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残響  作者: れすた
37/40

第三十七話 繰り返す

 翌日。


 雲母と足立は、いつもの喫茶店にいた。


「……」


「……」


 雲母は紅茶を一口飲んだ。


 足立は向かいで、コーヒーを飲んでいる。


「足立さん」


「はい?」


「昨日のお話ですけれど」


「はい」


「死者の意識について――」


 そこまで言って。


 雲母が止まった。


「……」


「雲母お嬢様?」


「……」


「どうしました?」


「足立さん」


「はい?」


 雲母は店内を見回した。


 見慣れた店内。


 見慣れた席。


 目の前には、いつもの紅茶。


「わたくしたち」


「はい」


「最近、毎日こちらに来ていませんこと?」


「……」


 足立も店内を見回した。


「来ていますね」


「昨日も」


「はい」


「一昨日も」


「はい」


「その前も」


「……はい」


「……」


「……」


 雲母は少し首を傾げた。


「どうしてですの?」


「え?」


「どうして、毎日こちらに来ていますの?」


「それは……」


 足立が答えようとして。


 止まった。


「昨日の話の続きをするため……ですよね?」


「ええ」


「昨日も、その前の日の続きを」


「ええ」


「一昨日も……」


「さらにその前の日の続きを」


「……はい」


 二人は黙った。


 雲母は紅茶へ視線を落とした。


「では」


「はい?」


「最初は?」


「……」


「最初にこちらへ来た日は、何をしに来ましたの?」


「最初……」


 足立が眉を寄せる。


「何でしたっけ」


「……」


「雲母お嬢様は?」


「覚えておりませんわ」


「……」


「いいえ」


 雲母は少し考える。


「覚えていない、というのも少し違いますわね」


「どういうことですか?」


「こちらへ来たことは覚えておりますの」


「はい」


「足立さんとお話ししたことも」


「はい」


「何についてお話ししたのかも、覚えておりますわ」


「……そうですね」


 現在について。


 過去と未来について。


 状態について。


 そして。


 意識について。


 何を話したのか。


 その内容は覚えている。


「では」


 雲母が尋ねる。


「何のために、こちらへ来ましたの?」


「……」


 足立が黙った。


「わたくしたち」


「はい」


「何のために、毎日こちらへ来て、お話ししていましたの?」


「……」


「昨日は?」


「意識について考えるため」


「なぜですの?」


「その前に、状態について話したから」


「では、その前は?」


「過去と未来について話したから……」


「その前は?」


「現在について……」


「なぜ?」


「……」


 足立の言葉が止まった。


「……雲母お嬢様」


「何ですの?」


「なんか」


 足立は困ったような顔をする。


「おかしいですね」


「ええ」


 雲母は静かに頷いた。


「おかしいですわね」


     *


 二人はしばらく黙っていた。


 店内では。


 店員が客の注文を取っている。


 誰かが話している。


 食器の触れ合う音がする。


 いつもの喫茶店。


 何もおかしなところはない。


「足立さん」


「はい?」


「昨日も、こちらのお席でしたわよね?」


「……はい」


「一昨日も?」


「たぶん」


「わたくしは紅茶」


「僕はコーヒー」


「昨日も?」


「はい」


「一昨日も?」


「……はい」


「……」


 雲母は目の前のカップを見る。


「毎日、同じですわね」


「……そうですね」


「ですが」


「はい?」


「毎日、自分で決めてこちらへ来たつもりでしたわ」


「僕もです」


「今日も?」


「はい」


「どうして今日、こちらへ来ようと思いましたの?」


「……昨日の続きを」


「ええ」


「……」


「では、昨日は?」


「その前の続きを……」


「……」


 足立の表情が、少しずつ変わっていく。


「つまり」


 雲母はゆっくりと続ける。


「わたくしたちは、昨日の続きをするために、今日こちらへ来た」


「はい」


「昨日は、一昨日の続きをするために来た」


