王と王子の指輪の行方③
「指輪は、リリヴァも知っているところに預けてあるわ。一番安全なところ」
母が私を見て意味ありげに微笑む。
『ナー(さあ、どこかな?)』
ネフェウも目を細めて鳴く。
「え、一番安全なところで、私も知っているところ……?」
つい先日まで一番危険だったのは、帝国に取られること。
帝国から守るのに、一番安全なところと言えば……。
「あっ!」
「分かったの?」
マックスが答えを聞きたそうに私に全身を向けた。
「……光の国の、金庫?」
私は母の前に身を乗り出して答える。
「正解」
母がにんまりと笑った。
「アルカルキス連邦の金庫よ」
「ああ、光の国の黄の領――イオネさんも預かっていてくれたところか」
マックスも納得する。
「戦で負けてイシュルンは国を失い、私はスタルクリクに言われて元いたこのヴェルティアへ戻ることにした。けれど、土地を持たない商人の集まりのこの国は、居場所が特定しにくいとは言え、戦力では劣るの。だから、リリヴァも、指輪も、大切だからこそ、信頼できる人たちに預けることにした」
そう言って、私を見る。
私は、父の指示もあり母からビュートゥに預けられ、ビュートゥが一番信頼していたアグラールのおばあちゃんのところへ預けた。
そして指輪は、光の国の金庫に預けられた。
「今回はもう、紹介状は必要ないかしら」
「うん。前に行った時、顧客証をもらった」
そう言って、私は胸元の指輪も通している鎖に通した薄い金の札を持ち上げて見せる。
「ふふ、ちゃんと認められたのね」
母がすっと右手を上げる。手の上に、金色の鍵が現れた。
「ヘリオヴェンに会って、この鍵を渡して」
そして、いつの間にか母の隣で寝そべるネフェウに目をやる。
「……ネフェウも連れて行って」
「登録伴獣なんだね」
私はイオネが金庫から受け取る際、連れていたパピが認証に登録されていたことを思い出す。
『ナー(そのとおり)』
ネフェウが答え、ゆっくりと立ち上がった。
「じゃあ、行ってくるね」
「気を付けてね。ヘリオヴェンたちにもよろしく伝えて」
そうして私たちは母に見送られ、また来る時とは別の幌馬車へ乗り込んだ。
◇
私たちは幌馬車で、アルカルキス連邦の門の前まで送ってもらった。
御者をしていた男と私はそれぞれ門番に顧客証を見せる。
「私たちは別で少し商の話をして、終わられましたらヘリオヴェンから連絡をもらいます」
御者の男とは門を入ったところで別れた。
私たちのもとには間もなく若いハイエルフのエセルが現れた。以前と同じく白金の髪を後ろで結び、簡素な衣をまとっている。
「リリ様、お久しぶりです。またお会いできて嬉しいです」
穏やかだが、前よりも明るい笑顔を見せた。
「エセルさん、お久しぶりです」
私も嬉しくなる。前は一週間ほど光の国の七つの領を案内してくれた。
「こちらは私の上司のアグラール王国第二王子、マックスです」
「以前一度セレフィナの付き添いでイオネさんを迎えに来ました」
私の紹介に続き、マックスも挨拶する。
「今日は、黄の領への御用ですか?」
エセルは微笑みながら、私を見た後足元のネフェウに目をやる。
「はい。今日は、母が以前金庫へ預けたものを取りに来ました」
「では、このままご案内します」
懐かしい澄みきった空気の中、エセルの後に続き、白い石造りの回廊から、白に黄金の装飾のある、静かな地下回廊へと進んでゆく。
「イオネさんも金庫区画で引き取ったんですか?」
歩きながら私はマックスに尋ねた。
「前回は、ここまでは来ていないよ。門から少し入った応接で引き取って帰った。ヘリオヴェンさんが来てくれて」
やがて、受付が見えてきた。
ヘリオヴェンと一人の部下が受付の向こうに立っている。
「リリさん、マックスさん、よくいらっしゃいました」
「ヘリオヴェンさん、お久しぶりです。今日は、母の預けたものを引き取りにきました。母もよろしくと言っていました」
そう言って私は斜め掛けのポシェットから鍵を取り出して渡す。
受け取ったヘリオヴェンはそれを横にいる部下に渡した。
「では、こちらへ」
ヘリオヴェンの部下に金庫の前へ案内される。
「では、こちらの金庫の脇へ、登録伴獣の前足をお乗せ下さい」
私がネフェウに手を伸ばすと、ネフェウが自分で前足を小さな認証板へ乗せる。
部下が金庫に鍵を差し込むと、その金庫全体に淡い金の光が走った。
