王と王子の指輪の行方④
ようやく夕方に父の元へ戻る。
冬の雪山の夜は早く、しんと冷えた。
「父さま、指輪、無事受け取ってきました!」
「おお、そうか」
私が手を大きく振ると、城の入口の前で迎えてくれた父が駆け寄ってくる。
「大丈夫か、確認して」
私はポシェットから二つの木箱を取り出し、父へ差し出した。
「確認か……」
父は木箱を開き、感慨深げに指輪をじっと見つめる。
それから静かに蓋を閉じ、顔を上げた。
「今日の所は疲れたろうからよく休め。明日、確認しよう」
笑って手で私の背をぽん、と軽く叩いた。
大きな手の温もりが、背に残った。
翌朝広間へ行くと、父は黒い指輪に通した鎖を首にかけて座っていた。
「父さま、それ、着けてくれたんだね」
「ああ。リリヴァのお陰でとても良い感じだ」
そう言って指輪に手をやり笑みを浮かべる。
朝食の温かいスープやパンを食べ終えるとすぐに、父が城の庭へ出た。
「では、早速確認をしよう」
父が首から鎖を外し、大きな手に指輪をはめた。
(良かった。指に入った)
そう思った瞬間。
ぐわっと熱を感じて、父の身体が光を帯びる。
ぐんぐんと身体が大きくなってゆく。
そして、大きな黒竜が現れた。
目が赤く、黒い鱗が朝の光を照らし返す。
マックスが思わず歩み出る。
「これが、スヴァルト……素晴らしいな」
「うん。強そう!」
私も感動で、胸がどきどきしている。
振り返ると、ビュートゥや他の竜戦士たちも無言で目口を見開いて見入っていた。竜国王の竜らしい、大きく力強い竜だった。
黒竜が私に目を向ける。
『リリヴァも、竜になるか』
「うん!」
私も一歩出て指輪をはめる。
ぶわっと熱が身体を包み、ぐんぐんと地面が遠ざかる。
やがてそれが治まり、隣を見る。同じ位の目線の先に、竜になった父の赤い瞳があった。
周囲に歓声が上がる。
私たち二人は、暫らく無言で見つめ合っていた。
『こんな日が来るとは……夢みたいだな』
父が呟く。私も黙って頷いた。
『では、飛んでみるか』
『はい!』
父が大きく羽ばたき、空へ舞い上がる。
地面の雪が巻き上がり、飛び散った。
久しぶりの空に、少し確かめるようにその場にとどまり、それからぐるっと弧を描いて飛ぶと、元へ戻って、上空から私を見下ろした。
私も飛び立つ。
ばさっばさっと、翼で冷たい空を切る。
待っていた父がすっと向きを変え、雪をたたえた岩山に向かって飛ぶ。
私も後を追い、それからスピードを落とした父と並んで飛んだ。
街の屋根の上を飛んで行く。
黒い竜と赤い竜が並んで飛ぶ姿を、下を歩く人々が指さして見ている。
青空を背景に、遮るものも無い。
雪山が陽を浴びて金色に光る。
『昔はこの辺りの山を、赤ん坊のお前を抱いた母さんを背に乗せて飛んだものだ』
『そうなんだ……』
『リリヴァは覚えていないだろうが、つい先日のことのようだ』
山の上をぐるっと飛んで、そしてまた城へ戻った。
ほんの少しの時間だっただろうけれど、とても長く感じた。
きっと、この日の事は私も父も忘れないだろう。とても幸せな時間だった。
城の庭へ降り立ち、二人とも指輪を外して人に戻る。
「どうでしたか?」
ビュートゥが父に聞いた。
「ああ。指輪は問題なかった……夢のような時間だった」
ノレナもハンカチで涙をおさえていた。
マックスが静かに、私に肩掛けを掛けてくれる。
「寒くなかった?」
「うん。気持ち良かった。後で一緒に飛んでみる?」
「うん」
マックスが笑顔で頷いた。
「二人の竜の飛ぶ姿は素晴らしかったけど、お父上に話をするのは指輪を返す前が良かったかな」
マックスの呟きを聞き、私は思わずふふっと笑ってしまう。
「話?」
近くにいた父が聞く。
マックスが顔を引き締め、父に向き直る。
「先日途中になっていたお話ですが、お母様からも同意をいただけましたので、改めて」
そう言って、すっと息を吸う。
