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第10話 揺れる密室で固まる決意

「……はぁ、本当に外出してよかったのか……?」


 

 ガタゴトと心地よい振動を立てて走る豪華な馬車の中、ノアは窓の外を流れる緑豊かな田園風景を眺めながら、ぽつりと呟いた。


 数日前の夜、ベランダでルチアの手の激しい震えを目撃し、彼女たちが隠す「過去」を自らの手で解き明かすと決意したノア。しかし、次に用意されていたのは、ノアの重い決意をあっさりと肩透かしにするような申し出だった。


 

『ノア様、最近とてもお疲れのようですわ。屋敷に閉じこもっていては息が詰まってしまいますでしょう? 王都の近郊に、極上の隠れ湯と呼ばれる温泉街がございますの。少し静養に行きましょう♡』


 

 ルチアの提案に、クララもヴァネッサも異論はなかった。むしろ「ノアのストレス解消」という名目を得たことで、彼女たちの過保護モードは一気に爆発している気がする。


 

「何を不安がっているのだ、ノア。お前の気分転換のために計画した旅行だ。存分に羽を伸ばすがいい。」

 

 

 向かいの席に座るクララが、凛とした声で微笑む。


 だが、その位置関係はおかしい。ノアは今、馬車の座席に一人で座っているのではない。クララの柔らかくも引き締まった膝の上に、すっぽりと抱きかかえられる形で乗せられているのだ。


 

「いや、羽を伸ばすも何も……なんで俺がクララの膝の上に座らなきゃいけないんだよ! 普通に向かいの席に座らせてくれ!」

 

「ダメに決まっているだろう。馬車が急停車した際、お前の身体が衝撃で壁に打ち付けられたらどうする。護衛として、私の身体で衝撃を直接吸収するのが最も安全だ。」

 

「理由が無茶苦茶だろ! そもそも、座席がひとつ余ってるじゃないか!」


 

 抗議しようと体を捩ると、クララの豊かな胸元にノアの頭が沈み込み、芳醇な乙女の香りと体温がダイレクトに脳を揺さぶる。


 

「くっ……動くなノア。……あまり暴れられると、私も……理性を保つのが難しくなる……っ!」

 

「だったら降ろしてくれよ!」


 

 ノアが赤面して悶絶していると、隣からルチアがすっと手を伸ばし、ノアの太ももを優しく撫でさすってきた。


 

「ふふ、クララばかりズルいですわ。ノア様、こちらへおいでなさって? 私の膝もお貸ししますから♡」

 

「ルチアまで入ってくるな! 挟まる! 狭い!!」


 

 二人の美女に左右から挟まれ、体温と柔らかさに圧迫されるノア。理性がガラガラと崩れ落ちそうになるハレンチな状況の最中、ノアの胸の奥には、またしても冷たい違和感が冷や水のように落ちる。

 

 ふと見えたクララの横顔。

 ノアを強く抱きしめる彼女の腕には、単なる甘やかしや色気だけではない、どこか悲痛なまでの強張りがこもっていた。ノアが少しでも離れようとすると、まるで失うことを恐れる子供のように、無意識に腕の力が強まるのだ。


 

(やっぱり……おかしい……)

 

 

 ノアは必死で呼吸を整えながら、心の中で思考を巡らせる。自由を奪われ、屋敷に閉じ込められ、こうして移動の最中すら片刻も身体を離してくれない。「息抜き」と称して連れ出されたこの旅も、結局は彼女たちの監視の目が届く場所に移動しただけに過ぎないのではないか。彼女たちの甘い愛撫は、自分を拒絶させないための甘い麻薬のようなものではないのか。


 

「……ノア? どうなさったの、そんな暗い顔をして?」


 

 いつのまにか対面に座っていたヴァネッサが、組み替えた美脚を揺らしながら小悪魔的な笑みを浮かべ、ノアの頬に細い指先を滑らせてきた。


 

「ふふ、そんなに緊張しなくても大丈夫よ。温泉街に着いたら、私がい〜っぱい『気持ちいいこと』をして、あなたの悩みなんて全部吹き飛ばしてあげるから♡」


「ヴァネッサ、お前まで怪しいことを言うな……」


 

 ヴァネッサの言葉に引きつった笑いを返しつつ、ノアは己の胸を強く押さえた。

 

 奪われゆく自由、甘やかな監禁。彼女たちの過剰な愛に呑まれそうになりながらも、ノアの瞳の奥には、この旅の先で必ず「真実」を掴み取るという静かな意志の火が、消えずに灯り続けている。


 四人を乗せた馬車は、山間に煙る湯けむりの街へと静かに滑り込んでいった。

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