かちり。
音がして、封印が解けた。
中に、二つの小さな木箱が入っていた。
私はその木箱を手渡される。
「ご確認ください」
まず一つ、ゆっくりと開ける。
中には、黒銀色の台座に深い黒色の石がはめ込まれた指輪が収まっていた。
「父の指輪かな」
まだ見ぬ黒い竜、スヴァルトを思い浮かべる。
私の指にはかなりゆるそうな、大きな指輪だ。
「じゃあ、もう一つは……」
マックスも傍から覗き込む。
「兄の、かな」
私はもう一つの木箱もそっと開ける。
青い石の入った白銀の指輪が入っていた。
これも私の指輪よりは大きいが、黒い指輪よりは少しだけ幅が細い。
「兄は、青……?」
黒髪と紫色の瞳の兄を思い出す。
この指輪をはめた兄の竜の姿はどんなだろうと思う。
「傷などは無さそうだけれど、戻ってからご両親にきちんと確認していただく他ないかな」
見たことがないため少し戸惑う私に、マックスが小声で言う。
『ナアアアー(だいぶ昔に預けたから、私もよく覚えていないけれど、このままだった気がするわ)』
「そうだよね。取りあえず引き取れたし、後は父と母に見てもらおう」
私の仕事は預けたものを持ち帰るところまで。
これで帰ることにして、ヘリオヴェンにお礼を言った。
するとヘリオヴェンの合図で、部下がまた奥へ消えて行った。
「今回はお客様なので、お土産を用意しています。伴獣様たちの分も」
ヘリオヴェンが微笑む。
「お土産?」
私はそう言ったあと、奥から人数が増えて戻ってきた部下たちの手にしていたものを見て、「あっ!」と思わず声を上げる。
その手には、くも菓子があった。
二人が両手に一つずつ、ふわふわした淡い黄色のくも菓子を手にしている。
「作ったんですね!」
「ええ。前にセレフィナさんが来たときはまだでしたが、あれから作れるようになって、今では延べ棒型チョコレートと並び好評のお土産です。こちらはここでお召し上がりいただきますが、チョコレートもお持ち帰り用に用意しています」
私たちに一つずつ手渡される。
「リリさんたちは七色のお菓子を作られましたが、それぞれの領でそれぞれの色のくも菓子を用意することにしました」
「これ、リリちゃんたちが考えたの?」
くも菓子を手にしたマックスが驚いた顔で私を見る。
「うん。七色会議の課題で、セレフィナと考えて作ったの」
ネフェウとコフクの前には、皿に乗せたくも菓子が置かれた。
『ナア(甘いな)』
『ピピッ(わ、舐めたら溶けた)』
「ああ、初めて食べる不思議な食感だ。でも、ほのかに甘くて……美味しい」
マックスが味わいながら食べる。
私も、形になったことが嬉しくて、胸がいっぱいになりながら食べた。
「今回はこれでお帰りですか?」
「はい。指輪を無事に父に届けないといけないので」
私が答えると、ヘリオヴェンが少し残念そうな顔をした。
「今度はぜひゆっくり滞在して、別の領も訪ねてください。皆、きっと喜びます。他の領でもくも菓子を作ってお待ちしています」
「はい。ぜひ」
私は笑顔で頷く。
「新婚旅行で来られたら……楽しいだろうね」
マックスがくも菓子を手に呟いた。
「新婚旅行……ご結婚の、ご予定が?」
ヘリオヴェンが目を大きく見開く。
「ま、まだです」
私は慌てて否定する。
「結婚の予定はまだですが、婚約をしようと言っているところです」
マックスが微笑みながら返した。
新婚旅行って。
婚約だって、さっき聞いたばかりなのに。
話の展開が早すぎて、私の頭が追いつかない。
でも、光の国には魔獣たちもいる。
特に緑の領には、アグラールにはいないトレントもいるし世界樹やその妖精もいる。
マックスが会ったら、きっとすごく喜ぶ。
私もそんな姿を見たり、前に会った人たちとまた会えたらきっと楽しい。
「おめでとうございます」
ヘリオヴェンが光るような笑顔で微笑む。
私も黙って微笑むことにした。
こうして二つの指輪を手に入れ、私たちは母の元へ戻った。
母にも木箱の中身を見てもらう。
「恐らく問題ないわ。ずいぶん昔だし、詳しく覚えてはいないけれど」
母はしばらく指輪を見つめた後、木箱を静かに閉じた。
「スタルクリクに、無茶しないでと伝えてね」
「うん。また遊びに来るね」
母とネフェウに見送られて、私たちは帰りの幌馬車へ乗り込んだ。
そしてようやくその日の夕方、父たちの城へ戻ったのだった。




