前夜祭
その夜、城の大広間では明日の新王誕生の祝賀会が盛大に催されていた。
高い天井のシャンデリアに煌々と蝋燭が灯り、テーブルにはこれでもかっと
いうぐらい豪華な料理が並べられている。
笑いあう着飾った人々、女性は大きく背の空いたドレスを纏う者が多い。
男性も背に切り込みが入った煌びやかな服装に3枚に分かれ重なることにより
1枚に見えるように設えたマントを纏っている。
これは瞬時に羽を見せる事が出来る様に考慮された服装である。
幻羽人の羽は通常は肩甲骨の辺りに丸まって収納されている。
物理的にありえない事なのだが羽の存在自体もまた魔法なのだ。
皆が楽しげに笑いあう中、その男は憮然としていた。
「あ~、面白くもない」
男は毒づきながら酒を呷る、あまり人相は芳しくない。
「へっへっへ、そりゃまぁ寸での処で王の座が逃げてったんですからねぇ」
横にいる髭面の男も唇が分厚くおまけに少し背が曲がっていた。
2人とも小悪人といった風情である。
「トウランス様が現れなければギーレ様かウェンリィ様のどちらかが王座に
座ったでしょうにねぇ」
ギーレと呼ばれた雀斑の男は慌てて訂正する。
「ば、、、馬鹿野郎!トウランス様は良いんだよ!あの方はよ
あんなすげ~羽、俺は一生付いてゆくぜっ!」
「やですねぇギーレ様、私もあの方に文句なんてございませんですよ」
もう一人も慌ててギーレの言葉に便乗し、2人してトウランスの羽を褒めちぎる。
「ウィンリィの奴なら俺が負ける訳は無いんだが、あの方はホントすげ~よ」
その声には心からの羨望と忠誠があった。
ギーレと呼ばれる男は前国王の甥、もう一人はその腰巾着である。
シェラは宣言通り白銀の鎧を纏い、ミダルはローブ姿のまま前夜祭に参加していた。
勿論、トウランスとまみえる為である。
「あ、老師あそこです、トリストと居るのがトウランスです」
中央に人に囲まれながら談笑するトウランスを見つける。
昼間会った時は簡素な服装だったトウランスも主賓だけに今は着飾っている。
白いチェニックの上にその瞳と同じ鮮やかな青のマント、額には翡翠のサークル。
白銀に翡翠をあしらった大降りの首飾り。
ブレスレットとサッシュにも同じ飾りがあしらわれている。
実に煌びやかだった。
横にはシェラと同じく白の剣士の正装である白銀の鎧を纏ったトリストが居た。
「なんでぇ、本当に甲冑かよ、色気ねぇなぁ」シェラに気が付き軽口を叩く。
「やぁ、シェラ」トウランスも軽く挨拶をする。
シェラの声に促されミダルはトウランスを見た。
仮面の下で息を飲む様な気配がする。
「老師?」
『幻羽の証のひとつは光の髪、、、彼の髪は漆黒か
いや、、それよりもあれは、、、
そんな事があり得るのか、、、』
シェラが初めて聞く師の少し震えたような興奮の入り混じった声。
『奴の中に光と闇、両極の魔力の流れが見える
決して相容れる事が無い、共に存在する事が無いはずの魔力が、、』
初めはゆっくりとそしていきなりミダルはトウランスに歩み寄り
彼の両腕を掴んだ。
『お前!わしの元に来い!
魔術だ!魔術師になれ!』
「なっ?!」
仮面をつけローブをすっぽりとかぶった老師と呼ばれる男に腕を掴まれ
トウランスは驚き、手を振りほどこうとするが
異様なほど力強いその老人の手はトウランスの腕を捕えて離さない。
得体のしれない恐怖が彼を襲う。
「放せっ!」
満身の力でミダルを振りほどく。
いや、突き飛ばす。
「いきなり何だ?! 仮面も取らず無礼だろう!」
ミダルはその勢いで床に倒れ込んだ。
「老師!」
慌ててシェラが駆け寄ろうとするのをミダルが手で制する。
『来るな!』
倒れ込んだ拍子にその仮面が外れ、腕もめくれ上がる。
『来るでない』
その腕は、、、手袋とローブの中身が繋がっていなかった。
トウランスが息を飲む。
そして顔を上げた中も、、、ローブの中は空洞だった、、、。
『すでにこの世に姿なき身なれば、、、
仮面の無礼は許していただこう』
トウランスは青ざめ、思わず口に手をやり後ざする。
トウランスの周りにいた者達もその異様な姿に気づき、怯え
どよめき悲鳴を上げる。
「な、、なんだありゃあ?!」
「ひっ 化け物?!」
騒ぎはさらに大きくなり怒声が飛び交う。
「ローブの中身が無かったぞ?!」
「ああ、私も確かに見た!空っぽだったぞ!!」
「幽霊か?」
「きゃあ!幽霊なの?」
遠巻きに老師等を囲み口々に今見た信じられぬ姿を話あう。
ざわめきの中シェラはミダルに駆け寄り
落ちた仮面を拾いあげ顔が在るであろう部分に付ける老師を気遣う。
「大丈夫ですか?老師」
老師を支えるかの用に傍に付き添い、きっ!っと顔をあげトウランスを見る。
「トウランス!貴方こそ礼に欠く行為だと思わぬか!」
シェラに睨み付けられ思わずトウランスは怯んだ。
確かにミダルが何であれ来客のそれも老人(?)にとっていい行為ではなかった。
『シェラ』
「帰りましょう老師、幻羽は金髪なのでしょう?
