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迷走 3

目印の無い迷路のような森をユーリィエはゆっくりとだが迷いなく進み

深淵の静寂と呼ばれる最深部に着く。


そこは闇黒水晶の壁が両脇に立ち、谷の底の様な形状になっている。

ユーリィエは小さな手を翳し水晶の壁を抜ける。

トウランスとエクセルが続き入ると入口は消え。

闇黒水晶に囲まれたこれまた迷路のような場所に出る。

まばらに慈母草マザーグラスが自生していた。

その中をユーリィエは何度か手を翳し闇黒水晶の壁を抜け

最後に一層暗い闇色をした水晶の壁に手を翳しめまぐるしく虹彩が走る中を抜ける。

そこでユーリィエは立ち止まった。

「此処が中心か?」

エクセルの問いにコクンと小さく頷く。

「よし」

手の指を腕試しする様に鳴らしエクセルはそう言うと

左手を肩の高さに掲げ魔力を錬りはじめる。

瞳を閉じ指先に魔力を集中させる。

それに闇黒水晶が共鳴仕出し旋律を奏でる。

集中した魔力が一筋の線となり空中に複雑な光の魔法陣を描き出す。

エクセルが眼を開くと同時にそれは収縮され黒い球体となり

エクセルの手と手の間に浮かぶ。

そのままゆっくり手を放すと

直径30cm位の球体が空間に定着したように浮かんだままになる。

「上手く行った様だな

 後は向こうが開くのを待つだけだ」

トウランスは圧倒的な魔力と緻密なコントロールを魅入られたように見つめていた。

魔術師なら誰もが目指すであろう高みがそこに在った。

「いつ開くか解らんから楽にして待った方が良いぞ」

そんなトウランスにエクセルが声を掛ける。

「え?待つって?

