神殿長の養女ミラ、皇子ディアと出会う
私はミラ、九歳。コルドミリティ帝国の神殿長、ミカエディス様の養女。お母様の遠い親戚で、小さい時に測ったら魔力が高かったので選ばれて、お母様と一緒に神殿に住んでいる。
私はとっても運が良い。
「とても良い子で可愛くて仕方がないわ」
と、いつもお母様はおっしゃって、大事にしてくれる。
私は真似が得意だから、この前お母様の「くくくっ」ていう笑い方を真似して見せた。そうしたら、
「あなたは可愛いらしいのだから、それはやめておきなさい」
と、真面目な顔で言われた。
「なぜですか? お母様は私の一番尊敬する人です。全てが一番のお手本です。
それに、神官さまたちも、よく似ている、と微笑んでいらっしゃいましたよ」
私が言うと、いつも綺麗なお母様が低―い声で言った。
「……あいつら……後で、しめる」
「しめる? 」
私は良く分からず、きょとんとした顔で見てしまう。
「あら、いけない」
お母様が口を手で押さえる。
私は、一生懸命考える。
「……ぎゅっとするって、ことですか?」
「そうね。ぎゅっとするってことね。
あなたが言うと、何でも可愛くなるのね」
お母様が微笑んだ。私の答えは合っていたらしい。
お母様はいつも言う。
ミラは可愛い。
ミラの育つのを見ながら、水晶球のシャールと一緒に国を守る。
私はそれだけでいいの。
私は、そんなお母様が大好き。
だから、お母様を幸せにする。
でも、そんなある日、お母様と私の二人で来てほしい、と、皇室から呼び出された。
「嫌な予感がするわね」
と、お母様は言った。
「シャール、これは、何の呼び出しかしら?」
シャールはポワン、と温かく光るが、それだけだった。
「……詳しく見せてはくれないのね」
悪いことではないらしい。
でも、お母様はとても不安そうな顔をしていた。
約束の日に宮殿に行くと、庭園に通された。
そこには、皇帝のゼルヴァーン様と皇妃のアンドロメダ様、第二皇子のディアグリム様がいて、お茶の席に座っていた。
私は知っている。
皇帝は、昔母と婚約していて、振った人。
皇妃は、母の従姉妹で、仲良くしていたのに皇帝が好きだと言ったから結婚した人。
二人とも、母を裏切った、私の敵。
そして第二皇子はその息子。敵の息子は敵。
優しいお母様はもう終わったこと、私が居れば良い、と言ってくれるけれど。
二人の顔を見て、お母様の顔が少し強張った。
私は一時だけ、ぎゅっとお母様の手をにぎった。
「ミラです。お招きいただきありがとうございます」
私が膝を折る挨拶をすると、皇子が皇妃に促されて立ち上がった。
「ほらディア、挨拶をしなさい」
私の前に来て、右手を差し出した。
「皇子のディアグリムだ。ディアと呼んでくれ」
私もその手を握り、軽い握手をした。
「まあ、我々は久しぶりにお茶でも。積もる話もある」
「二人とも、同じ年なのよね! なら、二人で遊んでくれば?」
皇帝と皇妃はディアと私が二人になるように言ってくる。
今日の目的は、ディアと私を仲良くさせることのようだ。
ディアと私は、ディアのお付きに庭園に案内された。
二人になって、何を話して良いか分からないでいると、ディアが口を開いた。
「ミラ、君の良いところは何だ?」
「運が良いところです」
「ふふっ、何それ」
鼻で笑われた。
「他には?」
なんだか偉そうで、嫌な子だなと思う。でも、皇子だ。気を損ねたらいけない。
私はいつも神官たちが喜んでくれる、あのお母様の笑い方の真似をして見せた。
「くくくっ」
ディアは笑わず、黙ってじっと見た。
「何だ、それは?」
「お母様が笑う時の、真似です」
私が真面目な顔で言うと、ディアのお付きの人たちが、「うぷっ」と笑いを必死にこらえていた。肩が揺れている。
ほら、やっぱり大人は喜んでくれる。
でも、ディアは真面目な顔で、「そうか……」と言って、少し考え始めた。
私ははっとする。そう言えば、ディアは生まれてすぐ皇妃に置いて行かれて、最近やっと一緒に住み始めたと聞いた。お母様の真似をしたのは、可哀想だったかなと思う。
でも、ディアは気にしていないようだった。
「じゃあ、僕は、父上の真似をするかな」
そう言って、右手を高くあげた。
近くの高い木の上に止まっていた彼の黒烏が頭上へ飛んでくる。
「クロウ・レギオン!」
彼の黒烏を核に、他からも沢山の黒烏たちがわあっと飛んできて、形を作り始めた。
お付きの大人たちが青ざめ、「ああっ」と声を上げ、止めようとする。
しかし私は落ち着いてにっこりと笑って返した。
「結界展開」
静かに唱える。
頭上にしっかりとした結界を張り、黒烏たちの攻撃を受け止めた。
「……やるな」
ディアは私の目を見て、初めてにっと笑った。
「私もお母様に鍛えられていますから。でも、手加減されていましたよね」
「それも、ばれていたか」
同じ年ごろで、こんなに魔法をぶつけ合える子に会ったのは初めてだった。
周りの大人ははらはらしていたが、気付けば二人とも、沢山笑っていた。
「黒烏を操れるの、凄いですね」
「いや、僕の兄はもっと凄い。 クロウも操れる上に、竜にもなれるようになったんだ」
「それは、強そうですね」
「でも、戦争をしない強い国を作るんだって。僕は兄を尊敬している。国は兄が継ぐから、僕は兄を支える」
「良いですね。私も、国を守る母を尊敬しているので、大きくなったら母を支えて国を守ります」
「運が良いだけじゃないな。魔力も強い。それに、見た目も悪くない」
「それも運です。お母様が私を拾って、強く育ててくださいました。神殿の皆さんも、いつも可愛らしくしてくださいます」
「……全部、人のおかげなのか?」
「はい。だから、運が良いのです」
「……そうか。人に感謝できる。性格も良いな」
恥ずかしくなるくらい、褒めてくれる。
本当は素直で、良い子みたいだ。
「それはそうと、あの、おまえの母が抱えていた球は何だ?」
「あれですか、母のペットのようなものです。
占いもできますよ。何か聞きたいことがあれば、後でお願いしましょうか?」
「いや、いい」
「未来に気になることは、ないのですか?」
「未来は、変わるだろう?」
「変わりますね」
「なら、変えれば良い」
いつの間にか、親たちの姿が近くに見えるところまで来ていた。
ディアは不安そうに、私を見て立ち止まった。
「これからも、時々会ってくれるか?」
言われて気付く。
最初は嫌な子かと思ったけれど、私も一緒にいるのが楽しくなっていた。
「ええ。もちろんです。いくらでも」
「やった!」
ディアが子供らしく嬉しそうに笑って飛び跳ねた。
神殿へ帰る馬車の中、お母様も今日は楽しかったようで、とても穏やかな、良い笑顔になっていた。
そして、お母様から、ディアと私は『婚約』することになった、と教えてもらった。
婚約――結婚の、約束。その何年か先の結婚。
そんな先のことは分からない。
でもきっと、お互い他にはいない大事な存在になる。
そんな確信を持って、私は馬車に揺られていた。
お母様も幸せで、
私も良い味方ができた。
やっぱり私は、運が良い。




