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過去編 グラン

幻羽世界において蜘蛛は捕食者である。

蜘蛛の多くは単独で行動しているが

女王蜘蛛が率いる巣で暮らす群れも存在する。

女王蜘蛛しか蜘蛛に雌はいない。

彼女たちはより強い子孫を残す事しか頭に無い。

そして高い知能を持ち狡猾で残忍な生き物である。


単独の蜘蛛も己の欲望のみに忠実に生きている。

捕食する事しか頭に無い。

雄である彼らは繁殖の事はほぼ考えてはいない。

唯、稀に満腹時に戯れに幻羽人を犯す事がある。

大抵はその後、捕食されてしまうが

雄にもわずかだが性欲があるようだ。

そして幻羽世界は異種交配が可能な世界である。


当然、そのまま喰われず救出された女性の中に

蜘蛛との子供を出産する者が居る。

先ず蜘蛛に喰われず、犯され。

喰われるまでに救出され、尚且つ受精する。

きわめて確率の低い事なのだが、0(ゼロ)では無い。

グランはそういう子供である。


彼の母親、ドリーは恋人と戯れているときに蜘蛛に襲われた。

先に彼女を守ろうとしたこいびとが喰われ

彼女は捕らわれそして犯される。

男の前に、数人幻羽人を蜘蛛が喰っていた為満腹だったのだ。

その後、高鼾で寝ていた蜘蛛は討伐隊に駆逐され

蜘蛛の巣で糸にぐるぐる巻きにされ震えていたドリーは救出された。


ドリーの実家は宿屋を経営していた。

宿屋は食道と酒場も併用することが多く、彼女の家もそうだった。

当初彼女は己が妊娠しているとは思わなかった。

目の前で恋人を殺され、喰われる姿を目撃し。

恐怖のあまり蜘蛛に襲われた記憶を忘れ去ることで

自我を保っていた。


助け出されて数か月はドリーの笑い声が宿屋にあふれていた。

彼女の親も蜘蛛の脅威から立ち直って

以前と同じように宿を手伝うドリーに心から安堵した。

だが、、、彼女の腹が迫り出し異変に気付いた頃から

総ては急転する。


ドリーは身に覚えのない妊娠に怯え。

彼女の親もそんな娘をどう扱っていいか途方に暮れる。

まさか蜘蛛の子を宿しているとは思わなかった。

多分、蜘蛛に喰われたドリーの恋人の子であろうと思っていた。

父無し子になるが仕方ない。

そう言う風に見ていた。


臨月を迎え、恐怖に怯えながらドリーは出産した。

ドリーは赤毛、死んだ恋人は銀髪、そして生まれた子供は黒髪であった。

どちらの親族にも黒髪の者は居ない。

そして生まれた子供には羽が全く無かった。

亜幻羽人だとしても多少は羽の痕跡の様な物がある。

だが、その子にはそれすらも無い。


そしてドリーはその子供の黒髪を見て総てを思い出す。

自分を犯した蜘蛛の髪の色を。

漆黒の色を。

犯され生まれた子であると総てを悟る。

彼女の精神は耐えきれず、狂気が彼女を襲う。


気がふれた娘の口から溢れる言葉。

信じたくない事実が明るみになり。

彼女の親もその子が蜘蛛との間に出来た子であると悟る。

それが、グランである。


祖父である宿の主人は酒場に小ぶりの檻を用意し

そこでグランを育てた。

いや、飼った。

憎かったのだろう。

娘を犯し狂気に追い込んだ蜘蛛が。

祖母である主人の妻は娘を悲観し自ら命を絶つ。

妻を死に追いやった蜘蛛の子。

宿を利用する客に見世物にし、暴力で虐待する事で

彼は正気を留めた。


客の中には蜘蛛に肉親や友を殺された者も多くいた。

彼らもその怒りを、憎しみをグランにぶつける。

死なぬ程度にこん棒で突き殴り鬱憤をはらす。

食事は残飯。

怪我をしようが治療などはしてもらえない。

教育も受けてはいない為、言葉も喋れない。

ただ何となく何度も聞く罵声は理解出来ていた。

そんな劣悪な環境でもグランは死ななかった。