 追手が来るから急ぐってさっき、、、」

我に返ったような表情になり、疑問を呟く。

「心配ない

 此処は特異点になっているから

 同時に入らなければこの場所には来れない

 闇黒水晶の中心点は入った時間軸で固定される

 追手が入ったとしてもその中心点はもう此処では無いんだ」

だから闇黒水晶に入った時点でもう追手に追いつかれる心配は無くなっていると

エクセルは語る。


それにしてもゲートというには小さな球体だった。

「これ、、この質量で?」

ゲートとして機能するんだろうか?という疑問がトウランスの呟きとなる。

「ふふ

 ゲートが小さいのは閉じてるせいだ」

トウランスの疑問にエクセルが笑って答える。

「俺の組み立てた魔方陣はいわば反則技だ

 幻羽世界からのアクセスに便乗しなければゲートは繋がらない

 そしてゲートは必ず繋がる」

闇黒水晶の壁に寄り掛かるように腰掛けながらエクセルは続ける。

「俺は黒の聖地のループを閉じてきた

 アーカルでは闇黒水晶を操る事は出来んから

 あそこは孤立無援になる

 物資や人材の要請をしないと立ち行かない」

早い話食料の備蓄も無いのだ。

外に出れない以上こちらに頼るしかないのである。

「君は、、そこまで読んで、、、」

トウランスはエクセルの計略に感心する。

「いや

 そう思ってやった事じゃない

 今回はたまたま上手くハマっただけだ」

買いかぶられると困ると言う風にエクセルは肩をすくめる。

「ループを閉じたのは残った奴等が幻羽人を狩りに行くのを止めるためだ

 制する俺が居なくなれば

 あいつ等必ず幻羽人を殺戮しだすのが目に見えていたからな

 たかが数十年しか生きられぬ幻羽人

 悪戯に殺すのは忍びないと思ってな」

エクセルの意外すぎる理由にトウランスは毒気を抜かれる。

とても黒の一族の考える事とは思えない。

「本当に変わってるな、、、」

呆れたともとれる素直な感想だった。

「ああ

 よく言われる」

言われ慣れてるのか本人は糠に釘だ。


「言ったと思うが俺は美しいものや儚い物が好きだ

 愛で守りたいと思う

 幻羽人の短い命は脆く儚い

 哀れを感じるには充分だろ」

そう、エクセルは出会った時から同じことを言っている。

トウランスに対しても。

「トウランス

 お前も儚げで実に美しいぞ」

何度も同じ言葉を投げかけてくる。

自分はそんな者じゃないのに。

エクセルの好意が美化された自分に投げかけられているとしたら

彼に伝えねばならない。

自分がどんな者なのかを。

そんな風に思ってもらう資格など無いという事を。

これ以上誤魔化している訳にはいかない。

トウランスはそう決心する。


「エクセル

 俺は君の思っている様な者じゃない

 俺は、、、」

羽を開くには背が空いた服でなくては無理だった。

トウランスは手を背に回し背中を破る。

そしてゆっくり自分の羽を広げてみせる。

右下部の羽が根元から引きちぎられていた。

「これが俺だ

 片羽の醜い、、、

 これが俺の真実の姿だ」

欠損した羽を見せるのは辛いのか少し声が震えている。

「そして取り返しのつかない贖罪を背負っている

 そんな俺が儚く美しい存在で在る筈がない

 俺には追いやっても追いやっても消えないどす黒い怨念が心の底に在るんだ」

醜いのは羽だけでは無いとトウランスは話す。

「俺は昔怒りと失意に我を忘れ己が魔力を暴走させた事が在る

 正気を失っていたといえ

 自分にそんな力が存在していると知らなかったと言っても

 総ては言訳だ

 この手で罪も無い多くの幻羽人を一瞬で殺めてしまった

 その事実は変わりない、、、」

震える手を握りしめる。

ひとつの村ごとそこに住んでいた幻羽人を滅ぼしてしまった事実。

「それから必死で力のコントロールを覚えてはみたが

 怒りに我を忘れると俺は同じ事を繰り返しそうになる

 それもこれも根本の怨恨が断ち切れていないからなんだ

 解っているのに

 どうしても消えないんだ!

 凍るような憎悪がっ!」

そんな自分が儚く美しく等有るものか。

醜くあさましい、、、それが自分だ、、、。


「、、、だからお前は危うげに見るんだな

 お前の羽の事なら知っていたぞ?

