闇の中の光 3
エクセルが自室に転移し戻った時。
トウランスが居るリプルの実のヒビが少しずつ大きくなり
ピシピシと甲高い音が部屋に響く。
「トウランス!」
その音に気付き、慌ててエクセルが駆け寄る。
リプルの実が粉々に割れ、落ちるトウランスを辛うじて抱きとめる。
エクセルの記憶では全快する前にこの実が割れた事は無かった。
「おい、大丈夫か?」
掛けた声にトウランスが反応する。
「え、、、?
あ、ああ」
意識はあるようだ。
「マザーグラスが割れたのか、、
痛っ、、、」
「マザーグラス?この回復草の事か?
どうした?どこが痛む?」
心配そうにエクセルが尋ねる。
「? マザーグラスではないのか?
大丈夫、動くと傷口が擦れるだけだ、、、」
慈母草からは全快しないと普通は出られない。
トランスは慈母草に似た効果のある植物だと認識したが
それは違った。
慈母草にも限界があったという事だ。
闇神の毒を消す、その負荷は想像以上の物だった。
「傷口は塞がっているみたいだから
後は魔力が回復すれば自分で、、、」
そこまで言って、はたと思い出したかのようにエクセルを見る。
彼との会話が蘇る。
「お前、、何が目的なんだ?
何故俺を助けるような真似をする?
言っておくが俺は白の一族ではないぞ?
利用しようとしても無駄だからな」
そう、自分に利用価値など無い。
トウランスは白の一族の動向すら知らないのだから。
「お前が何者であろうと関係ない
白の一族でも唯の幻羽人でも構わない
俺はお前を助け守りたい
ただ、それだけだ」
エクセルは猜疑心に満ちた瞳で自分を見るトウランスに淡々と語る。
「お前は信じないかもしれないが
俺は生まれる前からお前を感じていた
お前という守るべきものの存在を、、、な」
そう、これは運命。
エクセルが自分で選び自分で望み求めた運命。
「黒の聖地で血塗れだったお前を見つけた時は
まだ信じられなかった
だが、お前の瞳を見た瞬間理解し確信した
俺が望み待ち望んでいた相手はお前だと」
そっとそう言いながらトウランスを抱きしめる。
「トウランス
無事で良かった」
心からの安堵の声だった。
優しく抱きしめられたトウランスは戸惑う。
そっとエクセルを押しのけ
「すまない、お前の言っていることがよく解らない、、」
伏し目がちにそう言うと。
「けど、ありがとう、、
助かったのは君のおかげだ
感謝する」
はにかみながら礼を言う。
「いや、俺の方こそ
俺に回復魔法が使えたらもっと簡単に、、」
優しく、トウランスの頬に手を添える。
包帯が痛々しかった。
手当したのはエクセル自身だが。
トウランスは全身に包帯が巻かれている状態だ。
顔も左目が包帯に覆われている。
瞳が無事ならいいがと思わずにはいられない。
「痛むか?」
申し訳なさがにじみ出る優しい声だった。
「大丈夫、、もう大したことは無いから」
トウランスは微かに笑って包帯に手をかける。
「酷く見えるなら包帯の所為だ」
そう言って左目の巻かれてる包帯を外す。
眼の下にまだ裂傷が残っているが瞳は無事だった。
「ほら、、」
エクセルを安心させようと微笑む。
そんなトウランスにエクセルはしばし見惚れる。
「やはり
お前は美しいな
トウランス」
「へ?」
「俺はお前の様に美しい物が好きだ」
満面の笑みでそう言うエクセルにトウランスは間の抜けた返事しか出来ない。
その様子にエクセルの方が戸惑う。
「どうかしたか?」
「いや、、そんな事
言われた事無いから、、、
なんか、、気持ち悪い」
肩をさするような仕草で本能的にエクセルから距離を取ろうとする。
「何故?!
白の一族にも美意識が無いのか?!
