王と王子の指輪の行方②
早速翌日、私とマックス、コフクはビュートゥに案内され、自治領の街へ向かった。
国境近くの街には様々な国の商人がいて、色とりどりの品物を並べていた。
寒い土地で好まれそうな温かいスープから湯気が上がり、塩漬けの魚や綺麗な絵の描かれた骨董品、毛皮など、私の住む村の近くのグリューネマルクトの市場とは色も匂いも、聞こえてくるアクセントも違う。でも、賑わいと人の笑顔は変わらない。
「母の故郷ファイマールの薬だ。帰りに少し買っていこうかな」
マックスが小瓶を手に取り、目を細める。
私は、別の店の絵皿に目がいく。
「あ、このお皿、面白い魔獣の絵が描いてある。顔が少し竜に似ているけど……」
マックスが私の前の皿をのぞき込む。
「これは珍しいね。島国の、別の竜かも知れない」
「別の竜?」
「確か水魔法の国シロンの竜だよ。蛇のように長い体で羽根も無いけれど、空を飛ぶらしい」
「ふうん……フィシエーラと同じ、水魔法の国があるんだね……」
フィシエーラ王国やコルドミリティ帝国、光の国に加え、まだ知らない国がある。その一端に触れることができるのも、街の面白さだ。
「気に入ったなら連れて来てもらったお礼に買うよ」
マックスが懐から小銭入れを取り出す。
「え、お礼なんて良いのに……嬉しいけど」
「お二人とも、お土産物は別の日にも時間を取りましょう。今は目的をお忘れなきよう」
ビュートゥがまだ目移りしている私たちに声を掛け、私たちはまた早足でビュートゥの後を付いていく。
人混みをすり抜けて細い脇道を入り、やがて彼は一台の幌馬車の前で小さな椅子に腰かけお茶を飲んでいる商人の前で止まった。
「リリア様、こちらへ」
「はい」
私は斜めに掛けたポシェットから手鏡を取り出し、砂色の外套を着た細身の男の前で手鏡を裏返して山猫の紋章を見せる。男が小さく笑みを見せて頷き、私とマックス、コフクを幌馬車に乗せてくれた。
「お気をつけて」
ビュートゥが小さく手を振る。
荷馬車の幌布が下ろされて、ほどなくして馬車が動き出す。
市場のざわめきが少しずつ遠ざかり、
次の瞬間、馬車の外で風が巻いた。
やがて風の流れが変わり、馬車が少し揺れる。
「おっと」
マックスが小さく声を漏らし、
「風の道に入ったかも」
と、私が彼の耳元で囁く。
母に会うのは久しぶりだ。
あれから後も沢山の人に会った。
父を救出できたと言ったら、驚くだろうか。
指輪のことを聞かないといけないのに、私は何を話そうかということで頭がいっぱいになっているうちに、馬車が止まって幌布が上がった。
◇
私たちは男に導かれて人々が静かに行き交う天幕の間を進み、一番奥の他より大きなテントの前に着く。
「お連れしました」
「どうぞ。待っていたわ」
すぐに澄んだ声が返ってきた。
天幕の入口の布がひとりでに持ち上がり、香の淡い匂いが漂う。
私が中へ入ると、奥に座っていた母が立ち上がり、歩み寄ってきた。淡い黄色の衣の裾が薄黄色の敷物に触れる。
母の腕が私を包み込み、ふわりと香の匂いがした。
「元気そうで、良かった」
琥珀のような瞳が真っ直ぐに私を見つめた。
「母さまも」
「ふふ、私はいつも通りだから、何も」
そして、私の後ろにいるマックスさんとその肩の上のコフクに目をやる。
「そちらは、お友達?」
「マクシミリアン・アグラールと申します。アグラール王国の第二王子で、魔獣研究所の所長です。リリさんには研究所で支えてもらい、親しくさせていただいております」
マックスが丁寧にお辞儀をする。
「こちらは、僕の魔獣のコフクです」
『ピイ(初めまして)』
「ああ、あなた方のことは話に聞いております。リリヴァの母のフィオラ・エル=ヴェントです。そして後ろにいるのは私の魔獣のネフェウです」
後ろに静かに寝そべる山猫が『ナー(よろしく)』と低く喉を鳴らした。
「さあ、こちらへ座って」
母に促されて私たちは布の敷かれたソファーに腰かける。
「それで、今回はどうしたの?」
『ナァ―(またすぐに要件だけを急ぐな)』
「あら、ネフェウが不満気ね。お茶もお出ししていなかったわ。お願い」
母が傍の従者に声を掛け、装飾のある銀の器に入ったお茶とチーズを前に並べる。
穀物入りのお茶は柔らかい味で身体が温まった。
「美味しい……」
「今日は、旧イシュルンの自治領から来たのね。冷えたから、温まるでしょう。気に入ったなら少し包ませるわ」
