第21話 王都の賑わいと、繋がれた手
2章開幕です!
ちょっと不定期になると思いますが、最後までお付き合いいただければ幸いです。
「……はぁ。このままじゃ、ノア様の心が壊れてしまいますわ。」
重苦しい沈黙が支配する屋敷の応接室。ベッドで衰弱するように天井を見つめ続けるノアの様子を思い浮かべ、ルチアが悲しげにため息をついた。
温泉街での惨劇以来、ノアの心は完全に閉ざされている。己の中に眠る「怪物」への恐怖と、自分たちに対する罪悪感に押し潰されそうなノアの姿を見るのは、ルチアたちにとっても身が引き裂かれるほどの苦痛だった。
「……気分転換が必要ね。」
沈黙を破ったのは、ヴァネッサだった。彼女は退屈そうに爪を眺めながらも、その瞳に切実な色を宿して言った。
「ちょうど今日から王都では『大収穫祭』が始まっているわ。屋敷に閉じ込めておくだけじゃ、あの子の思考はどんどん悪い方へ向かうだけよ。外の空気を吸わせて、美味しいものでも食べさせましょう。」
「……外に出すだと? 万が一、街中で再びあの力が暴走したら……」
眉をひそめるクララに対し、ヴァネッサは妖しく微笑んだ。
「大丈夫よ。私達が片刻も離さず、しっかりと『繋ぎ止めて』おけばいいだけの話じゃない♡」
「しかしだな……」
クララは心配そうに眉を顰める。ルチアはそんなクララの気持ちを十分過ぎるほど理解できた……が、ノアの精神が限界に達していることも看過できずにいるため、どちらの意見も押せずにいる。
そんなルチアとクララを見て、ヴァネッサは大きなため息をついた。
「だめよ。私達がそんなだと、本当に最悪の事態が起こりかねないわ。決めたでしょう?全力でノアを愛し、守り続ける……と。」
その言葉はルチアの迷いを断ち切らせた。
「そうですね。ノア様自身が最優先……鳥籠は何も家の中に置いておけばいいものでもないですし……」
「なら決まりね!」
何か言いたげなクララをよそに、ノアとのお出かけが決定された。
◆
屋敷から連れ出されたノアは、久しぶりの外の空気に目を細めた。王都の大通りは、大収穫祭の熱気と色鮮やかな装飾で溢れ返っている。屋台からは香ばしい肉の焼ける匂いや甘い菓子の香りが漂い、街行く人々はみな楽しげに笑い合っている。
しかし、ノア自身の自由は一切なかった。
「ノア様、絶対に私の手を離してはダメですわよ……? 人ごみに流されたら、私……どうなってしまうか分かりませんもの♡」
左側からは、ルチアがノアの腕を両胸で包み込むように強く抱きしめて離さない。聖女とは思えぬほど密着した彼女の体温が、ダイレクトにノアへ伝わってくる。
「ノア、服の裾から手を放すな。……いいか、お前が少しでも離れようとしたら、私は容赦なくお前を抱きかかえて歩くからな。」
右側では、クララがノアの上着の裾を握り締め、油断なく周囲を警戒している。
「ふふ、二人とも固いわねぇ。……ノア、はぐれたら私がお口で美味しいお菓子を食べさせてあげないからね♡」
さらに後ろからは、ヴァネッサがノアの首元に両腕を回し、背中にぴったりと身体を預けて歩いていた。周りの街の人々からの羨望と困惑が混ざった視線が刺さり、ノアは赤面しながら冷や汗を流す。
(気分転換どころか……前より過保護と包囲網が凄まじくなってるんだが……っ!?)
それでも、彼女たちが自分を失うことを異常なまでに恐れているのだと分かっているからこそ、ノアは振り払うこともできず、ただ苦笑いするしかなかった。
そんな中、人ごみを抜けた一角で、一軒の古びた魔導具屋の露店がノアの目に留まる。店主の老人が、動かなくなった複雑な金属製の魔導具を前に「ううむ……」と頭を抱えている。ノアにはそれが少し気になった。
「どうしたんですか?何か悩み事でも……?」
「ん……?あぁ……いやね、この古代遺跡から掘り出された『魔導オルゴール』なんだが、さっぱり動かんでね。現代の最高峰の魔導技師に見せても『構造が複雑すぎて解読不能』とお手上げだったんだよ。」
ノアは店先に置かれたその魔導具へ、吸い寄せられるように視線を向けた。金属の表面に刻まれた複雑怪奇な幾何学模様と魔導回路。現代の魔導学では解明されていない未知の技術。
だが——ノアがそれを見た瞬間、頭の中に、様々な情報が流れ込んできた。まるで昔から知っていたかのような鮮明な「構造図」。そして、自然と口が開く。
「あ、これ第三回路の基盤が焼き切れてるだけだな。」
「え?」
無意識に言葉が口から突いて出た。ノアは自分でも何を言っているのか分からないまま、吸い寄せられるように指先を魔導具の隙間に滑り込ませると、カチッと繊細な金属音が響いた。ノアは一切の迷いがない手つきで魔導具の外装を分解し、内部にある目に見えないほど細い魔導線を指先で弾くと、微小な魔力を送り込んで回路のバイパスを再構築してしまったのだ。
ほんの数秒の出来事だった。
『〜〜〜♪』
ガタついていた魔導具が優しく発光し、現代の技術では決して再現できない美しく清らかな古代の音色が、王都の雑踏の中に響き渡った。
「な……なんじゃと……!? 現代の技師すら解読できなかった古代魔導具を、指先ひとつで治したというのか……!?」
店主の老人が目を丸くして絶叫する。
「え……? 俺、いま何を……?」
ノアは自分の手を見つめ、強烈な戦慄と困惑に囚われた。自分はただのしがない一般人のはずだ。古代の魔導工学など学んだこともない。なのに、なぜあの複雑な回路の構造が一瞬で理解できたのか。なぜ、迷いなく指が動いたのか。
(俺の頭の中に……俺の知らない『知識』がある……?)
胸の奥がドクンと冷たく脈打った気がした。
「……ノア?」
異変に気づいたルチアたちが、不安そうにノアの顔を覗き込んでくる。ノアは湧き上がる不気味な違和感を隠すように、引きつった笑みを浮かべて誤魔化すことしかできなかった。
——自分という存在の中に潜む、底知れない謎と恐怖。
賑やかな祭りの熱気の中で、ノアの心だけが冷たく冷えていくのを感じていた。