「リリさんと婚約させていただきたいと思っております」
私ももうそれほど驚かない。でもやはり、胸がどきどきする。
父が無言になる。後ろのビュートゥも、固まっている。
「……婚約」
父が私を見る。
「リリヴァも、婚約したいのか?」
「……はい。婚約するのであれば、マックスさんが良いです」
エルント村の出張所でマックスたちと魔獣を助けながら過ごす日々は、充実してとても楽しい。
マックスが嬉しそうな顔をする。
「少し、間があったが……同意はしている、か」
父が腕組みをする。
「マックスさん」
「はい」
「……第二王子は、他国との政略結婚はしないで良いのか? リリヴァの母は風商連盟の一商団の長であるとはいえ、私は今、自治領の領主に過ぎないが」
「不要です。兄がフィシエーラ王の長女と婚約し、王位を継ぎますので」
「側妃ではなく?」
「リリさんは、僕にとってただ一人の特別な人です。僕が結婚したいのはただ一人、リリさんだけです」
私も傍で聞いていて顔が熱くなる。
「リリヴァを幸せにしてくれると言うなら……許そう」
父が頷いた。
マックスが目を輝かせる。
「では、すぐに王国へ伝えて書面を用意させます」
そう言って後ろに控えるウィルに目配せした。ウィルが慌てて戦麓獣を呼び、空へ駆け去る。
『ピイ(早いね……)』
そう言いながらコフクが私の肩に降りた。
残った皆で城の中へ戻る。
「そう言えば、レオ兄さまの指輪、父さまから渡してくれるの?」
私は思い出して、父に聞いた。
「ああ、そうだったな。いつ行けば良いかまずレオに連絡して聞いてみないとな」
父が振り返る。
ビュートゥが父の後ろに駆け寄った。
「それであれば昨日の夜、蝙蝠を飛ばしました。今日にも、返答が来るかと思われます」
「おお、早いな」
父が微笑みながら頷く。
そのまま何もなく、自由時間ができたので、私は竜になってマックスを乗せ、先ほど父と飛んだ岩山を案内した。それから街へ行き、マックスは気になっていた薬を、私はおばあちゃんたちへの石細工のお土産を買った。
◇
お昼前に城へ戻ると、城の入口の前に馬車がとまっていた。
『あれ!?』
竜の姿で城に近づきながら、私は思わず声を発する。
馬車から降りてきたのは、レオと、セレフィナだった。
「リリ達がきていると連絡をもらって、ちょうど結婚準備でセレフィナが来ていたので、二人で来てしまったよ」
レオが笑顔で言った。
「まさか本人が来るとはな。皇帝の代理で忙しいと聞いていたが」
父も苦笑いをする。
「まあ、同じ国ですから、来てしまった方が早いです」
人の護衛もわずかだ。だが、肩には黒烏のウィンがおり、他にも何羽もの黒烏たちが飛び回って見ている。
「リリ、久しぶり!」
「セレフィナも!」
セレフィナが国へ戻り婚約もして、ここしばらくは会っていなかった。
「こちらに、竜の指輪があるのですか?」
レオが父に切り出す。
「ああ。リリヴァが光の国へ取りに行ってくれたよ」
「光の国に預けていたのですか!」
レオが驚く。
「私の分もな。リリヴァの母の所へ取りに行ってもらって、知ったのだが」
父も頭を搔きながら言う。
「折角来てもらったから、今から神官のムルグに式をしてもらって渡そう」
父の後ろにいた若手の従者が伝えに走った。
「指輪か……」
レオは、遠い目をしてふっと笑った。
「あなたとの久しぶりの対面で、『どうすれば、竜になれるのか』と、聞いたのでしたね……」
父も、困ったような顔をする。
「あの時は、悪かった。言うと、指輪を預けたリリヴァの母に危険が及ぶのではと思い、言えなかった」
レオは首を振る。
「それは、あの時点ではしょうがないことです。そして確かに、この指輪の存在を知らなくて、どうすれば竜になれるのかと長いことずっと悩んでいた」
本当に、長かった。
それで、アグラールへも行った。