では彼は違う、ならば此処にいる必要はもはやありません!」
『、、、確かに彼は幻羽ではないのだろう
幻羽の証はひとつでも欠けてはならぬ
だが、、、』
仮面を付け無い眼でじっとトウランスを見つめミダルは続けた。
シェラの忠告など意に反さずまだ興奮の冷めやらぬ状態にいるようだ。
『彼には魔道の力がある、それも並々ならぬ力だ
まだ目覚めてはおらぬようだが
このまま野に放つには惜しい魔力の源だ』
そしてその在らざる手で指差す。
『王になる男ではない
奴は魔術師にならねばならぬ
魔術を極めよ!この白の魔導師ミダルの元で!』
抗いがたいものを秘めた朗々とした力強い声が広間に響きわたる。
その声に呑まれたかのように人々の怒号や悲鳴は消え、皆、固唾を呑む。
シェラもトリストも少し驚いた顔で老師を見つめた。
当のトウランスもいきなり自分に魔道の力があると言われても
幻羽人の彼には何の事か解らずただただ立ち尽くすのみだった。
その静寂を破ったのは
トウランスの傍にいた前王の息子ウェンリィ。
「何を世迷い事を!
光羽を持つ彼が魔術師などになるものか!」
吐き捨てるように怒鳴る。
「光羽はどの美羽にも勝る至高の王の羽!
王道こそが彼の歩む道だ!!」
彼の言葉に固まっていた幻羽人達はその身の自由を取り戻し
そうだそうだと同意する声があちこちであがる。
「そうですよね? トウランス殿!」
ウェンリィの問いに止まっていたトウランスの時間も動き出す。
「、、、ああ。
勿論、魔術師など論外だ」
トウランスの言葉に幻羽人から歓声があがる。
自分達の新たな王になるべき青年の決断に安堵と期待を見出した人々は
トウランスの周りに集まり何事も無かったのように。
彼を取り巻きミダルの元から離れようとした。
『わしは諦めぬぞ、トウランス!
気が変わったら何時でも白の里のわしの元へ来い!』
背後からそう声を投げかけられトウランスはミダルを振り返る。
「それは、、、無いでしょう
俺にこの光の羽がある限り」
すっかり己を取り戻した彼は音もなく背の羽を開き
自分の光の羽を見せつけ、あざやかに笑って見せた。
「失礼」
そのまま取り巻きを引き連れミダルの元から去る。
トウランスの拒絶はなにより彼の羽が能弁に語っていた。
「けっちまったぜ、信じられねぇ、、、」
とはトリストの弁。
「白の一族でもミダル様の弟子にはめったにしてもらえないんだぜ?
そのミダル様にあそこまで言われて断るかね」
呆れたように続ける。
だが、シェラにはわかる気がした。
「彼は魔法の中心に居るから、、、」
-羽に縛られ、羽に生きる
美しい羽を愛でる永遠の魔法に、、、
「は?」
今一つ理解が追い付かぬトリストに肩をすくめるシェラ。
老師の肩に手をそっと置きなだめる。
「老師、彼は無理です
諦めて幻羽を探しに出かけましょう」
だが老師は去ってゆくトウランスの背をじっと見つめ続ける。
『わしは諦めぬ、、、光と闇の両極の力が共存するなどあり得ぬこと
シェラお前にはこの重大さが分からぬのか、、、
この奇跡を諦めたりできるものか、、、』
眼があればすっと細めたであろう、笑ったかもしれない。
が、仮面の下の表情は誰にも解らない。
手袋をつけた何もないはずの手がすっと仮面の顎をなぞる。
辛うじて何時も傍にいるシェラが微妙な老師の変化に気が付く。
「どうかされましたか?」
『いや、、、なんでもない
白の里に帰るぞシェラ』
「え?里にですか?」
いきなりの展開に驚きが隠しえない。
『予知じゃよ
彼はすぐわしの元へ来る事になるじゃろう
そう、、、すぐにな。』
今度こそ微かな声でミダルは笑ったように見えた。




