ニニデ解放 3 黒のコロッセオ
「出ろ」
言葉と共に鉄格子が開く。
ミューズは顔をあげ声がした方を見る。
看守に従いそのまま細い通路を行き騒がしい歓声のする施錠された扉へ向かう。
扉が開かれ赤い月明かりが頭上から降り注ぎ思わず腕で遮る。
目前に楕円形に広がる空間、高い塀の上で多くの観客が血を求め歓喜の声をあげている。
見上げると一際高く設えられた貴賓席に小さく人影が見える。
遠すぎて顔までは解らないがミューズはそれが黒の王子ロリアンだと察した。
思わず顔が綻ぶ。
「殺せ―っ!」
「八つ裂きにしろー!」
「やっちまえー!」
下卑な野次が飛ぶ。
ミューズは落ち着いた表情で向かいの扉から現れたであろう一団を見る。
女性の剣士が2名、魔術士の男が1人、男性の剣士が6人、そして顔半分の仮面をつけたアルカシアが佇んでいる。
「で、倒せばいいのか? 殺せばいいのか?」
「勿論お前が死ぬまでよ」
ミューズの問いにアルカシアがぞんざいに言い放つ。
「なるほど では、手加減は無用だな」
不敵に笑うその言葉が終わるか否かで女性の剣士と魔術士の男が襲いかかって来た。
ミューズに武器は無い。
剣士の女が前衛を務め魔術士の男が魔法を放つ。
なかなか上手いコンビネーションだ。
が、ミューズは軽やかなステップで的確にその魔法を避ける。
男はじれて来たのか攻撃魔法を範囲魔法に切り替える。
その小さなタメをミューズは見逃さなかった。
すかさず駆け寄り跳躍する。
目前で視界から消えたミューズに女に動揺が走る。
上?!と彼女が気が付き顔を上げた時には既に広げた羽をたたみ落下するミューズ。
その勢いのまま女剣士の首を両太ももで挟み首を圧し折る。
崩れ落ちる女剣士から素早く離れ地を蹴り一気に魔術士に詰め寄り顎を蹴り上げる。
倒れた魔術士の首を踏みつけ勢いよく喉を粉砕する。
流れるような一連の動作は一瞬の間に行われた。
コロッセオが静寂に包まれる。
ロリアンは退屈そうに眺めていたがミューズの動きに眼を止める。
一瞬の静寂の後コロッセオは大歓声に包まれる。
野次る者、喝采を送る者、観客は湧いた。
黒の一族は力には敬意を示す。
一方的な戦いになると思っていた獲物が牙を剥いた。
それはそれで楽しめる余興に違いなかった。
「ちっ!次!お行きっ!」
動揺を隠しきれない表情でアルカシアが手下に促す。
促された男は会釈をし前へ出た。
「誰だ? 下の村の者では無いな
咎人か?」
ロリアンが呟く。
ミューズが出された扉の陰でアロンは面白そうにその様子を眺めていた。
「さて、アルカシア様はどうなさるかな?」
ミューズの実力を知る彼はたとえ得物を持たされなくとも並みの剣士では相手にならぬだろうと予測をしていた為ミューズの戦い様に驚きは無い。
此処までは。
アルカシアに促された剣士がミューズの元へ走る。
ミューズは剣士が到着する前に両手を翳し一気に練り上げた魔力を男にぶつけた。
一撃で剣士は崩れ落ちる。
「な? 今のは何だ?!
あいつ魔法は使えない筈じゃ無かったのか?!」
これにはアロンも驚きを隠しえない。
ミューズは魔剣士では無い、剣士の筈だ。
剣士が魔法を使うなど聞いたことが無かった。
そもそも魔力の源が無いから剣士なのである、魔力の源が在れば力の差はどうあれ魔剣士となるのだから。
「あの技は、、、」
ロリアンの眼がすっと細められる、彼はミューズにエクセルを重ねた。
それはまだ少年と呼ばれる時代。
エクセルを見つけて間もなくの頃。
「何?」
「だから楽して勝つ方法」
笑いながらエクセルがそうロリアンに語る。
「またくだらぬ」
が、ロリアンには戯言に聞こえる。
「くだらなくなんかないぞ
魔術士には切実な問題だ
何しろ魔法力が無くなれば即お陀仏だからな」
首の前で手を振り切られる真似をする。
「だからお前も剣を習えと言っている」
魔術士だからとて多少剣の心得があれば魔力が無くなっても詰むことは無い。
「やだね邪魔くさい
楽な方が断然いいじゃないか
見てろよ?」
そう言いながら片手を前に突き出し、魔力の様な物を溜める。
ドン!と大きな音をたてその力の塊は前方の岩を破壊する。
「、、、何だ?」
ロリアンの眼が困惑に顰められる。
限りなく魔力に近いが今のは魔法では無かった。
「なかなかのもんだろ?
魔法力は関係ないんだぜ これ
ちょっとコツがあってな
まぁ、お前になら教えてやってもいいぞ」
そう笑いながらエクセルは言ったが結局ロリアンに使う事は出来なかった。
正確にはエクセル以外の者は誰も使えなかった。
その「技」を目前の咎人が使っている。
ー俺の命を少しだけ送り込むと巧く生き返ってな
俺の記憶の断片的にだがコピーしてしまったようだー
エクセルの言葉を思い出す。
あれは、この女か。
「どういう事だ?
