黒の聖地 4
香草のいい香りがする。
ふかふかのベッド。枕に焚き染めた安眠効果のある香草の香り
リューズの好きな香草だ。
きっと留守の間におばさんが炊き込めてくれたんだろう。
リューズ姉妹に父親は居なかった。
白の一族の母親の妹が彼女達の面倒を見てくれている。
幻羽人であった父親は彼女たちが幼い頃に他界していた。
幻羽人の寿命は短いのだ。
母親は祭司長として離れた村に住んでいる。
幻羽世界に奉仕するのが信条の白の里ではさして珍しくない家族環境だ。
ああ、自宅に帰って来たんだ旅も良いけどやはり家はほっとする、、。
リューズははっと目を覚ました。
「気が付いた?」
傍らにいた女性が声をかけてくる。
「ずっと気を張っていたんでしょう?安心して緊張の糸が切れちゃったのね
はい、着替え
ごめんね、祭司の衣装はないけど、、かまわないわよね?」
「あ、はい、、、」
きちんと畳まれた衣装を受け取る。
剣士見習いがよく着るような動きやすそうな服だった。
思わずミューズを思い目頭が熱くなるがぐっと我慢する。
着替えて廊下に出るとどうやら宿屋の様だった。
白の剣士達がうろうろと各自武器の整備やら兵糧やらアイテムやらの準備に
動き回っている。
中には見知った顔もあったが、知らない顔もあった。
きょろきょろと辺りを伺っているリューズにグランが声をかける。
「よお、リューズ、よかった気が付いたんだ
疲れが出たんだってな、俺てっきりあの剣士に何かされたんだと、、」
「グラン、あれからどうなったの?」
探していた相手が見つかって意識のない間の情報を教えて貰おうとする。
「どうなったって
俺達は今日はここで休んで明日白の里に旅立つことになったけど」
「トリスト様達は?
トリスト様達は黒の一族を退治しに来たんでしょう?
白の里が黒の一族を放っておくはずはないもの、、」
「うん、明日スフスフの神殿に向かうってさ」
「明日?」
リューズは考え込む様な表情をする。
「リューズ?」
「あ、ううん、なんでもない
私達も明日発つのね、それじゃ、私用意とかしてくるね」
グランにそう言いそそくさとリューズは元居た部屋に戻る。
パタンとドアを閉じゴクリと息を飲む。
確かめなくてはならない、、、今まで怖くて出来なかったけど。
シェラ様が生きているのならミューズも生きている可能性があるかもしれない。
心を落ち着かせ深呼吸をし同調し始める。
距離は関係ないもし生きているなら繋がるはずだ。
御願いミューズ、、、返事をして
ミューズ!
「ミューズ?」
黒髪の少女が不意に空を見つめ声を出す。
「どうした?」
「解らん、、今呼ばれたような気がしただけだ」
「ミューズ、、それがお前の名か?」
問いかけるエクセルに首を振り少女は答える。
「解らん、、もう何も聞こえん」
「いいじゃないか、ミューズで
いつまでも名無しのままでは不自由だしな」
深々と腰掛けながら話すエクセルに苛立ったように
「名前なんぞどうでもいい!
女、お前本当に要石の声が聞こえるのか?」
アーカルが怒鳴る。
「ああ、ある程度近づけばな」
アーカルの提案でこれからの作戦会議を開いていた最中の事だったので
中断するかのような行為に機嫌をそこねたのだろう。
それを無視してミューズは話を続ける。
「要石は白の一族を呼ぶのだ」
「アロン、お前この女に付いて行け」
アーカルは主導権をとることでささやかな自尊心を満足させる。
「要石を見つけ破壊するんですね
解りました」
みなまでアーカルに言わせることなくアロンは理解する。
「ふん、お目付け役か
まぁいい、お前足手纏いになるなよ」
ミューズはちらりとアロンを見、言い放つ。
アロンは不敵な笑みでそれに答えた。
「ミューズ??」
繋がった、一瞬だったけど繋がった!
全然違う別人のような感覚だったけど、、、
自分が同調出来る相手はミューズしかいない。
生きているんだ!
あの感覚、無事じゃないかもしれない、でも、、、でも生きている!
堪えていた涙があふれ出す。
「助けなきゃ、、」
そうだ、助け出してやらないと、、、トリスト様達には頼めない。
頼めば無理してでも助けてくれようとするだろう。
でも、、そんな迷惑をかける訳にはいかない。
黒の一族との戦いは激しいものとなるだろう。
少しでも足枷になるようなことを頼んじゃいけない。
自分が、、自分が何とかしないと、、。
リューズは一人決意を固める。
「どうした?何か探し物か?」
ひとりきょろきょろと辺りを見回している白の剣士の女性に
白の剣士が問いかける。
「あ、うん
ねぇ、私の剣知らない?」
「はぁ?なんだそりゃ?」
剣士が剣を無くすとかありえんぞと呆れた顔をする。
「おいおい、大丈夫か?
しっかりしろよ、トリスト様に知られたらどやされるくらいじゃ
すまないぞ?」
「わ、わかってるわよ、、、予備の剣ならあるから大丈夫よ
でも、、いつもの剣の方がしっくり来るのよね
もう少し探して見るわ」
そんな会話ががやがやと明日の準備をしている剣士達のいる大広間で
小声で交わされる。
偶然、端のベンチで飲み物を啜っていたグランの耳に入ってきた。
「剣が?」
無くなるはずの無い物が無くなった、、、
グランは眉を顰め、そっとその場を離れる。
リューズは剣を背負い街道沿いの林の中を走っていた。
街道を行くと見つかるかもしれないと思ったためだ。
走りにくいけど仕方ない。
「どこへ行くんだ?リューズ」
不意に頭上から声がかかる。
立ち止まりきょろきょろするリューズの後ろにグランが降り立つ。
「グラン?どうして、、」
「俺は鼻が利くっていっただろ
このままいくとスフスフだよな」
どうやらリューズの臭いを追って木々の上を走って来たらしい。
その表情は珍しく真顔だ。
「お願い見逃してっ!
