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迷走 1

深淵の森の中。

奥まった場所に少し開けた空間が在り3人はそこにしばし落ち着く。

アストルートはトウランスの足に回復魔法をかけている。

ゆっくりではあるが傷口が塞がって行く。

「私の回復魔法では完全に、とまでは

 行きませんが」

「いや、ずいぶん楽になりました

 ありがとうございます」

「良かった

 では手にもかけておきましょう」

アストルートはそう言うとトウランスの手にも回復魔法をかけ始める。

「ありがとうございます」

トウランスは再度礼を言う。

痛みが治まっただけでも十分ありがたかった。

「そう言えば

 あなたにも昔よくこうやって差し上げましたね」

「あの頃はお前が下の村の管理人だとは知らなかったからな」

微かに鼻で笑ったような表情でエクセルが答える。

「下の村の管理人?

 緑の森の一族の貴方が?」

トウランスが驚く。

アストルートは穏やかな笑みを崩さず頷く。

「確かに

 私は下の村の管理人

 彼らが死に絶える事の無いよう管理するのが私の役目です」

「馬鹿なっ!

 森の民は知識と慈愛を尊ぶ穏やかな種族だ

 あの下の村の状況を見て

 黒の一族に手を貸すなんて事、、、」

「より酷い地獄を見れば

 多少の知恵も付こうというもの」

アストルートの即答に言葉を失う。

そんなトウランスを穏やかな笑みで見つめたままアストルートは語りだした。

「我らは光の森の緑の聖域に対を為す

 闇の森の深淵の静寂を守る深緑の森の民

 争いを好まず穏やかな生活を好んだ我々が

 黒の里と共にこの異空間に封印された時に地獄は始まりました

 森の民は白に近しい

 多くの同胞は狩られ

 また連れ去られ

 逃げまどい心の休まるときの無い

 恐怖だけに支配される日々が永遠と思われるほど続き

 気が付けば生き残ったのは私一人でした」

壮絶な話をしながらも彼の穏やかな笑みは崩れない。

「黒の魔術士は回復系の魔法は使えない

 黒の里で回復魔法を使える者が私一人になった時

 彼等は私を殺すのが惜しくなったんでしょう

 私を保護しこの役目を与えた

 私はそれを受け入れた

 それだけの事です

 それが賢い生き方というものでしょう?」

そう言われても、彼の口から聞いてさえトウランスには信じられなかった。

だが、もしそうなのなら

その地獄は筆舌に尽くしがたいものだったのだろう。

何も言う事が出来ず青ざめた顔でアストルートを見つめる。


「アストルート

 あの少女はなんだ?」

アストルートの話を黙って聞いていたエクセルが不意に尋ねる。

「少女?」

鸚鵡返しにトウランスが反復し、アストルートはエクセルを見る。

「はて?

 何の事でしょう」

アストルートは訳が解らないと返事をする。

それはエクセルの想定内の様だった。

再度答えを促すようにゆっくりとはっきりと告げる。

「アストルート

 俺は黒を離反した」

思いもしなかったその言葉にアストルートがあからさまに反応する。

トウランスも驚いて声をあげる。

「え?」

「なんだ?

 トウランスまで驚いているのか?」

「あ、ああ

 逃がしてくれるとは聞いていたが

 その後は戻るのかと、、、

 だが、、そうだな

 戻れば只では済まないな、、、」

自分の為に裏切らせてしまったのかと思うと

裏切る相手が黒の一族だとしても申し訳なさが先に立つ。

「なんて顔をしている

 言っただろこれは俺が選んだ運命だと

 お前を守るのが俺の運命さだめ

 さっきの魔法を放ったのがお前だと知った時

 何故俺がお前を守りたいのか解った気がした

 何故俺が必要なのか、、、な」

そこまで言ってふふっと嬉しそうに笑う。

己の進むべき道が見つかり嬉しいのだと言う風に。

「これは俺の仮説ではあるが

 多分間違いあるまい

 先ほどの閃光

 幻羽世界で黒の聖地が何かと反応した爆光に酷似していた

 恐らくあの時反応したのは白一族の魔法のアイテム

 お前が放ったのは炎系最初呪文のフレイ

 本来ならあんな威力が出る訳がない

 考えられるのは剣と魔法の相乗効果同様

 白魔法と黒魔法の相乗効果だ」

言い当てられてトウランスは黙り込む。

「白魔法と黒魔法の同時発動などあり得ない筈だが

 黒と白の両極の魔法源があれば理論上は可能だ

 幻羽世界で黒の聖域を視覚化させた黒魔法をかけた者が居たが

 あれはお前だな?

