第38話 崩れ落ちる膝と伸びる手
真っ赤な死の光を放ち、自壊へと突き進むマスターキーの暴走光波が、洞窟内の硬質な岩肌を容赦なく削り取り、激しい地鳴りを上げていく。
その危険すぎる破滅の暴風の真ん中で、ノアは膝をつき、両手で自分の胸を血が滲むほど抉り出すようにして激しく震えていた。
「来るな……! 俺に触るな……っ!」
ノアの瞳からとめどなく涙がこぼれ落ち、血走った眼差しで三人を睨みつけるように叫ぶ。
「俺はお前たちを殺した化け物なんだぞ……!? お前たちをこの手で惨殺して、世界を灰にした本当の元凶なんだ……! なのに、どうしてそんなにまっすぐ俺を見るんだよ……! 離れてくれ……俺に近づいたら、またお前たちを俺の手で……っ!」
自らの犯した罪の重さに耐えかね、自分の存在そのものを呪うように叫ぶノア。その姿は、かつて世界を滅ぼした脅威などではなく、ただ自分の犯したあまりにも残酷な過ちに怯え、独りで罰を受けようと身悶えする、あまりにも傷ついた一人の少年の姿だった。
その光景を、少し離れた岩陰から、シャルロットは静かに、しかし複雑な熱を帯びた瞳で見つめていた。彼女自身もまた、あの凄惨な崩壊の渦中で命を落とした当事者の一人であり、世界の真実とノアの悲劇の全貌を知る数少ない生き証人だったからだ。
(……あの時、いったい何が起きていたのか。なぜ私たちは死に、世界があんなにも無残に崩れ去ったのか……そのすべての答えが、いま彼の具現化した記憶の奔流として目の前にある。……私自身もまた、あの絶望の中で命を散らしたはずなのに、どうして今、胸の奥がこんなにも締め付けられるの? このざわめきは、ただの探究心なんかじゃない……私の中にあるこの『ノアへの感情』の正体は、いったい何なのよ……)
シャルロットは、自らが理不尽な死を迎えた理由と、心の奥底で燻り続けていたノアへの複雑な感情の正体を解き明かすため、その場から一歩も動かず、鋭い観察眼でノアの具現化した記憶の残滓とその狂乱を凝視し続けていた。
——彼女たち……ルチアたちどう動くのか。そして、この絶望の果てに何が残るのかを確かめるために。
一方で、ルチア、クララ、ヴァネッサの三人は、危険な自壊の光を目の前にしても、一歩たりとも後ろへ下がらなかった。それどころか、彼女たちの瞳に宿っていたのは、恐怖の色などではなく、計り知れないほどの深い慈愛と、決死の覚悟に満ちた強い光。
「そんなこと……関係ありません……!」
一番最初に動き出したのは、ルチアだった。彼女は暴走する魔導の風圧に純白のドレスを切り裂かれながらも、一切の躊躇を見せず、まっすぐノアの胸元へと歩み寄っていく。
「たとえあなたが、世界を滅ぼした元凶だとしても……私たちが愛しているのは、そんな過去の肩書や綺麗事ではありません……!」
真実を知る彼女だからこそ、その言葉には偽りのない真実の重みがあった。
「そうだ……! お前がどんなに自分を化け物だと呪おうとも、私たちが知っているノアは、いつでも誰かのために傷つき、誰かを守ろうとしてきた優しい男だ……!」
クララもまた、大剣を放り捨て、両手を広げながらノアへと歩幅を詰める。ヴァネッサも涙をぬぐい、ノアの目の前へとたどり着くと。まっすぐしゃがみ込んだ。
「やめろ……! 来るなと言ってるだろう……! 俺に触ったら、お前たちまで……っ!」
拒絶するように力なく腕を振り払うノアの腕を、三人は一切の躊躇もなく、力強く、そして温かく掴み取った。
冷え切ったノアの身体を包み込むように、三人の体温が重なり合う。それは、逃げようとするノアを縛り付けるための鎖ではない。どんな罪を背負った者であっても、決して見捨てずに抱きしめるための、魂の救済の抱擁。
その様子を静かに見つめながら、シャルロットは胸元に手を当て、自らの心拍の早さに小さく息を呑んだ。
(……やっぱりそうよね。私が彼を放って置けないのは、彼を憎かったからじゃない。……彼があまりにも一人で抱え込んで、壊れてしまうのが耐えられなかったから……。だから私は、彼を……)
シャルロットの胸の中にあった綻びが、スルスルと解け始めた。己の真の想いに気づいたシャルロットの瞳から、冷酷な観察者の色が消えていく。
彼女は静かに歩み出ると、ノアを抱きしめる三人の傍らで優しく屈み込み、その華奢な背中に手を添えた。
「……まったく、いつも一人で抱え込んで本当にバカね。」
彼女は静かに決意していた。過激派の組織と決別する覚悟を決めたのだ。
絶望の光は温かな愛の温度に打ち消され、マスターキーの自壊は静かに静まり返っていくのだった。