優しい眼をして見ている。
「うん。知っているかも知れないけど、あの後光の国へ行って、無事に父を救出できたの」
母は目を大きく見開く。
「そうなのね……」
母の手がテーブルの上の私の手を、そっと握った。
「頑張ったのね、リリヴァ」
「うん。光の国でも、アグラールでも、沢山の人に力を貸してもらって」
私はそう言って、横にいるマックスを見る。彼もコフクも黙って頷く。
「コルドミリティ帝国のレオ兄さまも戦わない方針だったから、運よく無事助けられたし、その後自治領も創ってもらえた」
母も嬉しそうに頷いて聞いてくれている。
「あ、それでね、今日は、父さまが母さまに預けた指輪を取りに来たの。父さまのものと、レオ兄さまのものを預けているって」
ふと私は思い出して慌てて伝える。
「ああ、やっと取りに来たのね。この前来た時それを取りに来たのかと思ったのだけど」
母もはっとした顔をする。
「帝国との戦の際、私も嵐を起こしてくれと言われて同行したの」
「母さまが、戦に?」
確か、前会った時も聞いた気がする。私も天候を変えたい時は竜の火魔法でなく、母譲りの風魔法で雲を動かすなと思う。
「そう……そして開戦直後に彼が竜化を止めると言いだして、その場で指輪を預けられて」
母は小さく息を次ぎ、続ける。
「加えて城にレオさんの指輪もあるから、戻って神官のムルグから預かってくれと。私はリリヴァがどうなるかで頭がいっぱいだったのに」
流れるように話す。
『ナナア―(まだ思い出すと怒りを止められないようだ)』
ネフェウが呆れたように鳴いた。
「……その指輪を受け取ったら、また帰ってしまうのね」
母が少し息を整え、寂しそうな顔をする。
「うん。でも、またいつでも来れるよね」
私も、まだ話していたかった。
「ええ。いつでも来て」
「あ、それであればちょっとご挨拶をさせてください」
マックスが会話に入ってくる。
「リリさんは僕にとって、特別な方です」
うん、魔獣が大好きで、竜が特に好きだからね、と私は横で頷く。
「……特別?」
母がずいっと前に身を乗り出した。
「はい。僕はいずれ、リリさんと結婚したいと思っています」
え?
結婚?
頭が真っ白になり、時間が止まる。
「結婚、ですか? それは……リリヴァも、同意しているのね」
母が私に身体を向ける。
「今、聞きました」
私は答える。
「今、初めて言葉にしました」
マックスが言う。
母が私たちを見比べる。
「……それは、私でなくてまず二人でお話した方が良いのでは?」
私もそう思う、と、大きく頷く。
「覚悟してくれとは以前に伝えました。……彼女が告白してくれたので」
母が微笑む。
「あら、リリヴァから告白したなら……私は応援するだけだわ」
「告白……?」
私は「告白」を思い出せず、首を傾げて意味を考える。
「ほら、僕に言ってくれたじゃないか。そして、目の前で竜になって見せてくれた」
マックスがうっとりした顔で言う。
「あ、あの、私が竜になれるという、告白ね!」
私は思わず大きな声を出す。
母が黙って首を傾げる。
『ナー(それは……どうして結婚になるのか?)』
『ピイピイピイピイ(リリが大事な話を告白してくれたから自分はリリにとって特別な人、マックスもリリを大好きなので結婚ってことかな)』
魔獣たちもざわめく。
「いえ、今すぐに結婚ということではなく、取り急ぎ後日婚約したいので、お母様にもご了承いただければとお伝えしたかったんです」
マックスが補足する。
「何か……まだ色々飛ばしている気がするけど、リリヴァもそれで良いの?」
母が頭に片手を当てながら、私に聞いた。
私も考える。
「結婚はまだ実感がわかないけれど、約束するのは嬉しいかも」
マックスの事は、好きだし、これからも一緒にいるのは自然な気がする。
母がほっとした顔をする。
「先ほども言ったけど、リリヴァが幸せになるなら、私は良いと思うわ。私に反対する理由は無い」
急な話でびっくりしたが、ひとまず皆落ち着いた。
「あ、それで、指輪ね」
母が思い出したように言う。
「うん。そうだった」
とても大事な事のはずが、私も驚き過ぎてまた忘れるところだった。
「指輪だけど、ここにはないのよ」
「え?」
「じゃあ、どこにあるの?」
私は意味が分からず、マックスと顔を見合わせた。