蜘蛛の体は頑丈である。

グランもまたその特性を受け継ぎ強い体を持っていた。

それが幸いして致命傷になるような怪我を負う事は無かった。




グランが6歳くらいになった頃、転機が訪れる。




トウランスがその宿屋を利用したのは全くの偶然だった。

雨期に差し掛かり野宿するよりは宿に泊まろうかと

たまたま目についた宿に入ったに過ぎない。


宿の扉を開けた時、トウランスは後悔した。

店の中から饐えた臭いがする。

どうやら清潔な宿では無いらしい。

質素な宿なのは気にはしないが不潔な宿は苦手だった。

出て行こうかとした時に隅にある檻に目が留まる。

饐えた臭いはそこからしていた。


幻羽世界に動物、獣は存在しない。

その代り多種多様に進化した鳥類と爬虫類が存在している。

初めは雨期の為、室内に食肉用の豚鳥でも飼育しているのかと思った。

が、中に居たのは小さな子供だった。

よく見ると檻には「蜘蛛の子」と大きな名札がかけてある。


今はもう無い背の羽が痛む。

トウランス自身も蜘蛛の被害者である。

蜘蛛に恨みが無いとは言わない。

だが、蜘蛛は蜘蛛として生きているに過ぎない。

幻羽人が他の生き物を食すように。

彼らも餌と認識している物を食しているに過ぎないのだ。

ましてこんな子供に何の罪があるというのか、、、。


「旦那も殴りやすかい?」

不意に酒を飲んでいる男から声がかかる。

「殴る?」

咄嗟に訳が解らず鸚鵡返しに答える。

「蜘蛛の子ですよ、いい憂さ晴らしになりまさぁ」

へらへら笑いながら棒を差し出してくる。

「こんな子供をか?!」

思わず怒鳴っていた。

「子供でも蜘蛛だっ!」

他の客から声が上がる、そうだそうだと複数の男からも女からも声が上がる。


「蜘蛛なんて、こうしてやる!」

そう言いながら棒で子供を思いっきり男が突く。

子供から悲鳴があがり、その声を聴き嬉しそうに客たちが笑う。

トウランスは気がつけばその男を殴っていた。

その反動ですっぽりと被っていた雨避けのマントが落ちる。

店内の客はその美貌に息を飲む。


「な、こいつ!なにしやがんだ?!」

いきなり自分を殴った美貌の青年に、殴られた男は掴みかかる。

が、綺麗に躱され思いっきり机に投げられた。

食器が音をたてて床に落ちる。

「よう、兄ちゃん何の真似だよっ!」

「やんのかよっ?!」

「この人、大した羽は持っていないわよ」

羽の価値で幻羽人の優劣は変わる。

それは威圧として感じるので視れば誰でも解るのである。


村の宿屋である、ここにいる者もそう上位の羽を有している訳では無い。

だが、下部の羽が欠損しているトウランスの羽は底辺にあたる為

この中では最下位になる。

「最下位でこの顔か、何処かの貴族の性奴隷が逃げて来たんじゃないか?」

「とっ捕まえれば謝礼がでるかもよ」

「やっちまえっ!」

怒号と野卑た声が上がり、たちまち乱闘になる。


グランは檻の隅で震えながらその様子を見ていた。

綺麗な人が怒鳴って、今まで自分を苛めていた人達を殴り飛ばしている。

全然強そうに見えないのに、ものすごく強い。


その頃のトウランスは灰色の魔術士の称号を得。

トリストやシュリアンにも鍛えられていたので

魔法を使うまでもなく体術だけでも

並みの幻羽人の敵う相手では無かった。

数分後、息一つ乱していないトウランスの目前にへたり込んだ客たちが居た。

一応、女性の客には手を上げては居ないようだった。

が、殴りかかってきた女には手加減して突き飛ばすぐらいはしたのだろう

へたり込んでいる中には女性の姿もあった。


「こ、、こりゃ、、いったい、、」

騒ぎを聞きつけ宿屋の主が出てくる。

「親父さん、、こいつが、、いててて、、」

