サルマスの悲劇と預言
ミダルの屋敷はサルマスの中央部に近い場所にある。
弟子であるトウランスと身の回りの世話を焼く使用人が2名その屋敷に住んでいる。
使用人に居間に通されたシュリアンとトリストはミダルの前にいた。
早速シュリアンはミダルを訊ねた用件を話す。
『幻の預言書だと?』
シュリアンの用件とはリザイガルの予言書の確保だった。
「ミダル師がご存知だと伺ったのだが?」
『あれのことか?
あれなら確かシダルが持って行きおったな』
「シダル様が?」
「そうと知っていればトウランスに頼めば良かったですね」
ニアミスという奴だ。
『トウランスに会ったのか?』
「ええ、村の入り口で
元気そうでしたね」
シュリアンは出された蜜酒を飲みながらそう答える。
『ふふ
術後に魔方陣を破壊する加減が最初解らず部屋を壊して以来
人気の無いところで転移しておるようじゃ
今なら十分制御可能だと思うのじゃが
慎重な奴じゃ』
満足そうにミダルは笑う。
「どうです彼の調子は?」
『そうじゃな教えるべき事は全て学びおった
後は自己鍛錬と経験じゃな』
「それは優秀ですね
まだ10年経っていないというのに
先々楽しみだな」
シュリアンは弟弟子に当たるトウランスを素直に褒める。
「そういえば師はトウランスが魔術士になる事を予言されたのでしたね?
予言術もその預言書に書かれているのですか?」
それは素朴なシュリアンの疑問だった。
彼の知る白魔法に予言術は無い。
そんな王子をミダルはじっと見つめやがて話し出す。
『王子
わしに予言は出来ん』
それは告白でもあった、弟子に尋ねられた事に真摯に答えようとする師の姿勢が真実を語ることを選んだのだ。
だが、シュリアンにもトリストにもそれは意外な告白だった。
『予言とは不確定な未来を語ること
だが未来は常に流動的に変化するものだ
例えば』
ミダルは窓の外に仮面を向けるそこには白の一族と共存する幻羽人との平和な日常があった。
この村は白の一族と幻羽人が共に暮らしている。
混血児も多い。
窓の外には夕餉の買出しに出ている夫人、その子、露店で食品を売る店。
楽しげに走る子供。
仕事から帰る人々、和やかな村の一コマだ。
『穏やかな日常だ
何事も無く明日を迎えるだろう
わしはそう予言する
この村の周囲に剣呑な気を放つ者は居ない
静かな気だ、人も草木も全てが穏やかな時間の流れに安定している
この安定もまた予言の根拠となる』
ミダルはそこで一息区切りシュリアンに仮面を向ける。
『だが、逆の予言を成すのは実に容易い
他者の作為的な力の介入さえあればよいのだ』
その頃トウランスは人里離れた場所で魔方陣を書き転移石を作動させていた。
シダルの元へ飛ぶべく手には黒い袋から取り出した転移石があった。
「そ、、それってどういう、、
まさか、、」
ミダルの言葉に反応したのはトリストだった。
ミダルの話したことが頭の中で整理される。
「トウランスの事ですか?
あの予言には作為的な力の介入があった、、?と」
『そう、あれ予言でも何でも無い』
トウランスの転移が終わった時、彼はミダルの後ろに居た。
『わしが蜘蛛を操り
トウランスを襲わせ奴の背の羽を奪わせた』
全てが秒送りの様にゆっくりと進む。
眼を見張りミダルの言葉を噛み締めるトウランス。
トウランスに気が付き叫ぶトリスト。
その声に振り返りトウランスを見るミダル。
そしてトウランスの絶叫。
一気に時が動き出す。
動き出した時は眩い閃光に包まれそして辺りは真っ白になった。
そしてサルマスの村は跡形も無く消し飛ぶ。
文字通り何も残さず、、。
「それがあの事故の真相だ
恐らくトウランス自身にも何が起こったのか解ってないと思う
俺はシュリアン様の防護壁に救われ気が付いたとき残っていたのは
俺達だけだった」
トリストの言葉にシェラの声も震える。
「では、、ミダル様はその時に?」
ミダルはその閃光に飲まれ消えたのか?
「いや、ミダル様は生きている」
シュリアンとトリストは立ち尽くす中ミダルの声を聞いた。
笑い声を。
『素晴らしい、素晴らしいぞ
これが両極の魔法の力か、、
なんという力だ、、素晴らしいぞ、ふ、、はははは』
「微かな声だったが間違いない
ミダル様は笑っていた、さも満足そうに
シェラ、俺にはミダル様が解らない
だが、ミダル様の失踪は誰のせいでもないミダル様自らが身を隠したんだ
姿無きミダル、マントを脱いでしまえば
その名の通り誰も見つける事は叶わない、、」
トリストの話はシェラには途方も無いものに聞こえた。
敬愛するミダルがトウランスの羽を奪わせた?
