闇の中の光 1
穏やかな光が降り注ぐ。
心地よい浮遊感。
トウランスはゆっくりと瞳を開く。
思わず光に手を伸ばすと透明な膜の様な物に遮られる。
膜の向こうには光が溢れ花が咲き乱れている。
「マザーグラス?」
慈母草の中に居るのだと気が付く。
という事は緑の聖域に居るのだろうか?
しかし緑の聖域は排他的な処だと聞いている。
血族でもない自分を受け入れるとは思えない。
何かヒントになる物は無いかと辺りを見回す。
花は大きな鉢の様な物で育てられているようだ。
太陽の様な光源があちこちにある。
花々の中に家具が点在している?
そのゆったりとしたソファーの様な家具にその男は背を預けていた。
瞳を閉じ腕を組み仮眠しているように見える。
藤色の大きなウエーブのかかった長髪。
整った顔立ち。
そして、黒の長衣。
典型的な黒の魔術士の姿だった。
一瞬で思い出す。
黒の聖地に捕まった事を。
では、ここは黒の一族の拠点なのか?
黒の一族に捕えられたのか?
その事実に怯み大きく実の中で後退する。
ゴポッと癒しの水が動く音がする。
脳裏に前大戦の記録を綴った書物に記されていた
黒の一族の忌まわしい所業が蘇る。
その音で黒い長衣の男の眼が開く。
「気が付いたのか」
エクセルは立ち上がりリプルの傍による。
トウランスの顔から血の気が引く。
これから拷問されるのか?嬲り殺されるのか?
せめて怯えた表情を見せまいとするが
瞳に宿った恐怖は消えず、唇が小刻みに震えるのを止められない。
その様子に気付いたエクセルは柔らかい笑みを浮かべ語りかける。
「大丈夫だ
怯えなくていい
名は?」
「ト、トウランス、、、」
場違いな優しい声に思わず答えてしまう。
エクセルはリプルの実の上から
トウランスの顔を撫でるかのように手を翳し。
「安心してくれトウランス
俺はエクセル
お前の味方だ」
微笑みながらそう告げる。
その言葉をどうとればよいのか解らずトウランスは思わず繰り返す。
「俺の、、、味方?」
トウランスの言葉に嬉しそうにエクセルは頷き
「ああ、お前は俺が必ず守る」
力強くそう告げる。
が、トウランスはその言葉に戸惑うだけだった。
「エクセル!」
「エクセル様」
女の声と数名の男の声が不意にドアの外から掛かる。
トウランスはびくっと反応し、咄嗟にその方向を見る。
そんなトウランスにエクセルは
「大丈夫だ
奴らこの部屋が不気味らしい
まず立ち入っては来ない
だからその中で休んでいると良い」
そう告げる。
「不気味?この部屋が、、?」
確かに部屋中に花が植わっているというのは珍しいとは思うが
不気味というのは違う気がする。
「妙だろ? 花はこんなに美しいのにな」
どこか寂しげにそう言ってエクセルは笑い
「儚げで美しい
お前と同じだなトウランス」
そう付け加える。
「は?」
意味がよく解らずトウランスは場違いな声をあげてしまう。
それを気にする風でもなくエクセルはドアの方を振り向き
「とはいえ
万が一という事もあるからな
とりあえず結界は張っておくか」
言い終える前に手が光り強力な結界式が放たれる。
その光はドアの外からも確認できた。
結界魔法に気が付きアルカシアが毒ずく。
「結界?
あいつなんのつもり?」
エクセルの結界魔法を目撃し、トウランスは悟る。
シェラを倒したとんでもない魔力を持つ魔術士は眼前のこの男だと。
「トウランス
お前もうすうす気が付いていると思うが
ここは異空間に幽閉された黒の里
黒の本城、その最深部だ
こんな処まで連れてきてしまってすまないと思うが
他にお前の傷を癒す方法が無くてな、、、」
「黒の里、、、?
黒の一族の本城、、、」
それは絶望的な場所だった。
もう幻羽世界に帰る事は叶わない、、、。
トウランスは瞳を伏せ、死を覚悟する。
「だが心配するな
俺が返してやる」
エクセルの声が響き、トウランスは伏せた瞳を上げる。
「どんなことをしてでも
俺が必ず戻してやる
約束するトウランス
俺を信じてくれ
お前は俺が守る
この命に換えてもな」
力強い言葉。
トウランスは戸惑う、その真剣な眼差しに。
「エクセル!
