第45話 芽生える新たな試練
古代遺跡での決戦から数日後。
『天秤の目』過激派の脅威が去り、平穏を取り戻したはずの屋敷の執務室で、ノアは深い溜息をついていた。
「……はぁ。やっぱり、そう簡単にマスターキーの余波は収まらないか……」
ノアの胸元で静かに脈打つマスターキーのコア。それは世界を滅ぼす脅威ではなくなったものの、戦いの中で完全覚醒した影響により、ノアの体質そのものを「周囲の愛のエネルギーを魔力に変換して吸収する特異体質」へと変えてしまっていた。
つまり、ルチアたちから向けられる愛情の密度が濃ければ濃いほど、ノアの身体は過剰な熱と甘い倦怠感に包まれてしまうのである。
「正直、これを何とかしないと体がもたない……」
ノアは再び大きなため息をついた。
その頃、屋敷の一室では、ルチア、クララ、ヴァネッサ、そしてシャルロットの四人が、一枚の羊皮紙を囲んで密談を行っていた。
「みんな、聞いたわよね? 昨日の医務室でのノア様の様子……」
ルチアが真剣な表情で切り出すと、クララが腕を組んで深く頷いた。
「ああ。マスターキーが完全制御された代償として、ノアの身体は今、私たちの愛をダイレクトに吸収する敏感な状態になっている……医者は不明な点が多すぎると嘆いていたが、診断結果から推測すれば……」
「つまり、私たちが愛情を注げば注ぐほど、ノア様はトロトロに甘やかされてしまうってことですね。」
ヴァネッサが妖艶な笑みを浮かべ、舌なめずりをする。
「ふふっ……最高じゃない。呪縛が解けて対等になったと思ったら、今度はあの子の体が私たちを求めているなんてね。これってもう、私たちが全力で甘やかして、骨抜きにしなさいっていう神様からの啓示じゃない?」
「同感ね。」
シャルロットも冷ややかな笑みの裏に、隠しきれないドロドロとした独占欲を光らせている。
「組織に縛られていた頃の監禁なんて、ただの子供の遊戯だったわ。これからは、私たちの『本気の自発的愛』で、あの人を二度とベッドから出られないように調教してあげるのよ。」
呪縛が解け、自らの意志でノアを愛すると決めたルチアたちの暴走は、もはや誰にも止められない領域に突入していた。
彼女たちの頭の中では、ノアを徹底的に可愛がり、甘やかしまくり、自分なしでは生きられない体にしてしまうための「極秘作戦計画」が完璧に組み上げられていく。
ノアからすれば、血の気も失せるほどに恐ろしい密談……だが。私欲の奸計が水面下で進められていることなど知る由もないノアは、その日の夕方、自室のベッドで静かに休息をとろうとしていた。
「明日は、王都の国立研究所に行ってみるか……」
正直、今の自分の状態はわからないことだらけだ。調べるにも、街の図書館では情報が足りなさ過ぎるし、いっそのこと、専門家の意見を聞きに行った方がいいかもしれない。
そんなことを考えながら、うつらうつらとしていると、部屋の扉がカチャリと音を立てて開いた。その瞬間、ノアの背筋に稲妻のような悪寒が走る。
「ノ、ノア様……? お疲れのようですから、今日のところは、私たちが全身全霊を込めて……『お・も・て・な・し』をして差し上げますわね♡」
「逃がさないわよ、ノア。覚悟しなさい。」
手に手に怪しげな道具(聖水、抱き枕、小悪魔の媚薬入りシロップ、そして鍵付きの地下監禁用の鎖)を持った四人の美女が、まるで獲物を狙う肉食獣のような熱い視線を光らせながら、一斉にベッドへと歩み寄ってきたのだ。
「ちょっ……お前たち、その目はなんだ……!? やめろ、来るな――っ!!」
人知れず世界を救った英雄の悲鳴が、穏やかな夕暮れの屋敷に虚しく響き渡った。




