↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
残響  作者: れすた
32/40

第三十二話 現在とは

「現在って、何ですの?」


 雲母の問いに。


 足立はしばらく黙っていた。


「……今、じゃないですか?」


「今?」


「はい」


「今とは?」


「……」


 足立が困った顔をする。


「今は今ですよ」


「説明になっておりませんわ」


「いや、現在を説明しろって言われても困りますよ」


「そうですの?」


「普通、そんなこと考えませんから」


「わたくしも、今まで考えたことはありませんでしたわ」


「ですよね」


 雲母は少し考える。


「では」


「はい?」


「今、この瞬間が現在ですの?」


「そうじゃないですか?」


「こうして、わたくしたちがお話ししている今?」


「はい」


「では」


 雲母は足立を見る。


「先ほど、足立さんが『はい』と仰った時は?」


「……え?」


「もう過ぎましたわよね?」


「まあ……そうですね」


「では、過去ですの?」


「……そうなるんじゃないですか?」


「では、現在は?」


「今です」


「その『今です』も、もう過ぎましたわよ?」


「…………」


「現在は?」


「今ですよ」


「また過ぎましたわね」


「雲母お嬢様」


「何ですの?」


「これ、いつまでやるんですか?」


「わたくしにも分かりませんわ」


「やめましょうよ!」


「あら?」


「一生終わらないですよ、これ」


「そうですわね」


 雲母は少し楽しそうに頷いた。


「ですが」


「まだ続けるんですか?」


「少し気になりませんこと?」


「何がですか?」


「現在というものは」


 雲母は自分の手を見る。


「どこにありますの?」


「どこって……」


「今だと仰いましたでしょう?」


「はい」


「ですが、その今は、すぐに過去になる」


「そうですね」


「では」


 雲母は首を傾げた。


「現在というものは、どれくらいの長さがありますの?」


「……」


 足立が黙った。


「一秒?」


「……」


「それとも、もっと短いのでしょうか?」


「……」


「ほんの一瞬ですの?」


「一瞬じゃないですか?」


「その一瞬とは、どれくらいですの?」


「知りませんよ!」


「まあ」


「なんで僕が怒られてるみたいになってるんですか!」


「怒っておりませんわよ?」


「質問攻めなんですよ……」


 雲母は少し笑った。


     *


 二人は近くの喫茶店へ入った。


 席に着いてからも、雲母の疑問は終わらなかった。


「では、少し考え方を変えましょう」


「まだやるんですね」


「当然でしょう?」


「ですよね……」


 雲母はテーブルの上に置かれていたカップを手に取った。


「今、このカップはこちらにありますわね」


「はい」


 雲母はカップを少し離れた場所へ置く。


「今は、こちら」


「はい」


「変わりましたわね」


「場所が?」


「ええ」


「それがどうしたんですか?」


「時間が進んだから、カップの位置が変わったのでしょうか?」


「……普通は、そう考えるんじゃないですか?」


「本当にそうですの?」


「え?」


 雲母はカップを見る。


「わたくしが動かしたから、位置が変わったのではなくて?」


「それはそうですけど」


「では」


 雲母はもう一度カップを持ち上げる。


「時間が進んだから、わたくしがカップを動かした?」


「……」


「それとも」


 カップを元の位置へ戻す。


「わたくしがカップを動かした。その変化を、わたくしたちが『時間が進んだ』と考えている?」


「……」


 足立が眉を寄せた。


「同じじゃないんですか?」


「わたくしも、今まではそう思っていましたわ」


「違うんですか?」


「分かりませんわ」


「……」


「ですが」


 雲母は窓の外を見る。


 人が歩いている。


 車が走っている。


 雲が動いている。


「もし」


 雲母が言う。


「何一つ、変わらなかったら?」


「何も、ですか?」


「ええ」


「人も動かない」


「はい」


「車も」


「はい」


「雲も」


「ええ」


「時計も?」


「もちろん」


「……」


 足立は少し考える。


「時間だけが進む?」


「それを」


 雲母が足立を見る。


「どうやって確認しますの?」


「……」


「何も変わらないのでしょう?」


「はい」


「時計も動かない」


「はい」


「わたくしたちも、何も考えない」