お前は誰が何と言っても美しいぞ!」
憤慨するエクセル。
そう、トウランスは非常に美しい男である。
だがそれは幻羽人の感覚では無い。
トウランス自身には幻羽人の感覚しか無かった。
昔、その背に光羽があった頃、彼は皆から美しいと言われていた。
至高の羽を持つ美しい者と。
幻羽人にとって美しいとは背の羽の優美を意味する。
だが、その羽が引き千切られた時から彼は醜き者となった。
幻羽人ですらない、亜幻羽人に。
人並みの扱いすらしてもらえ無い奴隷階級に落ちる。
そしてギーレの一件だけでなく白の里に向かうまでの間にも
その容姿から性奴隷にされそうな事が幾度もあった。
いや、性奴隷以外の道は無かったと言える。
今は無い背の羽を思い肩を握りしめるトウランスは
その事を思い出し、情けない気分になる。
凄く、嫌だった、、。
そんな扱いを受ける自分の容姿が。
エクセルの言葉自体は真逆であるにも拘らず
トウランスにまざまざと当時の気分を思い出させた。
と、そこで初めて自分の現在の姿に気が付く。
包帯以外は一糸纏わぬ姿であることに。
羞恥で顔が染まる。
「あ
あの、、
何か着るのも無いかな?」
「俺は気にしないが?」
笑顔のエクセルの即答にトウランスは狼狽える。
「え?
いや、流石に、、この格好は、、、」
その様子を面白そうに眺めるエクセルだったが
「そう言う訳にもいかんか
待ってろ似合いそうなものを探して来よう」
そう言って立ち上がる。
「いや、、別になんでも、、」
着れさえすれば構わないとトウランスは付け加える。
手元にある濡れたシーツでも構わないと言えば構わないのだが
包帯とあんまり変わらない気がして躊躇していた。
「それとなにか食い物だな
あの慈母草だったか?
あの実から出た後は物凄く腹が減ってる筈だし」
そうエクセルに言われてトウランスも空腹を自覚する。
もともと食は細い方だが
いまはがっつり食べられそうな気がする。
転移するエクセルを眼で追い深いため息を落とす。
自分の置かれている状況が今一つよく解らない。
はからずとも深呼吸したような形になり花の香りが鼻腔を擽る。
改めて周りを見渡す。
一面の花々。
よくもこんな日の光も無い様な室内で育てたものだと感心する。
よほど丹誠を込めて育てているのだろう。
育ちにくいと言われている種類のものまで見事に咲き誇っている。
とても黒の一族のする事とは思えない。
慈母草だけなら回復用の為と理解できる。
だが、この花々はどう考えても観賞用だ。
彼を信じてもいいのかもしれない。
彼はトウランスが知っている黒の一族は違う、と
花々がそう言っている気がした。
知っている?
何故そう思ったのだろう?
トウランスは黒の一族とこれまでであったことは無い筈だった。
師の言葉や文献で読んだ事があるからだろうか?
それともまだ意識が混濁しているのだろうか?
エクセルは自室の外へ転移しても顔のにやけが止まらず思わず手で覆う。
どうしよう、ものすごく可愛い。
これからの事を考えるとにやけている場合ではないのだが
トウランスの仕草や反応が愛おしくて仕方ない。
ともかくこれから倉庫に行ってトウランスに似合いそうな衣装を選び
食堂から持ち運べる食料を調達し、脱出の経路を考えないといけない。
現在幻羽世界と繋がっているのはスフスフの神殿のゲートのみ。
だが、あの周りには黒の聖地がある。
暗黒水晶は神殿に置いてきてしまった。
あそこに戻りアーカル等を殺して逃げる手もあるが上策とは言えない。
強行突破でゲートを使えば追手もすぐかかるだろう。
現在の状態のトウランスに負荷はかけたくない。
極力戦闘は避けたい処だ。
他に何か手は無いか?