私スフスフに戻らないとならないの」
「何馬鹿な事言ってんだ
帰るぞ!」
有無を言わさぬ態度でリューズの腕を掴み元来た道を帰ろうとする。
「待って!ミューズが生きてるの!
助けなきゃ!」
その言葉にグランの眼が見開く。
「ミューズが?本当に?!」
「本当よ!感じたんだから!」
「じゃ白の剣士達に話せば、、」
「駄目っ!
トリスト様達は黒の一族と戦いに来てるのよ
そんなこと頼んで少しでも足枷になるような事したくないの
ミューズの事は私がなんとかしなきゃいけないのよ!
私、、あの時怖くて動けなかった、、、
あの子あんなに助けてって呼んでたのに何も出来なかった
あの時私がもっと怖がらず同調していたら助け出せたかもしれないのに
だから、、だから今度こそ私が助けなきゃ、、、
あの子がどんな姿になっていてもいい、助けるの!」
涙ながらに力説するリューズをグランは神妙な顔で見つめる。
グランにも似た思いがあった。
あの時自分が血の渇望に負け席を立っていなければ。
ミューズの前から逃げなければ、、、
きっと今の様な結果にはなっていなかった筈だ。
「剣を、、
剣を抜いてみろ」
「グラン?」
「連れて行けるかどうか試してやる」
そう言い自分もすらりと腰に下げている剣を抜く。
「え?」
「足手まといになるなら置いていくからな」
漸くグランの言葉の意味に気が付きリューズも背中の剣を抜く。
「わ、解ったわ」
ずしりと両腕に剣の重みが伝わる。
「剣の経験は?」
「ミューズの鍛錬は皆見てたわ」
グランの振り上げた剣を辛うじて受け止める。
グランの剣は軽く打ち付けているだけなのだが
リューズには途方もなく重く力強く感じた。
何度か打ち下される剣を多少危なげではあるがそれでも全部受け止め返す。
剣筋を見る力、動体視力、反射神経ミューズより素質あるんじゃないか?と
グランは感じた。
そう言えば本人もそんな事言ってたっけ、、、。
見取り稽古というやつか、見ていただけでも身についているようだった。
当のリューズは剣を振り回しグランの剣に付いていくだけで精一杯だった。
いや、かなり手加減しているとはいえグランは蜘蛛の血筋の恩恵をうけ
特出した身体能力に生まれつきの剣の才能。
そして十分な剣の修行をしている。
そんな彼に付いていけてるだけ大したものなのだ。
だが、鍛えていないリューズの筋力は悲鳴をあげそろそろ限界が近かった。
剣が重い、なんて重いんだろうミューズこんなの振り回してたんだ、、、。
そんな事を考えながら、一つのアイデアを思いつく。
そうだ、重ければ軽くすればいいんだ、と。
瞳を伏せ精神を集中させ剣に魔法をかける。
ふっと剣の重量が手から消える、これならいけると。
たあっ!と大きく振りかざしグランに切りつける。
が、軽くかわされ逆に剣を弾き飛ばされてしまう。
弾き飛ばされた衝撃で痺れる手を抑え、きっとグランを睨みつけてしまう。
駄目なのか、、やっぱり、、。
「今、何をした?」
「え?」
思いもしない事を聞かれリューズは毒気を抜かれる。
「今急に太刀筋が軽くなっただろ?
何かしたのか?」
「え?ああ、あまりに剣が重かったから軽減魔法かけたんだけど、、、
いけなかった?」
なるほど、そういえばリューズは祭司、魔術士の卵だっけ。
攻撃魔法以外の魔法は大抵使えると言っていたな、、、とグランが思い出す。
自分の剣を鞘に納めふぅとため息をつく。
「ひとつ条件がある」
「え?」
てっきり駄目だと断られると思っていたリューズはグランを見つめる。
「スフスフに行くまでに急いでも3~4日はかかる
その間に軽減魔法と、防護壁を剣に同時に張れるようになっておけ
剣の腕は最低だが、それが出来ればまぁ雑魚相手ならなんとかなるだろ」
「グラン、、、」
「だが、いいかリューズは戦おうなんて思うなよ?
うまく逃げ回る事だけ考えてろ
戦うのは俺がやるから」
「グラン、じゃあ、、、」
「ああ、ほら行くぞ
ミューズが生きているなら俺だって助けたいからな」
ぶっきらぼうだが戦ってくれると言ってくれた。
ミューズを助けたいと言ってくれた。
リューズの瞳から涙があふれる。
「ありがとう!ありがとうグラン!」
感謝してもしたり足らない。
自分一人では無理かもしれなかったが彼が来てくれるなら
何とかなるかもしれない、いや、きっと助けられる。
そう喜ぶリューズを尻目にグランは天を仰ぐ。
黒の一族と戦うのに恐怖も無いし例の魔術士から上手く逃れれば
勝機は十分あると踏んでいる。
だが、一つ心に暗い影が、、、。
-トウランス、怒るだろうなぁ、、、
そう、黒の一族と戦うより彼にはトウランスに叱られる方が怖かった。
そのトウランスが宿で二人が居ない事に気付くのにさほど時間はかからなかった。