自分の弟子にしたいが為に?
そんな事俄かには信じられなかった、、だが脳裏にミダルの言葉が蘇る。
『わしの望みは魔術の探究じゃ
その為だけにこのような身で生きながらえて居るのじゃよ』
それは、、魔術に探究のためにならなんでもするという事に違いなかった。
シェラは黙って自らの肩を抱きしめる。
ミダルを想いトウランスを思い。
今、自ら姿を消したというミダルが何を考え何処に居るのかシェラには全く見当もつかなかった。
「うん、まぁ、妥当な線じゃない?」
グランがそう評価する。
すったもんだの末どうにかトウランスも着替えを済ました。
黒いインナーと白のチェニックという姿はエクセルと似たような物なのだが
両肩が露になったデザインだ。
チェニックも飾りの部分が多い。
それがトウランスには気になったが渋々の妥協点になった。
「そうだな装飾品が一つも無いのが残念だが」
エクセルも満足そうに眺めそう言うが、とたんにトウランスから反論が来る。
「嫌だぞっ!この格好でも十分恥ずかしいのにっ!!」
「解った解った、今回は諦める」
その様子に苦笑しながらエクセルは内心おいおい慣らせて行こうと剣呑な事を考えている。
そこへ着飾ったグローリアが現れた。
「ここにいらしたのね」
布をたっぷり使いながら身体にフィットした白いドレスに赤い宝石が入ったフェロニエール。
御揃いの宝石のペンダントにイヤリング。
グローリアの煌びやかな姿に良く映えている。
「シュリアン様が皆様をお呼びですわ
リューズ、トリスト達も呼んで来て下さる?」
頼まれたリューズははいっとばかりにトリスト達を探しに行く。
エクセルはそんなグローリアをしみじみ眺めトウランスもこれくらい付けてくれたら良いのにと溜め息を付かずにいられない。
エクセルの視線を感じたグローリアは訝しげに兄に問う。
「何かついていまして?」
その答えに帰ってきたのは盛大な溜め息だった。
リューズは中庭でシェラ達を見つけシュリアンが呼んでいると告げる。
途中、3人は同じく王子の元へ向かうトウランス達と合流する。
シェラは少し戸惑ったような様子を見せたがトウランスの傍に行き小さく謝る。
トウランスには何の事か解らなかったがその様子をトリストは満足そうに眺めていた。
白の城の奥まった箇所にあるシュリアンの私室に一行は出向く。
「来てくれたか、皆ご苦労」
いつもの落ち着いた笑顔で王子は皆を出迎えた。
「王子、もうお体の方は良いんですか?」
元気そうなシュリアンにトリストがそう問いかける。
「ああ、腹に開けられた風穴もすっかり完治した
リプルのおかげだな」
にこやかに答えるシュリアンにトリストは首を傾げる。
「は?風穴、、ですか?」
何の事だろう?
「王子、それは本体が受けた大戦時のお怪我です」
コホンという咳払いと共にシュリアンの後ろにいたイアロニが言う。
「そうですわ
さっきまで魔法力の使いすぎでお倒れでしたのよ?」
グローリアも呆れ気味に付け加える。
当のシュリアンは、ん?と意外な表情をするがそう気にはしていない様子だ。
「分身との合体後の記憶の順序がまだあやふやですのね
記憶もデフラグ出来ればよろしいのにねぇ」
やれやれとばかりにグローリアが首を振る。
「王子、、俺、解ります?」
恐る恐るトリストは王子に尋ねた。
「当たり前だ」
少しむっとした表情でシュリアンは続けた。
「リストだろう」
トリストはやっぱ親父かぁああ!!と蹲る。
が、
「冗談だよトリスト、安心しろ」
どうやら王子サマのお戯れのようだった。
「記憶の混乱は暫くすれば収まる
大した問題ではない」
真顔でそう話したシュリアンは真っ直ぐエクセルを見つめる。
「なるほど姉上にそっくりだ
よく帰って来てくれた
出来ればグローリアと共に白の指揮を執ってほしいが
そう云う訳にもいかないのが現状だ
すまない」
グローリアは不思議そうにシュリアンを見つめたがエクセルはその言葉に頷く。
「当然だな黒の長衣を脱いでも
魔力を見れば俺が黒の一族だというのは一目瞭然だ
俺の存在はいらぬ混沌を招く
黒との戦いに不安分子を出すわけにはいくまい」
「シュリアン様、、、」
「許せグローリアそなたの兄を
私の非力ゆえだ
