第35話 記憶の扉
松明の微かな光だけが頼りの古代遺跡の地下回廊。湿った冷気が漂い、不気味さを感じさせる。
ノアは自分の胸を押さえながら、荒い息を吐いて歩みを進めていた。歩くたびに、心臓の鼓動に合わせてマスターキーが重苦しく脈打つ。その度に、頭の中に突き刺さるような異質な知識と、見覚えのない景色の一片がフラッシュバックのように脳裏を掠め、目眩が襲った。
「はぁ、はぁ……っ……みんな、すまない。俺のせいで、こんな危険な場所まで……」
「そんなことないわ、ノア。あなた一人にそんな重荷を背負わせるわけない……」
ヴァネッサが優しくノアの背中に手を添え、しっかりと支えながら歩幅を合わせる。クララとルチアも周囲の警戒を怠らず、いつでも戦闘態勢に入れるよう神経を尖らせていた。
その一行の先頭を冷静な足取りで導いているシャルロットが、ふと足を止める。
「ここよ……。この扉の奥が、この遺跡の核心部……」
シャルロットが指さした先には、黒曜石で造られた重厚な大扉がそびえ立っており、幾重もの巨大な古代の封印錠が施されている。現代の魔導技術では絶対に開くことのできないてあろう扉……ルチアたちですらすぐに理解できる堅牢なドアの前にたどり着いた瞬間、ノアの胸の奥にあるマスターキーが、これまでにないほど激しく狂おしく跳ね上がった。
「ぐっ……あぁぁぁっ……!」
「ノア様……っ!?」
ノアがその場に膝をつき、両手で頭を抱えて身悶えする。その瞬間、突き刺さるような激痛が胸に走り、限界を超えて圧縮されていたマスターキーが弾けた。
ドクンッ、と世界が歪むような心音。その直後、ノアの胸元から目もくらむような眩い黄金色の光が激しく溢れ出す。それは意志を持つ奔流のように渦巻き、空間を焦がしながら、目の前そびえ立つ黒曜石の大扉へと一斉に吸い込まれていく。
同時に、黄金の光を飲み込んだ黒曜石の表面に、蜘蛛の巣状の亀裂が一瞬で走り、不気味な明滅を繰り返し始めた。そして、何千年もの間、いかなる魔導をも拒み続けてきたであろう重厚な封印錠が、まるで意思を持ったかのようにひとりでにパキリ、パキリと乾いた音を立てて砕け散っていく。
さらに、扉の奥から漏れ出した微弱な魔力とノアの光が共鳴し、黒曜石の巨壁全体が青白く発光しながら、地鳴りのような重低音を伴ってゆっくりと左右に割れていく。巻き起こる凄まじい風圧と、何万年分もの冷たい埃の混じった古の気配が、一斉に暗闇の中から吹き荒れた。
ルチアたちは、その様子を無言で見つめていた。その視線の先に見えるもの……中から溢れ出たのは、冷たい埃の匂いではなく、青く澄んだ「膨大な魔導情報の奔流」。
「……開いた……? いや、違うわ……これは……!」
シャルロットが息を呑み、一歩後ずさる。扉の奥に広がっていたのはただの部屋ではなく、四方を古代のホログラム投影装置に囲まれた広大な球体の情報空間。ノアのマスターキーの波長を検知した遺跡のメインフレームが、自動起動を始めていたのだ。
暗闇だった空間全体に、数え切れないほどの青白い光の粒子が立ち上がり、空中に立体的な映像を次々と描き出していく。
そして、その映像を見た四人は言葉を失った。それは彼女たちにしかわからない過去の記録——失われた「一周目の世界」のリアルタイム映像だった。
「これは……何だ……? この景色は……俺が知っている王都のはずなのに……どうして……」
何とか意識を繋ぎ止め、震える声を漏らしながら、ノアはその場に立ち尽くす。映し出された映像の中には、悲壮感と絶望に満ちた色彩を帯びた「王都」の惨状が広がっているのだから無理もない。
破壊された王城。
真っ赤に染まる王都。
泣き叫ぶ市民たち。
どれもこれも、決して今のノアには想像ができないような残酷な記録ばかりだった。
驚愕に染まる瞳が、その映像ひとつひとつを捉えていく。そして、あるひとつの画面に目が止まった。
中央に佇む「ある人物」の背中。どこかで見たような……いや、会ったことがある気がする。でも、こんな惨状を自分は知らない。彼はいったい誰で、なぜあんなところにいるのだろうか……。
そんなノアの疑問に答えるように、注視していた人物の顔が映し出された。その顔を見た瞬間、ノアの血の気が一瞬で引いていく。
「え……な……なんで……」
映像に映るのは、自分の顔だった。