一体何の真似よ?!」
苛立ちを隠すこともせず扉の外でアルカシアが怒鳴る。
エクセルは扉を開けず外へ転移して来た。
「別に
唯、俺の部屋を踏み荒らされたくなくてな
で、なんだ?
アルカシア候女」
悪びれもせず、落ち着いた表情でそう答える。
「ふん、くだらない」
アルカシアに鼻で笑われ、彼女に付き従ってきていた黒の一族からは
「荒らされたくないって、、あの花すか?」
「たぶん、、、な」
と、怪訝な表情をされる。
彼等からすれは大して役にもたたぬ脆弱な植物を重宝がるエクセルは
到底理解出来なかった。
それでいて屈指の実力者なので文句も言えない。
「あなた、何時になったら王子に報告に行くつもり?」
どうやらなかなか報告に出向く素振りが無いエクセルに業を煮やしたらしい。
彼等と違い、候女であるアルカシアは遠慮が無い。
「それともそれもみな
踏み荒らされたく無い『花』のせいかしら?
『黒髪』の『花』なんて確かに珍しいモノねぇ?」
赤い唇を歪ませ笑う。
エクセルの眉がかすかに上がる。
下手に興味を持たれるのは拙い。
「違ったかしら?」
「いや、、」
誤魔化すよりはぐらかす道をとる。
「王子への報告だったな
済ませてこよう」
軽く手を振りその場を後にする。
アルカシアはそんなエクセルを意味深な表情で眺める。
何かが彼女には引っかかっているようだった。
一人残されたトウランスはリプルの実の中で先ほどのエクセルの言葉を考える。
とは言うものの、まだ頭の芯がぼんやりしている所為か上手く考えが纏まらない。
リプルの中は暖かくて心地がよくふとすれば意識を手放しそうになる。
黒の一族に捕まり、黒の居城に連れてこられた。
だがそれは自分を癒すためだとエクセルは言った。
そして自分を助けるとも。
自分を白の一族だと思い利用しようとしているのか?
だが、、、そんな必要があるとも思えない、、、。
それにこの光、穏やかで温かい光。
本当に黒の居城なのか?
室内の光とマザークラスの温もりが、
心まで凍てつくかのように冷たかった黒の聖地の冷気を追い払ってくれる。
これもマザーグラスの癒しの力なのか?
それに、どうして黒の里にマザーグラスが?
纏まらない思考があとからあとから疑問となって過る。
答えなど出はしない。
トウランスの体から黒い霧の様な物がマザーグラスの中に溶け出ていく。
それは黒の聖地の毒。
そして抜けきった毒はマザーグラスに小さなヒビを入れる。
慈母草の回復力をもってしても黒の聖地の毒を緩和するのが精いっぱいなのだとでも言う様に。
「皆、、無事だろうか、、、」
トウランスはグラン達に想いを馳せる。
皆無事に黒の聖地から逃げ延びてくれていてくれ、、、と。
エクセルは謁見の間の扉の前に居た。
ロリアンに下手な嘘は通じない。
どうやって誤魔化すか、、、。
思案している処にアルカシアの容赦のない声がかかる。
「どうしたのよ?
さっさと入ったら?」
エクセルは何故お前が居るんだ?と眼で語る。
それに気付いたアルカシアは憤慨したかのように持論を展開する。
「なによ不服そうね?