 黒の一族の俺には羽の有無などどうでもいい事だが

 光羽こうよくは確かにお前によく映えただろうな」

エクセルはすっと眼を細め完璧であったろうトウランスの羽を想像する。

「俺には憎悪の消えぬ自分が一番許せんと

 言っているように聞こえるぞ?」

戦い傷つき尚も血を流し立ち向おうと足掻いている。

そう言う姿に見えてしまう。

「お前がどう言おうと俺の気持ちは変わらん

 お前は儚く美しい」

憎悪を克服しようと足掻く者が醜い等とは思わない。

エクセルの力強い言葉に伏せていたトウランスの顔が上がる。

洗いざらい総てさらけ出した。

それでも彼は言葉を変えないと言うのか、、、。

こんな愚かで醜い自分をそれでもまだ美しいと言うのか、、。

エクセルを見つめる顔に戸惑いが現れる。

どうしていいのか解らないと言った風に。


「痛い?羽?」

ユーリィエが囁くような小さな声で尋ねてくる。

「ユーリィエ?」

「これ、、、」

手に持った未熟なリプルの実を差し出す。

「治る?」

心配そうな顔でそう聞いてくる。

トウランスは微笑んでユーリィエの頭を撫ぜる。

「ありがとう

 でもこれは古い傷だから、、、」

「治ら、、ないの?」

「ああ

 でももう痛くは無いから

 大丈夫だよ」

そう痛いのは羽じゃない。

痛いのは心。

まだ血を流して呻いているのは師への憎悪で醜く歪んだ自分の心。

憎悪からは何も生まれず唯苦しみが増すばかりだと言うのに。

充分理解している筈なのにそれでもなお消すことが出来ない。

弱い自分の心、、、。

それでもそれをさらけ出してもなお美しいと言ってくれる。

ありえない。

決して美しいとは思えない、自分が一番理解している。

それでも、、、。

救われる、、、。

「初めてだ

 誰にも、、今まで話した事も

 無かったのにな、、、」

何かが救われた気がした。

「そうか」

多くを語る事無くエクセルがそう答える。


エクセルの言う運命さだめという物がトウランスにはどういう物か解らない。

だが、グランを助けた時もこういう気持ちになった。

グランとの出会いが運命さだめという物だったとしたら。

エクセルとの出会いも又そうなのかもしれない、、。


そう考えながら何の違和感も感じず、トウランスはエクセルの横に座る。

その横にユーリィエもちょこんと腰を下ろした。


「そうだ」

エクセルが思い出したように懐を探る。

「口を開いてみろ」

「え?」

よく解らないが指示通りに口を少し開いてみる。

エクセルがそこに小さな実の様な物を押し込む。

「噛まずに飲み込め

 死ぬほど不味い、、、から

 、、、噛んだのか?」

トウランスが口元を抑え何とも言えない表情をする。

雑味、えぐ味、苦味、辛味、酸味、刺激臭までする。

食べてはイケナイ感が半端無い。

心なしか涙目になっている。

「味は酷いが滋養は高いんだぞ」

苦笑しながらエクセルは手元の房を見る。

「喰うか?」

そう言ってユーリィエにも一粒放る。

ユーリィエはそれを受け止めしげしげと眺めポツリと言う。

「アプロットの実?

 不味くて鳥も食べない実」

「なっ?

 エクセルこれ、、、毒じゃ?!」

ユーリィエの言葉にトウランスが慌てる。

毒であっても頷ける味だ。

鳥も食べない実なんて尋常じゃない。

当のユーリィエはぱくっとアプロットの実を口に入れ。

無表情に一言。

「まず、、」

エクセルは房から実を外し。

「なるほどそれで何処にでもよく残っているんだな

 一応毒はないぞ?

 俺も昔よく食べたから」

一粒口に運ぶ。

「昔は口に入れば何でも食べたからな

 ガキの頃半殺しの目に遭って動けなくなった時とか

 これで飢えを凌いだものだ

 噛まずに飲み込むのがコツだから

 慣れておけよ

 ゲートが開くのに何日かかるか解らないからな」

エクセルの体感では一日に一粒食べれば事足りるらしい。

彼の育った環境にトウランスは改めて思う。

「エクセル

 君は本当に強いんだな、、、」

魔力だけでなく心も、、、と。





黒の王城。

一角で騒ぐ声がする。

「いけませんアルカシア様

 ご無理をなさっては御体に障ります」

数名の次女がアルカシアを止めようとしている。

「ええいっ!御放しっ!

 体ならアストルートの治療を受けたわっ!

 くどくど言うと殺すよ?!」

心配する侍女たちを恫喝する。

アルカシアはロリアンに謁見を求める。

口が裂けても白にやられた等とは言えなかった。

だが、きっとエクセルが裏で何かをしたに決まっている。

でなければ白の羽虫なんかにあんな力が出せる訳がない。

あの裏切り者っ!!

キルゼアの仇は必ずとってやる!

改めてそう誓う。


ロリアンの前でアルカシアは力説するが、当のロリアンは全く信じていないようだった。

「エクセルがか?」

「裏切ったんですわ

 あの白の羽虫を連れ逃亡したんですっ!

 王子どうかエクセルに討伐命令を!」

「ふっ

 何を言い出すかと思えば埒も無い

 エクセルが俺を裏切るなどありえん」

一笑するロリアンに。

アルカシアは髪で隠していた右顔半分のケロイドを見せ叫ぶ。

「王子っ!