今宵の獲物があの女だとはきいておらんぞ?」
ロリアンの後ろに控えていた重臣の一人が戸惑いながら答える。
「その、、実はアルカシア様が
王子の手を煩わせるような事はするなと仰いましたので、、、」
「小賢しい」
僅かに眉を顰める。
眼下ではミューズが次々とアルカシアの手下を倒してゆく。
その様子を忌々しげにアルカシアが見つめる。
「3人、、4人
5人、こりゃマジに10人クリアするな」
アロンも感心するかのように漏らす。
奥歯をギリギリと噛み締めながらアルカシアが怒鳴る。
「ったくっだらしないっ!!
次っ!絶対仕留めるのよっ!」
ミューズは倒れ伏し動かない黒の一族の傍で悠然と笑った。
「何をしている?!次っ!」
怒鳴り振り返ったアルカシアは言葉を飲む。
背後には誰も居なかった。
それは手下9人全てが倒された事を意味する。
「お前で最後か」
ミューズの言葉には気負いも不安も無く淡々としたものだった。
アルカシアはミューズを睨み据えコロッセオに踏み出す。
ぶんと振った手には彼女の魔力が凝縮された漆黒の鞭が現れ、背後に黒い魔力弾が次々と浮かぶ。
「おだまりっ!雑魚を倒したくらいで調子に乗るんじゃないよ
良いわ、私がこの手で引導を渡してあげるっ!」
候女の出現に否が応でも観客は湧きあがる。
アルカシアはドレスを纏ってはいるが大きく腰近くまでスリットの入ったそれは戦うのに邪魔になる様では無かった。
ミューズにアルカシアの黒閃弾が降り注ぎ、跳び退いた後に次々と刺さって行く。
尽きることが無い様な攻撃の嵐をミューズは体制を崩しながらも懸命に避ける。
流石に実力も有する候女だけあって先ほどの剣士達とはわけが違った。
魔力の量が桁違いなのか数もスピードも半端ない、避けるのが精いっぱいで反撃の隙が出来無い。
ミューズは押されながらコロッセオの中を逃げ回る。
幸いまだ一撃も貰ってはいないがこのままでは何れはジリ貧だ。
一際激しい数の黒閃弾がミューズを襲い、避けきれず頬をかすめる。
初めて血飛沫が飛ぶ。
ニヤリと笑ったアルカシアが鞭を振るう。
鞭はミューズの足を絡めようと狙ったが寸での処でミューズは転がり逃れる。
その間ちらりと倒れ伏した黒の剣士の剣の位置を見定め、腕の力を利用し剣の近くに飛ぶ。
ミューズがその剣を掴んだ時、彼女の上空に円状に黒閃弾が現れる。
前後左右上空から黒閃弾が襲う、ミューズに逃げ場はない。
大きな爆音と共に黒閃弾が被弾する。
アルカシアは満足げにフンと笑う、今ので仕留めたと彼女は思ったが。
巻き上げた土煙が収まる前に衝撃波が飛んでくる。
油断もあったのか反応が少し遅れたアルカシアの仮面をかすめた。
彼女の顔半分を隠していた仮面が落ちる。
土煙の中から肩で息をするミューズが現れる。
身体のあちこちを痛めてはいたが致命傷や戦闘に支障が在るような傷はまだなかった。
右半分が焼けただれ引き攣っているアルカシアの顔が曝される。
怒りで大きく目を見開き唇を噛み締めるアルカシアにミューズの衝撃波が飛ぶ。
鞭でそれを弾き飛ばしそのまま大きく振り上げたアルカシアの背後に先ほどとは比較にならない程の無数の黒閃弾が次々と浮かぶ。
流石にこれを喰らえばミューズとて致命傷は免れない量だった。
その時。
白いマントが2人の間に舞い降りた。
割って入ったロリアンが涼しい顔でアルカシアに告げる。
「仮面をつけてこい アルカシア」
王子の登場に逆上していたアルカシアが我に返る。
彼女の背後の無数の黒閃弾が音も無く消える。
「王子、、、」
「俺が代わる」
その言葉にミューズの顔がみるみる青ざめる。
手にした剣が地に落ち音を立てる。
震える手でいやいやと拒絶を示し首を横に振る。
「駄目だ、、貴方とは、、戦えない、、」
絞り出すような声だった。
「私には、、貴方に刃を向けることなど出来ない、、、
貴方を2度も裏切れない、、、」
蹲り顔を蔽い咽び泣く。
「そのくらいなら、、死を選ぶ、、、
貴方に殺されるなら本望だ」
嘘偽らざるミューズの本心だった。
そんなミューズを冷めた眼で見つめながらロリアンが告げる。
「立て」
ミューズはその言葉に従いゆっくり立ち上がる。
立ち上がったミューズに風が襲いかかり彼女はそのまま後ろに倒れた。
静まり返ったコロッセオが轟くような歓声に沸く。
アルカシアは満足げに倒れたミューズを眺め、アロンは事の顛末に驚き言葉を無くし。
観客は王子の登場に歓喜し。
そしてロリアンは表情を崩すことなくミューズを一瞥したかと思うとコロッセオを後にする。
倒れ伏したミューズはピクリとも動かずその頭上には赤い三日月が轟く歓声とは裏腹に静かに浮かんでいた。




