王と王子の指輪の行方①
十七歳の誕生日から二か月後。
私、元竜国王の娘のリリは、以前父から誘われていた、コルドミリティ帝国内に新しく創られた自治領へ遊びに行くことにした。
そこは、かつて竜国人たちが暮らしていた、旧イシュルン王国の地。
元は国王だった父スタルクリクは、私たちが帝国の塔から救出した後、自治領の領主として元竜国の民たちと新しい領地での生活を始めていた。
朝、魔獣研究所の出張所へ行き、事務室にいた所長のマックスに声を掛ける。
「マックスさん、さっき、父の元にいるビュートさんからバッジで連絡があって、王城に泊れるようにしてくれてるって」
「それは嬉しいね」
机に向かい書類仕事をしていたマックスが顔を上げ、にっこりと笑った。
「でも……」
「でも?」
「セレフィナはレオ兄さまとの結婚準備で忙しいみたいでフィシエーラ王国に戻ったままだし、私とマックスさん以外、声を掛けたけど誰も行かないみたいで……」
父は確か、友人と一緒に、と言っていた。
せっかくなら何人かで行きたかったけれど。
「それは良かった」
マックスがにやっと笑う。
「ご挨拶、したかったし」
「前にもここで会ったのに?」
「うん。改めて、ね」
意味あり気に言う。
「僕は護衛として一緒に参りますよ」
後ろにいたマックスの護衛騎士のウィルが言うと、マックスが残念そうに息を吐いた。
「一国の第二王子が、護衛なしで行けると思わないでくださいね」
「竜と一緒ならかなり安全だと思うけどな」
『ピイ! (わたしも行く!)』
窓辺で聞いていた月白梟のコフクも声を上げた。
そういう訳で、今回はマックスと私、護衛騎士のウィルとコフクで、初めて竜人たちの暮らす自治領へ訪問することになった。
◇
早くも翌朝、ビュートゥが渋い灰色の竜の姿で出張所へ迎えに来てくれた。
私も指輪をはめて赤い竜になる。
『じゃあ、マックスさん乗って!』
「うん。よろしくね」
誕生日にマックスからもらったイヤリングをお互い片耳ずつ付けているので、私が竜になってもマックスは私の言葉が分かるようになった。
雫のような宝石。私のイヤリングは緑色で、マックスは赤色。
「お互いの目の色だね」とフルールに言われて気付いた時はちょっと真っ赤になった。
でも、確かな気持ちが嬉しくて気に入っている。そして何より、便利だ。
荷物を持ったマックスを背に乗せ、私は翼を広げて大きく羽ばたく。
先に飛び立ったビュートゥに続いて空へと舞い上がる。
コフクと、戦麓獣に乗ったウィルが後に続いた。
空を一直線に駆けてゆく。
風が翼を撫でる。
下に見えた森があっという間に過ぎ去り、雪原が続いたかと思うと、やがて遠くに雪をかぶった岩山が見えてきた。
岩山の上を飛ぶ影がある。
「うわあ、竜だ!」
私の背で、マックスが歓声を上げた。
近づくにつれ、何頭もの竜が飛び回っているのがはっきりと見えてきた。
『本当! いっぱいいる』
私も思わず声が弾む。
沢山の竜たちが楽しそうに、自由に、広い空を飛び回っていた。
◇
自治領に到着すると、父たちが城の前で迎えてくれた。
「リリヴァ、よく来たな」
「お久しぶりです!」
私は人の姿になって駆け寄る。大きな父が両手を広げ、受け止めた。
それから、私の頭を撫でる。
「元気そうだな」
「父さまも、皆も!」
父の後ろには、一緒に戦った竜戦士たちも揃っていた。
皆朗らかに笑っている。少し前、厳しい顔をしていたのが噓のようだった。
「さっきみんなが飛び回っているのを見ました」
「そうだ。ここでは好きな時に竜になって飛び回れる。誰に隠れる必要もない」
竜になったら帝国に見つかるかも、と思っていた日々は昔となり、私も住んでいるエルント村で時々竜になることはある。でも、びっくりされることも多いので、むやみやたらとは竜にならないようにしている。
けれど、ここは違うらしい。竜がいて当たり前の、竜国なのだ。
王国ではなく自治領だとか、帝国の民とも共存しないといけないとか、外から色々思う人もいるかも知れない。でも、十分幸せそうな顔をしている皆を見ると、自分の関わったことが良い方向に向かうきっかけになったのだなと思えて嬉しかった。
「リリヴァも、好きな時に岩山を飛んでみると良いだろう。懐かしいだろう。お前が赤ん坊の時に、背に乗せて飛んだこともある」
「そんな小さな頃のことは、全然覚えてないな……」
ふと、前にイオネの引っ越しの時にビュートゥが聞かせてくれた唄を思い出す。
「あ、でも、前にビュートゥの唄を聞いて思い出したの。赤ちゃんの時に誰かが私を抱いて、子守唄を歌ってくれていた。こういう岩山の見えるところで……」
「ああ、覚えていたか。赤ん坊の頃、よく歌いながらあやしていた。短い間だったが……」
父が何とも言えない顔をして、静かに微笑んだ。懐かしそうな、嬉しそうな、それでいて少し、寂しそうな。
「飛ぶのはまたで良いかな。明日も沢山時間がありそうだし」