だが、このままには決してしない
必ず彼を王族に迎え、、」
申し訳なさそうにシュリアンは謝るが
「大きなお世話だ」
エクセルはすっぱり切って捨てる。
「俺は白の一族に寝返る為に黒を裏切った訳じゃない
そんなくだらん事を考える暇があれば黒の一族への対策でも考えていろ
5千人目覚めさせて喜んでいる様だが黒の軍勢は10万を超えているぞ」
エクセルの言葉に皆驚く。
「10万!?」
「ひゃー20倍か」
「王子!」
「封印はあと3つあるが、、それでもせいぜい2万、、」
圧倒的に白の不利である。
「言っておくが数だけの問題じゃない
この城の連中くらい俺一人でもどうにかなるからな?」
エクセルの言葉にトリストが反応する。
「この城の連中くらいどうにかなる?俺たちは『くらい』かよ、、」
「そのくらい解らなくて敵陣まで来るはずがないだろう?」
ふん、と腕組みしそう言い放つ。
「本当に、、『敵陣』とは水臭いことを言ってくれる
君は私の甥なのに」
と、残念そうに言うのはシュリアン。
「王子、、気になるのはそっちですか、、」
もう、何も言うまいと匙を投げるトリスト。
「全く、めでたい奴だな」
エクセルも半場呆れ顔ではありるが、しげしげとシュリアンを見つめふっと柔らかく微笑む。
「だが、、悪くは無い」
黒の一族の中では感じなかった居心地のよさがここには在った。
「前大戦の黒の里を異空間に閉じ込めた時に黒の軍団を
ゲートに押し込んだのはお前か?」
不意なエクセルの問いにシュリアンは頷く。
「私だけの力ではないが、まぁそうだ
非力なものでね、閉じざまに一撃食らってしまったけどね」
「まぁ、防護壁は役に立ちませんでしたの?」
グローリアの問いにシュリアンは苦笑する。
「ゲートを閉じるのと押し返すのに精一杯でね避ける暇も無かったよ」
「ヴォルゼル
お前の腹に穴を開けた奴だ
こいつとリーゼルト、サラフィン、ルートラそして俺とが5指に数えられていた
正直な所どいつともやりあった事が無いからどの位の実力があるのかは解らん
だが、お前やグローリアよりは確実に強い
そしてロリアン、黒の王子、奴は誰より強い力を持っている
勿論、戦いを左右するのは力だけではない
力だけで勝てるなら前大戦に勝利したのは黒の一族の筈だからな
ただ、さっき言った奴らには気をつけた方がいい
特にヴォルゼル、奴は自分の片腕を吹き飛ばした金髪の小僧を恨んでいる
執拗に狙って来るだろう」
エクセルはシュリアンに警告をする。
「まぁ!そんな事この私が許しませんわっ!」
息巻くグローリアを他所にシュリアンは。
「小僧とは心外だな」
くすくす笑う。
どこかはぐらかされた様子に眉を顰めエクセルは続けた。
「まぁ、マナ値の問題があるから
早々奴等が出て来るとは思わんが、、皆かなりのマナ値が必要な筈だからな」
警告は杞憂になるとエクセルは思ってた、がシュリアンにあっさり否定される。
「いや、黒のマナ値は大幅に増えた筈だ
我々が目覚めた時に」
シュリアンとグローリア以外はその言葉に驚く。
「要石はリプルの実を石化した物なのです
シュリアン様達が眠っていたのもリプルです」
「つまり我々は其々が微量だが黒のマナを封じ込んでいたのだ」
「黒のマナを半分近く封じ込めている巨大な要石は
早々破壊されない場所に隠されていますが
白の一族の封印をとけば半分近くの黒のマナが解き放たれる事になります
ニニデの解放が大戦の幕開けを意味するというのはそう言うことです」
グローリアとシュリアンが交互に説明する。
正確にはまだ多くの要石が残されているので半分まではマナ値は戻らないが
4分の1以上は黒のマナが放たれるであろう。
「戦いに備えて皆にはこれから指示を出すが
トウランス、君には別の頼みがある
シダル様からリザイガルの書を受け取ってきて欲しい」
シュリアンに頼まれたトウランスは鸚鵡返しに確認する。
「シダル師に?」
意外な預言書の再登場にトリストは露骨に嫌な顔をする。
「王子、何故あんな物を?
けったくそ悪い予言の書ですよ?」
「必要なのだ
どうしても」
シュリアンは何時に無く真面目な面持ちでそう告げる。
「時のメビウスの輪という牢獄を断つ為に、、な」




