第36話 世界を滅ぼしたのは——
全天周に広がる青白いホログラムの光が、古代遺跡の地下空間を不気味に、そして、残酷なまでに鮮明に照らし出している。そこに映し出されていたのは、外敵の襲撃による王都の崩壊などではなかった。
「あ……あぁ……そんな……嘘だ……嘘だろ……っ!?」
ノアの口から、魂を抉り取られるような絶望の悲鳴が漏れた。ホログラムの中心……かつて自分が愛し、守りたいと願ったはずの王都の空に佇んでいたのは——ほかならぬ、ノア自身だったからだ。
その瞬間、頭蓋を内側からハンマーで叩き割られたような激痛とともに、ノアの脳裏に封印されていたはずの記憶のフタが音を立てて弾け飛ぶ。
流れ込んでくる——忘れていたはずの現実が、容赦のない濁流となって脳髄を焼き尽くすように。
(違う……違うんだ……! 俺はただ、みんなを守りたかっただけだ……! なのに、あの時……あれへの恐怖に耐えかねて、俺の心が……俺の精神が、先におかしくなった……ッ!!)
あの時、ノアの胸に眠っていた「マスターキー」の制御が完全に見失われ、暴走を始めた。古代兵器の核はノアの脆弱な自我を丸呑みし、彼の肉体を操り人形のように利用して、世界を焼き尽くす「漆黒の雷」を無慈悲に放射し続けたのだ。
轟音と共に崩れ落ちる王都の城壁。
逃げ惑う人々の焼き焦がされた絶望の叫び。自分の意思とは無関係に、しかし自分の肉体から放たれた衝撃波が、街を一瞬で灰に変えていく。
世界を滅ぼしていたのは外からの脅威などではない。紛れもなく、他でもない「自分自身」その人だったという冷酷な事実が、脳裏の記憶と目の前の映像によって完璧に突きつけられる。
「やめろ……見るな……! 見たくない、こんなもの俺じゃない……っ!!」
ノアは両手で頭を掻きむしり、耳を塞いで、現実から逃げるように石畳の床へと這いつくばった。
だが、ホログラムの残酷な光は、容赦なくさらなる真実の続きを彼の網膜に焼き付けていく。
暴走し、周囲のすべてを消滅させようと狂乱するノアを止めるため、ルチアが、クララが、ヴァネッサが、身体を血に染めながら必死に飛び込んできた。
『ノア……お願い、正気を取り戻して……! 私たちの声が聞こえないの……!?』
『頼む……これ以上、世界を壊さないでくれ……! お前が消えてしまうなんて嫌だ……!』
脳裏には、当時のルチアたちの「本当の叫び声」が鮮明に蘇っていく。彼女たちが震えていたのは、外からの恐怖ではなく、暴走したノアに自分の手で剣を突き立てなければならなかった絶望と、愛する人が怪物に変貌していくのをその目で目撃してしまったという耐えがたき悲鳴だったのだ。
だが、暴走したマスターキーの圧倒的な力の前には、彼女たちの愛の叫びなど届くはずもなく……ノアの放った漆黒の光に呑み込まれ、ルチアも、クララも、ヴァネッサも次々と傷ついていった。それを見て苦悩している自分の自我……それが一気に頭の中に流れ込んできて激痛を生む。
そして、彼女たちが抱えていたあの凄惨なトラウマは、「殺された恐怖」などではなかったのだと理解する。彼女たちの中にあるのは、「ノアに全てを負わせてしまった」という自責と、「目の前で愛する人を救えなかった」という地獄のような絶望そのものだったのだ。
「…………俺が……みんなを……殺した……?」
全身の血の気が一瞬ですべて引き、ガタガタと激しい震えが止まらない。
これまでノアの脳裏にこびりついていた「自分はみんなに守られている」という、あまりにも都合よく美化された記憶。それはすべて、あまりにも残酷すぎる真実——「自分が世界を滅ぼし、愛する者たちを自分の手で虐殺した」という記憶の重さに耐えかねたノア自身の脳が、精神の完全崩壊を防ぐために作り上げた、悪質な「防衛機制(記憶の捏造)」にすぎなかったのだ。
——自分は被害者などではなかった。
——守られていた聖人などではなかった。
この世界を一度手ずから滅ぼし、愛する人たちをその手で惨殺した、正真正銘の元凶にして最大の怪物——それが、自分自身の本当の姿だったのだ。
破壊の限りを尽くし終えたのか。
自分を媒体に殺戮を続けていた古代兵器が止まった。自分の体はボロボロ……満身創痍のまま、兵器の前にズルリと落ちる。
右腕は肉が焼き切れて、白骨が剥き出しになっていた。肋骨は砕け、内臓は潰れ、吐き出した大量の血が目の前の黒い泥と混ざり合っていく。全身を焼き焦がす激痛と、肉体が崩壊していく恐怖に叫び出したいはずなのに、喉が焼き潰れていて声すら出なかった。
「ノア様……! お願いです、目を開けてください……! ノア様ぁっ!!」
耳元で、破裂しそうなほどの悲鳴が響いた。視界の端に映ったのは、純白の聖衣を血で真っ赤に染め上げ、なりふり構わず自分を抱きしめる少女の姿。
彼女の手から伸びる金色の癒やしの光は、もはやノアの失われていく命を繋ぎ止めることができず、ただ虚しく明滅している。
(よかった……。無事なんだね……)
ノアは最後の力を振り絞り、血に濡れた左手で少女の頬にそっと触れた。胸を満たす満足感……それとともに最後の一息を吐き出した。
だが、その瞬間……漆黒の熱線が少女の胸を貫いた。




