第6話 試着室のさんげき
「ふぅ……勝った。ついに俺は自由を手に入れたんだ……!」
王都の賑やかな大通りから、一本入ったところにある重厚な佇まいの高級洋服店。その店内で、ノアは深く息を吐きながら小さくガッツポーズを決めた。
三人から受けるハレンチ地獄。そして、昨夜胸の中に芽生えたモヤモヤとした疑念。これ以上あの屋敷にいては、体力が保たないばかりか理性が完全に崩壊してしまう。
危機感を抱いたノアは、なぜか壊滅状態にあった庭の後片付けと朝の日課に追われている三人の隙を突き、命がけで屋敷を抜け出してきたのだ。目的は、以前から破れて替えが必要だった普段着の調達。一般人の自分らしく、目立たないシンプルな服を買って静かに過ごそう——そう思っていた。
「ノア様、こちらのシルク仕立ての上着はいかがでしょう? 特製の防刃魔導糸で編まれておりますので、鋭利な刃物や矢でも決してノア様の皮膚を傷つけることはありませんわ♡」
「待てルチア!軽さを重視するならこちらの聖銀織りのコートだ。衝撃吸収の陣が組み込まれており、至近距離から魔法で撃たれてもノアの骨が砕けるのを防げる。」
ノアの歓喜はわずか三分で砕け散った。振り返ると、店内の高級な服を両手いっぱいに抱えた聖女ルチアと、完璧な仕立てのコートを掲げる女騎士クララが、極上の笑顔で佇んでいるではないか。
「な、なんで俺がここに来たって分かったんだよ!?」
「ふふ、愛ですわ♡」
実際のところ、ルチアはこっそりノアの服に追跡の神聖印を付与していた。
「ノアの安全を守るのが私の義務だからな。」
本当のところ、クララは屋敷の周りの足跡を爆速で追跡していた。
こうなると、ノアにはもう逃げ場はない。店内中の視線が「なぜあんな普通の青年が聖女様と騎士団長様に囲まれているんだ」と刺さる中、二人はあっという間に数着の服を買い占め、ノアを狭い試着室へと押し込んだ。
「ほらノア様、まずはこの上着から試着してみてくださいな! 採寸も私がお手伝いしますから♡」
「ちょっ……!ルチア、勝手に脱がさないで……!」
「待て、服の『防護性能』を確かめるのは私だ!」
「お……おい!クララ、そこは……パンツはだめだって!!」
ノアの制止を気にすることなく、二人は彼の服を脱がしにかかる。だが、さすがのノアもそこは本気で拒む。
「いいから外で待っててくれーっ!」
半ばパニックになりながら、ノアは試着室の重いカーテンを締め切り、ようやく一人になれたことに胸を撫で下ろした。
「はぁ……はぁ……マジでヤバすぎるよ……。」
正直、二人の勢いが怖くなってきた。甘やかしてくれていると言えば聞こえはいいが、極端すぎて怖い……それに、彼女たちは聖女と騎士団長だ。そんな雲の上の人間が、なぜ一般人の自分のことをここまで気にかけるのだろうか。
「まじで勘弁してくれよ……」
大きなため息を吐き出しつつ、姿見の鏡の前で用意された白いシャツへと着替えようとボタンを外した。
……が、
「失礼しますわ、ノア様♡」
「安全確認に入る!」
「ぶはっ!?」
目の前のカーテンが突如として開かれ、二人の美女が同時に狭い試着室へと滑り込んできた。
「ちょっと! 今着替えてる最中なんだけど!? カーテン開けないで! 入ってこないで!」
「何を仰いますの、ノア様。サイズが合っているか、縫い目がノア様の柔らかい肌を傷つけないか、私が直接確かめてあげないと……♡」
「そうだノア。この服が万が一にも刃を通すような粗悪品であっては困る。私の手で直接、生地の強度とノアの身体の無事を検分する。」
「検分って何だよ! 狭い! 狭いから二人とも出ていってくれ!!」
