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第二十二話『泣く子とワンちゃんには勝てない』

エニフェルのマントの色を赤色に変更しました。

 学生である以上、行事ごとには極力参加する必要がある。それは人生二回目だろうが人知れず世界を救っていようが関係ない。

 6月中旬。そんなわけで、エニフェル達は都内にある大きな天文博物館へと足を運んでいた。


 燕神楽学園二年生全員を対象にした社会科見学。

 最新技術を駆使したプラネタリウムは勿論のこと、天文や科学に加え自然と文化を取り扱うこの博物館は、成る程名門校が選ぶ見学場所に相応しい。

 ナレーション付きのプラネタリウムを見終わった葉月は、ぐっと小さく伸びをした。

 これから自由行動であるため、隣り合って座っていたエニフェルと共にホールの外に出る。


「随分とまぁスケールのでかい話だったな。曰く私達の抱く悩み事なんてものは、米粒にすら劣るちっぽけなものなんだとさ」


 語弊がある。葉月は嫌味ったらしく笑うエニフェルをチラリと横目で見たが、懸命に言葉を飲み込んだ。

 目を細める彼女は言葉の棘とは裏腹に、好奇心で頬を赤く染めている。日頃余裕の笑みを湛えて全て手の内だと言わんばかりの彼女にしては、珍しい態度だった。


「だが確かに、宇宙の広大さは認めよう。私が生きていた時代でも恒星を中心とした銀河の存在は明らかにされていたが、こんなにも無数に存在していたとは知らなんだ」


 エニフェルの指が薄い冊子のページを捲る。

 様々な星雲や惑星の写真は大体がハッブル宇宙望遠鏡から撮られたものだ。

 十八世紀を生きた彼女にとって、鮮やかな宇宙は目を見張るものがあるのだろう。

 やがてページは神秘的な風景画を終え、科学のコラムに入る。ロケットの設計図や宇宙飛行士達の写真に、エニフェルは「ふは!」と吹き出した。


「 If you ever start taking things too seriously, just remember that we are talking monkeys on an organic spaceship flying through the universe!(もしいずれ物事を真剣に捉え過ぎてしまうことがあれば、私たちは有機体の宇宙船で宇宙を飛んでいる、言葉を話す猿だということを思い出しなさい)」


 一息で言い切って、もう一度「宇宙船(スペースシップ)!」と声高に叫ぶ。

 

「本当に人類はすごい。空だけに飽き足らず、星の外まで目指したか。その貪欲さは、我々も学ばねばなるまい」


 エニフェルの言葉に相槌を打ちながら少し歩けば、科学エリアの部屋が二人を迎える。

 吹き抜けのように高く作られた天井からは衛星の原寸模型が吊るされていて、その下には同様に原寸のロケットが横倒しになって展示されていた。

 断面図のように半分が剥き出しになったロケットを興味深そうに眺めて、赤色の瞳は側に建てられた解説板に落とされる。

 彼女の生きた時代よりも遥かな先で目の当たりにしたテクノロジーに夢中になる様は、隣にいる葉月を忘れてしまっているかのようだった。

 だが仕方がないとも思えるので、葉月は気にしない。これがデート中の恋人ならまだしも、自分達はてんでそんな間柄でもないのだから。

 だからとっとと飽きて欲しい、と葉月は物陰から自分達を見つめる複数の見知った気配にため息を吐いた。

 解説板から顔を上げたエニフェルが葉月を見る。


「気になるか?」

「そりゃ、こんだけ見られてたらな」


 葉月と同じく、エニフェルも向けられた視線には気づいていたらしい。

 彼女はゲンナリとした葉月に同調するように肩を竦めた。

 気配の主ーー二人のクラスメイト達は、それに気づくことなく学園のマドンナとその幼馴染の背中を食い入るように覗き見て、ラブロマンスの到来を今か今かと期待している。


「一年かけて私達の間柄は説明したというのになぁ」

「今度はお互い自覚のない、両片思いだと思っているらしいぜ」

「おぉう」


 やや引き気味に呻く葉月に、エニフェルは「そういえば」と目を瞬かせた。


「もう一つあったな。お前の噂」

「噂?」

「あぁ。なんでも最近ーー」


 エニフェルが答えるのと同時、葉月の背中に柔らかな重みが乗る。


「はーくん、見っけ!!」

「美少女を侍らせているとか」

「…………誤解だ」


 ざわっと二人を見ていたクラスメイト達がどよめいた。口々に「噂は本当だったの!?」だの「くそー! 桐絵、おまえのことを信じていたのに!!」だの言いたい放題言っている。

