プロローグ『恋する者は嵐の如く』
お待たせいたしました!第三章開幕です!!
「じゃあ“はーくん”だ」
「は?」
なにが、じゃあなのか。
思わず素で聞き返した葉月に、対面に座った少女はニッと溌剌な笑みを浮かべた。
窓から差し込んだ夕陽の光が彼女を経由して、二人しかいない放課後の教室を劈く。
眩しいったらなくて、葉月は目を細めた。それが嫌そうな顔に見えたのか、駄目? と小さな頭を傾げる。
少女は小柄だった。パッチリとした大きな目が特徴的な、可憐な顔立ちをしていた。
葉月が机に広げていた学級日誌の、担当欄を桜貝のような爪の先がトンとさす。
「ほら、桐絵葉月くんでしょ? だから“はーくん”」
少女とはあんまり面識がない。同じ学年で、違うクラス。顔と名前はわかるけれど、話したことはないし関わったこともない。あんまり、とはそういうことだ。
だというのにこの距離の詰めかたを、厚顔だと厭うには彼女の態度は無邪気すぎた。
「そうか」と了承して、葉月はシャープペンを持ち直す。
「……それで、わざわざ俺になんのようだ。星守」
紙面を見ながら問いかける。椅子の脚と床が擦れ合う音が、静かな教室でやけに響いて聞こえた。
「用がないと、話しかけちゃいけない?」
星守陽葵は今度は反対側に首を傾げた。
肩より少し先で揃えられた髪が揺れる。
「いや……」
「ふふ。君、とっつきにくそうだものね」
きっとそんな相手もいなかったんでしょ、と言われて。葉月は少しムッとした。
「だったらなんだ」
「私が、最初の一人目になったげる」
ぴょん、とうさぎのように跳ねて、陽葵は椅子から立ち上がる。
そして机に手をついて、葉月を上から覗き込んだ。長いまつ毛が数えられるほどに近い。縮まった距離に、葉月は思わず頭を引く。
「おい……」
「ね、はーくん」
そこで陽葵は言葉を切って。
「あ……」
「あ?」
「ぁぁぁぁぁあ!! 駄目! もう駄目!! 恥ずかしすぎるよおおおお!!!」
突然、声高く叫んで葉月の肩を力強く押した。
思いっきり。容赦なく。
「うぉ……!? ってぇ……」
当然、力任せに押されてバランスを崩した椅子は葉月を道連れにしてガタンっと倒れる。
強かに打ちつけた腰をさすって、葉月は呻き声を上げた。
「な、なに……」
「だ、だって……男の子ってこういうシチュエーションが好きでしょう!? 本で読んだもの! でも無理恥ずかしい! うううう」
のろのろと陽葵を見上げて、葉月は呆然とした。うわ、人ってこんなに赤くなれるんだな。
先程までの態度を180度回転させて、陽葵は真っ赤な頬に両手を当てて身悶える。
そしてキッと葉月を睨みつけた。
「こうなったら直球勝負だよ!」
コロコロと良く変わる表情だ。涙目になりながら、陽葵は床に転がったままの葉月に半ば叫ぶように言う。
「君に一目惚れしました! 私と付き合ってください!!」
「ごめんなさい」
ばっさり。にべもなく葉月がそう断れば、陽葵はカチンッと一瞬固まった。しかし次の瞬間には顔を思いっきりぐしゃっと歪めて。
「あ、諦めないんだからぁぁぁぁあ!!」
わぁぁぁん!! と叫びながら、陽葵は葉月を教室に残して嵐のように去っていく。
「なんだったんだ」
思わず溢れた葉月の声に返す者は悲しいかな誰もいない。
これが、ゴールデンウィーク明け早々の出来事である。
夕映えのゲヘナに立っている、プロローグを読んでくださりありがとうございます!
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