 お前にはあり得ない筈の両極の魔法源が存在しているんだなトウランス

 そしてその力を使うのを躊躇っている」

何もかもエクセルの推察通りだった。

「あの力を使えば黒の聖域も削れた筈だ

 だが、お前はそうしなかった

 確かにすさまじい力だからな」

微笑むように眼を細めエクセルはトウランスを見る。

「ああ

 君の言うとおりだ

 普段は黒魔法か白魔法かどちらかしか使わない様に

 自分でコントロールしてる」

トウランスは苦しげに顔を歪ませる。

「だが、、、

 怒りで我を忘れた時、、、俺は、、、

 さっきも魔力が無かったからあの程度で済んだけど

 もし十分な魔力があれば俺はまた、、、」

言葉を詰まらせながらそれでも続ける。

「下の村ごと総てを破壊していたかもしれない

 また、、、」

そう、あの時の様に罪もない人々を巻き込み殺してしまっただろう。

取り返しがつかない大罪をまた犯してしまっただろう、、、。

また、、、。

瞳を伏せ肩を震わせる。

トウランスは自分の力が恐ろしかった。

何より怒りに我を忘れ制御できない事が一番。


「トウランス

 自分で言うのもなんだが

 俺は強い」

そんなトウランスの様子を安心させるかのように優しくそして力強くエクセルが言う。

「俺がお前の剣となり盾となる

 お前が望まぬ力を振るわず済むように」

「君が、、、俺の盾に?

 どうして、、そんな、、?」

トウランスはエクセルの申し出に当惑する。

そこまでしてくれる理由が解らない。

「伝い落ち溢れ出る涙を

 総てこの手で受け止めると誓ったから」

手を胸に当てエクセルはそう答える。

「は?」

文字通り眼が点になる。

全く意味が解らない。

可笑しそうにエクセルも笑い

「俺にも正確な事はよく解らん」

と、とんでもない事を言う。


「だがな

 俺にはずっと心の中に焼きついた映像ビジョンがある

 遮幕の向こうに一人坐している青年がいる

 その人は流れ落ちる涙を拭う事もせずただ憂いている

 何に憂いているのかも解らないが

 その涙があまりに澄んでいて綺麗で哀しいから

 俺は何とかその涙を止めたくてその人に手を伸ばす

 そこで映像は途切れる

 唯の夢だと思うかもしれないがこれは俺の魂に刻み込まれた記憶だ

 彼の涙を受け止めることが俺の使命なのだと俺は信じている」

その映像を思い出す様な仕草でエクセルが言う。

「その人物が俺だと?

 俺にはそんな記憶、、、

 悪いが君の思い違いだと思う、、、」

首を振るトウランスを真っ直ぐ見つめエクセルは断言する。

「俺には解る

 あれはお前だ」

「そう言われても、、、

 俺には、、、」

そんな記憶が無いトウランスは戸惑う事しかできない。

そして自分では無いと思うが故

エクセルを利用している様な罪悪感が生まれている。

「ああ、俺にだけ解る理屈だろうな

 だが俺にはそれで充分だ

 この先何が起ころうとお前がどうしようと

 俺はそれを丸ごと受け入れお前の盾となる

 それだけだ」

微笑む瞳が固い決意を告げていた。

トウランスがどう思おうと彼の気持ちは変わらないようだ。


その様子を黙って見ていたアストルートだったが

彼も何かを決意したかの様な表情になる。

「なるほど、、、

 此処へいらしたのは暗黒水晶が目的ですか」

「そうだ

 今ならあれを使えば幻羽世界に戻れると思ってな」

エクセルがそう答える。

「トウランス急かして悪いが歩けそうならそろそろ行こうか

 案内してくれるな?

 アストルート」

たどたどしく頷くトウランスの手を取り立たせる。

まだそんなに力は入らないようだがそれでもどうにか歩けそうだった。

「エクセル

 一つ条件が在ります」

案内はするがこちらの願いも聞いてほしいとアストルートが切り出す。




「この子も共に連れて行ってやってください」

アストルートが連れてきたのは先ほどエクセルが見た少女だった。

深い緑の長い髪、褐色の肌、深い緑の瞳。

アストルートと同じ深緑の森の民だ。

ただ、その伏し目がちな表情には子供らしさが皆無だった。

子供らしさというより生気が感じられない。

「この子はユーリィエ

 最後の正統な深淵の長の血を受け継ぐ者です」

「ほら見ろやっぱり居たじゃないか

 俺の離反を聞き出す気になったか?」

少し不満げにエクセルはアストルートを見る。

「確かに貴方は他の黒の一族とは違う

 だが黒の一族で在る限り貴方にも悟られるわけにはいかなった、、、」

エクセルを信用していなかったわけでは無い。

アストルートはエクセルの幼い頃から彼を知っている。

下の村で生まれた彼の性格も性分もよく解っている。

解ってはいてもそれでも隠し通さねばならないとアストルートは思っていた。

だが、その彼が黒から離反したとなれば

エクセルは信じるに足る男だ。

「エクセル?

 これは一体、、、?」

トウランスにはまだよく状況が飲み込めない。

「つまり

 さっき此奴が言った事は建前で真実ではないという事だ」

アストルートは愛おしげにそっとユーリィエの肩を抱く。

エクセルは話を続けた。

「トウランス

 お前が考えたように俺にも森の民のこいつが自身の保身の為に

 黒の一族に手を貸すのがどうしても納得いかなかった

 だが今日その少女を見た時謎は解けた

 此奴が黒の一族に手を貸すのはその少女の為だろう」

アストルートは初めて表情を崩し笑う。

「貴方にはかないませんねエクセル」

それは穏やかな笑いで誤魔化していた彼の仮面が剥がれた瞬間でもあった。

そしてアストルートは真実を語りはじめる。


「我々の地獄は異空間に幽閉されてからではなく

 前大戦の最中から始まっていたのです

 回復魔法の使い手として黒の一族に強制的に仕えさせられた時から、、、」






 





 




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