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残響  作者: れすた
28/40

第二十八話 人にも重なる

 翌日。


「……雲母お嬢様」


「何ですの?」


「さっきから、僕のこと見すぎじゃないですか?」


「あら?」


「ずっと見てますよね?」


「見ておりますわよ」


「何で堂々としてるんですか……」


 足立は居心地が悪そうに、自分の服を確認した。


「昨日のことがありましたでしょう?」


「昔の僕が重なって見えたってやつですよね」


「ええ」


「だからって、ずっと観察しなくても……」


「また見えるかもしれませんもの」


「嫌なんですけど」


「わたくしだって、好きで見えているわけではありませんわ」


「昨日、詳しく確認させてくれって言ってましたよね?」


「それとこれとは別ですわ」


「同じですよ……」


 二人は街を歩いていた。


 雲母の視界には、相変わらず現在には存在しないものが混ざっていた。


 古い建物。


 昔の看板。


 なくなった道。


 昨日より明らかに増えたというほどではなかった。


 だが、減ってもいなかった。


 現在の街並みの中に、かつてそこに存在したものが重なっている。


 そして。


「……あら」


「え?」


 足立の顔が引きつった。


「僕ですか?」


「ええ」


「また?」


「またですわね」


「……」


「動かないでくださいませ」


「はい……」


 雲母は足立を見る。


 現在の足立。


 その姿に、別の足立が重なっている。


 昨日見た姿とは違う。


 さらに若く見えた。


 髪型も違う。


 服装も違う。


 肩には、小さな鞄を掛けていた。


「……昨日とは違いますわね」


「また別の僕なんですか?」


「そのように見えますわ」


「どんな感じですか?」


 雲母は見えている姿を説明する。


 足立は黙って聞いていた。


「……」


「お心当たりはありますの?」


「あります」


「本当に?」


「はい」


 足立は少し考える。


「その鞄も持ってました。かなり前ですけど」


「お洋服も?」


「たぶん。話を聞く限りでは」


「では」


 雲母は改めて、二つの足立を見比べる。


「やはり、昔の足立さんと考えるのが自然ですわね」


「……全然嬉しくないですね、その確認」


「わたくしも、喜んでいるわけではありませんわ」


「ちょっと楽しそうですけど」


「気のせいですわ」


「絶対ちょっと楽しんでますよね?」


「静かになさい。確認できませんでしょう?」


「はい……」


 雲母は、今度こそ全体を確認する。


 現在の足立。


 それに重なる、過去らしき足立。


「……」


「どうですか?」


「少しお待ちくださいませ」


 雲母は目を凝らす。


 だが。


 その時。


「……あら?」


「何ですか?」


 雲母の視線が、足立から外れた。


「雲母お嬢様?」


「……」


 少し先。


 一人の女性が歩いている。


 ごく普通の通行人。


 その姿に。


 別の女性が重なっていた。


「……」


「どうしました?」


「足立さん」


「はい?」


「あちらの方」


「女性ですか?」


「ええ」


「何かいるんですか?」


「……違いますわ」


 雲母は女性を見つめる。


 同じ顔。


 だが、今より若い。


 服装も違う。


 髪も長い。


 現在の女性と重なりながら、同じように歩いている。


「……あの方にも」


「え?」


「別のお姿が重なっていますわ」


「僕みたいに?」


「ええ」


「……」


 足立が女性を見る。


 彼には、普通の女性が歩いているようにしか見えない。


「知り合いじゃないですよね?」


「もちろんですわ」


「じゃあ、本当に昔の姿かどうかは……」


「確認できませんわね」


「ですよね」


 雲母は女性を目で追う。


 やがて、重なっていた姿が消えた。


 現在の女性だけになる。


「……消えましたわ」


「僕の時と同じ?」


「よく似ていますわね」


「……じゃあ」


 足立が少し嫌そうな顔をする。


「僕だけじゃない?」


「そのようですわね」


 雲母は周囲を見る。


 道行く人々。


 誰も、自分に何かが重なっているとは思っていない。


 当たり前のように歩いている。


「……」


 そして。


「……あちらも」


「え?」


「今度は男性ですわ」


「また?」


「ええ」


 スーツ姿の男性。


 その姿に、一瞬だけ別の姿が重なる。