 私にこんな傷を与えキルゼアを殺せるものが他に居て?」

トウランスに焼かれた半身はアストルートの回復魔法により癒えはしたが

醜いケロイドとなってアルカシアに残った。

回復が追い付かない状態だったのだ。

流石にロリアンも笑いを止める。

「エクセルが居る物なら

 本人を呼んで来て申し開きをさせて頂きたいわ

 まだ居る物ならね」

アルカシアの言葉にロリアンは少し考え傍にいた臣下に命じる。

「エクセルを呼んで来い

 、、、アストルートもな」

「はっ」

指示を得た臣下は一礼し即座に行動に移る。



アストルートは謁見の間に連れてこられ黙して立っていた。

謁見の間には常時王子の周りにいるともがらがアルカシアと共に拝謁している。

アルカシアは何故アストルートが呼ばれたのか訝しがっていた。

どの位待っただろう、先ほどの臣下が漸く駆け込んでくる。

「王子

 エクセル様の姿が何処を探しても、、、」

王子の命を果たすことが出来ず狼狽え気味である。

「おらんのか?」

「は、はい」

ロリアンの瞳がすっと細まる。

「アストルート

 貴様知らんか?」

アストルートは謁見の間に連れてこられた時から覚悟はしていたが。

本当にこんなに早くロリアンに気付かれるとは思っていなかった為

即座に答える事が出来なかった。

が、皆一様に何故彼が呼ばれたか分かっていない様に。

彼もまたよく解っていないと思われたのか不審がられはしなかった。

「あの、、、よく事情は呑み込めませんが

 エクセル様なら闇黒水晶の中心へ案内しろと命じられましたので

 案内致しましたが?」

エクセルに言われた通り真実のみを告げる。

「闇黒水晶に?」

「なぜそんな?」

皆、その行動が理解できず小さな囁きがあちこちで洩れる。

その中で一人ロリアンのみがその行動の意味を察した。

「そうか」

そう答え玉座から降り立ちその場にいた諸侯、臣下に問いただす。

「アーカルに増援は送ったのか?」

「あ、はい

 先ほど空いたマナ値にぴったり合う人数を送りました」

側近が即座に答える。

褒美の言葉とは裏腹にロリアンから出たのは舌打ちだった。

「ちっ

 アーカルに知らせる手立てを失ったか」

幻羽世界ではアロンが要石の破壊工作を続けているだろう。

あの馬鹿アーカルの事だマナ値が空けばすぐ増援をよこせと使者を送ってくるに違いない。

エクセルはそれを狙うつもりだろう。 

他の奴なら考えも付かぬし、出来もしないだろうが

エクセルならそのアクセスに乗じてゲートを開くだろう。

ロリアンにはそれが手に取るように解った。


「王子!

 討伐隊の指揮は私にっ!」

アルカシアが一歩前に出そう進言する。

「いやっ私が!」

「王子!俺を是非!」

他の候も負けじとアピールをする。

ロリアンはそれを冷めた目で一瞥し。

「たわけっ!」

怒号と共に力を少し開放する。

謁見の間に暴風が吹き荒れたかのようにロリアンの魔力の渦が舞う。

それは鎌鼬の様に諸侯、臣下を襲いあっという間に床に打ち据えた。

気が付けば立っていたのはアストルート唯一人だった。

後の黒の一族は皆床に叩きつけられ苦痛に呻く者、血を流す者、気絶している者。

中には絶命している者もいる。

「このくらいが防げぬでエクセルの相手が出来るかっ!

 思い上がるな!!」

蔑む様な眼差しでロリアンが吐き捨てる。

「アストルート」

「はっはい」

不意に呼ばれ周りの惨状にどうしていいか狼狽えていたアストルートが反射的に返事をする。

「軽傷の者だけ適当に治しておいてやれ

 屑は要らんっ!」

そう言い捨てるとロリアンは謁見の間をさっさと後にする。

「承知致しました」

その後ろ姿にアストルートは頭を下げ了承の言葉を口にした。

広範囲の無座別な攻撃だったのに何故自分が無傷だったのか。

不思議だったがその一言で理解できた。

偶然攻撃が外れた訳ではない。

自分だけワザと外されたのだと。

倒れ伏す黒の一族の手当てをしながらアストルートは背筋が凍る思いがした。

ロリアンがエクセルの事をどれほど信頼していたかアストルートは知っていた。

そしてエクセルも又ロリアンを友と考え好意を抱いていた事を。

彼等の信頼関係を知っていたからこそエクセルの性格を知っていても尚、ユーリィエを隠し続けていたのだから。

そんなエクセルが裏切ったとなるとロリアンの腸は煮えくり返っている事だろう。

候や力を持った実力者も居たがそれらを赤子の手を捻るようになぎ倒すロリアンの強大な力よりも。

そんな怒りの中でも飲まれる事無く的確な判断を下す。

その冷静さがなによりも恐ろしかった。




回廊をカツカツと足音を響かせながらロリアンはエクセルを思う。

どう考えても解せなかった。

エクセルが裏切ったなど信じられなかった。

事実がどうあろうと、、、。

エクセルの力は自分に仕えるために在ると

ずっとそう信じて疑わなかったのだから、、、。






 





 









 

 



 





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