「……」


「それでも、『時間だけは進みました』と、どうやって分かりますの?」


「……分からないですね」


「でしょう?」


「でも」


 足立が少し考える。


「分からないだけで、時間は進んでるかもしれないじゃないですか」


「ええ」


 雲母はすぐに頷いた。


「その可能性もありますわ」


「……否定しないんですね」


「できませんもの」


「ですよね」


「ただ」


 雲母はカップを見る。


「逆も、否定できませんでしょう?」


「逆って、何がですか?」


「時間というものが、物事とは別に進んでいるのではなく」


 少し間を置く。


「物事が変わっている。それを、わたくしたちが時間と呼んでいるだけなのかもしれない」


「……」


 足立は黙った。


     *


「じゃあ」


 しばらくして、足立が口を開いた。


「昨日って何なんですか?」


「昨日?」


「はい」


「過去でしょう?」


「いや、そうじゃなくて」


 足立は言葉を探す。


「時間が流れていないかもしれないなら、昨日から今日に来たっていうのは?」


「……」


 今度は雲母が黙った。


「昨日があって、今日になって、明日になる」


「ええ」


「普通は、そうですよね」


「そうですわね」


「でも、今の話だと……」


 足立が首を傾げる。


「何がどうなってるんですか?」


「分かりませんわ」


「やっぱり」


「ですが」


 雲母は、これまでの出来事を思い返す。


 三十年以上前の建物。


 昔の看板。


 なくなった道。


 過去の足立。


 過去の自分。


 どれも。


 今ここに重なって見えている。


「昔のものは」


 雲母が言う。


「昔からこちらへ移動してきたのでしょうか?」


「移動ですか?」


「ええ」


「三十年前の建物が、三十年かけて今まで来たってことですか?」


「そう考えると、少し変でしょう?」


「……確かに」


「建物は、ずっと前に取り壊されていますもの」


「じゃあ――」


「分かりませんわ」


「まだ聞いてませんよ」


「どうせ、なぜ今見えるのかと聞くのでしょう?」


「……はい」


「それが分かれば苦労しませんわ」


「ですよね」


 雲母は少し考える。


「ただ」


「はい?」


「昔のものが、昔からこちらへ移動してきたわけではないのでしたら」


「はい」


「わたくしが今、見ているものは」


 そこで、言葉が止まる。


「……」


「雲母お嬢様?」


「何ですの?」


「続きは何ですか?」


「まだ、うまく言えませんわ」


「珍しいですね」


「うるさいですわね」


「すみません」


 雲母は腕を組んだ。


 何か。


 引っかかっている。


 過去は変わらない。


 まだ起きていないものは変わる。


 現在は、掴もうとするとすぐに過去になる。


 そして。


 過去に存在したものが、今ここに見えている。


「……」


「また難しい顔してますよ」


「足立さん」


「はい?」


「少し黙っていてくださらない?」


「はい……」


     *


 しばらくして。


「……変化」


 雲母が呟いた。


「え?」


「いいえ」


「何か分かりましたか?」


「まだですわ」


「そうですか」


「ですが」


 雲母はゆっくりと顔を上げた。


「わたくしたちは」


「はい」


「時間が進むから、物事が変わると思っていますわよね?」


「はい」


「でも」


 雲母は、先ほど動かしたカップを見る。


「逆なのかもしれませんわね」


「逆なんですか?」


「物事が変わる」


「はい」


「その変化を」


 雲母は少し考えながら続ける。


「わたくしたちが、時間が進んだと認識している」


「……」


 足立は黙った。


「つまり……時間は進んでないんですか?」


「そこまでは、まだ分かりませんわ」


「違うかもしれないんですか?」


「ええ」


「じゃあ、今のは?」


「仮にそう考えてみたら、というお話ですわ」


「……」


 足立が大きく息を吐いた。


「難しくなってきましたね」


「ええ」


「僕、怪談の調査を手伝ってたはずなんですけど」


「奇遇ですわね」


「はい?」


「わたくしも、そのつもりでしたわ」


「……ですよね」


 二人は黙った。


 過去。


 現在。


 未来。


 今まで当たり前に使っていた言葉。


 その意味が。


 少しずつ。


 分からなくなり始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。