素で出来る。なにしろピカるツチノコよりは、大分役がマシであるよ……】
そして、親友プロデュースの大芝居を観て、仁美のやる気もムズムズと。
(よぉし、お芝居あたしも一役貰っちゃおっと!この流れって、締めはコレでしょ早苗?)
親友の台本の先を推察で読み込んだ仁美は、巌十郎を背後から締め上げたまま、その耳元でここぞとばかり、声高らかにあの決めゼリフ。
「ええ巌じい、槌の輔様の御前であるぞぉ!
……頭が高ぁい!控えおろーーーーーーーーお!!」
「はっ、はは~~~~~~~あ……!」
仁美が羽交い締めを解くと、たちまち巌十郎はしなしなと体を畳み、その場に平伏した。パチリとウインクの仁美に、正面に立つ早苗もちょっと顔を上げウインクを返す。
そうそれ仁美、バッチリよ、と。
「あらあら、早苗ったらよく覚えてるのね!ほんと、あの子はお爺ちゃん子ですものねぇ……ケーブルTVの再放送、お義父さんのお膝で一緒によく観てたっけ、あれ」
「ハハ……そうだね、父さんにはこれは効くだろうねぇ……」
娘の見事な時代役者っぷり(というより実は脚本演出監督なのだが)に上機嫌な悦子と、父のこれまた見事な芝居の乗せられ様に、安堵しながらも苦笑の俊介であった。
さてこれで。
「どうやら一つは片付いたようですね。では……【槌の輔?】」
【おお、これは桜姫様!】
【……え?うそ『桜姫様』って、あの?この声の人が??】
合身は解いたものの、厳十郎を脅すため霊力全開だった槌の輔のごく近くにいて、その影響を受けたのだろう。早苗の脳裏にも響いたのだ、その秋の虫のような涼やかな声が。
神妃桜姫。恐怖暴虐の大妖だった蛇神と契り、その心を静め清め神と成した、偉大なる救世者。その名は鴻神一族にとっては蛇神と並んで絶対だ。
今度は早苗の心が畏怖にふるふると震える。すると、その畏れの心をなだめるように、姫はさやかに優しい声で。
【ああ早苗さん、あなたにも聞こえているのですね?早苗さん、本当にお手柄でした。ですがもう、祝子の方に猶予の時がないようです。急いであちらの戦いも止めなければ。
では早苗さん、あなたにお願い致しましょう。急ぎその場の皆さんに伝えて、全員で御社に来て下さい。いいですか、全員で!】
まさに丁度その時。その場に巻き起こったのは、ツイン八尺様の巻き起こす闇の雲の渦。中からたちまち、
「「ぽぽぽぽぽーぅ、お待たせしました、ただいま参上よ♪」」
ずらり現れたのは怪異たちと、珠雄にニコ、それに蛍子。すなわち土屋宅で残っていた者全員だ。皆お互いの無事と再会を喜び、口々に呼びかけ合おうとするのを、早苗が慌てて大声で遮る。
「みんなちょっと待って静かに、聞いて聞いて!話は後にして下さい!
桜姫様が呼んでるんです!みんなで鴻神神社に集まれって!」
「あらそうなの?忙しいわぁ♪」「ハイハイそれじゃもう一度♪」「「せーの、ぽぽぽぽぽーぅ!」」
早苗の言葉に、ツイン八尺様は瞬く間も無く、闇の竜巻でその場の皆を連れ去って……
かくして。土屋先生と巌十郎の無益過ぎる戦いはここに終結し、丘の上公園の展望台にも静寂が戻ったのだった。
そう、混乱を重ねたこの物語も語られるべきは、余すところ……
ノッコとヤスデ!その決闘の帰趨のみ!!
ただしまぁ、ぶっちゃけどーでもいいんだけど残されたヤツ、実は一人いました。
「……このやろう口裂けェ!テメェさっき、オレを坂の途中でほっぽって行きやがって!
……あれ?え?いねぇだとぉぉぉぉ?!」
一人坂を走って展望台に後から駆けつけた、ご存じトンカラトンだ。
あの、君ね?毎度いろいろメンドクサイからさっきも口裂けさん置いてったし、この先もメンドクサそうだから、まだ来てないのわかってたけど置いてったんだって。
「チックショオォォォォォォォ!
口裂けェ!だからオレはテメェが嫌いなんだよぉぉぉ!!」
天に向かってそう叫び、そしてたちまち口裂け女と他の仲間の気配を追って、トンカラトンは来た坂道をまた自転車爆走で降っていった。
……いやキミ怪異なんだからさ?空間跳躍出来るはずでしょぉ?……うん、きっとそういうとこだぞ?
(続)