でも、指揮官のアーカルは一応私の弟よ
報告を聞く権利ぐらいあってよ?」
普段は、出来が悪い悪いとさんざ馬鹿にしているくせに
こういう時は姉気取りだ。
エクセルはふっ、と笑いアルカシアを見る。
アルカシアはそのエクセルの余裕が気に入らなかった。
全く、忌々しいったらありゃしない。
そんなアルカシアを尻目にエクセルはドアを開ける。
「入るぞ、ロリアン」
タメ口である。
同じ黒の王の子女であるアルカシアもロリアンにそんな口は怖くて聞けない。
だのにこの男は平然とタメ口をきく。
そんなところも全く持って忌々しい。
問題はそれをロリアンが何とも思ってはいないという事実だ。
王座に黒の王子ロリアンは座っていた。
アルカシアから見ても威圧感が物凄い。
黒の王の子は数多くいる。
だが王子と認められたのはロリアンだけである。
それは彼のみが黒の王と同等かそれ以上の力を有して生まれたからである。
力を追及する黒の一族の頂点に立つ存在足るべく。
「どうしたエクセル
もう飽きて帰って来たのか?」
エクセルの後ろでアルカシアは優雅に一礼するが
等のエクセルは臣下の礼すらとるつもりが無いようだ。
「いや、なかなか楽しめたぞ
白の奴等の反応も早かったし
お前が言うほど奴等萎えてはいなかったな」
王子をお前呼ばわりである。
だがロリアンは一向に気にする様子もなく
「ほう、お前がそう言うなら
なかなか期待できそうだな」
口元に笑みさえ浮かべている。
「だが、それなら余計解せんな
幻羽世界はお前の妙な好みに合うと思ったが?
何故早々戻った?」
可笑しそうにエクセルを眺めている。
エクセルが答える前にアルカシアが口を挟む。
「僭越ながら王子、私が」
ずいっと間に出てエクセルを一瞥し。
「エクセルの奴
壊れた玩具を持って帰って来たんですわ
それはもう大事そうにね
戦いを放棄して
これは明らかな命令違反じゃありませんこと?」
ここぞとばかりに日頃の不満も込めて処分を促す。
「エクセルがか?
珍しい事もあるものだな」
だが、ロリアンには面白いだけの様だ。
「で、飼いたいのか?」
そして確信を付いてくる。
エクセルはなるべく平静を装いつつ、ここは多少動揺しても不自然ではないと判断する。
此処からが正念場だった。
「まぁ、、そうだ」
不承不承ながら認める。
「あら
記念すべき初めての獲物でしょう?
公開場で裂くべきだと思いますわ」
しなを作りアルカシアが横やりを入れる。
初めてエクセルの表情がこわばる。
「どうしたエクセル?
裂くのは嫌なのか?」
エクセルの動揺に気付きロリアンが絡んでくる。
「いや、、、
かまわんが、、、」
此処で下手に渋ると逆効果になりかねない。
「だが、まだ身動きもとれない状態だ
あんなもの裂いても面白くもなんともないぞ?」
トウランスの状態を逆手に取り面白味のなさを印象付ける。
そんなエクセルの様子にロリアンは苦笑をこらえきれず
声を出して笑いだす。
「これはまた随分気に入っているようだな
どうしたエクセル?
お前がそれほど固執するとなると
そいつの顔が例のお前の理想の顔とやらにでも似ていたか?」
ある意味図星である。
エクセルがロリアンの事が解るようにロリアンもエクセルをよく解っている。
「だが確かにそんな奴を裂いても面白くも無いな」
エクセルの誘導は功を奏したかと思われた、が。
「裂くのは傷が癒えてからにするか
いいなエクセル?」
公開処刑は回避できなかった。
ロリアンにすれば暫くエクセルに遊ばせてやればすぐ飽きると踏んだのだった。
傷がいえるまでの時間、好きにさせてやるつもりだった。
「動けるようになったら
下の村に放り込んでおけ」
「あ、ああ
解った」
エクセルはそう答えるしかなかった。
下の村。
それは黒の一族と共に異空間に閉じ込められた異種族の村である。
黒の里が異空間に幽閉される時に逃げられなかった、という方が良いかもしれない。
とりあえず時間稼ぎは出来た。
謁見の間から出たエクセルは次の手を考える。
「なによ
結局、御咎めなしじゃないっ!
王子はあなたに甘すぎるわっ」
何の処分も受けないエクセルにアルカシアは不満たらたらである。
「ちょっと
何考え込んでるのよ
どうせ裂くつもりだったんでしょ?
いいじゃない皆で楽しめば
それとも何、本当に飼う気だったの?」
そう言いながらアルカシアはエクセルならあり得ると思ったのか
「まっ、もっともあんたならやりかねないわね
ったく王子もなんでこんな変わり者がいいのかしらねぇ」
やれやれと首を振る。
変わり者、、、か
それでいい。
そう思われているうちは本心は気付かれないだろう
動きやすくもある。
ロリアンにも何とか悟られずに済んだようだし
先ずは上々というべきだな。
エクセルは静かに笑った。




