第40話 世界の真相と選択
ノアが抱いた底知れぬ疑問に答えを落としたのは、少し離れた岩陰から静かに二人のやり取りを見守っていたシャルロットだった。
彼女はゆっくりと歩み寄り、冷ややかな、しかしどこか深い哀切を湛えた瞳でノアたちを見据えた。
「……不思議よね。自分が世界を滅ぼして、全員が死んだはずなのに、どうして今こうして生きているのかって、そう思っているんでしょ?」
「シャルロット……っ! お前、何か知っているのか……?」
その言葉にノアが顔を上げると、シャルロットは懐からボロボロに劣化した古代の羊皮紙と、暗殺組織『天秤の目』が隠し持っていた禁断の機密文書の束を放り投げた。
「結論から言うとね……ノア。私たちは、ただの『過去へのタイムリープ』なんて甘い奇跡を体験しているわけじゃないのよ。」
「……どういうことだ……?」
「いい? あの時、王都が崩壊し、あなたが世界を焼き尽くしたあの事実……あれは歴史から消えていないの。あなたたちが死んだという事実は、過去の真実として完全に確定しているわ。……じゃあ、今私たちが生きているこの世界は何なのか?」
シャルロットは冷徹に言い放った。
「この世界はね——マスターキーが世界崩壊の瞬間に創り出した世界……『滅びた歴史の隙間に構築された極めて一時的な疑似延命世界』なの。私たちは過去に戻ったんじゃなく、死んだ私たちがマスターキーの莫大な情報処理能力の底で、死にきれずに見ている最後の夢……あるいは無限ループの幻想なのよ……」
「なっ……!?」
耳を傾けていたルチアとクララが息を呑み、絶句した。
「私たちは……死んでいて、これは夢だと言うの……?」
「正確には夢じゃないわ。マスターキーがノアの絶望と『もう一度やり直したい』という狂気的な未練を読み込み、世界の構造そのものを無理やり二重写しにして再構築した謂わ『仮初めの世界』ってところかしら?だからこそ、この世界はいつか必ず、同じ破滅の結末へと収束するようにできているの。……それが、天秤の目が長年追い続けてきた、この世界の真の仕組みよ。」
衝撃の真実に、その場にいた全員の動きが凍りついた。自分が生きている世界そのものが、マスターキーの力で作られた偽りの延命措置にすぎないという絶望的な事実に、言葉が見つからなかった。
だが、シャルロットはそこで言葉を切り、自らの胸元に手を当てた。彼女の脳裏に蘇っていたのは、ノアの暴走に巻き込まれ、冷たい石畳の上で命を散らした瞬間の記憶。あの時、自分が抱いていた感情は何だったのか。それは組織の使命でも、冷徹な暗殺者の誇りでもない。
(……彼を憎んでなんかいない。だって、これまでノアの優しさに何度救われたことか……。真実に迫るために彼を何度襲おうが、彼は私のことを憎むことなく……そうだ、私はこの人を……私だって愛して……)
シャルロットの胸の中にあった冷たい綻びが、スルスルと解け始め、彼女の瞳から冷酷な観察者の色が完全に消え去った。
彼女は静かに歩み出ると、ノアを抱きしめる三人の傍らで優しく屈み込み、その華奢な背中にそっと手を添えた。
「……まったく、一人で抱え込んでバカね。私を仲間はずれにしないでほしいわ。」
「シャルロット……お前……」
「組織の過激派がどうとか、世界が偽りの延命だとか、そんなこともうどうでもいいわ。今の私が死んでいようが、今見ているもの全部、マスターキーが見せている幻だろうが関係ない。……あの時、誰にも救われず一人で壊れていったあなたを、今度こそこの手で守りたい。」
シャルロットはふっと柔らかく微笑み、ノアの額に自らの額をそっと寄せた。
「シャ……シャルロット……?」
「いい?ノア……これから私は、すべての事からあなたを守り抜く。それでいいかしら……?」
ノアの言葉を待つ前に、ルチア、クララ、ヴァネッサが口を開く。
「もちろんです。」
「足を引っ張るなよ?」
「ライバルが増えたわけね。」
偽りの世界だろうと、繰り返される運命の輪だろうと関係ない。四人揃った絆の力……この力でマスターキーの暴走を、そして、これから刻もうとしている破滅へのカウントダウンを塗り替えていく。
彼女たちはそう決意していた。