エクセルが考えを巡らせていると目前を人が駆け抜けて行く。
あまり往来が激しくない筈の通路に人が溢れていた。
「なんだ?やけに騒がしいな」
人混みを眼で追っていると背後から声がかかる。
「エクセル
耳聡いな」
「ロリアン
何かあったのか?」
つかつかと歩いて来たのは黒の王子だった。
「なんだ知らんのか?
マナ値の空きに大きな変動があった
アーカルではないだろうからアロンの仕業だろう
褒めてやれ、エクセル
これで今度は少しはマシな人選ができる」
黒のマナの空きが一気に増えたらしい。
「ミューズ、、、か」
エクセルは思いのほか早い攻略に驚く。
「ミューズ?」
エクセルから聞いた覚えのない女の名前を聞きロリアンが問いかける。
「あ、俺が助けた白の小娘だ
接続点を開く犠牲として殺された女だが、、」
「助けただと?」
回復魔法も使えんくせにどうやって?とロリアンの眼は語る。
「接続点を開いてくれた礼に俺の命を少しだけ送り込むと
巧く生き返ってな
なかなか面白い具合に化けたんでアロンと組ませてみた」
「面白い具合?」
「ああ、どうも断片的にだが俺の記憶をコピーしてしまったようだ
この女、白だけあって要石の声が聞こえる」
「ほう、要石のか
で、命を送り込む蘇生呪文だと?
お前が作った術か?エクセル」
「ああ」
ぶっきらぼうにエクセルが答える。
「また妙な術をつくったものだな」
ロリアンが呆れたように笑う。
「 、、、、
お前に何かあったら使ってやろうかと思ってな」
そう、そう思って作った呪文だった。
「戯けた事を
この私がか?
呆れた奴だな」
ロリアンに一笑される。
「そんな事が在るわけが無かろう」
豪快にロリアンに笑われながら
「 、、、まあな」
エクセルも認める。
ロリアンは強い、そう誰よりも。
エクセルがそれは一番よく知っている。
「で、どういう呪文だ?」
ひとしきり笑ってからロリアンが聞いてくる。
「ん?」
「覚えてやる
お前に使ってやろう
エクセル」
そう、笑みながら言ってくる。
エクセルも笑みでそれに答えた。
「王子」
「これはロリアン様」
「え、王子が」
「ロリアン様だ
ロリアン様がいらっしゃったぞ」
ゲートが接続されマナ値の計測計が置かれている部屋は黒の一族でごった返していた。
ロリアンの来訪に右往左往し皆が平伏し、水を打ったように静まりかえる。
「どうだ
正確にはどのくらいのマナ値がある?」
「はっ、ロリアン様」
一礼した候の一人が詳しい数値をロリアンに報告する。
エクセルはそんな様子を黙ってロリアンの後ろに佇み見ていた。
そして声に出すことなく思う。
― ロリアン
同じ黒の王の息子や娘である候族もお前に傅く。
皆お前を恐れお前の顔色を伺う。
黒の王の数多の子の中で唯一王子と認めさせる力とカリスマ性を持つお前。
誰もお前と並ぼうとする者は居ない。
王という名の孤独。
王になる物であるが故の孤独。
そんなお前を助けていきたいと思っていた。
この気持ちに偽りはない。
だが、、、出会ってしまった。
俺の本当に守るべき者に、、、。
何物にも代えがたき運命の主に。
すまん、ロリアン
俺は
お前を裏切る。
静かな、そして堅い決別の思い。
親友とも呼べた唯一の相手への最後の思いであった。
「エクセル
明日の夜
お前の例の玩具を裂くぞ」
いきなり振り返るとロリアンはエクセルに告げる。
エクセルに動揺が走るが顔には出さなかった。
「景気づけだ
下の村に送るのはやめて直接コロシアムに連れてこい
動かなくても構わん
白の血が欲しい」
「ロリアンあいつは白の一族では、、、」
言いかけて思い出す。
下の村、そして、、、。
「何だ?
まだ駄々をこねる気か?」
呆れるロリアンにエクセルは
「いや、なんでもない
では明日の夜コロシアムに俺が連れて行こう」
そう答えた。




