第24話 疑惑の芽生えと、夜の追跡
『あいつらは、あなたを守っているんじゃない……。己のトラウマのために、あなたという『世界を壊す鍵』を封印しているのよ。』
シャルロットが闇に消えた後も、彼女が遺した冷酷な言葉がノアの脳裏を激しく打ち鳴らしていた。胸を強く抱え込み、荒い息を吐きながら立ち尽くす。
(俺が……世界を壊す鍵……? 冗談だろ……? 俺はどこにでもいる、ただの……)
打ち消そうとすればするほど、ルチアたちの常軌を逸した監禁や過保護が頭をよぎる。自分が「世界を壊す怪物」であり、彼女たちの過酷なまでの甘やかしが自分を無害なお人形に変形させるための「毒」なのだとしたら——。
「ノア様ーーーーっ!!」
夜の静寂を切り裂くような悲鳴とともに、路地の奥からルチアたち三人が飛び出してきた。
「ノア……っ! よかった、無事だったか……っ!」
「どこに行っていたのよ、バカ……! 私、生きた心地がしなかったんだから……っ!」
駆け寄ってくる彼女たちの顔は、惨白に引きつり、激しい恐怖と焦燥で歪んでいる。ルチアは涙でぐしゃぐしゃになった顔をノアの胸に埋めてすがりつくように泣きじゃくり、クララは震える手でノアの肩を壊しそうなほど強く抱きしめる。ヴァネッサもまた、ノアの腰にしがみつきながら小さく身体を震わせていた。
(この顔だ……。みんな、俺を失うことを狂おしいほど恐れている……)
すがりついてくる彼女たちの温もりに、胸が締め付けられる。自分を大切にしてくれているのは痛いほど伝わってくるのだ。
……だが。
『彼女たちが愛しているのはあなたじゃない。自分の恐怖を覆い隠すための、安全な籠の中のあなただけ。』
脳裏でシャルロットの冷ややかな囁きが重なった。
(俺を心から愛してくれているから恐れているのか……? それとも、俺という怪物が暴走して世界を壊すのが恐ろしいから、籠の中に閉じ込めたいだけなのか……?)
一度芽生えた疑念の毒は、彼女たちの必死な抱擁すらも「完璧な鳥籠の鎖」のように思わせた。ノアは罪悪感と不信感の狭間で背筋を冷や汗で濡らしながら、ただ固く唇を噛み締めることしかできなかった。
◆
屋敷へ連れ戻された後、ノアは自室のベッドで横になり、暗い天井を見つめていた。いつもなら三人が代わる代わる部屋を訪れ、過剰なスキンシップで介抱しようとするはず。なのに、一度ノアを見失った恐怖の反動か、今夜は屋敷全体に重苦しい緊緊感が漂い、外部からの侵入を拒む古代の防衛結界が最大出力で起動されていた。
(……このまま、何も知らずに甘やかされて生きていく方が楽なのかもしれない。でも……!)
目を閉じれば、自分が何者なのか分からない不気味さが胸を苛む。自分は愛されている人間なのか、それとも封印されるべき怪物なのか。
(確かめなきゃダメだ。シャルロットの言葉が……俺を揺さぶるための嘘なのか。それとも、ルチアたちの愛がただの『封印』なのか……!)
深夜二時。
ノアは意を決してベッドを抜け出した。足音を殺して自室の扉を開ける。廊下に出ると、屋敷全体を覆う超高レベルの防衛結界が、目に見えるほどの光の粒子となって張り巡らされていた。
本来ならば、ネズミ一匹通さず、触れた瞬間に警報が鳴り響き、侵入者を消滅させる凄まじい大結界。それを横目に見ながら、ノアは裏口へと辿り着く。ドアを開ければ、目の前には肉眼でもはっきりとわかる結界の壁。少しでも触れようものなら、屋敷中に警報が鳴り響くだろう。
(俺に……ここを突破することなんてできるわけがない。引き返すなら今だ……)
引き返せば、明日もまた彼女たちの甘い籠の中で生きていける。
だが、その弱気を跳ね除けるように、ノアの視界に不気味な異変が起きた。視界の中に、複雑に入り組んだ結界の「魔導回路」が立体図面のように浮かび上がってきたのだ。
(あ……結界の第3層と第4層の間、結界器の出力同調に『0.02秒の波長の間隙』がある……)
またしても、頭の中に脈動する「禁忌の知識」。
(なんで……なんで解るんだ!? 俺はこんな術式、勉強したこともないのに……っ!)
溢れ出す「自分のものではない知識」に絶望的な恐怖を覚えながらも、ノアの指先は吸い寄せられるように動き出していた。指先にわずかな魔力を帯びさせ、結界のルーン回路をほんのミリ単位で「弄る」。
シュン……という微かな音とともに、ノアの周囲だけ結界の波動が完全に中和され、抜け道が組み上がった。警報一つ鳴らず、結界の構築者であるルチアすら気づかないまま、ノアは足音一つ立てずに結界をすり抜けてしまったのだ。
「俺は……なんでこんな真似ができるんだ……?」
月光に照らされた己の指先を見つめ、強烈な不気味さと戦慄が背筋を走り抜ける。
シャルロットの言葉通り、自分の中には「自分すら知らない怪物のような知識と力」が確かに眠っている。自分がただの一般人ではないという不都合で恐ろしい真実が、容赦なく突きつけられていく。
(俺は……本当に『怪物』なのか……!?)
己の存在に対する強烈な恐怖と自己嫌悪。そして、それを確かめずにはいられない衝動に突き動かされ、ノアは夜の冷気の中へと走り出した。
恐怖で震える足を必死に動かし、真実の答えを求め、もう一度あの時計塔へと向かって。




