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残響  作者: れすた
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第八話 ある日の相談者

 ある日、雲母たちのもとを訪れたのは、看護師の女性だった。


 看護師は、どこか言いにくそうに口を開いた。


「……あの、少しご相談したいことがあるんですが」


「何ですの?」


「最近……黒いもやのようなものが、見えるんです」


 雲母の眉がわずかに上がった。


「黒い、もや?」


「はい。病室のベッドに……黒いものがまとわりついているように見えて」


「まあ」


 雲母は特に驚いた様子もなく、首を傾げた。


「そうなんですの?」


「……はい」


「それは……わたくしたちが病室に入って調べてもよろしいんですの?」


「あ、はい。今は空室になっているところがありますので……」


 看護師は少し考えてから続けた。


「そこを一度、見ていただけないでしょうか?」


「空室ですの?」


「はい」


「では、そこを拝見しましょう」


 雲母が頷いた。


 すると足立が、ふと気になったように尋ねた。


「ちなみに、その黒いもやって……空室だけに出るんですか?」


「いえ」


 看護師は首を横に振った。


「患者さんがいるベッドでも見ます」


「……ということは」


 雲母が続ける。


「患者さんのいる病室でも、結構な数を見るんですのね?」


「はい……」


「そうですの」


 雲母は少しだけ考えた。


「では、参りましょうか」


「はい」


 こうして雲母と足立は、看護師とともに病院へ向かった。


 ◇ ◇ ◇ ◇


「こちらです」


 案内されたのは、病棟の一角にある空室だった。


 看護師が扉を開けた。


「失礼します」


 雲母と足立が中へ入る。


 空室と聞いていた。


 だから、当然誰もいないものだと思っていた。


 実際、足立の目には何も見えていない。


 だが――


「……あら」


 雲母が足を止めた。


「何か見えるんですか?」


 足立が、誰もいないベッドへ目を向ける。


 雲母には見えていた。


 部屋の奥。


 一つのベッドに、老人が横たわっている。


 老人は目を閉じていた。


 まるで眠っているかのようだった。


 呼吸しているようにも見える。


 今にも目を開けそうな、そんな穏やかな姿。


 けれど、その身体からは――


 黒いもやが、ゆっくりと立ち上っていた。


 看護師に見えているのは、その黒いもやだけだった。


 雲母は老人をじっと見つめる。


 しばらくして、ぽつりと口を開いた。


「この方……死者の意識ですわね」


「死者……?」


 看護師の顔が強張る。


 雲母は頷いた。


「身体はここにありませんけれど、意識だけが残っているようですわ」


 老人の姿は変わらない。


 眠っているように、ただ静かにベッドへ横たわっている。


 しかし雲母には、それが生きた人間ではないことが分かっていた。


「あなたは……」


 雲母が看護師へ振り返る。


「以前から、この黒いもやが見えていましたの?」


「いえ……」


 看護師は首を横に振った。


「ここ最近です。急に見えるようになって……」


「あら、そうですの」


 雲母は少し考え込む。


「では、以前から見えていたわけではないのですね?」


「はい」


「なるほど……」


 雲母は再び老人へ目を向けた。


 それから、何気ない調子で尋ねる。


「ちなみに」


「はい?」


「以前、ここに入られていた方は……こちらのベッドで亡くなられたのですか?」


「え?」


「今、わたくしに見えている方のことですわ」


 看護師は、黒いもやの漂うベッドを見つめる。


「……はい」


「やはり」


 雲母は頷いた。


「八十代くらいの男性ですわよね?」


「はい」


「お顔立ちは……そうですわね」


 雲母が老人の顔を確認する。


「髪型は……」


 雲母はなぜか、すっと隣にいる足立へ顔を向けた。


「……」


「……」


 足立も雲母を見る。


「……何ですか?」


「いえ」


 雲母は足立を見たまま、老人の髪型を説明しようとする。


「髪型は、そうですね……」


「……」


「……うす……」


「なんで僕を見るんですか!?」


 足立が思わず声を上げる。


「いや、だって今、完全に僕の頭を見ましたよね!?」


「見ましたけれど?」


「なんで!?」


 雲母はきょとんとする。


「髪型を説明するためですわ」


「いや、僕の髪型を基準にしないでください!」


「分かりやすいではありませんの」


「僕は物差しじゃないですよ!」


 看護師が、思わず小さく笑ってしまう。


「そ、そうです!」


 雲母は何事もなかったかのように頷いた。


「やはり、この方ですわね」


「なんで僕を見る必要があったんですか……」


 足立が疲れたように呟く。


 その横で、雲母はもう一度、ベッドに横たわる老人を見た。


 先ほどまでの軽い調子は消えていた。


 老人は、相変わらず眠っているように見える。


 けれど――


 そこにあるのは、眠りではない。


 確かにここには、死者の意識が残っている。


 そして問題は。


 なぜ、今になって看護師にも黒いもやが見えるようになったのか。


 雲母は静かに目を細めた。

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