「親父さんこいつ、、、逃げてきた奴隷よっ!」

「役人を呼んできてよっ!」

客たちは口々に宿屋の主人に訴える。

「お、お客さん?」

主人はともかくトウランスの素性を知ろうとする。

「俺は、魔術士だトウランスという

 因縁をつけてきた相手を制したまで

 役人を呼ぶなら呼べ、逃げも隠れもしない

 それよりそこの檻はあるじの仕業なのか?」

主人を睨み付けトウランスが答え、問う。

「ま、、魔術士?」

「奴隷じゃないの??」

その答えを聞き、客たちがどよめく。

魔術士と言えば白の一族だ。

やっちまった感が半端なく客たちを襲う。

(もちろんトウランスは白の一族では無いが、所属としてはそうなる)


「へ、、へぃ、わしの孫です」

その答えが総てを語る。

「、、、娘さんは、、、?」

「気がふれて死んじまいましたよ」

「そうか、、、」

宿屋の主人の気持ちも解らなくはない。

トウランスはそう思ったが、このままで良い筈はない。

「ご主人、、相談があるのだが

 できればお孫さんを譲って頂けないだろうか?」

劣悪な環境で憎い蜘蛛の子を苛んでいたのだろう

だが、それだけなのだろうか?

憎しみの裏返しの愛情もありはしなかったのか?

蜘蛛の子といえ孫である。

それは宿屋の主人本人にも解らぬ事であった。


大金をはずんでくれるなら考えなくも無いと宿屋の主はトウランスの願いに答えた。

かくしてグランはトウランスに委ねられることになる。


檻の外から優しい声がした。

「おいで、今日から俺と暮らそう」

さっきの綺麗な人だった。

なんて言ってるのかよく解らない。

檻の鍵が開き扉が開かれる。

一度も開いたことのない扉が。


グランはおおずおずと差し入れられた手を握る。

暖かい手だった、いい臭いがする。

思わず、くんくんと嗅いでいた。

「あ、、、薬草の臭いがするか、ごめん、嫌な臭いだったかな」

よく解らなくて首をかしげる、解らない事が悲しかった。

「、、、、言葉が解らないのか?」

綺麗な人の表情が辛そうになる。

どうして、、、かな?


そうか、言葉も教えて貰ってないのか、、、。

酷いとは思ったが、そんな仕打ちをした宿屋の主人を責める気は起きなかった。

彼も苦しんだのだろうから。

机に置かれた金貨を受け取ろうともせず

こちらを睨むかのように見ている宿の主人に。

トウランスはグランを抱き上げ、一礼をすると宿を後にした。


外には雨が降っている。

トウランスはグランを抱き上げたままマントを羽織り雨の中に出た。

グランは初めての雨を不思議そうに見ている。

「これは、雨だ

 そうだ、濡れるな、燥ぐなよ?

 どこかにテントを張って、湯でも沸かすか

 お前、、かなり匂うぞ」

そう言って苦笑するトウランスを恥ずかしそうにグランは見る。

「まずは、、言葉からだな

 そう言えば名は?」

グランからの反応は無い。

「、、、もしかして名前も無いのか?」

そう言って少し考え込む。

「グラン

 グランでどうだ?

 大地という意味の古い言葉だ」

グランを見、ゆっくりもう一度言う。

「グ ラ ン」

「ぐ、、、ら、ん?」

「そう、グラン」

「ぐら、、ん」

グランに名前が付いた瞬間であった。

小さな声でグランが自分の名を反復する。

その様子をトウランスは嬉しそうに笑って頷く。


そして、グランはトウランスに育てられる。

それが数十年前の2人の出会いであった。


















実はグランの年齢はアラフォーなんです。はははっ。蜘蛛は幻羽人より長命で200年~300年生きるので。幻羽人の寿命は40~50年くらいですけどね。

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