 もはや隠す気もないらしい。結構な声量に、他の客や生徒達の注目も葉月達に集まり始めた。


「誤解だ」

「ほぉ?」


 もう一度言えば、エニフェルはしたり顔で葉月の背後を見る。その様はまるで新しい玩具を与えられた子供か、獲物を見つけた蛇だ。

 彼女の容赦ない無遠慮な視線に、肩に添えられた手がびくりと震えた。

 仕方ない。見慣れている葉月でさえ、隠す気のない加虐心に冷や汗がでたのだから。「おもろいの見つけた」というのが顔に出過ぎである。もう少し隠せ。


「は、はーくんは渡さないんだから!」


 だというのに、エニフェルに放つ第一声がこれなのだから、この少女はいつも葉月の予想の斜め上をいく。

 

 学校の廊下で何故かパンを咥えて待ち構えていたりだったり、雨の日に持っていた傘をへし折って「傘無くなっちゃった。入れて♡」と言ってきたり。偶々指が触れただけで真っ赤になって慌てふためいたり。

 告白されてからの彼女の行動を思い出しながら、葉月は肩越しに振り返る。


「星守、いきなりひっつくな」

「どう? ドキドキした?」

「しない」


 上目遣いで聞いてくる陽葵に返せば、彼女は小さく唸った。

 細い両腕が伸ばされて首に絡められる。それによって更に密着した状態になったのだが、爪先立ちの足は辛そうにふるふると震えていた。


「これは!?」

「しないから。やめろ」


 そしてとうとう、そんなやりとりを見ていたエニフェルが吹き出した。公共の場への配慮か、小さく肩を振るわせて「くくっ……」と笑い声を噛み殺している。


「はー……。まさか、お前のそんなやりとりが見られるなんてな。人生とはわからんものだ」

「火条……」

「心配いらんよ、星守陽葵。私にはもう唯一無二がいるからな」

「そ、そうなの!?」


 エニフェルが頷いて、陽葵がキラキラと顔を輝かせた。後ろでまたざわめきが大きくなる。


「なんで俺がお前にフラれたみたいになってんだよ」

「こういうのはしっかり訂正しとかないと。罷り間違ってビアンカの耳に入り、勘違いしたらどうしてくれる」


 葉月の苦言を綺麗に無視したエニフェルは、腰に手を当てて「それで?」と事の経緯を問いかけた。尊大な態度は些事を聞く上司のようでありながら、期待に輝く目が隠せていない。


「どうして葉月に言い寄っているんだ?」

「え、えっと……一目惚れしたの」

「気の迷いの間違いだろ」


 そも、自分の何がどう琴線に触れたか全くわからん。

 テレテレと頬を赤く染めて答える陽葵に小さく呟く。だがそんな葉月に反して、エニフェルは肯定的だった。

「運命的だな」と言って、片眉を器用にあげる。


「侮るなよ、葉月。一目惚れは他者(あいて)への本能的な欲心だ。故に稀有である。人とは、誰に対してであれ無意識の壁を作る生き物なのだから」


 きゅうっと細まった瞳孔と弓形に弧を描く眦。いとおしいものを見つめる目だ。


「欲心が刹那に限らず続くのならば、それは恋心といって十分だろう。そう邪険に扱うものではない」

「随分と肩を持つんだな」


 返した言葉には少し棘があった。

 葉月の苛立ちに気付いたのだろう。エニフェルは宥めるように苦笑する。


「……あぁ、すまん。一目惚れをして国を一つ崩した友人を思い出したんだ」


 魔法少女の誰かだろうな、と葉月は直感で思った。でなければあんな目はしない。


「無論、お前の意思は十分に配慮されるべきだ。行きすぎた恋心はただのエゴであり、迷惑この上ない。葉月に振られたのならば、潔く諦めるしかないと思うが」


 そう言われた陽葵が少したじろぐ。「そんなバッサリ……」と人だかりから聞こえた気がした。


「う……。でも、それって私のこと、よく知らないからじゃない? 知った後なら、考えが変わるかもしれないよ!?」

「ほぉ?」

「ね? 半年……いや一年! 一年、告白の返事は保留ってことにならないかな?!」


 人差し指を立てて葉月を伺う必死さは、どこか子犬を連想させた。耳がぺしゃっと伏せられて、常はぶんぶん振られている尻尾が力無く垂れ下がっているかのような。

 キューンだかクーンだかの鳴き声が聞こえてきそうである。

 葉月はため息を吐いた。


「……わかったよ」

「やったー!!」

「いやチョロすぎか???」


 余談ではあるが、桐絵葉月の好きな動物は小型犬である。

 エニフェルは爆笑した。

夕映えのゲヘナに立っている、第二十ニ話を読んでくださりありがとうございます!

面白いな、続きが楽しみだな、と少しでも思ってくれたら幸いです。

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