そして偶然、セレフィナに会った。
「でも、それももう過去のことだ。欲しいものは竜になれなくても、手に入ろうとしている。……指輪はもう、どちらでも良い」
レオの言葉を、父は少し残念そうに黙って聞いていた。
「でも一応持っていて」
私は思わず言った。
「兄さまの指輪だから」
「ご準備ができました」
父の後ろから、従者が声を掛ける。
父がレオに向き直る。
「ああ。では、指輪を受け取ってくれ。城の神の間へ向かおう。本来は、十六になった日に渡すことになっている」
そうして、父とムルグ、レオの三人で、指輪を渡す式が行われた。
私はセレフィナと、マックスと一緒に広間でお茶をしながら待つ。
「忙しいかと思ったけど、セレフィナも、レオ兄さまも、幸せそうだね」
「うん。忙しいけど、色々新鮮で楽しい。やりたいことも沢山見えてきたし」
セレフィナは生き生きした顔で、レオが色々案内してくれているとか、国の人達がもっと美味しい物を食べられるようにしたいと話す。
「リリも今回は、マックスと二人で来たのね」
セレフィナが話題を変える。
私は思わず昨日今日の「挨拶」を思い出して赤面する。
「え、何かあったの?」
セレフィナの言葉に、私はただ黙って戸惑う。
「ああ、僕が、リリちゃんのご両親にご挨拶をして……無事婚約のお許しをいただいたよ」
「え!? おめでとう!」
セレフィナが少し飛び上がって喜ぶ。
「そんな話になっていたのね」
「うーん、私も昨日初めて母にマックスさんが話すのを聞いたんだけどね」
途端にセレフィナの顔が曇る。
「え、マックスまた、強引に進めたの?」
「あ、でも、私もすぐ同意したよ。婚約するなら、マックスさんが良いかなって。最初聞いてびっくりしたけど……」
セレフィナが、ふうっと息をつく。
「結果的に良かったなら、改めて、おめでとう」
「ありがとう」
しばらくして、指輪を授ける式を終えた父と兄が庭へ出た。私たちも急いで庭へ駆けつける。
そして兄は指輪をはめ、初めて竜になった。
青色がかった白銀の、すらりとした竜が現れた。
レオはしばらくその場に留まり、翼をゆっくりと広げ、身体を、尾を見た。ずっと手が届かなかった竜の姿を、確かめるように。
そして、空を見上げる。
鱗が陽を受けて輝く。
「綺麗な竜……」
セレフィナが、目を輝かせる。
私も隣で黙って頷いた。
父も黒竜になり、導くように、二人で青い空へ飛び立っていった。
◇
兄が戻るとセレフィナと二人、すぐにまた王都へ戻って行った。
そして私とマックス達も、翌日アグラールへ戻ることにした。
「またいつでもおいで」
父が私を抱きしめて、別れの挨拶をした。
「父さまも、皆さんもお元気で。また来ます!」
私は手を大きく振って、それから竜になった。来る時と同じく、マックスを背に乗せる。
マックスはとても満足そうな顔をしていた。手には、父の署名が入った婚約証があった。昨日の夜にウィルが戻り、父が朝までに署名をしてくれたらしい。
「楽しかったね」
背の上で、マックスが言った。
『うん』
私も、今回の滞在の思い出に思いを馳せる。
「今度は、僕の両親にリリちゃんを紹介しないとね。この婚約証に父のサインをもらって、正式な婚約を成立させよう」
『え、アグラールの王様と王妃様に?』
私は思わずよろめく。
「あ、ごめん。でもきっと喜ぶから、いつも通りで大丈夫だよ」
ただ田舎で静かに暮らしたいだけなのに。
まだ、静かに暮らせる日は先らしい。
でも、皆の幸せな顔を見られた、とても良い旅になった。
私はなんだか嬉しくなって、思い切り羽ばたいた。
お読みいただきありがとうございます。
「王と王子の指輪の行方」はこれで今回で完結です。
今後も不定期にはなりますが、リリたちのその後の物語を少しずつ投稿していきたいと思っております。
引き続きお楽しみいただけましたら嬉しいです。