「では、城でお茶にでもしよう」
◇
城へ入り、父と並んで廊下を進む。古い大きな石造りの壁は天井が高く無骨な表情をしているが、不思議に温かかった。
(これが、私が生まれたお城なんだ……)
どこか懐かしい匂いが、遠い記憶に呼びかけている気がする。
広間で席に着くと、竜戦士だったノレナが甘い焼きりんごを用意してくれた。
「ノレナが作ったの?」
以前と同じ穏やかな笑顔で微笑む。
「ええ。私、以前はお城の厨房で働いていたので、今回また厨房に戻ったんです。しばらくあまり使われていなくて、最初は厨房もお城の他の部屋も掃除からでしたけど」
素朴な焼きりんご。バターとお砂糖と、シナモンの香りがふんわりと香る。
「いただきます」
一口食べると、濃厚な甘酸っぱさとりんごの香りが口の中に広がった。
マックスも食べながら、窓の向こうに見える竜たちの姿を眺めている。
「マックスさん、すごく幸せそうに見ているね」
「うん。憧れの竜が、こんなに沢山飛んでる姿を見られるなんて夢のようだよ」
それから、私の目を見る。
「ああ、でも、リリの竜が一番好きだよ」
ちょっとどきっとする、が、別の目線を感じてそちらを振り向く。
父が口を開けたままこちらを見ている。コホンと、父の隣のビュートゥが咳ばらいをした。
「そもそも君は……リリヴァの上司だか友人だかでは無かったのか?」
父の問いかけに、私はそう言えばきちんと紹介していなかった、と気付く。
「紹介が遅れたけど、こちらはマックスさん。魔獣が好きで、魔獣研究所の所長までやっていて、私が去年竜になった後、帝国から狙われそうになった時、守ってくれると言って村に出張所を作ってくれたの。
あと、隣にいるのがその護衛騎士のウィルさんと、肩に乗ってるのがマックスさんの魔獣のコフク」
「助けてくれた恩人、と言う事か」
腕組みをした父が少し納得するように頷く。
ビュートゥが加える。
「マックスさんはアグラール王国の第二王子なので身元は確かですし、魔獣については熱心です。わしも魔獣の言葉が分かるからと魔獣研究所に雇われておりました」
「第二王子!?」
父だけでなく、周囲の竜国人たちも驚く。
「そうか……だが、魔獣好きとは言え、リリヴァと距離が近すぎはしないか?」
そこで、マックスが父の方に身体を向けて立ちあがる。
「はい。実は、最近親しくさせていただいており、今回はお父様にご挨拶に参りました」
父の大きな体が、ぐらりとよろめく。
「ご、ご挨拶!?」
父が動揺したまま私を見る。
「この前会った時はそんな話はなかったと思うが……」
私はなぜ父がそんな反応をするのか分からず、マックスに言った。
「ちゃんと紹介してなかったか。良かったね。今、挨拶できたね」
「あ、ああ……(続きはまた、後日かな)」
最後の方を聞き取れない位の小さな声で何か言いながら、マックスが椅子に座る。
「挨拶……これで終わりか?」
父はなぜか、ますます困惑した顔をする。
もっと挨拶して欲しいのだろうか。
「いわゆる挨拶であれば、私に勝てる男でないと、と言うところであったが……」
父の呟きを聞き、ビュートゥがふふっと笑う。
「それではリリア様はずっと独り身になってしまわれますぞ」
何だか不穏な言葉が聞こえた気がする。
マックスは何も言わず、再び窓の外に目を向け、竜たちを眺めはじめた。
が、ふと思いついたように、また父に顔を向けた。
「お父様の、伝説の黒い竜――スヴァルトも見てみたいです」
父がちょっと困った顔をした。
「そう言えば、父さまが竜になったところ、私も見てないね。……指輪、どこかに仕舞っているの?」
父は少し考える。
「……そろそろ、返してもらわんとな」
「返してもらう?」
「ああ。帝国との戦に負けた後、囚われる直前に預けたんだ」
「誰に?」
「お前も良く知る人だよ」
父が私を見る。
「お前の母さんだ」
「……え、母さまが持ってるの!?」
驚いてつい大きな声を出してしまう。
だが、父はそれには動じないで続けた。
「自治領の件でばたばたしていて取りに行けていないんだが、レオの分もある。リリヴァ、代わりに取りに行ってくれないか?」
「……私が?」
「彼女も知っているし、信頼できる」
母に会うのは、光の国へ行く前に、紹介してもらうために会いに行って以来だ。
あの時はビュートゥが、街へスカーフを持って行って風の国の商人に連れて行ってもらった。
「良いけど。今回は、私が前に母さまからもらった手鏡を見せれば良いのかな」
「この自治領にも商人たちが集まる街がある。そこへ行って、見せれば良い。ビュートゥに案内させよう」
「僕も一緒に行って良いかな?」
マックスが言った。
「もちろん。一緒だと心強いかも」
私が答えた後、マックスが小声で呟いた。
「……君のお母様にもお会いしておきたいから」
そんなわけで、私は父の代わりに指輪を受け取るため、マックスと共に母の元へ向かうことになったのだった。