 今より若い。


 服装も違う。


 そして消える。


「……」


「雲母お嬢様?」


「その向こうの方もですわね」


「え?」


 今度は、年配の女性。


 現在とは違う姿。


「……三人目ですか?」


「ええ」


 雲母はゆっくり周囲を見回す。


「いえ」


「?」


「……四人目ですわ」


「…………」


 足立も辺りを見回した。


 だが、何も分からない。


 いつもの人混み。


 いつもの街。


「僕には、普通にしか見えないんですけど」


「そうでしょうね」


「でも、雲母お嬢様には……」


「ええ」


 現在の人々。


 そこに時折重なる、別の姿。


 今まで。


 昔の建物が見えた。


 昔の看板が見えた。


 昔の道が見えた。


 そして昨日。


 昔の足立らしき姿が見えた。


 今は。


 見知らぬ人々にまで、別の姿が重なっている。


「……人にも」


 雲母が呟く。


「何ですか?」


「いえ」


 雲母は人混みを見つめる。


「人にも、同じようなことが起きていますのね」


「……そうみたいですね」


「少なくとも、足立さんだけではなかった」


「それはちょっと安心しました」


「あら?」


「僕だけおかしくなったのかと思ってたんで」


「ですが」


「はい?」


「皆さんにも起きているなら、問題はもっと大きいのではなくて?」


「…………」


「どうしましたの?」


「安心した僕が馬鹿でした」


「そうですわね」


「そこは否定してくださいよ」


     *


 それからも。


 二人が街を歩いている間に、雲母は何度か同じものを見た。


 現在の人間。


 それに重なる、別の姿。


 同じ人物に見える。


 だが、少し若い。


 あるいは、服装が違う。


 髪型が違う。


 ただし。


 見知らぬ人間については、それが本当に過去の姿なのか確認することはできない。


「……」


「またですか?」


「ええ」


「何人目ですか?」


「もう数えておりませんわ」


「昨日まで、僕一人だったのに」


「そうですわね」


「急ですね」


「……ええ」


 雲母は静かに答えた。


 昔のものが見えるようになった時も。


 最初は、一つだった。


 それが。


 気がつけば、あちこちに見えるようになった。


 今回も。


 同じなのだろうか。


「……」


 雲母は歩きながら考える。


 その時。


 通り沿いの店。


 大きなガラス窓の前を通りかかった。


「……」


 雲母は何気なく、そこへ視線を向けた。


 ガラスに、自分の姿が映っている。


 いつもの自分。


 その隣には、足立。


「……」


 雲母は、そのまま通り過ぎようとした。


 そして。


 足が止まった。


「……?」


 足立が振り返る。


「雲母お嬢様?」


「……」


「どうしました?」


 雲母は答えない。


 ガラスに映る自分を見つめている。


「……雲母お嬢様?」


「足立さん」


「はい?」


「こちらへ」


「え?」


「早く」


「はいはい」


 足立が雲母の隣へ戻る。


「何ですか?」


「このガラス」


「はい?」


「わたくしが映っていますわよね?」


「……映ってますけど」


「普通に?」


「普通にです」


「……そうですの」


「何か変なんですか?」


 雲母は答えない。


 ガラスの中。


 現在の自分。


 そして。


 その姿に重なるように。


 もう一人。


「……」


 少し若い。


 髪型も違う。


 服装も違う。


 だが。


 見覚えがあった。


「……まさか」


「何ですか?」


 雲母はガラスへ一歩近づく。


 過去の姿も同じように動く。


 現在の自分と重なったまま。


「……」


「雲母お嬢様?」


「この服」


「はい?」


「覚えていますわ」


「……え?」


「昔、着ていましたわ」


 足立の表情が変わった。


「じゃあ……」


「ええ」


 雲母はガラスの中の自分を見つめる。


 現在の自分。


 昔の自分。


 その二つが、同じ場所に重なっている。


「……足立さん」


「はい」


「今度は」


 雲母はしばらく、自分自身を見つめた。


「わたくしもですわ」


 足立は何も言えなかった。


 ガラスの中では。


 現在の雲母と。


 かつての雲母が。


 同じ場所に立っていた。

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