大人が一人でちょうどいい程度の狭い試着室。そこに、豊かな身体をした最高峰の美女二人がなだれ込んできたのだ。物理的なスペースなど残っているはずもない。
「あっ、ノア様、動かないでください……! 私の胸が……んっ♡」
「くっ、ルチア、押し寄せるな。ノア、怪我はないか? どこも切れていないな!?」
「んむっ!?」
右からはルチアの柔らかい胸元と、聖なる甘い香りが顔面に押し付けられる。左からはクララのしなやかで引き締まった、しかし驚くほど豊かな身体が密着し、逃げ場を完全に塞がれる。ノアの鼻腔に充満する二人の乙女の香り。肌と肌が衣服越しに擦れ合い、生々しい体温が直接伝わってくる。薄暗い密室の中で繰り広げられる過剰すぎる密着に、ノアの頭はパニックで今度こそ爆発しそうだった。
「ひ、膝! 膝が当たってる! ルチア、手がどこ触ってんの!?」
「服のフィット感を確かめているだけですわ♡ あら、ノア様の心臓がすごく速く打っていますね……可愛いです……♡」
「ノア、じっとしていろ。背中の縫い目を確認する……っ、あまり動くと、私の胸が……お前の背中に当たってしまう……っ!」
「当たってる! 完全に当たってるから!!」
揉み合いになる二人と、その間に挟まれてもみくちゃにされるノア。ハレンチすぎる状況に、ノアの理性の糸がぶちぶちと切れかけていた。
だが、ふとした瞬間、昨夜の疑念が再び湧き上がった。
彼女たちの手つきは、単なる「サイズ確認」や「お色気アタック」の域を明らかに超えている気がする。ルチアの手は、確かにシャツの生地を撫でているようにも思えるが、まるで何かを恐る恐る確かめるように震えているし、クララの手も右腕を服越しに力強く抱え込み、腕があることを念入りに確認しているように感じた。
『——この服が万が一にも刃を通すような粗悪品であっては困る』
『——ノア様の柔らかい肌を傷つけないか……』
二人が真剣な眼差しでノアの全身を検分するその表情には、色気や悪ふざけなどではなく、どこか切迫した恐怖のようなものが透けて見えた。
(なんで……そこまで……?)
二人は王都の誰もが知る最高峰の英雄だ。聖女と大騎士……それなのに、なぜ一般人に過ぎない自分の一着の服に対して、ここまで異常なまでに「防刃性」や「壊れにくさ」を求めるのだろうか。まるで、自分が今にも誰かに切り刻まれたり、命を落とす危険に晒されているかのように。
(俺はただの一般人で、戦いなんてしない。外を普通に歩くだけだ。それなのに……どうして二人は、俺の体が『傷つくこと』にここまで怯えてるんだ……?)
そんな疑問を二人に投げかけようとした、その時。
「あら〜? 私を置いて三人で密室お楽しみ会なんて、ずるいじゃない♡」
試着室のカーテンが豪快に開け放たれ、満面の笑みを浮かべたヴァネッサがいた。しかも、その手には妖しいシースルーの着替え用衣装が抱えられている。
「ヴ、ヴァネッサ!? なんで君まで!?」
「ふふ、ノアに似合いそうな『夜用の勝負服』を持ってきたのよ♡ ほら、私とも一緒に試着しましょ?」
「「入ってくるな、魔族!!」」
ルチアとクララの怒声が響き渡り、狭い試着室はさらに混沌とした大激戦区へと変貌する。
「押すな! 狭いと言っているだろ!」
「ノアは私が着替えさせますわ!」
「いや、私の服を試着させるのが先だ!」
「あは♡ みんなで一緒に脱いじゃえば解決よ♡」
「うわぁぁぁぁっ!? 脱がせるなーっ!!」
店内にノアの悲鳴が響き渡り、洋服店の試着室は爆発的な混乱の渦に飲み込まれていった。




