第1話 双丘の柔らかさ
50話前後で構成します!
まずは一章を一気に公開します!
「——っ!?」
ノアは跳ね起きるように目を覚ました。
荒い息が途切れ途切れに漏れ、全身にびっとりとした不快な汗がへばりついている。上半身を起こすと、胸の奥がまるで本当に引き裂かれたかのように、ドクドクと重く脈打っていて気持ちが悪い。
「……またこの夢……か」
あまりにも具体的で、肌を焼く熱や血の匂いまで感じられるような、紛れもない悪夢。自分が誰かを庇って死ぬ夢など、縁起でもない。額の汗を拭い、ノアは深く息を吐き出した。
ここのところ、同じような夢を何度か見る。その度にうなされて起きるのだが、ひとつだけ違和感を感じる部分があった。夢の内容は具体的。痛みも匂いも目に映る全てのことすら明瞭……なのに、あの少女の顔が思い出せない。
——彼女は、一体誰なのだろうか……
そう考えたところで、思い出す術はなかった。
ホニュ……
……ふと、何やら柔らかいものを自分の手のひらが包んだ。柔軟さと弾力が同居する不思議なほどに柔らかい感触……まるでマシュマロのような……その瞬間、不意に耳元で甘い吐息が漏れた。
「ンン……あん……」
耳元で鈴を転がすような、あまりにも甘く可憐な声が囁く。はっと視線を落としたノアは、その場に凍りつくことになる。
「ル、ルチア……!?」
この国の聖女……清廉潔白の象徴として民から崇められている聖女ルチアが、薄いシルク一枚のあまりにも無防備な姿で、ノアのベッドの中に潜り込んでいたのである。視界いっぱいに広がる白磁のような肌と、圧倒的な存在感を主張する豊かな双丘。その双丘に自分の右手が触れて……いや、押し付けられている。
「ご……ごめん!!これは……不可抗力で……!!」
即座に離れようとするノアをルチアが引き止める。
「もう……駄目ですよ、ノア様。私から離れようとしては。ほら、こちらへ……♡」
「んぶっ!? ちょ、ルチア、何を——!?」
逃げ出そうとしたノアの頭を、ルチアは逃がさぬとばかりに優しい力で抱き寄せた。ノアの顔面が、柔らかく温かい彼女の胸元へと完全に埋もれる。豊満な弾力と、甘い百合の香りが脳を直接揺らし、ノアの思考回路は一瞬でフリーズした。
「あぁ……ノア様。こんなに汗をおかきに……また、恐ろしい夢をご覧になっておられたのですね……?」
「んむ……! む、むぐぐ……っ!(息が! 息ができないし理性が崩壊する!!)」
「よしよし、可哀想に……。怖かったですね。でも大丈夫です。もう二度と、あなたをどこへも行かせません。私がずっと、こうしてお護りしますから……♡」
ノアが必死の思いで胸元から顔を脱出させると、ルチアはうっとりとした、どこか執着の滲む瞳でノアを見つめていた。そして、そのままノアをベッドの上に横たえさせると、彼女は滑らかな太ももを惜しげもなく露出し、ノアの頭を自分の膝へと固定する。
「さあ、ノア様。膝枕です。ついでに耳かきもして差し上げますね。私のお胸に顔を寄せて、リラックスしてください♡」
「待ってくれルチア! ありがたいが、距離が! 距離が近すぎる!! 君は国を代表する聖女さまだろ!? なんで一般人の俺のベッドで服をはだけさせて膝枕なんてしてるんだ!?」
真っ赤になって叫ぶノア。
しかし、ルチアは愛おしくてたまらないというように微笑むだけ。
「聖女など……ノア様の前ではただのルチアです。ほら、じっとしていてくださいね。耳かきが奥に当たってしまいますから♡」
ルチアは細い指先でノアの耳元を優しく撫でながら、もう片方の手でノアのシャツのボタンをふわりと外し、その胸の上でしなやかな手指を滑らかに這わせた。
ゆっくりと、何かを確かめるように胸の真ん中をなぞる指先。触れられている場所が、先ほどの悪夢で自分の命を奪った致命傷を負った部分であることにノアは気づかない。ただ、そのあまりにもハレンチな状況と、直触れられている肌の皮膚感に「ひ、ひえっ……!? ルチア、な、なに胸触って……っ! 服を着てくれ、頼むから!」と顔を真っ赤にしてパニックになるばかりだった。
「温かい……開いていた穴が嘘のよう……」
彼女はノアの胸に顔をうずめ、しがみつくように力を込めた。その瞳には涙が浮かぶ。
「お願いですノア様。一生、このお部屋から出ないでくださいね……? 外はとっても危険ですから。私たちが、あなたを一生甘やかして閉じ込めて差し上げます♡」
ルチアが顔を上げれば、弛んと大きな双丘が揺れる。大自然の偉大さに目を奪われそうになりながら、ノアの悲痛な叫びが朝の屋敷に響き渡る。
「だ、だから監禁前提の言い方はやめてくれぇぇぇ!! 理性が持たない!!」
◆
そんな破廉恥と時を同じくして、王都の喧騒から離れた裏路地。
「ちっ、あの野郎……部屋から一歩も出てこねえじゃねえか。だが、いくら聖女がついていようが、俺たち『天秤の目』の暗殺技術からは逃げられんがな。」
黒いローブを纏った男は、とある屋敷を見上げながら懐から毒塗りの短剣を引き抜いて笑った。
「まずは屋根から潜入して——」
男が仕事をこなそうと踏み込んだその瞬間、彼の頭上から絶対的な神聖力を孕んだ「光の柱」が、音もなく無慈悲に降り注ぐ。
「が……っ!?」
悲鳴すら上げる余裕はなかった。光に呑まれた男の身体は、肉体も、武器も、身につけた防具すらも、分子レベルで純白の光へと分解されていく。路地裏には塵一つ残らなかった。ただ、空中に浮遊する一筋の金色の粒子が、静かに消えていくだけ。
一方で、屋敷のベッドの上ではノアの顔を胸に抱きしめながら甘い息を漏らしていた聖女が、ノアに見えない角度で路地裏の方向をチラリと見下ろしていた。底知れぬ冷たさを孕んだ瞳で——。
(ノア様に近づく害虫は……一匹残らず、灰に変わればいいのです♡)
クスッと笑うと、彼女は再びノアに回した腕に力を込める。
「ノア様ぁ、もっとギュッとして差し上げますね♡」
「助けてくれぇぇぇ!!」
あずかり知らぬ場所で凄惨な処刑が行われていることなど知る由もなく、ノアの理性をかけた過酷で甘やかな一日は、こうして始まったのだった。