「……はい」


「一昨日も、その前の日の続きをするために」


「……」


「では」


 雲母は足立を見る。


「いつから、こうしているんですの?」


「……」


 足立は答えなかった。


     *


「そもそも」


 雲母がぽつりと言った。


「わたくしたち……何をしていましたの?」


「……」


「雲母お嬢様」


「何ですの?」


「調査……でしょう?」


「何の調査ですの?」


「……」


「最初は」


 雲母は指を一本立てた。


「相談を受けていましたわ」


「はい」


「不思議なことがある」


「はい」


「変なものが見える」


「はい」


「妙な音がする」


「はい」


「それを確認しに行っていましたわね」


「そうですね」


「では、今は?」


「……」


 足立は答えられなかった。


「誰かから、相談を受けましたの?」


「いいえ」


「何か一つの現象を調査しておりますの?」


「……いいえ」


「では」


 雲母は少し眉を寄せる。


「わたくしたちは、何を調べておりますの?」


「……世界?」


 足立が言った。


「ずいぶん大きくなりましたわね」


「雲母お嬢様が言ったんでしょう」


「そうでしたわね」


「……」


「ですが」


 雲母は紅茶を見る。


「世界を調べようと決めた日は、ありましたの?」


「……」


「わたくしには、覚えがありませんわ」


「僕もです」


「気づけば」


 雲母は静かに続ける。


「昨日の続きを考えていた」


「……」


「そして、翌日も」


「続きを」


「ええ」


「その次の日も」


「……続きを」


「ええ」


 二人は黙った。


     *


「……雲母お嬢様」


「何ですの?」


「これ」


 足立が声を落とす。


「僕たち、同じことを繰り返しているんですか?」


「……」


 雲母はすぐには答えなかった。


「毎日、同じ店に来て」


「ええ」


「同じ席に座って」


「ええ」


「同じものを頼んで」


「ええ」


「昨日の続きを話す」


「……」


「でも」


 足立が言う。


「話している内容は進んでいますよね?」


「そうですわね」


「昨日のことも覚えている」


「ええ」


「一昨日のことも」


「ええ」


「じゃあ、同じ一日を繰り返しているわけじゃない」


「そのようですわね」


「なら……」


 足立は言葉を止めた。


 雲母も考える。


 完全に同じではない。


 会話は続いている。


 記憶も続いている。


 それでも。


 同じ場所へ来る。


 同じ席へ座る。


 同じものを頼む。


 そして。


 前の日から続く話をする。


「……」


 雲母の表情が変わった。


「足立さん」


「はい?」


「覚えていらっしゃいますの?」


「何をですか?」


「縁側のお爺さん」


「……」


 足立が黙った。


「あの方は」


「はい」


「以前のことを、すべて覚えていらっしゃいましたわ」


「……はい」


「ご自分が苦しんだことも」


「はい」


「倒れたことも」


「はい」


「わたくしとお話ししたことも」


「……はい」


「それでも」


 雲母はゆっくりと言う。


「繰り返していましたわね」


「……」


 足立の顔から、わずかに血の気が引いた。


「でも」


「ええ」


「僕たちは、生きていますよ」


「そうですわね」


「死ぬ瞬間を繰り返しているわけでもない」


「ええ」


「なら――」


「同じものだとは申しておりませんわ」


 雲母は静かに答えた。


「ただ」


「……」


「似ていますわね」


「……はい」


 二人は黙った。


 雲母は目の前の紅茶を見る。


 足立も、コーヒーへ視線を落としている。


 昨日も。


 一昨日も。


 その前も。


 同じ店。


 同じ席。


 同じ飲み物。


 そして。


 前の日から続く話。


「……」


「……」


 店内には、いつもと変わらない音が流れている。


 食器の触れ合う音。


 客の話し声。


 店員の足音。


 何もおかしくは見えない。


 それなのに。


 二人とも。


 しばらく席を立つことができなかった。

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